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DAYS 21:A Hard Day...'s Night

美月、お前の胸はどれだけでっかいんだ。

 三本目の仕事は朝とは別のバラエティー番組の収録だった。話題のゲームソフトにスポットを当ててスタジオに集まったメンバーで時には協力したり、時には対戦したりしながらプレイをする、というコンセプトの物で、あかりは時々準レギュラー扱いで呼ばれる。

「さて今回のタイトルは『ロードファイターSP』! 格ゲーの代表作『ロードファイターシリーズ』の最新作ですね!」

 司会の若田(わかた)という男が番組の進行をしていく。漫才コンビ「ウルトラワイルド」のひとりとして活動しており、これが彼にとってコンビ、ピンどちらとしても初の冠番組らしい。「ロードファイター」は数十年前からシリーズが続いているコマンド入力式の本格2D格闘ゲームだ。

「あかりちゃんこういうのどう?」

「全然やった事無いですよ~!」

 いやばりばり現役でやってるんですけどね。清純派アイドルのイメージを保つためにメディアでは言わないがあかりはプライベートでよくゲームをする。ましてやこの「ロードファイター」は前作をがっつりプレイしていたのである。

「さあという訳で今回はこの『ロードファイターSP』でガチンコトーナメントを行います!」

 トーナメントと言っても出演者は全員で四人だ。一回戦が終われば即決勝という流れになる。

 第一試合はゲスト同士の組み合わせだ。近頃売れ始めた若手の俳優須藤(すどう)とモデルの赤崎(あかざき)がそれぞれコントローラーを手に持ち好きなキャラクターを選んで対戦を始めた。ルールは三ラウンド制、先に二勝した方が勝ち上がる。

 勝負は拮抗して第三ラウンドまで続き、最終的に須藤の勝ちとなった。続いて第二試合、あかりの出番が回ってきた。

「悪いけど手加減はしないからねあかりちゃん」

 意気揚々と若田はキャラクターを決定する。キー・ビジュアルの中心に描かれているローという合気道家だ。

「え~、若田さんこわ~い」

 苦笑しながら彼女もキャラを選ぶ。いつもなら巨体のプロレスラーメルチゾフを使う所だが、ここはイメージを意識してカンフー使いの凛とした女性キャラメイリンに決めた。第一ラウンド開始。若田操るローは早々にメイリンとの距離を縮めつつ遠距離攻撃……いわゆる飛び道具である気の衝撃波を飛ばしてくる。

「えっ、わわっ、いきなりですか!?」

 あかりは攻撃が当たると同時にタイミングよくボタンを押してジャスト・ガードを発動させた。通常のガードならダメージを軽減するだけだがタイミングを合わせる必要があるジャスト・ガードならば無効化出来る。だがその瞬間しまった、と心の中で呟いた。素人感を出さないと……。

「おっ、やるじゃんあかりちゃん。ナイス・タイミング!」

 それを偶然だと思った若田は自分の攻撃を無効化されたにも関わらず彼女を褒めてきた。まるで指導者の様な振る舞いだ。

「しかーし、休んでる暇は無いぞ! 早く攻めてこないと俺がどんどん攻めちゃうよ!」

 若田は弱攻撃と強攻撃を織り交ぜた連打でコンボを決めてくる。それに対してあかりはひたすら立ったままガードを続けていた。

「ごめんねーあかりちゃん」

「ちょ、ちょっと待って! 全然動けないんですけど~!」

 この人、自分で思ってるほど強くないわ……何か調子に乗ってるしちょっとだけ反撃しようかしら。

 タイミングを見計らってメイリンをしゃがませて強攻撃を打つ。クリーン・ヒット。ローは倒れ込んだ。

「えっ!」

「やっ、やった~!」

 なんて偶然を装ってるけど、あんなテンプレのコンボ、こっちの攻撃が入るタイミングなんてわかってるってば。

「よ~し反撃開始です!」

 メイリンをダッシュさせてひたすらに弱攻撃を打ち込む。勢い余ってハメ技に持ち込む所だったがテレビの収録である事を忘れずにただずっと同じボタンを何の考えも無しに連打する。

