2人の日々
あっという間に時は流れ三年が経ったある日ーー。
ユリウスの父である、アルフォンス・アーデルハイト侯爵が病に倒れた。
そして、倒れてからわずか数日で、侯爵は帰らぬ人となった。
突然の訃報に、帝都の貴族たちは大きく揺れた。
葬儀には多くの貴族が参列した。
その中央に立っていたのが、ユリウスだった。
その日、彼は父の跡を継ぎ新たな侯爵となった。
若すぎる侯爵に、当然、多くの貴族は懐疑的だった。
「あまりに若すぎる」
「彼はあんなにおとなしい性格なのに、侯爵としてやっていけるのか?」
「でも、アルフォンス・アーデルハイト侯爵のご子息は彼一人でしょう?」
「アーデルハイト家は終わりかもな」
ユリウスは、いつものように黙ったまま何も言わなかった。
その横顔を、セレナは遠くから見ていた。
泣きもせず、取り乱しもせず、まるで初めからすべてを受け入れていたかのような静かな表情だった。
その日から、ユリウスの立場は大きく変わった。
少年は一夜にして、侯爵家の当主となったのだ。
そして、侯爵家当主としての責務もまた、彼の肩にのしかかった。
帝国屈指の侯爵家を背負うには若すぎると、誰もが思っていた。
だが、その予想はすぐに裏切られることになる。
侯爵となって最初の評議会で、ユリウスは驚くほど冷静だった。
領地の税制、軍備、国境警備――大人の貴族たちが議論を続けていた問題に、彼は迷いなく結論を出した。
最初は、周囲も偶然だと思っていた。
だが、それは一度きりではなかった。
魔獣の出現地域を正確に予測し、領地の軍備配置を的確に変更し、
帝都の政争の行方さえ、先回りするように対処していった。
まるで――すべてを知っているかのように。
やがて人々は言うようになった。
「若いが、あの侯爵はただ者ではない」
「父親以上の器かもしれないな」
「いやはや、実に有能だ」
そして、その評判が帝都中に広がり始めたころ、ユリウスは、帝国の命を受けて国境へ向かうことになった。
ーー魔獣討伐の指揮を任されたのだ。
***
ーー出立の日。
ユリウスは馬に乗る前、静かに言った。
「必ず戻る。手紙を書くよ」
彼の言葉に、彼女は何も答えなかった。
ユリウスが戦地に行ってからも、セレナの日常はこれまでと変わらなかった。
社交界では相変わらず皇太子が言い寄ってきて、令嬢たちは嫌味を囁く。
そして、セレナはただそれを受け流す。
けれど、ふとした瞬間に、ユリウスがいないことを意識している自分に気づいていた。
心のどこかで、彼が近くにいないという事実に何故か物寂しさを感じていた。
戦場で彼がどんな日々を送っているのか、セレナには分からない。
ただ、時折届く手紙だけが、彼が今も生きている証だった。
ーー国境の戦地
ユリウスは剣を振るい、魔獣と戦い続けていた。
けれど、どれだけ血に染まろうとも、彼の思考の中心には常にセレナがいた。
彼女は今、どうしているだろうか。
社交界で嫌な目に遭っていないだろうか。
自分のことを少しは思い出してくれているだろうか。
そうして、ユリウスは戦場にいながらも、頻繁にセレナに手紙を書いた。
*
《──セレナへ。
こちらは魔獣と毎日戦っているが、無事だ。
皇帝陛下からの命もあり、しばらくは前線での指揮を任されることになった。
以前より戦は長引くかもしれないが、心配はいらない。
そちらの様子はどうだろうか。
社交界において、君が面倒ごとに巻き込まれていないことを願う。
貴族の令嬢たちの間で、君の名前が頻繁に話題に上がるらしいな。
彼女たちは相変わらず、くだらない噂話に明け暮れているのだろうな。
そんな奴らのことは気にするな。
いや、君は気にしていないかな。
先日から空気が冷たくなったように感じる。
季節の変わり目だ。
そちらも、そろそろ秋めいてきただろうか。
どうか体には気をつけてほしい。
──君の婚約者より》
*
《──セレナへ。
最近、やけに空が広く感じる。
中庭で共に読書をしていた頃が、ずいぶん昔のことのようだ。
君は相変わらず、静かに日々を過ごしているのだろうか。
君の十歳の誕生日に贈ったあの本は、まだ持っていてくれているかな。
そういえば、君が皇太子殿下と顔を合わせる機会が多く、苦労していると風の噂で聞いた。
君が不快な思いをしていなければいいのだが。
何かあればすぐに知らせてほしい。
君が呼んでくれるのなら、戦場からでもすぐに駆けつけるから。
そちらは、そろそろ夜が長くなってきた頃だろうか。
君が素敵な夢を見られるように、いつも祈っている。
──君の婚約者より》
*
《──セレナへ。
こちらでは、先日雪が降った。
雪の白さが、君の髪の色とよく似ていて、とても美しかった。
君が読んでくれているかはわからないが、君に手紙を書くことが僕の習慣になりつつある。
返事はくれなくても構わない。
ただ、君が心穏やかに過ごしていればいいと思う。
この手紙が君のもとに届く頃、俺はまた魔獣と戦っているだろう。
もうすぐ帰れるはずだ。
早く君に会いたい。
──君の婚約者より》
ユリウスの手紙は、セレナを心配する内容ばかりだった。
だが、セレナからの返事は一度もなかった。
それでも彼は、セレナに手紙を書き続けた。
彼女が読むかどうかは関係なかった。
ただ、セレナは一人ではないのだと伝えたかった。
そして三年後——ユリウスは、セレナのデビュタントの日に帰還する。




