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絵本の中からこんにちは!?  作者: 鳥遠かめ
嘘つきはニワトリのはじまり!?
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8/15

たんけんか

 今日はすごくびっくりした。

 知らないおじさんに怒られて、「殺すぞ」って言われた。

 言ってはいけない言葉。他にも「死ね」って言葉がある。

 男子でたまに言っちゃう子が居るけど、基本的には誰も言わないようにしてる。


 三年生の時にそれを言いまくる子が居て、先生が授業で言ったらダメって話をしたり、難しい漢字のいっぱい書いたプリントが配られたりした。

 プリントが配られた日、お父さんとお母さんが「殺すぞ」と「死ね」の話をした。


 お母さんには「絶対、言っちゃダメだからね」ってうるさく言われた。わたしは言ったことなんてないから、関係無いのに!

 お父さんは「最近はアニメや特撮の悪役もあまり言わなくなってきた」って言ってた。


 あの時、なんて言っていただろうか。なんでダメだって。


 人を殺すのは犯罪だから? 死ぬと悲しいから? どうせ殺さないし、「ウソ」だから?


 でも、あのおじさんは包丁を持っていた。ホントにわたしを殺すつもりだったのだろうか。

 もしかしたら見間違いで、包丁じゃなかったかもしれない。

 勝手に入ったわたしを叱る為に追いかけて、ニワトリを捕まえるのを手伝ったのだとしたら、フシンシャでもないのかもしれない。

 むしろ良い人だ。悪いのはわたし。


 頭の中で、今日のことがぐるぐる回る。

 まっしろでふわふわのニワトリと一緒にぐるぐる。ニワトリを追いかけるのは犬だ。ワンワン!


 なんてことをお布団の中で考えていたら、いつの間にか朝になっていた。

 寝てない気がしたけど、寝てたみたいで、すごく久しぶりに、朝っぱらからお母さんに怒られた。

 なんで怒られたかは言わない。無かったことにしたい。

 あの金ぴかのくちばし。昨日試してみて分かった。ホンモノだ。あれを付けて叫べばなかったことにできる。

 でも、家の中じゃ大きな声で叫べない。

 なかったことにしたいって思って、午前中はずっと「もんもん」とお洗濯をしてたけど、わたしはすごくナイスなことを思いついてしまった。


 お昼ご飯を食べて、わたしはまたナップサックに荷物を詰めた。

 行く先は、近所の神社。……といってもお参りをする訳じゃない。目的は神社の敷地内にある、「やぶ」のなかだ。

 今日は少し寒いから、長そでの上にお気に入りの水色のパーカーを上に着て、長ズボンにスパッツもはいて、腕にはこれまた水色の腕時計。

 それに、やぶに行くから虫よけもして……。


「出かけるの?」

 準備をしていたら、お母さんが訊ねた。


「うん。友達のところ行ってくる」

 お母さんは何も言わないで、わたしのナップザックをチラッと見た。


「五時までには帰って来なさいよ、最近、暗くなるの早いから」

「分かってる。行ってきます!」


 神社の敷地には人が居ない。年末と夏のお祭り以外では、めったに人を見ない。

 神主さんとか巫女さんとかがいるはずだけど、あの人たちは普段はどこに居るんだろう?


 予想通り、やぶの中は寒かったし、まだ蚊が居た。耳元で嫌な音を立てられた。虫よけをしていて正解。

 やっぱりスカートよりズボンの方が良いと思う。スカートは寒いし、虫に刺されるから。


 このズボンとパーカーはまだ新しい。先月の誕生日で買ってもらったばかりだ。

 服屋さんでお父さんに買ってもらった。お母さんだとスカートを買わせたがる。

 でも、最初にこの服を着た時、お母さんも「カッコイイじゃない」って褒めてくれた。

 ……お姉ちゃんの雑誌に載ってたコーデに似てるのはナイショ。


 わたしはやぶの、ちょっと山っぽくなってて、周りから見えない場所に来た。

 薄暗い。ここは去年、男子が秘密基地を作ろうって言ったけど、材料が無くて作れなかった場所。

 たまにここに集まってゲームをしてる子たちがいるけど、冬限定だ。虫がいる季節は無理だから。


 わたしはナップサックから金ぴかを取り出して、口につけた。


 それから、大きく息を吸い込んで「まんをじして」ウソをつく。



「ここには洞窟がある! ボクは探検家!」



 どう? ナイスアイデアでしょ?