「えいっ! えいっ! えいっ! えいっ!」

「あ~もったいないねあかりちゃん、せっかくのチャンスなのにさ~!」

 起き上がりと同時に入力されたコマンド技のアッパーカットで今度はメイリンが飛ばされた。ローはメイリンが立ち上がる前に距離を詰めてくる。今のちょっとイラッて来たわね。実力に見合ってない上から目線。

 あかりは即座にコマンドを打ち込み立ち上がり始めたタイミングでメイリンを前転させてローの足元まで動かした。不意を突かれた若田の指が一瞬止まったのを画面に映るローの動きで彼女は理解した。

「……えいっ!」

 今度こそ絶好のチャンス……という所で続けてコマンド入力。しかし指を滑らせ過ぎてボタンを押す事に失敗した。

「あれっ!?」

 なんてこれも演技なんですけど。大きな隙が生まれたメイリンはそのままローの必殺技の直撃を受けダウンしてしまった。ローの勝ちである。

「あ~~~負けちゃった~~~~!」

 あそこで足元に入り込めた時点で確実に勝てた試合なんだけど、さすがにスティック五回転の後にコマンド四連続(ボタン計十七連打)を素早く打ち込む清純派アイドルなんてドン引きでしょ……。

 あかりは終始接待プレイに徹底し、ストレート負けをした。その後勝ち進んだ若田は決勝戦で須藤と対戦し、見事優勝を掴み取るのだった。

「あかりちゃん」

「今日もありがとうございました、若田さん」

 収録後、スタジオを後にしようとしたあかりに若田が声をかけてきた。

「今日はナイス・ファイトだったよ。いや~ちょくちょく意表を突かれてビビったね。あかりちゃんセンスあるよ」

「え~、ほんとですか~。ありがとうございます」

 少なくともあんたよりはあるわ。

「ねえねえ、今日ってこれからまだ詰まってんの?」

「ええ、まあ、お陰様で……」

「そっかー……あのさあ、よかったられん……」

「あかり、悪いが早くしてくれ。次の現場に向かうぞ」

「あ、角田さん。わかりました。それではお疲れ様です」

「え、あ、お疲れ」

 角田さんナイス。ウインクをしてあげると角田はふいと前を向いて廊下に出ていく。連絡先を交換する相手ぐらい自分で選別したいものだ。こういう時に角田は常に目を配ってくれている。

「時間が押してる……お手洗いくらいなら行ってもいいが」

「いえ、大丈夫です。次はTV9でしたよね……荷物取ったらすぐに出ます」

 次は博多のテレビ局で歌唱収録だ。


「お疲れ様」

「お疲れ様です……」

 車に乗り込んだあかりはさすがに疲れた声を出していた。テレビ局での歌唱の後、そのまま今度は中洲のディスカウント・ストアに移動し夕方の生放送の情報番組の中継コーナーに出演。店のおすすめ商品を紹介するという内容だった。これにて本日の仕事は全て終了した事になる。

「それじゃあ事務所に戻るか……それともどこかでご飯食べてくか?」

「あー……」

 思い出した様にお腹が鳴る。そういえば昼食は取っていない。楽屋に置いてあったお菓子を度々摘まんでいただけだ。

「そうね……なるべく近くで」

「何か食べたい物は?」

「何でもいいわ。角田さんに任せる」

「……すぐそこに商店街があるし、適当に行ってみるか?」

「いいわね、たまにはそういうのも」

 髪を結んで帽子を被り、最後に伊達眼鏡。軽い変装完了である。この程度でも案外気付かれないものだ。一度乗り込んだものの、エンジンはかけずにふたりはまた車を出た。

 川端通商店街までは目と鼻の先である。歩いてほんの五分。週末の日没前のアーケード街は雨にも関わらず多くの人で賑わいを見せていた。行き交う人々は皆変装したあかりに気付く事無く彼女のすぐ横を通り過ぎていく。

「どこか気になる店はあるか?」

「だから角田さんに任せるってば。私をエスコートしてよ」

「じゃあそこにしよう」

 角田は目に留まった定食屋を指差す。人波を横切り、のれんをくぐって店内へ。昔からの地元の定食屋といった感じでなかなか情緒がある。朝にインタビューで行った……あれ、何て名前だったっけ……何とかアパートと近しい雰囲気だ。席に着くとすぐに店員が水を運んできた。

