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城下町2


 リンゴが一個、銅貨一枚。

 屋台で食べた『はしまきもどき』が銅貨二枚と半銅貨五枚。

 ちらっと見えた可愛らしいデザインのスカートが一枚、半銀貨三枚。

 ちょっとお高そうなアクセサリーが銀貨一枚。


 オレは混乱しそうな頭で、城下町で見た値札を思い出す。

 えーと、金貨が一枚と銀貨が十枚が同じ価値。

 一枚の銀貨は、半銀貨って言われる穴の空いた銀貨十枚と同じ価値。

 で、その半銀貨一枚は、十枚の銅貨と同じ価値。

 で、で、その銅貨一枚は、十枚の半銅貨と同じ価値。

 …だったよな?オレは手に持った自作のメモ帳にぐりぐりと数字を書きつける。

 

 つまり…?

 リンゴが一個、百円だとして…銅貨一枚だろ。

 すると、『はしまきもどき』が二五〇円くらい…、スカートが三千円…、アクセサリーは一万円くらいってことか?あれ、これで合ってる…?


 オレは噴水の縁に座ってうんうんと唸る。口に入れた『いちご飴もどき』がごりごりと音を立てて砕けていく。くそ、数字は嫌いなんだ。

 オレは頭を掻きむしりたくなる衝動を抑えながら、思考を続ける。

 ということは持ってきたのは、銀貨五枚だから…日本でいう五万円くらいってことか。

 おお、オディットくん流石だな。町でたくさん買い物するなら確かに五万円もあれば十分だ。


 オレは満足してうんうんと頷くと、はたとある事実に気付く。

 あれ、部屋の机の中に金貨五十枚くらいなかった?

 金貨一枚…十万円?

 つまりつまり…十万円×五十=ごひゃくまん…。ごひゃく…?


「お、お、オディットくん!大変だ、オレ金持ちになってしまった!」

「お金があることは良いことかと」

「ミスティみたいなこと言うなよ!」


 オレは隣に座っていたオディットくんの背中をバシバシと叩いてそう言えば大変呑気な言葉が返ってきた。オディットはオレの書いたメモ帳の文字を見ると顔を顰め、それからコホンと息を払った。

 …なんだよ、字が汚いって言いたいのか。オレがじとりとオディットくんをみると、まるで気にしてない素振りのオディットくんが言葉を紡ぐ。


「そのお金はゼロセブン様から頂いた道具や機械のアイデア料などでしょう?対価としては安いぐらいだと思いますよ」

「…そうか?」

「ええ」


 オレの疑いの言葉に、オディットはしっかりと頷く。

 オレは貰いすぎではないのか?と気になってしまったのだが、オディットくんからすれば妥当な金額だということか。…なら、いいか。まともな金銭感覚をしてそうなオディットくんがそう言うなら信じよう。

 向こうの世界でもなかなか見ない数字に焦ってしまった。日本では、給料貰ったら生活費以外を速攻で愛機に注ぎ込んでたしな-。通帳の残高は常に寂しいものだった。…思い出すとちょっと悲しくなるから、これについて考えるのはやめよう。


 オレはお金の価値について書き殴ったメモ帳をそっとポシェットにしまう。

 さて、ちょっと休憩したいと噴水の縁に座ってメモを取っていたわけだが、…ゼロセブンとミスティはどこに?

 美しくのどかな噴水広場にはひと、ひと、ひと。だけれど、二人の姿は見当たらなかった。


「ミスティ様は喉が渇いたと飲物を買いにいきました。ゼロセブン様はそんなミスティ様に連れて行かれました」

「…あいつ、護衛って言葉知ってるのか?」


 護衛が進んで護衛対象から離れてどうするんだよ。オレは思わず呆れた声を出す。

 まぁ、オレがその辺の暴漢にくらい負けないと思って離れたんだろうけど。それとも少しくらい離れてもあの翼で飛んでこれるから、とか?まあ、どっちでもいいか。オレだってオディットくんを暴漢から守るくらいできるしな。例えば、あの視界の隅っこで喧嘩?してるやつくらいになら絡まれても一瞬で伸せるだろう。

 オレはうんうんと腕を組んで頷きながら、オディットくんに目で合図する。するとオディットくんはさっと目の前にその長い足を出した。

 何故かって?


「ガッ、…くそッ」

「お前、あの喧嘩のどさくさに紛れて財布スッただろ」

 

 目の前の男は噴水広場の隅で喧嘩に夢中になっている奴らから器用に財布をスッていたのだ。

 見逃してあげても良かったが、ちょうどオレたちの足の届くところに逃げてきてしまったのは運が悪かったね。オディットくんの足に引っ掛かって転んだ男は口汚く罵りながらその場から逃げようとするので、オレはさっと締め落として地面に男を転がした。

 オディットくんはお見事です、と小さく拍手をしてくれた。ありがとうありがとう、目立たないうちに財布もらって返してあげるかね、っと。オレは転がした男から財布を取り返すと、先ほどから噴水広場の隅…というより、ほぼ路地裏のような場所で喧嘩をしている集団に近づく。…なんだか少し柄の悪いやつらだ、ちょっと親近感を抱いてしまう。


「やあやあ、喧嘩に夢中になるのはいいけれど、財布スられてたの気付いてた?」

「ああ?」


 オレはフードを被った連中に近づくとそうのんびり声を掛けた。おお、期待に違わぬ柄の悪さだね。いち、にい、…三人?と、奥に小さいのが一人か。

 オレは取り返した財布を持ち上げてフードの男たちに見せる。…なんとなくここにいる連中から違和感を感じるが一体なんだろう。

 オレがなんとも言えない違和感を抱いていると、背後にいるオディットがはっと息を呑んだ音が聞こえた。

 …こいつら、なにかあるのか?