 鼻先が夏の太陽みたいに明るくなってまっしろに光った。


 気が付いたら、わたしの服はテレビで見た探検家みたいな恰好に変わってて、ナップサックはリュックサックにグレードアップしてた。

 頭にはライト付きのヘルメット。靴も大人の男の人がはく様なごつごつしたやつになってた。カッコイイ。


「ちゃんと戻るかな?」

 お気に入りの服だったから、ちょっと心配。


 そして、目の前。神社の小山はおっきな口を開けていた。

 わたしは頭に手をやってライトをつけると、洞窟の中に進んで行った。



 洞窟は暗い。ライトの照らしてるところ以外、真っ黒。ごつごつしてでこぼこな岩の地面。

 良く響くわたしの足音に、水滴の落ちる音。

 とってもドキドキワクワクする。


 わたし……ボクは今、本当に探検家になってるんだ!


 ボクは得意げになって進む。クラスの男子も、ミキちゃんも、お父さんもお母さんも、きっとやったことがないに違いない。

 見えてきたのは上り坂。最初は歩いて、どんどん急になって、よじ登って進む。

 それでももっと坂がきつくなって登れなくなる。


 でも、大丈夫。ボクはリュックサックから「ピッケル」を取り出す。これを岩に刺して登るんだ。

 最後はほとんど真上に向かって登った。こういうのを垂直って言う。最近、算数で習った。


 崖をよじ登ると、今度は下り坂だ。らくちんだと思ってずんずん進む。

 でも、足元に散らばっていた小さな砂のせいで滑ってしまって、尻もちをついた。


「ぐえ!」

 わた……ボクのまぬけな悲鳴が洞窟に響く。


 下り坂もどんどん急になる。壁には捕まるところがほとんどなくて、上りよりも大変になってしまった。


「きゃっ!」

 足を滑らして二回目の尻もちをつく。そしてそのまま下へと滑ってしまう。お尻が熱くなる。


 次にライトが映し出したのは分かれ道だ。どっちに行こう? どっちも行ってみたい。

 できれば片方は早く行き止まりになって、早めにもう片方を見に行けたら嬉しい。


 ボクは適当に右を選んで進む。

 坂も無く、分かれ道も無く、少しぐねぐねしてるけど、まっすぐ道なりに進む。


 ……。


 ヒマだ。だって何もないんだもの。ゲームや漫画だったら、モンスターや宝箱が出てくるはずだ。


 ――そうだ!


「でんきウミウシはボクの相棒!」

 洞窟に大きな声が響く。

 “でんきウミウシ”。海モンのキャラクターだ。あんまり強くないらしいんだけど、アニメでは主人公の相棒になっている黄色いやつ。

 男子はカワイイだけで対戦では使えないってバカにするけど、アニメではちゃんとカッコ良く活躍している。


「ウミンチュ!」

 足元でアニメの声が聞こえる。

 見下ろすとそこには、黄色くてふにゃふにゃの物体が居た。


「おいで!」

 呼びかけると、でんきウミウシはボクに飛びついて来た。


 ……うわぁ、気持ち悪ぅい。


 あんまりおかしい感触だったから、ボクは大きな声で笑い転げてしまった。でんきウミウシも楽しそうに鳴き声を上げた。

 ウミウシを肩に乗せてボクはさらに進む。海モンを出したせいか、奥に行くにつれて洞窟の道は水びたしになってきた。

 次はこれ!


