DAYS 22:海へ行こう
美月の歌声には何か魅力的なものがある様です。
●がんばれ萌々華 ぎらぎら胸中
「水着よし! 浮き輪よし! ヘルメットよし! っしゃー! 準備万端や!」
「うん! 早く行こう萌々華ちゃん!」
目をらんらんとさせている美月の反応を萌々華はもう少し伺う。彼女はうずうずしていて早く外に出たそうだった。
「……そんだけか?」
「何が?」
「……」
「……」
「……ヘルメットやヘルメット! ヘルメット要らんやろが! 何や海に来たテンションでツッコミ力弱なっとるんちゃうんか自分!」
ボケをスルーされた悲しみから萌々華は被っていた自転車用のヘルメットを思い切り床に投げ付けた……が、それは跳ね返って彼女の顔面に命中した。
「あだっ!」
「そういう萌々華ちゃんも海に来たテンションでちょっと空回ってるじゃないの……」
ふたりのやり取りを見ていたいろはが冷静に口を挟んだ。
「当たり前やないか姉さん! 海に来てテンション上がらん人間がおるか? いや、おらんやろ! あかんテンション上がりすぎて反語使ってもうた!」
「萌々華ちゃん夏休みに入る前からそわそわしてたもんね」
「せや! ……」
意気揚々としていた萌々華だったが水着姿の美月の胸を改めて見て思わず固まった。
「萌々華ちゃんのそのフリフリのワンピースすっごく可愛いよ!」
「…………う、うおおおおおおお! 海を全力で楽しむで~~~~~! ウチは機動力重視なんや~~~~~!」
「あっ萌々華ちゃん待って!」
梅雨が明け福岡に夏がやってきた。夏休みに入った叶荘の寮生達は早苗と共に毎年恒例の海水浴に来たのだった。早良区百道浜。福岡タワーの下に広がる海浜公園は毎年夏になると遊泳が解禁され多くの人々で賑わう。ビーチハウスの前に女子一行が出てきた時には既に男子組は全員揃って彼女らを待っていた。合流直後真っ先に桐悟が口を開く。
「いや~やっぱり海といったら女の子がいないと話にならんよな」
「毎年言ってる気がするんですが……私もお邪魔しちゃっていいんでしょうか」
「何を言います早苗さん! 邪魔だなんてとんでもない! いや~こうして見ると早苗さんの大人っぽさがより際立ちますよ……」
静音、美月、萌々華、いろは、早苗と見回した後に彼は無言で頷きながらぽんと萌々華の肩に手を置いた。
「……兄さん、おもろかったらそれ『天丼』になるんやけど」
「すまん」
「謝らんでくれる?」
その後適当な場所にシートで陣取り荷物を置くと、萌々華は浮き輪を腰に通して我先にとサンダルを脱ぎ捨て海へと走っていく。
「うおおおおおおお! 海がウチを呼んどるでえええええええ!」
「あっはは! 私も~!」
後を追ってくる美月。ばいんばいん。
「……負けへん! 後ろの圧には負けへんでええええええ!」
ざっぱーん! と彼女は海中に飛び込んだ。涙やのうて海水や。しょっぱいんは海水の味や。しょっぱい。おっぱい。じゃかーしーわボケ。
●血に染まる海
「今年もこいつの出番だな」
遊び始めてやや時間が経った頃、一旦シートに戻った旭が丸々としたスイカを抱えて戻ってきた。
「海でスイカ割り……うーむ……相変わらずベタだなあ」
乙女が腕を組んで唸る。
「……だがそれがいい」
ニカッ。
「せやせや! ベタってなんぼやで! ちょうど小腹が空いてきたしとっととかち割って食お食お!」
「よーし、勝った奴が割る係な。じゃーんけーん……」
桐悟の合図で皆一斉に手を出す。
「ぽん! あいこでしょっ! しょっ! しょっ! しょっ! しょっ! ……はい太郎、よろしくー」
「え……ちょっと待って下さい僕勝ってないですしそもそもまだ全く勝敗自体ついてないじゃなですか」
「もうめんどくさいからお前よろしく」
「ええ……」
