城下町3
幻蟲族?
オレはまたしても聞き慣れない言葉に心の中で首を傾げる。
この世界には人族を含めて六つの種族しかいないんじゃなかったのか?
いつもならオレの疑問に速やかに答えてくれるオディットくんは目の前の美少女を見たこともないような顔で睨み続けている。憎悪に濡れたような、そんな顔だ。
「…ッ!」
「逃げるな」
オディットはオレを背に庇い、怯えたような表情の美少女を壁際に追い詰める。…止めた方がいいんだろうが、あのオディットくんがすることに意味がないとは思えずオレは黙って静観することにした。
暫くそうして睨み合っていたかと思うと、美少女は怯えた表情のまま諦めたように小さく口を開く。
「…復讐ですか?ご依頼ですか?」
「…復讐で、…依頼だ」
「そう、ですか…」
なにかを押し殺したようなオディットの低い声に、フェイと呼ばれた美少女は諦めたように小さく息を吐いた。なにやら物騒な話である。いったいオディットくんは何の話をしているのか。
フェイは自ら壁際に寄ると、大きなフードのついたコートをおもむろに脱ぐ。
すると、その背には美しく大きな蝶の羽があり、オレは大きく目を見開いた。そしてフェイは頭のお団子をほどく。するとにょっきりと黒い触覚のようなものがそこにあった。
「…では、改めまして。幻蟲族のフェイです。ご依頼内容を伺います」
「その前に一つ聞く。…お前は"次代絆の乙女の暗殺"の依頼を受けているか?」
次代絆の乙女の暗殺。
オレはその言葉にハッとする。もしかして…、とオレはオディットが教えてくれた"真実の愛"ルートの話を思い出す。"真実の愛"ルートでアイリーンは真実の愛に出会い、それを認めない貴族から差し向けられた暗殺者によって殺される。目の前にいる虫も殺せないような美しい少女がその暗殺者だというのか。
オレは信じられない気持ちで二人を見る。
オディットから質問をされたフェイは一瞬言葉に詰まり、努めて冷静を装いながら答える。
「その質問にはお答えできません」
「ならば、オレが"次代絆の乙女の暗殺を企てる物"、"実行するもの"の暗殺を依頼したら?」
「…お引き受け、致します」
「そうか。…お前に暗殺業から手を引け、と依頼したい場合はいくらかかる?」
「……それは、」
オディットの質問に、今度こそフェイの言葉が詰まる。
フェイの表情は、戸惑いと質問の不明さへの恐怖で複雑な色に染まっていた。オディットは引かない。強い表情でフェイの言葉を待っていた。
フェイは迷いながら、おずおずと答え始める。
「…幻蟲族は契りを破りません」
「知っている。だからこその依頼だ」
「…殺さなければいけない人がいます」
「それが終わるまで手は引けない、と?」
「…はい」
「それが誰か、ということは…答えられないんだろうな」
「…はい」
その答えにオディットは小さく息を吐き出す。それから、オレに向かって目で合図をしてきた。…なんだろう。とりあえず、頷いておくか。オレがこくりと首を動かすと、オディットは満足げに微笑んだ。え、なに?なんの合図だった?
内心で焦るオレの頷きを受け取ったオディットは、フェイに向き直ると、形の良い指を三本立てた。
「三つ、俺と契約を結んで欲しい。そうすればお前の今後の衣食住はすべて保証する」
「…内容を」
「"次代絆の乙女を殺さないこと"、"既に受けた暗殺依頼以外を今後永久的に受けないこと"、…"次代の絆の乙女の護衛役となること"」
ほーん、ふむふむ、えっ!?
オレはオディットくんが示す内容を聞きながら頷いていると、最後にぶち込まれた内容に仰天する。安心できるように手元に置いておこうということですか、オディットさん。幻蟲族なるものをよく知らないオレにはそれが最善の手なのかわからないけど…オディットくんがそういうなら信じよう。
オレは今後よくわからない目配せには気をつけようと心に刻みつつ、平静を装う。
フェイはオディットに提示された内容に驚いたように目を見開いた。
「…絆の乙女の護衛、ですか?…"デブリ"ですよ」
「あの方はそのような些事を気にしない」
「些、事…」
些事、とフェイは困惑したように言葉を小さく繰り返す。
さっきから聞くその"デブリ"とかって一体なんなんだか。オレはあとでみっちりオディットくんに聞かなければと心に大きくメモをする。
オディットはどうだ、とフェイに声を掛ける。フェイはまだオディットの言葉が信じられないのか疑うような目で言葉を続ける。
「…本当に、護衛なのですか?」
「幻蟲族との契りを破れば、殺されるのはこっちだろ。…答えを」
「…契約内容は、その三つと生きている限りの衣食住の保証。間違いはありませんか?」
「ない」
きっぱりとオディットくんが言い切る。フェイはその様子に、決意したように頷いた。
「では、誓約を」
「ああ」
フェイが手のひらを上に向けてオディットに差し出すとオディットは迷うことなくその上に手を乗せる。
すると、二人の手が赤く発光し、オディットの手の甲になにやら複雑な印が浮かんだ。そして暫くして光が収まると、その印が見えなくなっていた。
「…明日、グランヴェール城の"オディット・カーリー"に。詳しくはそのとき」
「わかりました」
フェイはオディットの言葉に頷くと、手に持っていたコートを着直す。しっかりとフードまで被ると、オレをちらりとみて、小さく頭を下げて路地裏に消えていく。
…さて。
「詳しくお話いいかな、オディットくん」