「敵の海モンが居る!」


 ボクたちの前に現れたのは“げろナマコ”と“けんざんヒトデ”だ。

 こいつらはカワイくもないし、カッコよくもない。


「でんきウミウシ! あいつらをやっつけて!」

 ボクは敵を指さし命令する。


「ウーミンーチューーー!」

 でんきウミウシはボクの肩から飛び降りると、げろナマコとけんざんヒトデに電撃を浴びせた。

 まぶしい電撃。あっという間に二匹は伸びてしまった。


「よくやったぞ、でんきウミウシ!」

 アニメの主人公のまねをしてウミウシを褒める。


 敵を出してはやっつけ、出してはやっつけボクは進む。

 弱っちい敵に飽きてきたころ、洞窟は行き止まりになってしまった。


 目の前の道は水の中へと続いている。さすがにこの中へは進めない。

 振り返る。


「え……」

 ボクは途方に暮れてしまった。

 この前の帰り道と同じ。向きが変われば、景色が変わる。


 ……振り返るとそこには、たくさんの分かれ道があった。


「どっちから来たんだろう……ウミウシ、分かる?」

 相棒に訊ねる。黄色いふにゃふにゃは首(?)を傾げるばかりだ。

「困ったなあ……」

 何か役に立つものが無いか、リュックサックを漁ってみる。そこから出てきたのは……。


 「足ひれ」と「シュノーケル」。


「これで潜れって事なのね」

 ため息一つ。

 大丈夫。水泳は得意だ。授業で服を着たままプールに入る授業もやったし、そこそこ泳げた。

 危なくなったら、力を抜いて浮くんだ。早くも役に立つ時が来るとは。

 ボクは足ひれをはいて、シュノーケルをくわえる。

 

 水の中は意外と暖かかった。

 ボクはすいすい水の中を泳ぐ。水の中をどこからか光が照らしていて、あちらこちらがきらきら光っている。

 目の前を“ともだちクマノミ”の群れが横切る。

 下のほうには綺麗なサンゴ礁が見えた。きっとあの中には“およめサンゴ”が混じってるんだろう。


「キレイ……」

 ボクが景色に見とれていると、目の前に敵が現れた。


 大きな体にながーい鼻先。立派な背びれの付いた魚。男子の人気ナンバーワン。


 “かえんほうしゃカジキ”だ。


「メースン!」

 カジキが鳴き声をとどろかせた。


「ウミンチュ!」

 でんきウミウシがボクの前にでて電撃をお見舞いする。

 カジキは怯んだように見えたけど、口から炎を吐き出した。

 図鑑によると『水中でも物が燃えるくらいに熱い炎を吐く、イカれたヤツ』なのだ。


 ボクはウミウシに身体を風呂敷みたいにして炎を跳ね返すように命令しようと思った。

 アニメではそうやってやっつけていた。でも、シュノーケルをしたままじゃ、命令ができない。


 火を噴くカジキに追い回されるウミウシ。

「チチヌチュン!」

 カジキは急に止まったかと思うと、尾びれをふりはじめた。


 ――いけない!


 かえんほうしゃカジキのもうひとつの必殺技。“とつげきタックル”。あの鋭い鼻で突かれて、みんな吹っ飛ばされてしまう。

 黄色のふにゃふにゃに迫る鼻先。危ない! 避けて!

 


 ――ブツリ。



 でんきウミウシの身体に、かえんほうしゃカジキの鼻が刺さった。お団子みたいに串刺しだ。



 どうして!? アニメではそんなことには、絶対にならないのに。

 長い鼻にぶら下がった黄色いハンカチを振るカジキ。

 でんきウミウシは死んでしまった。殺された!


 次のあいつの狙いは、――わたしだ。


 手を掻き、足を掻き、必死になって上へと泳ぐ。カジキはきっと早い。わたしも串刺しにされちゃう!

 上へ上へ。水の外へ。ダメだ。もがけばもがぐほど、沈んで行っているような気がする。

 下を見ると鋭い鼻先がわたしに向かってぐんぐん大きくなっていた。


 ――ばくん!


