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DAYS 24:異能の夜(中編)

 万物には心がある。人にも、動物にも、虫にも、植物にも、石にも。ありとあらゆる物質にそれは宿っている。そして我々がこの世界で生きているのと同じ様に、心にも活動する「場」がある。

 人はそれを「イデア」と呼ぶ。イデアとは心の世界であり、精神の世界であり、夢の世界である。

 そして、そのイデアの心を操作する事によって現実の世界に影響を及ぼせる人間がいる。その影響は時に物理法則に適わない。超常現象、怪奇現象、超能力と呼ばれる類の物がそれである。あるいは―――異能。


 美月達の元を離れたレイは大池の近くにいる仲間の所へ戻った。彼と梅原含めた他の四人は同じ組織に属している。暦史書管理機構という組織だ。詳しい説明は後に譲るとして、業務の一環として異能力犯罪への対処も行っている。どの様に対処するのか。簡単な話だ。目には目を、異能には異能を。組織には異能力者で構成された部署があり彼らが解決に当たる。そのメンバーが今レイの前にいる三人なのである。

「助かりました、ありがとうございます」

 レイはすぐに三人に礼を言った。白髪の女性がそれに応じる。

「レイ君……こっちに来て大丈夫なの?」

 (いぬい)繭莉(まゆり)。暦史書管理機構異能対策室異能処理班所属。血液の心を操作し、鉄分から鎖を生成する事が出来る異能力者。先ほど変身した男を縛り上げた鎖を生み出したのは彼女の力だ。

「周りを見ましたが他に人の気配は無かったので、梅原さんに任せて……」

「そうじゃなくて、レイ君今潜入調査中じゃなかった? 素性を知られるんじゃ……」

「……まあしょうがないです。こちらを放っておく訳にもいかないと思ったので。それにしてもさすがですね、連絡を入れなければと思ってたんですが早急に駆け付けるとは」

「ああ、それは……」

「目撃情報がSNSのあちこちに上がったんだよ」

 男が沈んだ池を眺めていた少女が繭莉に代わって答えた。水元(みずもと)蒼利愛アリア。同じく異能処理班所属。銃弾の心を操作しその軌道を操る事が出来る、背は小さいが態度は大きい中学生である。銃の持ち合わせは時々によって変わるが、今日は左右の太ももに拳銃、それから背中に一丁の小銃を携行していた。

「『めちゃめちゃ不気味でリアルな怪物みたいな格好の奴を見た』って感じのな。それで近場にいたボクらが来たって訳。支部が連絡入れて今公園の周りは警察が囲ってる」

 園内は今立ち入り禁止になっているという事だ。いつの間にか花火も中断され、あれだけ大勢いた観覧客や出店の店主達は周りからはすっかりいなくなっていた。

「単独犯か?」

 アリアがレイに尋ねる。

「おそらく……突発的……というか、意図的ではなかった様に見えた」

「意図的じゃねえ……ってどういう事だ?」

「一種の精神異常の様な……異能力が暴走しているのかもしれない」

「ちっ!」

 アリアは大きく舌打ちをした。

「一番めんどくせえパターンじゃねえか。奴の異能力は何だありゃ」

「変身……いや、変態と言った方がしっくり来るな……まるで別の生き物だ」

 それを聞いた繭莉が心配そうな顔つきになる。

「形態を変えるほど自分の心を操作してるって事は、精神に相応の負荷がかかるはず……」

「だからこそ異常をきたしてるんでしょう……早く異能力を解除してやらないと取り返しのつかない事になりかねます」

「!」

 所在無く手に持った拳銃で肩をこつこつと叩いていたアリアが何かに気付いて動きを止めた。

「……来るぞ!」

 ざばっと飛沫を立てて水中から異生物と化した男が飛び上がった。驚異的な跳躍力だ。

「あーあー! 思ったより長かったから死んでくれてねーかなとか思ったんだけどな……! その方がお互い楽なのによお!」

 着地した男に銃口を向けてアリアはすぐさま発砲した。銃弾は直撃したが鱗に弾かれた。先ほどの初撃の時と同様だ。

「ちっ! ふざけやがって……!」

 彼女は左脚のホルスターからもう一丁の拳銃を取り出し休む事無く両手で引き金を引き続けた。実に彼女の大胆さを表している……悪く言えば慎重さのかけらも無いのだが。計二十八発。弾切れになり撃つのを止めたが男は少しも動じていなかった。体のあちこちに銃弾が当たった痕が見えるが、やはりいずれも弾かれてしまっていた。

「……効いちゃいねえ……!」

「むやみやたらと弾を無駄使いする癖まだ直ってないのか……!」

「うるせえ! 連射こそが銃のロマンだろうが!」

 男の首がぐねりと動きアリアを見据えた。今の銃撃で完全に狙いを付けられた様だ。

「アリアさん!」

 彼女目掛けて走り出した男の前に異能処理班のもうひとりのメンバー―――負傷した旭を運んだ男―――が立ち塞がる。剛力(ごうりき)益男ますお。気合いを入れるための唸り声と共に彼の上半身がぼんと膨らむ。急激に筋肉が膨張したのである。図太くなった腕で変態した男の動きを真正面から止める。