「いらっしゃいませ~、注文がお決まりになりましたらお呼び下さ~い」

「ありがとうございます。おすすめは何ですか?」

「おすすめは肉野菜炒め定食です。でも一番人気は唐揚げ定食ですね」

「じゃあ肉野菜炒め定食で」

「肉野菜炒め定食……かしこまりました。そちらのお客様は……」

「すみません、少し考えさせて下さい」

 角田はメニューを手に取って開いた。

「あ、じゃあ私の注文は保留で。この人が決まったら一緒に頼みます」

「かしこまりました!」

 店員は愛想のいい笑顔を浮かべるとととっと厨房に向かった。あかりと同年代に見える……アルバイトの高校生だろうか。

 ……今の顔どこかで見た事ある気が……。

 角田は五分ほどじっくりと考え抜いた末に結局唐揚げ定食に決めた。

「角田さんってあっさりしてるのか慎重なのかわかんないよね」

「店がどこでもいいのと、店に入った後に食事が何でも良いのかはまた別問題だと俺は思う」

 あかりが先ほどの店員を呼び注文をした。しばらく経つとあかり、角田の順に配膳がされ、揃った所で食事を一緒に取り始めた。

「いつもファミレスばっかりだからこういう所は新鮮でいいかも」

「そうか、ならよかったよ」

 談笑をしながら食事を続けていると不意に聞き覚えのある声が流れてきた。角に置かれているテレビで番組宣伝のCMが放送されている。先日あかりがナレーションを担当した物だ。こうして自分の声を聞くのはしょっちゅうである。

 そうして午後七時を少しだけ過ぎた頃。がやがやとしていた店内が突如として更なる盛り上がりを見せた。もしかして気付かれた? などと思っているとあの店員の少女がおもちゃのマイクを持って通路に立った。

「待ってました美月ちゃん!」

「目指せ日本一!」

 客達が得意げになってガヤを入れる。何が始まるのかとふたりも注目していると突然ミニ・コンポからカラオケ音源が再生された。イントロの一瞬であかりはその曲にピンときた。彼女自身の歌っている楽曲だ。

「これ『Lunatic Siren』じゃない」

 演奏に合わせて少女は歌い始めた。

「……!」

 その歌声はあかりの内側に流れる様に入り込んできた。たとえば高原に吹く風の様に。たとえば水面に立つさざ波の様に。たとえば枝葉の間を縫って射す木漏れ日の様に。すっと彼女の中に染み渡っていく。何だろう……歌唱力が特段に高い、という訳ではない。顕著な特徴を持った目立つ声質、という訳でもない。なのになぜか聞き入ってしまう。耳が離せない。どこか魅了されてしまう。私の歌とは全然違う。私はこんな歌歌えない。

 あっという間に曲が終わり、いつの間にか次の曲が始まっていた。またもあかりの曲である。少女はその後にもう一曲歌い、ミニ・ライブは幕を閉じた。

「ありがとうございました!」

 美月という少女は頭を下げる。聴衆は拍手と喝采とを彼女に贈っていた。

 美月……? 美月……どこかで聞いた名前だ……美月……!

 でっっっっっっっっっっっっっっっ!

 胸を見て思い出した。

 そうだあの娘、今朝何とかアパートで会った私のファンって娘だ!

