DAYS 25:異能の夜(後編)
変態対変態。
対心狙撃銃。心が既に操られているものに命中させる事によってその心を更に操作し、元の状態に戻す……つまり、異能力を打ち消す力に覆われた、言わば「被心象甲弾」。その分より深いイデアへの干渉が必要となってくるため、使用者であるアリアには相当な負荷がかかってしまう。発砲した時の強い衝撃もそのひとつだ。
対心狙撃銃は男の右胸の辺りに当たった。先ほどとは違い今度は弾かれなかった。間違い無く体を穿っている。
「……ははっ、さすがにこれは効いただろ……いてて……」
繭莉に肩を貸してもらい小銃を持つ右肩をさすりながらアリアはゆっくりと立ち上がった。男はぴたりと動きを止めて呻いている。彼の全身を覆う鱗がぽろぽろと剥がれていく。成功だ。男の変態は無効化され元の人間の姿に戻ろうとしている……様に思われたのだが。
「ウオ……オオオ……!」
確かに男の体に変化は起こっていた。しかしそれは途中で収まってしまい、一度剥がれたはずの鱗が再生されていく。
「……はあっ!? どういう事だよ!?」
「無効化が無効化された……!」
「そんなのありかよ!」
狼狽えるアリアをレイは宥める。
「だが効果は確実にあった。奴の心が無効化操作を途中で打ち消したんだ……アリア、対心狙撃銃はあと何発撃てる?」
「弾自体は全然あるけど遺伝子的にはあと1発だ! 乱発出来るもんじゃねえ!」
「……ならその1発で確実に仕留めたいな」
「また撃ったらボクはもうほとんど戦えねーぞ……撃つとしたらあいつをもっと弱らせてからじゃねえと……!」
「……けど、剛力さんの攻撃もあまり効いていない様に見えたし……私の鎖も縛って動きを止めるくらいしか出来ないし……それで時間を稼いで応援を待つ?」
「……それもいいですが、それまで繭莉さんの力がもつかがわかりませんし、さっき言った様にあまり時間をかけ過ぎるとあの男の精神が心配です」
「んなもんもうとっくに手遅れになってんじゃねえの……!?」
「……かもしれないが、それでもなるべく助けられるなら助ける方法を取りたい……と俺は思う」
「……ちっ! じゃあどうする! おっさんの筋肉も効かねえボクの銃弾も効かねえかもしれねえ繭莉は攻撃出来ねえ!」
「それを調べるのが俺の仕事だ」
「……上等! それしか無えわな! けどどの道時間稼ぎは必要だろ? 何分だ」
「……5分だけくれ。『潜る』」
「わーったよ! 繭莉! お前は極力力を温存しとけ! 最終的にお前の鎖は残しときてえからな! ボクももうちょっと近付いておっさんと連携を取る! 久々にあれやるぞ!」
「あれ……わかったわ! ……でもあれはあれで結構神経使うんだけどね……!」
繭莉は右手の五指の腹で左手の五指にはめている指輪を強く押し込んだ。中に仕込まれていた針が彼女の右手の指を傷付け、少量の出血を引き起こす。彼女はその細い糸の様な血液を操作し絡め合わせ、一本の頑丈な鎖を作り出した。その鎖は男の方へと走っていったアリアの体に巻き付く。これは手綱兼命綱の様な物。アリアの動きを繭莉がこの鎖を通して補助するのだ。
男は鱗を完全に再生し、再び変態を終えた。すかさず剛力が突っ込み足止めを始める。アリアはふたりの周辺を動き回り彼の攻撃の合間にリロードしていた二丁拳銃で銃弾を撃ち込んでいく。
この間にレイは眼鏡を外し、顎に手を当て考える仕草をしながらその場にしゃがみ込んだ。異能力を使用する時の癖だ。彼の場合は眼鏡を外した方がイデアへの干渉を行いやすかった。実像をぼやけさせた方が意識を現実から遠ざけやすくなる。イデアへの干渉は白昼夢を通じて行う。視界と意識は出来るだけ虚ろに、だが思考は出来るだけ鮮明に……。
レイの異能力は認知した視覚情報を脳内に再び呼び起こす物。再投影と彼は呼んでいる。例えるならばビデオ・レコーダーだ。一度目にした光景をさながら映像機器の様に視界にもう一度投影する事が出来る力。早送りや巻き戻し、スロー再生、ズームも可能。まさに観察に秀でた能力。
