DAYS 20:A Hard Day
太郎は完全に美月に惚れてますねこれ。
照り付けるライトの直下にいるといくら空調が効いた室内とはいえ汗が滲んでくる。もうどれくらいの時間この光を浴び続けているのか彼女はさっぱりわからなくなっていた。
「は~いそれじゃラストカットいきま~す!」
合図の後電子音のカウントに続けて大音量で歌声がスタジオ内に響き渡る。彼女はその声に唇の動きを合わせた。三十秒ほど撮った所で音が止まる。監督の男はすぐにモニターをチェックするが表情を曇らせる。
「……ごめんあかりちゃん、も~少し笑ってくれない?」
「……わかりました!」
こっちは一体何時間表情を作り続けていると思っているのか。そんな不満は一切表に出さずに彼女はにこやかに返事をした。
再テイク。これがラストカットという事もありありったけの力を振り絞って満面の笑みを浮かべる。もう全部ここで出し尽くしてやる。
「ちょっと笑い過ぎかな~、もう少し抑えて」
……はあ?
と言いたくなったが彼女は懸命に我慢した。
「それじゃテイク3いきま~す」
もう疲れた。帰りたい。そう思いながら一テイク目とニテイク目の間の表情を自分なりに作る。これで合っているのかは彼女自身にはわからない。
「……うん、オッケー! 撮影は以上になります! お疲れ様でした!」
周囲のスタッフ達からぱちぱちと労いの拍手が沸き起こる。彼女はありがとうございましたーと色々な方面に頭を下げながらセットの作られたスタジオを後にした。
「づがれだああああああ」
久方振りに楽屋に戻ってきたあかりは真っ先にソファーへと飛び込んだ。現在時刻は午後八時三十二分。前回この楽屋に入ったのが十二時過ぎだったためおよそ八時間ほど撮影をしていた事になる。途中に小休憩があったとはいえ相当な時間カメラと向き合い表情を作っていた。頬の筋肉が疲れているのがわかる。
星野あかり、十六歳。男女問わず特に十代から三十代の人々の間で莫大な人気を集める、今をときめく日本のトップ・アイドル。今日の撮影は九月にリリースされるシングル「夕日とペロペロキャンディー」のミュージック・ビデオ(MV)のための物だ。MV撮影はデビューからリリースの度に行っている恒例行事だが何度経験しても撮影後は毎回疲労が天井まで突き上げてくる。
しばらくはこのまま動きたくないとソファーにうつぶせになっていると誰かが扉をノックした。どうせマネージャーの角田だろうと思ったのでどうぞと振り返らずに答える。
「お疲れ様……ってお前まだ衣装でいるのか!」
彼女の予想は当たっていた。角田充。銀縁眼鏡をかけたすらっとした出で立ちの彼女のマネージャーである。三十二歳。ちなみに独身。顔はなかなかいいため女ウケは良さそうだ。扉を開けた彼は慌てた様子で話す。
「早く着替えなさい!」
「いいじゃんちょっとくらい。こっちは全身動かして疲れてるんだから」
「ならせめて佇まいを正しなさい。お前今スカートなんだぞ」
「え~? ……ああ、そんな事。角田さんやらしい、私をそういう目で見てるんだ」
今回の衣装はミニスカートであった。そのためソファーの上に足を伸ばして寝ていると楽屋の扉を開けた人間に足を向ける事になる。
「そういう事じゃない。俺じゃなくてもし他の人だったらどうなるんだって話だ。イメージを弁えてくれ」
「でも撮影直後って絶対角田さんしか来ないじゃん。だから私はこのままどうぞって言った訳で」
「だから必ずしもそうとは……まあいい。それを抜きにしても早く着替えなさい。汗臭いぞ」
「は~いはいはい……」
よっこらせと彼女は起き上がった。角田の言ったイメージというのは彼女自身のキャラクターの事である。清純な正統派アイドル……それが「星野あかりとして」芸能活動をやっていく上での指針なのだ。だらしがない所を人に見せるのはNGなのである。
「9時までに出られる準備をしてくれ」
「9時って……30分も無いじゃん。ちょっとくらいゆっくりさせてよ」
「活動門限だからしょうがないだろ」
「あーはいはいそうでした」