 急にカジキの姿が消える。代わりに目の前を横切ったのは大きな体。


 それは、それはそれは大きな、クジラの姿だった。


 “ゆうきゅうクジラ”だ。あれは“おやすみクジラ”の進化した姿で、アニメではおやすみクジラのお母さんとして出てきた。


 クジラはチラッとわたしのほうを見ると、海の底の方へと消えて行った。


 水から上がったわたしは、足ひれとシュノーケルを投げ捨てると、急いでくちばしを付けた。


「身体は濡れてない!」

 あっという間に乾く服と身体。


 くちばしの力を確かめたら、元気が出てきた。ちょっと帰ろうと思ってたけど、くちばしの力があれば、大丈夫。これさえ外さないようにすれば、大丈夫。

 もう、でんきウミウシも要らない。敵が出てきたら、自分で武器を出してやっつけてやる。


 暗い洞窟の中を進む。分かれ道なんて気にしない。適当に好きな道を進む。

 どんどん行こう。

 洞窟の先が明るくなっている。青くてきらきらした光が見える。外ではなくって、とっても広い部屋になってるみたい。

 そこを通せん坊するふたつの影。

 げろナマコとけんざんヒトデ。またこいつらだ。やっつけてやる。


「ボクはペディブルー!!」


 叫ぶと探検家の服装が、青や水色を使ったひらひら付きのズボンの、カッコイイ姿に変わる。ただし、靴は何もはいていない。


 ペディブルー。

 日曜日の朝のアニメ“おしゃれなペディキュア”のキャラクターだ。女の子が変身して、悪者をやっつけるアニメ。

 女の子はカラフルでおしゃれでカワイイ服装をしている。

 ペディキュアシリーズのキャラはみんな裸足で、足には綺麗なネイルをしている。キックで悪をフンサイするんだ。

 最初は、このアニメは幼稚園向けだから、ボクが観てるのはナイショにしないといけないと思ってた。

 でも、女子どころかも男子にも見てる人が多いって分かって、今は普通に話題にあがったりする。


 ボクは主人公の“ペディピンク”よりも敵のほうがスキだったりする。

 最近、敵だけどペディキュアに似たキャラがでてきて、その子も女の子なんだけど、自分のことを「ボク」って言うし、ペディピンクにそっくりなのだ。

 その敵は、先週の次回予告でじつはペディブルーだったということが明かされたんだ。

 だから、明日のペディキュアが楽しみ!


 ペディブルーの技はまだ知らないから、適当にやっつけることにする。


「とりゃ!」

 げろナマコを踏んづける。きたない音を立ててナマコが潰れる。


「このやろー!」

 けんざんヒトデを蹴飛ばす。けんざんヒトデは身体を鋭いトゲに覆われているんだけど、ペディキュアの足は無敵だから、痛くもかゆくもない。

 壁まで吹っ飛んで、岩に突き刺さるヒトデ。


「ざまあみろ!」

 ボクはのしのしと奥へと進む。


 岩でできた広い部屋。天井はずーっと高くて、青くてきらきらした光が見える。宝石かな? まるで星空みたい。

 部屋の真ん中には、上り坂の道があって、その頂上に、大きな宝箱が置いてある。


 ボクは鼻をこすると坂を上り始めた。坂の周りは手すりも壁も無く、崖みたいになっている。

 宝箱は赤に金のフチ。鍵穴のあるカッコイイやつ。


 厳重にロックされているに違いないけど……へっへっへ。ごめんね!


「ボクは宝箱のカギを持ってる!」


 目を閉じ、得意げに宣言する。さて。


「……あれ?」

 手にはカギがない。地面に落ちているということもない。リュックの中を探してみたけど、見つからない。

 首をかしげるボク。


「ボクはオレンジを持ってる!」

 くちばしが光って手にオレンジが飛び込んでくる。あっ、オレンジってみかんの仲間ね。

 わたしはこれが好き。手ではむけないけど。とにかく、故障じゃないみたい。


「ボクは宝箱のカギを持ってる!」


 光らない。おかしいな。

 ボクは宝箱に手を掛ける。フタは何ごともなく持ち上がった。

 最初から開いていたのか、それともくちばしの力で開いたのか。……まあいっか。


 さてさて。宝箱の中には、何が入ってるのかな?


