関係
セレナの頬には涙が伝い、微かに息を呑み、そして静かに目を開けた。
喉の奥から込み上げてくる息苦しさを抑えるのに必死だった。
(……また、あの夢なのね)
ーー1度目の人生。
皇后として過ごした悪夢のような日々。
あの時の痛みも苦しみも、忘れられわけがない。
思い出したくなくても、昨日のことのように思い出すーーあの悪夢の日々。
愛し合った時間など、思い出せなくなるほどに憔悴しきった心と体。
こんなになるまで苦しむことになるなんて、私は一体何の罪を犯したというのだろう。
私は一体、あと何度同じ夢を見るのだろう。
***
婚約してからというもの、アレクとの関係は一変した。
かつては、幼馴染としてある程度の距離を保っていたが、今や彼の視線には明確な苛立ちが滲んでいた。
エヴァレット公爵家への訪問は徐々になくなったが、何かにつけてセレナに接触しようとする雰囲気はそのままだった。
そして、セレナが冷たくあしらうたびに、その執着は強まる一方だった。
「……また会ったな、セレナ」
社交界の場で、偶然を装ってアレクは何度もセレナに話しかけてきた。
しかし、セレナは淡々と礼儀正しく返答するのみだった。
「皇太子殿下、ご機嫌麗しゅう」
「……そんな形式ばった挨拶はやめろ。昔のように話せばいい」
「以前も言いましたが、そういうわけにわまいりません」
アレクの表情が歪んだ。
セレナの拒絶が癇に障るのか、それとも執着を強めるきっかけとなるのかーーどちらにせよ、セレナはそれ以上関わるつもりはなかった。
アレクだけではない。
セレナとユリウスの婚約発表以降、他の令嬢たちからの視線も冷たいものだった。
「まあ、なんて愛想のない方でしょう。皇太子殿下に対して、あのような態度を取るとは…」
「以前のセレナ譲とは別人のようですわよね…」
「ユリウス様もきっと断れなかったのね…お可哀想だわ…」
そんな陰口を言うのは、侯爵令嬢レベッカ・ローゼン、伯爵令嬢カミラ・デルフィーヌ、男爵令嬢エリザベート・クラウスだ。
レベッカは侯爵家の娘で華やかな顔立ちが評判の娘だった。
レベッカは以前から、ユリウスに好意を抱いていた。
そのため、いきなり登場して婚約までしてしまったセレナのことが、気に入らないらしい。
カミラは伯爵家の令嬢で、噂話が大好き。
エリザベートは男爵家の娘で、簡単に言えばレベッカとカミラのご機嫌とり係、といったところだ。
彼女たちは社交界でセレナを孤立させようと画策していた。
だが、セレナは彼女たちの言葉を受け流すだけだった。
気にする価値もないと判断していたからだ。
ただ、ユリウスが傍にいるときだけは、その雑音が少し遠のくような気がした。
セレナは変わらなかった。
社交界で冷たく振る舞い、誰にも心を許さず、孤独の中に立っていた。
ユリウスは彼女を見守ることしかできなかった。
セレナは彼に甘えることも頼ることもせず、あくまで淡々とした態度を貫いていた。
「セレナ、疲れていない?」
「ええ。私は大丈夫よ」
彼女はいつもこうだ。
まるで「どうでもいい」と自分に言い聞かせるようにーー。
皇太子とのやり取りも、令嬢たちの陰口も、彼女はすべてを受け流していた。
だが、ユリウスは知っていた。彼女がただ無関心なのではなく、全てを諦めきっていることを。