「よし、選ばれし者にこれをやるわ」
太郎は萌々華から目隠し用の手ぬぐいを渡された。目玉のイラストがひとつだけ書かれている。その部分を前に持ってこいという事なのだろう。度付きゴーグルを外すと彼はそれを巻いて両目を覆った。これで完全に視界が塞がれた。そのまま萌々華の付き添いでスタート地点に立たされる。
「いくで太郎! 歯ァ食い縛りィ!」
「へっ……うわっ!」
ぐるんぐるんぐるんと彼は勢いよく体を回される。
「ちょっ……ま、回し過ぎじゃないですか萌々華先輩!」
「よいではないかよいではないかあああああ!」
二十回ほど回転をかけられた後にぱっと手を離される。太郎はふらついた。
「スタートや!」
「うっ……ちょ、ちょっと気持ち悪い……」
棒で砂浜をつつきながらおどおどと歩き出す。前に進もうとしても千鳥足になってしまいよろよろと彷徨ってしまう。
「わ、わわっ……ど、どっちですか……?」
「そっちじゃないわよー」
「全然違うぞ太郎。もっと左にぐるっと回れー」
「あー回り過ぎ! そうそうその方向! そのまままっすぐ!」
寮生の声を頼りによたよたと歩を進める。
「あかんあかん、ちょっと角度ずれてきてもうてるでー! ピサの斜塔ぐらい微調整やー!」
「ピ……ピサの斜塔ってどれぐらいですか!」
「ナーイス! ナーイスツッコミ!」
真面目にツッコみをしつつスイカを探す。もうそろそろ辿り着きそうだ。つつ、つつと棒で砂浜をなぞっていく。するとこつんと先端が何かに当たった感覚を覚えた。
「! こ、これですか……! よ、よーし……!」
太郎はぎゅっと棒を握る手に力を込めそれを思い切り振り上げた。しかし平衡感覚は未だ完全には取り戻しておらず、つい足がふらついてしまう。
「うわっ! とっとっと……!」
振り上げた勢いをなかなか殺せずに彼はぐにゃりぐにゃりとスイカから遠ざかっていくのが自分でわかった。ちょっと危ないから手ぬぐいを外した方がいいかもしれない……と思った時には既に遅し。彼の体はぐらりと大きくバランスを崩した。
「うわぷっ!」
直後、顔に柔らかい何かがぶつかりお陰で転倒は免れた。その拍子で目を隠していた手ぬぐいがずれて視界が開く。
「だ、大丈夫……?」
美月の胸に飛び込んでいた。
「ぶーーーーーーーーっ!」
鼻血。
「ベタだな……」
「ああ、ベタやな」
「だが……それがいい」
倒れ込んだ太郎を見ながら乙女が親指を立てた。
●バイオレンス・アクション
「気を取り直してもう1回!」
倒れた太郎をシートに運び終えてからスイカ割りは再開された。じゃんけんの結果、今度は美月が割る係になる。
「今度はあたしが回すわ……程々にね」
手ぬぐいで視界を閉ざした彼女をいろはが優しくくるくると回した。
「はい、スタート」
「うわ~、結構難しいですねこれ……」
とん、とん、と辺りを棒で確認しながら美月は歩いていく。寮生の声によると順調そうだ。
「何や姉さん、回転が足りひんかったんちゃうか?」
「萌々華ちゃんは回し過ぎよ……」
「お、これ?」
かくして美月はスイカへと到達した。あとは割るだけだ。
「いいぞ美月ー、そこだー」
「はああああああっ!」
腕を振り上げて渾身の一撃。ぶるんと胸が揺れて棒はスイカに……当たらずに僅かに外れた位置を叩く。
「ああ、惜しい!」
「あれ? 外した?」
再びスイカの位置を確認しようと美月は棒で砂浜に弧を描き始めた。すると棒の先端がごんとスイカと思しき物に当たった。そのままころころと転がっていってしまった様だ。
「あ! 何か動かしちゃったっぽい! ……そっちだ! てやああああああ!」
「うおおおおおおおっ!?」
転がるスイカの先にいた桐悟が悲鳴を上げる。美月がスイカを追い越して彼に襲いかかったのである。彼はすんでの所でそれをかわすのだった。