 両手で大きな箱のふたを勢いよく持ち上げる。



「おい、なにしとんねん」



「ひゃあ!」

 縮み上がる心臓。



 振り返るとそこには……。



 全身を白い羽に覆われ、ずんぐりむっくりした身体。

 ボクと同じ金のくちばし。頭のトサカの代わりに、赤くて大きなタコが乗っている。


「なんや、おまえ」

 この子は、限定モンスターの“たこやきにわとり”だ。

 海ブツモンスターのクセに人の言葉を話す、ヘンな奴。正直、あんまり好きじゃない……。


「ボクはマミ。たこやきにわとりはあっち行って!」

 はっきり言ってやった。


「なんでワシがあっち行かなあかんねん。おまえがあっち行けや」

 でぶニワトリが文句を言う。


「ボクはペディブルーだ!」

 青いつけ爪の足が、白いふわふわに吸い込まれる。


「ぎゃっ! なんで蹴るねん! おまえさては、宝を盗み来たドロボウやな!?」

 お尻を押さえながら睨みつけてきた。


「これは、ボクの!」

 手を広げ、箱の前に立ちふさがるボク。

「ウソこけや。おまえのもんやって言うんやったら、“しょーこ”見せーや」

 でぶニワトリがボクの鼻に向かって羽根を指す。


「いいよ」

 ボクは鼻で笑うと、大きく息を吸い込んだ。


「この宝箱は、ボクのものだ!」

 高らかな宣言。

 くちばしは光らない。でもその代わりに、宝箱がガタガタと音を立て始めた。


 ――にょき。にょき。


 宝箱に足が生える。すると箱は「いちもくさん」に走り出して坂を下って行った。

「待って!」

 呼び止めると箱は慌てて崖を飛び降りて逃げて行ってしまった。


「おまえ、ウソツキやな」


 ニワトリが羽根の間から何かを取り出す。きっと“たこやきにわとり”の武器、“あつあつたこ焼き”に違いない。

 こいつは人の口にたこやきを押し付けてやけどをさせる攻撃が得意だ。仲間のクセに主人公の顔にも押し付けていた。



 ニワトリの武器が、岩の星空を反射して、青く光った。



 ――包丁。



「殺すぞ」

 白くてふわふわした羽根が、みるみるうちに黒く染まっていく。


「やめて!」

 わたしは転びそうになりながら坂を駆け降りた。どたどたとわたしを追いかける音がついてくる。

 追いつかれたら、オシマイだ! 


「たこやきにわとりは居ない!」


 わたしは叫ぶ。鬼ごっこをする気なんてない!


「待てや!」


 消えない。どうして!?

 とにかく、外に出なきゃ!

 広い部屋から通路に戻ると、まっくらになった。そうか、今はペディブルーになってるから、ライトが無いんだった。


「わたしは懐中電灯を持ってる!」


 反応ナシ。仕方がないから、少し走る速度を落として、手をまっすぐ伸ばして、壁にぶつからないようにしながら走る。


「あかん! まっくらや! 何も見えへん!」

 うしろで鬼の声。


 ――ゴチン!


 何かが硬い物にぶつかる音。わたしじゃない。

「あー、痛ぁ! 転んでもうた。足折れたわ! マミちゃん、助けてーな!」

 鬼は転んでしまったらしい。助けてだなんて、演技に決まってる。今のうちに逃げなくっちゃ。


 わたしは小さくなっていく泣き声をほったらかしにして、とにかく先へ進んだ。


 ……まっくら。水が落ちる音だけが聞こえる。


 静かになったから、少し落ち着いてきた。

 そしたら今度は、今が何時なのか気になってきた。遅くなったらお母さんに怒られてしまう。

 腕時計はつけて出て来たはずだけど、今は手首に感触がない。それに、あったとしてもまっくらで何も見えない。


 帰り道は迷路だったはずだ。

 それに、さっきの部屋へ行くまでに、ずいぶんとでたらめに進んでしまった。もう道なんて分からない。分かる訳がない。


 ……もしかして、もう帰れないのかな?


 わたしはめそめそし始めた。誰も見てない、構いやしない。

 あっちに行っては手をぶつけ、こっちにいっては頭をぶつけてうろうろする。そのうちに疲れて、歩けなくなってしまった。


「お母さん……」

 わたしは呟く。怒られてもいいから、帰りたい。

 暗闇の中、体育座りをする。怖いけど、まっくらな中で体育座りをすると、ちょっと安心する。

 このまま寝てしまって、目が覚めたら夢だったってことにならないかしら。



 ――――。



 遠くで音がした。わたしは顔をあげる。

 聞いたことのある音。ちょっとしゃがれた、伸びのある、声。



 ――コケコッコーーッ!