ただし再投影中は瞳に過去の映像が流れているため、視覚が完全に遮断されるという欠点がある。やろうと思えば片目で現実を記録しながら同時にその映像をもう片方の目に再投影する事も可能だが、アリアの対心狙撃銃同様かなりの精神、体力の消耗を強いられるため緊急時以外は極力使わない様にしている。それに当然の事として片目で「観る」よりも両目で「観る」方が情報を得やすいという点がある。
レイはこれまで目にした男の様子を脳内に再現し、観察を開始した。彼の異能力の弱点……あるいは攻略する手がかりがどこかに無いか。よく観ろ。奴の動きを。その時の奴の状態を。
「……!」
ある事に気付いた彼は映像を巻き戻し、ズームして見直していく。
そして再投影を始めてからちょうど三百秒経った時、約束通りレイはイデアへの干渉をやめて視界を取り戻すとなた眼鏡をかけた。それに気付いた繭莉が鎖を引っ張りアリアを呼び戻す。彼女はふわりと宙を舞い彼の目の前に降り立った。
「何か見えたか!?」
「あの男の鱗……この薄暗さと奴自身の体色のせいで見辛いが、よく見るとひとつひとつは細かくて、それが無数に集まって装甲としての機能を果たしてる。蛇と似た様な作りだ」
「蛇の鱗? つまりどういう事だよ」
「鱗同士が重なっている部分がある。だけど体を動かしやすい様にその間はわずかに空いている訳だ。その鱗と鱗の間の無防備な表皮が、筋肉が緊張する時に現れる」
「筋肉!? 今筋肉と仰いましたね!?」
男と取っ組み合いになっていた剛力がすかさず反応した。そんなに聞き取れる距離でもないはずなのだが……しかし三人とも無視をした。
「ってこたあ、撃ち込むとしたらそこか!」
「奴自身の干渉が届いていない部分なら、対心狙撃銃の効果も十分に発揮される……可能性が高い。一番広く露出するのは肩に相当する部位の後ろ側……大きさは1cmにも満たないが」
「……50mあれば狙ってやるさ。ただ相手が止まってりゃの話だけどな」
「私の鎖で拘束するわ」
互いに頷き合い、三人は剛力と男の元へと向かった。レイは彼に簡潔にこれからの行動を伝える。
「むっ! 皆さんお揃いで!」
「剛力さん! 肩の後ろをアリアが撃ちます!」
「肩……という事は、アリアさんに対して背中を向けさせればいいという事ですね!」
「そういうこった!」
男から50m以内まで近付いた所でアリアはひとり立ち止まり再び小銃を撃つ準備をしていた。一方繭莉もまた、指先から鎖を伸ばし男の右腕に絡めて引っ張る。そうして出来た隙を利用して剛力が力任せに男の向きをぐるりと変えてアリアの方に背を向けさせた。だがその時、男は口をぐわりと開いて牙を剥き剛力の首に噛み付く。
「ぐぬうううっ!!! な、なるほど! 私のジューシーな筋肉をついつい味わってみたくなった、と……!」
そのまま噛み切ろうとする男の横顔を剛力は何度も殴り付けて阻んだ。男が口を離すと彼は器用にも首を力ませて咬み傷から地面へと血を飛ばした。繭莉が即座にその血液を操作し鎖を生み出し、男の両脚を捕まえて地面に固定した。
「はっはっは! ピンチはチャンス!」
男の右腕も指先の鎖で縛ったままの繭莉はそのまま彼の左前方へと走る。その鎖を逆に引っ張り返してやろうと男は左手を伸ばすが、その左手は剛力によってがしりと掴まれ腕を交差する形となった。これで男の四肢は完全に動かせなくなった。
「アリア!」
「……任せろ!」
ピープサイトを覗き込んで構えていたアリアが引き金を引く。放たれた弾丸は狙い通り男の右肩……剥き出しになっている1cm弱の表皮に撃ち込まれた。
「ウギャアアアアアア!」
男の呻き声と共にその体の鱗が落ちていく。レイの推察は当たっていた。対心狙撃銃は効いている。異能力無効化の効果が男の全身まで行き渡り、彼の肉体が人の物へと戻っていった。