「なっ、何すんだお前ええええ! あ、危ねえだろおお!」
「あ、すいませーん! ふんっ!」
ぶるんっ! またも桐悟に一振り。
「だから危ねえっつってんだろおっ!」
「すいませーん! とやあっ!」
ぶるんっ! やはり狙いは桐悟。
「こっちじゃねえって!」
「え? 何ですか? ていっ!」
「お前絶対見えてんだろ!」
「はい! 見えてます! 動き回ってる内に! 手ぬぐいがずれちゃって! 完全に! 見えてます!! おまけに平衡感覚も! 完全に取り戻してます!」
「じゃあもうそれただのオレへの暴力だから!!!」
「はい!!! 先輩へのただの暴力です!!!!!」
●なんたって24歳
「早苗さ~んご飯食いに行かへん?」
そろそろお腹が空いたという事で一同は早苗と静音を誘いにシートへと戻った。早苗はパラソルの陰でタブレット端末で動画を見ながら休んでいた。
「もうそんな時間ですか……私は後から行くのでみんなで先に行ってきて大丈夫ですよ」
「いや、僕はまだそんなにお腹空いてないから荷物番を代わるよ」
「……でも陽君ひとりだと少し心配が……」
「それなら大丈夫ですよ、俺もいるので」
陽の後に乙女も交代を名乗り出た。原稿執筆を少し進めてから食事に行くとの事だった。海で遊んで刺激が与えられたのか、今すぐにでも書きたいらしい。
「……ならお言葉に甘えようかしら」
「静音も行くで……ってうおっ!?」
シートのすぐそばで何やら作業をしていた静音の方を見て萌々華はぎょっとした。彼女は砂を固めて城を作っている様だった。だが規模がとにかくでかい。幅五メートルはあるんじゃなかろうか。
「サッサッサッ、ギュッギュッギュッ」
「な、何やどえらい事やっとるな」
「スッスッスッ」
「ん? ……建築中やさかい手え離せへんっちゅー事か? せやたら帰りに何か買うてきたろか」
「こくっこくっ」
頷く静音。彼女も残す事にして、寮生達は海上に設置されている飲食施設へとやってきた。その一角にオープン・スペースのフード・コートがあり、水着のままで席に着き食事を取る事が可能なのである。
「それじゃああたし達で席取ってるからみんな先に頼んできて」
「ここは頼れる先輩達に任せて先に行けー」
いろはと桐悟に席の確保を任せ各々店舗の列に並ぶ一同。
「何や、みんな何食べるんか決まっとるんかいな。ん~……ウチはどれにしよーかなー……」
「どのお店も美味しそうですね」
「ん、早苗さんも迷っとるクチ?」
「ええ、あんまりこういう所来ませんので」
「海言うたらやっぱ焼きそばかなー。せやけど焼きそばの口ちゃうしなあ。シーフード……あかん、ウチにはそないな洒落たモン食えへん。あー迷っとる時間がもったいない! 遊ぶ時間が減ってまう!」
「ちょっとすみませーん」
わしゃわしゃと萌々華が頭を掻いているとそばに立っていた早苗が突然男に声をかけられた。知り合いだろうか。
「お姉さんひとりですか? 相手がいないんなら僕と一緒にお昼とかいかがです?」
あ、これナンパや。ウチが早苗さんを守ってやらな。意気込んで萌々華はわざとらしく咳払いをひとつした。
「うぉっほん!」
「……ちっ、何だ子持ちか」
舌打ちをしてそう言い残すと男はそそくさと去っていった。
「ちょっ! ドアホー! ウチがそない幼く見えるんかいな! ああ見えるけど(泣)! ……まあええわ、早苗さん、早よ決めよか……早苗さん?」
「……………………私……まだ24……なんです……けど……ね? 子持ち……? こんな……こんな大きな娘を……?」
早苗はぶつぶつと呟いていた。聞く者を凍てつかせる様な冷淡な声。鋭くなった目つき、妖しく光る瞳。さながらジャックナイフ。ジャックナイフ早苗。きまずっ!