 ニワトリの声だ。それも、ホンモノの。

 わたしは疲れてたのも忘れて、声のするほうへと進む。ちょっとづつ大きくなる声。


「あっ!」


 ――光。向こうの方が明るい。


 わたしは嬉しくなった。外だ。帰れる。しかも明るいということは、まだ夜でも夕方でもない。

 白い光に向かって飛び込む。


 まぶしさに目を覆いながら、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。

 土のにおい、木のにおい。神社のやぶの中だ。


「やったー!」

 思わずバンザイする。

 口を大きく開けたせいか、くちばしが外れて土の上に落ちた。


「あれ? 靴をはいてる」

 くちばしを拾い上げようとしたら、元の服装に戻っていることに気付く。


 振り返ると、大きく口を開けていたはずの洞窟も消えて、ただの小山に戻っていた。


 くちばしの効果が終わったのかな。さっきも反応しなかったし、壊れちゃったのかな?

 わたしはくちばしをつけ直して、適当なウソをつく。


「オレンジがいっぱい降ってくる!」

 光るくちばし。空から降ってくるオレンジの雨あられ。


 あ、痛たたた!


 良い匂いに包まれて、ちょっとだけ休憩。


 ……?


 わたしはお尻に違和感を感じた。触ってみると、なんだか、ふわふわしているような……?


「あっ! 居た!」

 急に人の声がした。


 わたしはびっくりして顔をあげる。そこにはクラスの男の子が居た。


「町下くん。何してるの?」

「何してるの? じゃないよ。みんなで唯野さんのこと、探してたんだよ!」

 怒ってるような言葉だけど、言いかたは怒ってない。町下くんは息を切らせている。


「どうして? 何かあったの?」

「きみが家出をしたって聞いたから、朝からみんなで探してたんだ。ケーサツの人も探してる」

 朝から? 警察? どういうこと?


「って言うか、何このミカンの山? オレンジか。さっき何か光らなかった?」

 町下くんも首をかしげる。


「まあいいや。帰るよ!」

 町下くんが手を引っ張った。


 わたしたちはオレンジの山をやぶに残したまま、その場を去った。


「トモキ! リュースケ! いたぞー!」

 町下くんが声を上げた。

 すると、人が走ってくる音がした。追加の男子二名。


 わたしはなんだか分からないうちに、男子たちに捕まってしまった。

 そのままわたしの家へと強制連行。


 帰ったら、それはそれはもう、こっぴどく怒られた。

 その上、お母さんは泣いていた。

 どうやらわたしは一晩中、洞窟の中に居たらしい。土曜日の昼に家を出たはずなのに、今はもう日曜日の朝なんだって!


 お父さんとお母さんは警察の人に謝ったり、探してくれた人たちに連絡したりした。

 わたしはと言うと、服はもう泥だらけのべちゃべちゃで、お気に入りの服は「みるもむざんな」姿になっていた。

 「どこに行ってたの?」とか「何をしてたの?」とか聞かれたけど、洞窟やくちばしの話をしたって、絶対に信じてくれない。ウソツキにしかならない。

 お母さんがあんまり泣くものだから「大丈夫だよ」としか言えなかった。


 それでも落ち着いたら、またしつこく訊かれた。

 警察の人にも訊かれた。婦警のおねえさんは優しく聞いてきた。でも、ちょうどいい言い訳なんて思いつくわけがない。

 わたしはあった通りのことを話した。洞窟のことも、くちばしのことも、洗いざらい。


「そんなウソをつく子に育てた覚えはありません! あんまりウソをついてると、捨ててしまうからね!」

「まあまあ、そんなに怒っちゃ可哀想だよう。マミちゃんも怖い思いしたんだからさ」

 婦警さんがお母さんをなだめてた。


 お母さんは婦警さんを無視してわたしを叱りまくった。今までで一番だ。

 そんな。わたしのことを、心配してくれてたはずなのに。婦警さんは、優しいのに。


 けっきょく、日曜日は一日中、部屋から出してもらえなかった。

 お母さんの質問攻めから解放されたわたしは、とても疲れて眠たかったから、とにかく寝た。


 夢は見なかった。


***

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