「銃弾を弾く鎧の持ち主……面白いですね……! 私の体は興奮して今疼いていますよ! ほらっ!」

 剛力は笑顔で分厚い胸板を右左交互にぴくぴくと動かした。彼の異能力は至ってシンプルだ。自らの肉体の心を操作し、筋肉の量を操る。常々筋肉を鍛え上げていたからこそ会得した力である。

「あぁ~~~~~~エキサイトッ! 運動したい! 運動したぁ~~~~~~~い!!」

「きしょいんだよセクハラオヤジ!」

「助けに入ったのにその言い方は無いだろう」

 庇ってくれた剛力に対して容赦無く罵声を浴びせるアリアを見てレイは思わず口を出した。彼女の気持ちはわからなくもないが。

「マジでこのおっさん生理的に無理なんだけど! 何でこいつと今日現場被っちまったんだ!」

「はっはっは~、私は26歳です!」

「アラサーはもうおっさんだ!」

「さぁ~あミスター・ミュータント! あなたの鎧と私の筋肉、どちらが硬いか勝負といこうじゃないですか!」

 剛力は右手を男の腕から離し一度後ろに引いた後、拳を作って彼の顔面に打ち込む。男の首ががくんと曲がるが鱗にはヒビひとつ入らない。代わりにたらりと剛力の手から血が垂れた。

「……! 全く効いていない……!! ああっ……! ああ~~~~~! ぞくぞくしてくるっ! じゅわっ! じゅわ~~~~~~!」

「このおっさんも変態と言った方がしっくり来るよな」

「剛力さん危ない!」

 レイが叫んだと同時に男の鉤爪が剛力に迫る。彼はまたしても低く唸った。腹部を突いた鉤爪はぱきんと音を立てて先端が折れた。

「これぞ腹筋ガード! 筋肉という名の究極の美しい鎧! ちなみに腹筋とは腹直筋、腹斜筋、腹横筋という3つの部位に分かれています! これ筋肉豆知識です! おっと、あなたのそのお腹、ちょっと今から割ってもいいですかぁ~? バッキバキのシックス・パックに!」

 アリアが銃弾を撃ちまくっていた様に今度は剛力が男の腹に集中的に高速でパンチを当てていく。

「ふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふん!!」

 十秒程度続けたが男はたじろぐ程度でやはり効果的なダメージにはなっていなかった。

「あーもうめんどくせえ!」

 戦いが長引きそうだと悟ったのかアリアは両手の拳銃をホルスターに戻してストラップを引っ張り背中のボルトアクション小銃をぐるりと体の前に持ってくる。そして腰のホルダーから弾薬をひとつ抜き取り弾倉に入れ、ボルトを操作して装填すると少し腰を落としそれを両手で肩の高さに構えた。

「こいつでさっさと終わらせる! どけおっさん!」

「むむっ! ……しようがありませんね! 私もさすがに撃たれるのは勘弁です!」

 肉弾戦を繰り広げていた剛力はアリアの声に気付きすぐに男から距離を取る。虚ろな目でそれを確認した彼女はもう一度男に対して引き金を引いた。心を操作された弾丸が長い銃身から放たれ、その反動でアリアは尻餅をついた。イデアへの干渉を応用した力を込めた特殊な弾丸……対心狙撃銃アンチ・イデアル・ライフル


 一方、暦史書管理機構の救護車が公園に到着した事によって旭は担架の上に寝かされその中へと運び込まれた。美月も付き添い梅原と共に同乗する。その後救護車は病院へと向けて走り出した。

 旭はあれ以来一言も喋らず、目を閉じたまま浅い呼吸を繰り返していた。その呼吸も出血の痛みに耐え切れず時折途切れる。

「……旭君……!」

 旭の手を握る自らの手に美月はぎゅっと力を込めるが、彼は握り返してこない。その事からも彼が弱っていくのが確実に伝わってくる。いつもあんなに無邪気に浮かべていた彼の笑顔はどこにも無い。北之上の家から連れ帰った時の様なあの力強さもどこにも無い。

 上福してから何度か旭に助けられてきたというのに……夢を追うために背中を押してもらったというのに、こんな時に自分は彼に対して何もしてあげる事が出来ない。

 俺は俺の出来る事をします。

 太郎が美月達の元を離れる際その様な事を言っていたのを彼女は思い出した。

「……私に……出来る事……」

 歌が聴きたい。

 苦しそうにしながら旭はそう伝えてきた。初めて彼に歌声を披露した時も、好きだと言ってくれた。先ほどは断ってしまったが、それを彼が望んでいるのなら……それで彼の痛みが、苦しみが、少しでも和らぐというのなら……。

「…………―――♪」

 声を震わせながら美月は歌を歌い始めた。旭君がよく口にしていたっけ。集中、集中と。ごめんね、音程なんて全然取れてないかもしれないけど……それでも、これが私に出来る事なら、今は精一杯歌うよ。君の事だけを想いながら歌うから。

 旭の手にほんの僅かに力が戻り、指先が少しだけ動いた気がした。


 そして救護車は病院へと到着し、旭はすぐに集中治療室に入れられた。だが手術にあたった医師は目を疑った。この時旭の出血はすっかり止まっており、それどころか信じられない事に、傷口が既に塞がり始めていたのだ……。


Life goes on...next DAYS.

元々はもう少しシリアスだったんですよ、剛力さんのキャラ……。

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