……あの男、次会うたらどついたるわ。
●デス・バレー
私の名前は浜辺かおり。プロのビーチバレー選手。自慢じゃないけど顔は結構良い方で、おかげでメディアにも注目されて「美人アスリート」なんて呼ばれてる27歳独身。もちろんバレー・プレイヤーとしての実力もちゃんとあるから、自慢じゃないけど見た目も実力も一流って訳。自慢じゃないけど。そんな一流美人アスリートの私がどうしてこんな海水浴場なんかにいるのかっていうと、ビーチバレーの大会を開催するからゲストとして来て欲しいなんて依頼されちゃったからな訳。大会参加者は私以外は全員素人。私のペアも抽選で選ばれたそこら辺の一般人。蠣崎とかいうまあいたって普通の顔の若い娘。おっとそんなこんなで試合が始まるわ。さあて、私の美貌に平伏しなさい。
「ざわっ……」
……ふふっ、ギャラリーが早速ざわつき始めたわね。まあ、こちとらきちんと管理して体を作って維持してる訳だし、それくらいの反応してもらえるとこっちもやる気が上がるってものよ。
……? 変ね、ちらほらと私から目を背けてる男達がいるわね。一体どこを見ているのよ、あの浜辺かおりが目の前にいるっていうのに。まあいいわ……相手はどんな娘達かしら。私と試合が出来る事を光栄に思いなさい……あらあら高校生かしら……くっ、高校生……若い……ま、まあ私の美貌の敵じゃないけど。
「しっかし初戦の相手がいきなりあの浜辺選手とはね……それにしてもやっぱり綺麗ね」
ふっ、私の美貌と向き合って驚かざるを得ない様ね。ネット越しでも伝わるでしょう。自慢じゃないけど。
「いやー何だかビーチバレーと聞いたらいても立ってもいられなくなっちゃって。頑張りましょういろは先輩!」
でかっっっっっっ!! 何て物ぶらさげてるの!!??
……はっ、わ、私とした事がう……狼狽えるんじゃあないっ! プロのビーチバレー選手は狼狽えないっ! なるほど、男達の逸らした視線はこういう事だったのね……ま、まあ関係無いわ。プレイで魅せてやるんだから。
「浜辺、蠣崎ペア対中西、浅倉ペアの試合を始めます」
サービス権は取られちゃったわね……さあ試合開始よ。
……へえ、素人の学生のわりにはいいサーブじゃない。いろはちゃんとか言ってたかしら。運動神経は良いみたいね。
でも全然取りやすいわ! 蠣崎、ちゃんと繋ぎなさいよ!
「あっ!」
「!」
何してるのよ蠣崎! 私にボールを回しなさい! そのまま相手コートに返してどうするの!
「すいません浜辺さん、腕がブレちゃいました!」
くっ、所詮は素人。まあいいわ、私がカバーすればいいんだから。
「先輩!」
「オッケー!」
向こうは落ち着いて繋いでるわね。
「挽回します!」
ブロックに回るのね蠣崎。なら私がレシーバー。でっ……浅倉さんがスパイクを仕掛けてくる……!
「……ッ!?」
ば、馬鹿なっ! ど、どういう事!?
ボールが……ボールが3つある!!??
「浜辺さん!」
「! し、しまった!」
つい立ち尽くしてしまっていたわ。強打をあっさり決めさせてしまった。点を取られてしまった。
……一体さっきのは何だったのかしら。何かの見間違い……? 急にボールが3つに増えるなんて……。
「浜辺さん!」
いけない、いつの間にか次のサーブが飛んできてたわ。しっかりしなさいかおり。一流美人プロアスリートの力と美貌を見せてやりなさい。蠣崎に回して……オッケー、今度はちゃんとこっちに繋いでくれたわね。さあ、蝶の様に砂浜を跳ぶ姿に魅了されるがいいわ!
「さっきのミスは取り返すわ! ……!」
浅倉さんのブロック……! な、物凄い威圧感だわ……!! くっ、私とした事が怯んで中途半端なヒットに……!
でもやったわ! ボールは相手コート側に弾かれた!