「……ウ……ア……」
膝から崩れ落ちそうになる男を剛力が介抱する。しかし自身の異能力を解除した彼もまたふらついていた。彼だけではない。繭莉もアリアも異能力使用による疲弊に襲われていた。特にアリアは銃を撃った勢いでそのまま倒れ込んでいた。弾が当たったかどうかも見えていないだろう。
「……大丈夫ですか」
変態を解いた男のそばまで駆け寄りレイは声をかける。男の意識は朦朧としている様だった。抵抗する様子も無い。レイ達は彼の身柄を確保する事に成功したのである。事件は何とか落着した。
現場の誰もがそう思っていた時であった。
突如音も無く高速で飛んできた何かがレイの眼前を一瞬で通り過ぎていく。彼が気付いた時にはそれは既に確保していた男の額に直撃していた。
「!! ……な……!」
それは銃弾だった。元に戻った男の額を確かに穿っている。レイはすぐに再投影し、飛来方向を推測する。すぐそこの広場に茂る樹木の方角からだった。
「……! し……茂みに誰かいる!!」
レイはすぐにそちらを確認して両目で記録と再生を同時に行った。うっすら人影の様な物が樹上から動くのを確認出来た。園内には自分達以外はもう誰もいないと思っていた。警察が立ち退きを促しているはずだし、公園の周りを囲って立ち入りも出来なくしているはずだ。彼が美月達の元を離れた時には確かに辺りには誰もいなかった。警察の目を掻い潜って侵入してきたのか……!?
「に、逃げました! 繭莉さんすいません、警察に連絡を!」
「え、ええ!」
「も、もうひとりいたとは……ぐっ!」
剛力が追いかけようとするが傷が痛んだのか首の咬み傷を押さえた。
「……く、首はさすがにキツいですね……!」
アリアも動ける状態ではない。レイと繭莉は身体能力的に無理だ。警察に任せるしかない。
撃たれた男の顔をレイは見る。額を撃たれたのだ。その結果は当然として……。
「……っ……! くそっ……!」
悔しさと怒りとをどうする事も出来ず、彼はただ拳を震わせていた。
「……わかりました……はい……この度の事態は重く受け止めております……はい……後日報告書をお送り致します……はい……」
徳留はぺこぺこと頭を下げながら電話をしていた。それを見るに相手が誰なのかは沢田が見当が付いていた。この計画の発案者にして最高責任者……彼だろう。
「……沢田さんですか? はい、まだいらっしゃいます……はい」
徳留が端末を耳から離し沢田の方へとやる。代われという事らしい。彼は静かにそれを受け取り耳に当てる。
「はい、お電話代わりました、沢田です」
〈御門だ〉
沢田の予想は的中していた。
〈この度はすまなかった。そちらにも迷惑をかけてしまった〉
「いえいえ、とんでもないです……そちらから連絡をされてきたという事は、処理は済まれたのですか」
〈そう報告があったよ〉
「いやはや何とも手際のいい……さすが、新しい人間という訳ですか」
〈……ただの出来損ないだよ、あれは〉
SNSに目撃情報を上げ暦史書管理機構をおびき出し、彼らに事態を収拾させた所で送り込んでいた人物によって被検体を暗殺する。御門が立てた案は上手くいった様である。
〈……だがこれから彼らは確実に嗅ぎ回り始めるだろう。すまないが、そちらも十分に注意してもらいたい。百福にもそう伝えておいてくれ。詫びに今度酒でも贈ろう〉
「わかりました。渡世にもお伝えしておきます……もちろんお詫びのお酒の事も」
〈よろしく頼む……それでは、私は会議に戻らせてもらう〉
「お忙しい所ご苦労様です、総理」
通話が切れ、沢田は端末を徳留に返した。
Life goes on...next DAYS.
この作品の黒幕がようやく明らかになりました。実は序盤で一瞬だけ登場しているので暇な人は探してみてね。