彼女の所属する事務所「プロダクショングリッター」の決まりだ。と言ってもほとんどの芸能事務所が未成年の仕事は午後九時までとしている。社会通念上のマナーの様な物だ。
「それじゃあ9時になったら迎えに来るから。帰りの車の中で明日のスケジュールの確認だ」
「わかりました」
過酷な撮影を終えても翌日にまた仕事は待っている。トップ・アイドルの辛い所だ。自分で選んだ道だから投げ出したりはしないが。
角田が退室したのを確認してから彼女は着替え始めた。着用直後の衣装……オークション・サイトに出品したらいくらで落札されるだろう……なんてふと考えてしまう。ああキモいキモい。
「明日のスケジュール……何だっけ」
翌日彼女は寂れた建物の前に立っていた。引き戸の横に貼られている木札にはでかでかと「叶荘」という字が書かれていた。この建物の名前だろう。
「ぼっっっっっっっろ……」
そんな感想がつい口を突いて出た。見兼ねた角田が注意する。
「絶対に他の人の前でそんな事言うんじゃないぞ」
「わかってるわよ……これ、アパート?」
「アパート……らしいな。実質学生寮らしい」
「学生寮……こんなにぼろいのに?」
「こんなにぼろいがだ」
朝っぱらからバラエティー番組の収録を済ませ現在昼前。二本目の仕事はこの古びた集合住宅叶荘で行われる。あかりは九州の様々な仕事に携わる人々にインタビューを行う連載コーナーを雑誌に持っており、そのためにここを訪れたのだった。今回のインタビュー相手は早乙女乙女という人物で、新進気鋭の高校生ライトノベル作家らしい。「らしい」というのは、あくまでも彼女はそう聞いているだけで詳しくは知らないからである。ライトノベルなんて物には大して興味が無いし。
角田がインターホンを鳴らす。少し間が空いてから応答があり、やがてドアががたがたと中から開けられた。見た目に相応しく建て付けが悪くなっている様だ。
「いやーいらっしゃいませ、どうぞ上がって下さい」
真っ赤な髪の少年が入館を促す。彼が早乙女乙女なのだろうか。話では早乙女乙女というのはペン・ネームらしく、氏は男との事だった(男のくせに女の子みたいな名前を名乗るのはどういう事なんだろうと思った)。作家なんてどうせルックスに大した気を払わない根暗で地味そうな人間なんだろうと思っていたのだが、案外そういう訳でもないらしい。
だが、この少年は早乙女乙女ではなかった。彼に案内され靴を脱いで上がる。来客用の靴箱は無いとの事なので左右を綺麗に揃えて沓脱ぎに置いておく。
「おじゃましま~す」
既に一仕事終えて若干疲れているのだがそんな素振りは見せずにあかりは明るい声を出す。このインタビューの後もまだまだ仕事は控えているのだ。こんな所で音を上げている場合ではない。
ふたりは少年によって102号室に通された。扉が開くと室内に大勢の人間が待ち構えておりあかりはついたじろぐ。こんなに人がいるなんて聞いてないんだけど。
「すいませんみんなあかりちゃんを見たいって言い出して」
「ああ、全然大丈夫ですよ。インタビューの時は早乙女さん以外退室頂ければ」
「皆さんいつも応援ありがとうございます」
あかりは満面の笑みを浮かべてぺこりと頭を下げた。
「ほら美月、何やってんだよ」
赤髪の少年はひとりの少女の背後へと回り肩をとんとんと押した。
「……あ…………あ…………あ…………!」
美月と呼ばれた少女は金魚の様に口をぱくぱくしたまま突っ立っている。
「駄目だこいつ、緊張して頭回ってねえな」
「あ……あ……あか……」
「あのあかりちゃん、こいつあかりちゃんの大ファンなんですよ」
少年が美月という少女の背中をぐいと押してあかりの前に歩かせた。なるほど、それで本人を目の前にしてこの有り様という訳だ。憧れの人を前に動けなくなる気持ちはあかりにもわかる。そこまで好かれているのはありがたい限りだ。
って、でっっっっっっっっっっっっっか!!!!!! 美月の体の一部を見て彼女は一瞬アイドルとしての顔を崩しそうになった。見た感じ同い年くらいだけど、何それ!? 何て物付けてんの!? 何私とのこの差!!