「んんんんんんっ……せいっ!」
なっ……それを拾うなんてさすがじゃないいろはちゃん! やっぱりあなたデキるわ! 浅倉さんのレシーブを通じて再びこっちに……ラリーを繋ぐので精一杯ね。拾いやすい球。一度私から蠣崎へ……そしてもう一度私に……今度こそ点を取るわ!
「交差です!」
なら奥側に軟打を決める!
「あっ間違えました直線でした!」
「蠣崎いいいいいいいいい!」
そこ間違えないで!
「わっ、何か取りやすい球! いろは先輩!」
「ほい来た!」
ま、また浅倉さんのスパイクが来る……! そしてまた私がレシーバー……!
「てええええいっ!」
「!?」
ぐうっ、や……やっぱりボールが3つに……!
「どういう事なのおおおおおおお!」
こ、これじゃあ球筋がわからないじゃない!!
「ごふううううっっ!」
か、構えたのに、位置取りをしくじったわ……が、顔面に……ボールを……な、何て事……こんな魔球使いが福岡にいたなんて……。
「わ、私の……負け……よ……」
「浜辺選手戦闘不能! 試合続行は無理と判断します! 中西、浅倉ペアの勝利です!」
浜辺かおりは最後まで気付かなかった。ボールが三つに増えた仕掛けも、謎の威圧感の正体も、ただのおっぱいだったという事に。
●軟らかくてそして濡れている
「オレは今年の夏こそ彼女を作るぞ!」
「…………はあ、そうですか」
昼食後、桐悟は太郎を連れ出して他の寮生達とは別行動を取っていた。その目的はずばり。
「ナンパだ!」
「嫌です……大体何で僕もしないといけないんですか」
「地味だしモテなそうだから」
「その通りですけど!」
「まあまあ、お前はオレの横でにこにこ笑っとけばいいんだよ。オレがひとりで声をかけるより怪しさが薄まる」
「自分が怪しいっていう自覚があるんですね」
「失言だ……よし、早速ふたり組の女の子を探そうぜ」
「はあ……どうせ無理ですって……」
渋々といった様子で太郎は付き合ってくれるらしかった。彼が押しに弱い事を見越しての人選である。
「ん~……お、あの娘達なんか良さそうじゃないか?」
「……どの人達です?」
「ほれほれあそこ」
桐悟が目を付けたのは同年代らしきふたり組だ。ひとりはウェーブのかかった金髪が目立つ快活そうな少女、もうひとりは対照的におしとやかそうな黒髪の少女だった。
「……あ、でも巨乳じゃない、か……」
「だからそんなんじゃないですって!」
「ならあの娘達でいっか。行くぞ。数々のギャルゲーで培ったオレのコミュ力を見せてやるぜ」
「ゲームと現実は違うんじゃ……」
「そう思うだろ?」
無理矢理太郎を引っ張って目当ての女子ふたりの元へと近寄ると桐悟は爽やかな調子で声をかけた。
「あのー、ちょっといいかな?」
「死ねカス」
会話が成立しなかった。
しかも罵声を浴びせてきたのは意外にもおしとやかそうな方の少女であった。あの、そんなん要らないから。ギャップ萌えとかゲームの中だけで勘弁して欲しいんで。
ふたりはそれから彼らに見向きもせずに去っていく。
「ゲームと現実は違う……そう思うだろ? その通りなんだよ」
桐悟は太郎に向き直った。
「でもオレはめげねえ! トライ・アンド・エラーを繰り返して攻略を達成する……諦めない心をゲームから学んだからだ! オレ達のナンパはこれからだ! へいそこのお姉さん!」
無視。
「おおっとすいません偶然肩がぶつかっちゃって! あれ、ちょっと、可愛くない?」
無視。
「あのーちょっと一緒にかき氷でも!」
一時間経過。ナンパは依然として成功してはいなかった。
「いい加減諦めましょうよトーゴ先輩……こんな所いろは先輩が見たら何て言われるか……」
「何であいつが出てくるんだよ……よし、一旦休憩するか。ちょっとジュース買ってきてやるよ。逃げるなよ」
「はあ……じゃあサイダーで」
桐悟は財布を取りに行き、その後自販機へと飲み物を買いに向かった。そして太郎の元へ戻ると……。
「あれ? お兄さんひとり~?」
「よかったら私達とかき氷食べませんか~?」
太郎が逆ナンされていた。
「ふざけんな!!!!!!」
左手に持っていたサイダーを思いっきり振ってやった。あとムカついたから女の子達を追い払った。
●逃した青春……?