 オレは警戒を悟られないようにあえてのんびりと言葉を続けた。


「これ、あそこで転がってる男にスられてたぞ」

「あっ、これ、アニキのじゃないっすか!」

「まじだ!なんだ、嬢ちゃんが取り返してくれたのか?」

「おう」


 三人の中、比較的小柄な二人がそう答える。なるほど、アニキと子分二人ってところか。そして視界の端に揺れる尻尾。…え、尻尾?

 オレはびっくりしてちらりと男三人の尻から生えている犬の尻尾のようなものを凝視する。

 犬…の精霊族、とか…?オレはこの世界で初めてみるそれに少し驚いていると、クッ、と押し殺したような笑いが聞こえた。ハッとして声の方向を見ると、アニキと呼ばれていた一番大柄な男がくつくつと笑っているのが見えた。

 その男はオレの手から財布を取ると、中を確認してにやりと野性的に笑った。


「…本当に取り返してくれただけなのか。嬢ちゃんは余程の馬鹿か、相当な箱入りだな。"デブリ"にわざわざ絡みにくるなんてなあ」


 アニキと呼ばれた男は手の中で財布を転がすと、そう言って自虐的に笑う。それからおもむろにフードを取った。するとそこには男らしく整った端正な顔と、灰色の短髪、シルバーグレイの瞳、そして…同色の犬のような耳が頭の上にあった。オレはそれに目を見開く。

 犬耳?なんだ、この世界にそんな種族いたっけ?と混乱する。オディットはオレを守るように半歩前に出た。

 目の前の男はオレの混乱を見て取ると、わずかに目を見開いて、それから小さく息を吐いた。

 

「…本当に気付いてなかったのか」

「…喧嘩してる最中に財布スられてる間抜けな連中がいるな、としか思ってなかったよ」

「クッ、その通りだな」


 男は面白そうなものをみるかのような目でこちらをみると、「…ゼタ」と小さく言った。


人狼族(ワーウルフ)のゼタだ。…"デブリ"の力が必要になることがあれば、一回だけ助けてやる。まぁ、嬢ちゃんみたいなやつにそんな機会があるかわからんがな」


 人狼族(ワーウルフ)のゼタと名乗った男はそう言うと、奥にいたフードを被った小さい影にオイ、と低く声を投げかける。

 デブリ?人狼族(ワーウルフ)?オレは聞き慣れない言葉に目を白黒させながら成り行きを見守る。


「金、もう少しだけ待ってやる。が、次からは待たねえからな」

「…はい」

「行くぞ」


 ゼタはそれだけ言うと、暗い路地裏に紛れるように子分二人と消えていく。

 そこに残されたのは、オレとオディット、それからフードを深く被ったオレと同じくらいの背丈の…女の子?

 金がどうとか言っていたがあいつらは取り立て屋なのか、それともただのカツアゲか。

 オレは少し気まずくなって、えーと、と言葉を繋ぐ。


「だ、大丈夫?」

「…はい、大丈夫です。…喧嘩、じゃなくて、その、…借りたお金の話をしていただけなので…」

 

 その小さな影はぼそぼそと小さな声でそう答えた。なら、あいつらは借金取りってことか?

 オレは複雑な気持ちになりつつも、あ、と思い出す。

 手に握っていた小さな指輪のことを思い出したのだ。これは財布と一緒にスリから拝借したものだ。あのスリが持つには可愛らしいデザインだったから、つい一緒に持ってきてしまったが…あのスリのものだったらどうしよう。ついでにゼタにこれのこと聞くの忘れてた。

 オレはついでに、と目の前の少女に聞いてみることにした。


「あーあのさ、さっきのスリがこんなのも持ってたんだけど、キミのだったりしない?」

「…!これ!あ、どうして…!」


 オレの手のひらの上の指輪を見た少女は慌ててポケットの中に手を入れ、ハッとしたような顔でオレをみる。その際にぱさり、とフードが落ちた。

 そこにはとんでもない美少女がいた。

 クリーム色の柔らかそうなロングヘア、蝶の羽ような輝きを持つ青緑の大きな瞳、桃色に色づく頬、小さな唇。思わず守ってあげたくなるような完璧な美少女だった。

 オレは思わず見惚れながら、あー…と歯切れの悪い声を出す。


「その、さっきのスリが持ってて、つい一緒に拝借してしまって…。キミのだった?」

「は、はい!とても…大事なものなんです…!」

「そっか。良かった」


 オレが泥棒にならなくて、と心の中で付け加えながら、オレは美少女に小さな指輪を渡す。

 美少女ちゃんは小さく震えながら大事に指輪を抱き締め、消え入りそうな声で「ありがとうございます…」と呟いた。

 じゃあ、これで、と身を翻そうとすると、ガシっとオディットくんに腕を掴まれる。

 え、なんだ?

 掴まれた先を見ると、そこには美少女を険しい顔で睨み付けるオディットがいた。

 オディットはオレを背後に庇うように立つと、低い声で呟く。


「…お前、幻蟲族(インセクター)のフェイか?」



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