「本当ですか!? わあ~、とっても嬉しいです」
「あ……あ……ああっ……」
目を見てまた笑ってあげると美月の顔がみるみる赤くなっていくのがわかった。喜んでくれているのだろうか。
「あ……! あっ……あかっ………………!」
「……あのーあかりちゃん、失礼かもですけどこいつと一緒に写真撮ってもらったりとかって出来ます?」
「個人の範囲で鑑賞して頂く場合に限ってならば構いませんよ。あとネットにも上げないで頂ければ」
角田が口を挟んだ。
「あ…………! あか…………! あリッ……!」
「じゃあすいませんお願いします。ほーらほら並んで……あ、じゃあ撮りますんで、はい、チーズ」
赤髪の少年は流れる様に美月をあかりの隣に立たせて素早く自分の端末のカメラアプリを起動させてシャッターを押した。
「おっばっちり撮れてる。よかったじゃん美月」
「あっ……ああ……!」
「……あの、そろそろインタビューの方に入りたいと思っているのですが」
ファン・サービスを終えた所で角田が仕切ろうとする。しかしそれと同時に部屋の扉がばあんと勢いよく開かれた。
「びくっ!」
驚いてあかり含めたその場にいた全員が入口を見る。恐ろしい形相をしたボブカットの少女が恨みがましい目で息を切らして室内を見回していた。
「ハアーッ、ハアーッ、ハアーツ…………!」
「……!?」
怖っ!! 何このホラーみたいな人!
「ホシノ…………アカリハココニイルノ…………!?」
「はい。ここにいますが……」
恐れを隠して笑顔を作る。ホラー少女と目が合った。
「!! ホッ……ホシノアカリ!! ウッ……ウアアッ……! コロスッ!!!!!!」
はい?
ドスの利いた呻き声を上げながら少女はあかりへと飛びかかってきた。しかし彼女のすぐ目の前で眼鏡をかけた少年に制止される。
「い、いろは先輩! お、落ち着いて下さい!!」
「タロークンドイテソイツコロセナイ!!!! ウォアアアアアアアッ!!!!」
「冷静になれいろは!」
今度は長髪の少年が少女の背中を羽交い締めにする。
「キイエエエエエエエエエッ! ホシノアカリイイイイイイイッ! ジョークンヲ……ジョークンヲマドワセヤガッテ……ユルユルサンゾオオオオオオオオ!!!!!!」
「太郎このまま部屋まで連れ戻すぞ!」
「は、はいいっ!」
「キイエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!」
男子ふたりがかりで謎のホラー少女は無理矢理退室させられていった。え、何なのここヤバくない? ジョー君……ジョー君って誰…………梅ヶ枝丈? まさかさっきの人あいつのファンで、ちょっと前の私のゴシップ記事を読んで恨みを持ってたって事? いやいや無いから。あんなの100%デマなんですけど。まだ信じてる人いたんだ……。
「……賑やかですね」
呆然としながら角田が言った。
「……ではそろそろインタビューを始めたいと思いますので、すいませんがご退室の方をお願いします」
「うるさくてすいません。ほら美月、出るぞ」
「あ…………あか…………あかりちゃ……」
結局あかりの大ファンであるという美月は一度も彼女とまともな会話が出来ずに赤髪の少年に背中を押されて出て行った。
「えー、それでは高校生ライトノベル作家の早乙女乙女さんへのインタビューを始めようと思います。ライターを務めさせて頂きます富澤です。よろしくお願いします」
富澤は連載の執筆を担当している。既に到着しており、学生住人の間に混じっていたのだ。
「え~、まだじめじめした季節が続いとりますけども皆さん調子はどないですか~? ウチはな~、何やさっきから目が見えづらくて見えづらくてしゃーないんです。皆さんもそないな事ありまへんか? 最近そこら中に同じ様な人達がおる様に見えんねんけど。片瞑り。\ドッ」
「……あの、インタビューが始まるので退室を……」
住人は早乙女以外全員出ていったと思っていたら小柄な少女がひとりだけ残っていたらしく、突然関西弁でひとり漫才を始めた。桃色の髪の中学生ぐらいの少女だった。
「せやから前説で空気をあっためとこ思て」
「……不要ですので」
角田が強引に締め出した。
「……では改めまして、あかりのマネージャーの角田です」
「星野あかりです。よろしくお願いしま~す」
「早乙女先生の担当編集の宮内です」
宮内は見た所二十代の若手女性編集者といった雰囲気だ。そして先ほどからずっと椅子に座って黙り込んでいた少年が初めて口を開いた。
「……早乙女です」
めっっっっっっっっちゃイケメンじゃん何この人! まぶしっ! 変なとこに来ちゃったと思ったけどテンション上がってきた!
だがインタビューの途中から露見する彼の二次元への愛を見せ付けられたあかりのそのテンションは下降の一途を辿るのだった。
Life goes on...next DAYS.
さて、序盤からちょくちょく出してた娘をようやく本格的に出せました。今回も一話で終わらせるつもりだったのですが言うまでもありませんね……丈って誰? って思った人は読み直して下さいね。