日もすっかり傾き、桐悟は燃え尽きた顔でベンチに座って水平線を眺めていた。遠くにはうっすらと突出している摩天楼が見える。東区の人工島に三年前に完成した新福岡タワーだ。この百道にそびえる旧タワーに代わって電波塔の役割を果たしている。
あれだけの人で埋め尽くされていたビーチも今や波の音が聞こえるほど穏やかになっていた。物寂しさすら感じる。それは単に人がいなくなったからではないだろう。
「今年も……彼女は出来なかった……」
「あんた今年もやってたの? 途中からいなくなったと思ったら」
隣に腰掛けてくる誰か。この声はいろはだ。
「……うるせー……高校最後の夏なのに……オレは最後まで、誰ひとりとして女の子に相手にされる事なく虚しく高校生活を終えるんだ……」
「…………ここにひとりいますけど」
いろはがぽつりと言った。桐悟はどきりとして彼女の方を見る。
「……」
「……」
「……オレはこういうのは苦手なんだよ」
ぶっきらぼうに返してまた視線を海ヘと移す。
「あーそーですか。そろそろ帰るから着替えなさいよ」
彼女も不貞腐れた様に言って立ち上がるとそのまま桐悟を残して歩いていった。よく見ると彼女はすでに着替えを済ませていた。
「……ちっ、風が吹いてきたのにあっついな」
前髪を乱暴に掻き上げて彼は更衣室に向かった。
●帰り路
「どうだったよ? 初福岡の海は」
「凄く楽しかったよ」
旭の問いかけに陽はそう答えてくれたが、表情はあまり変わらなかった。だが彼はそういう男の子である事を旭は知っている。陽は人前で感情をあまり顔に出すタイプではない。だがそれをしっかりと言葉には出す素直な子だ。姉と違って常に自分の事を客観的に見ている節が見受けられる。姉弟でこうも正反対に育つとは。
そしてその姉はというと、ふたりに挟まれて熟睡している。たくさん遊んで疲れ切っている様だ。外が暗い地下鉄の中という事もあり旭も少しうとうとしていた。他の皆も同じ様子だ。
ことん、と彼女の頭が左肩にもたれてくる。人の肩を頭にするんじゃないよ、と思いながらも彼は気にしない事にした。うっすらと彼女の寝息が聞こえてくる。今は静かに寝かせてあげようじゃないか。俺もちょっと眠いし、振り払うのも面倒だ……。
まどろみに落ちていく中で、静音が造り上げた砂の福岡城はたいそう立派な出来だったなあ、と旭は思い返していた。途中からどこかから砂を調達して一輪車で運んできてたっけ。雨が降らなければ数日は壊れずに残りそうだ。
美月がどんどん体重をかけてくる。正直ちょっと重い。胸も当たってるけどそれ以上に肩の痛みの方が強い。けどまあいいや。眠いし、気にしない。
欠員が出たとかで、いろは先輩と急遽ビーチバレー大会に出場して、何やかんやで優勝して賞金の10000円を手に入れてたな、こいつ。羨ましいな、いいな、10000円。
……気にしない、気にしないぞ。美月の口からどばどばとよだれが滝の様に流れ出てるけど気にしない。俺ももう寝るんだ。
博多に着いたら起こしてくれ。そんな願いを誰かに託して旭も眠りへと落ちていった。
結果的に、終点の新福岡空港まで全員寝過ごしてしまった。
Life goes on...next DAYS.
今回は趣向を少し変えて小ネタ集という形でお届けしました。正直おっぱいバレーのネタを書きたかっただけです、はい。
もうすぐ作品も折り返しになるので、そろそろ少しだけ物語が動きます。