「あのっ……!」

 あかりは席を立ち、店の奥へ戻ろうとしていた美月に思わず声をかけていた。

「す…………素敵な歌でした」

「……ありがとうございます」

 反応が今朝と全然違う……今話している相手が星野あかりだと気付いていないのか。

「全部星野あかりの曲でしたけど……好きなんですね」

「はい。ずっとファンなんです」

「……ありがとうございます」

「え?」

「あ、いえ何でも……よくああやって歌ってるんですか?」

「はい、皆さんのご厚意で……私、オーディションを受けようと思ってて」

「オーディション? …………もしかして、グリッターの……?」

 自分の事務所が新人発掘オーディションを行う事をあかりは知っていた。

「そうなんです。あかりちゃんの事務所なんです。あかりちゃんのおかげで私は夢を持てたっていうのもあって……」

「……そ、そうなんですね……」

 恥ずかしくなってあかりはぽりぽりと頬を掻いた。

「あの……オーディション頑張って下さい」

「ありがとうございます」

 にこりと微笑んで美月は今度こそ奥へと入っていった。

「……角田さん、今の歌どう思った?」

 あかりは席に戻ると角田に美月の歌の感想を尋ねた。彼は食事を終え水を飲んでいる所だった。

「……何とも言い表し難いが……所々に魅力は感じたな、表現が難しいが」

「ウチのオーディション受けるって」

「ああ、俺もそこの常連さんから聞いた。現時点では何とも言えないな……まあ審査するのは俺じゃないが。美月さんというそうだ。この店の看板娘のアルバイトの高校生。っていうか今朝あのアパートで会ったな」

「美月……さんね」

 美月さん。覚えておこう。もしかしたらもしかするかもしれないわね。


 その後事務所に戻ったあかりは角田と明日のスケジュールを確認し、今後の予定についての軽いミーティングを行った。

「何だか朝より元気になってないか?」

 ミーティングの後、帰ろうとしていたあかりに角田が言った。確かに、いつの間にか今日一日であれだけ溜まっていた疲れが吹き飛んでいた。エレベーターに乗り一階のロビーへ着くと休憩エリアで社員がくつろいでいたため、軽くあいさつをして外へ出ようと思ったら何とそこにいたのは社長の東雲(しののめ)だった。

「お疲れ様です……って社長!? 何でこんな所で……」

「あら、お疲れあかり。どこでコーヒーを飲もうとアタシの自由でしょう?」

 東雲は七十代半ばだというのに言動にちっとも衰えを感じさせない。さすが、元は自分の個人経営だったこのプロダクショングリッターを大手企業に育て上げただけの事はある。彼女はソファーに座ってすぐそばの自販機で売ってある缶コーヒーを飲んでいた。

「今日は何だか元気ね……明日はオフ?」

「いえ、がっつり仕事です……ちょっとファンの娘から嬉しい事を言われて」

「へえ。何て言われたの?」

「私のおかげで夢を持てたって……ウチのオーディション受けるんですって」

「そう……ちなみに、何て名前の娘?」

「美月さんっていうみたいです」

「美月……美月……ね……いい名前の娘ね」

「? ええ、可愛い名前ですね……だから、お仕事頑張んないとなーって。いやもちろんずっと頑張ってますけど、改めてっていうか」

 定食屋を出てから事務所に戻る車の中であかりはずっと幼少の頃を思い出していた。それは美月と同じ様に、彼女がアイドルになるという夢を持ったきっかけ。

 それはインターネット上の動画投稿サイトにひっそりとアップロードされていたライブ映像だった。ただ普通のライブ映像とは少し違う。仮想空間……VRでのライブだ。それも半世紀前の映像。今も世界中に多数のユーザーを持つVRMMORPG「OMNIS」。そのゲーム内でアバターによって行われていた物だ。「DAYS」というふたり組の女性アイドル・グループだった。おそらく観客のひとりがゲーム映像をリアルタイムでキャプチャーした物と見られる。今は削除されてしまって見る事は出来ないが、当時のあかりは何十回も何百回もその映像を見ていた。

 彼女が「DAYS」に夢見てアイドルになった様に、彼女の姿を見て同じ様に歌の世界を夢見る人がいる。美月との会話でそれを実感したのだ。

「夢を見せたからには、見続けさせてあげないとって思いました」

「ふふっ」

 その言葉を聞いた東雲はおかしそうにくすりと笑った。

「言う様になったじゃない、アナタも」

「あは、ちょっと偉そうでしたね……」

「別にいいわよ。今のアナタはトップ・アイドルなんだから。その自負は大いに結構。これからも励みなさい」

「はい……じゃあ、お疲れ様です」

「お疲れ」

 自動ドアが開いてあかりは明日に踏み出した。


LIVE goes on...next DAYS.

ちなみに美月が角田にも気付いてないのは、あかりと会った時の記憶が緊張のせいでほとんど無いからです。

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