DAYS 16:若者のゆくえ
美月が叶荘を出ていきました。
美月を呼びに行った旭が暗い顔で戻ってきたのを見て、いろはも彼女を案じて顔を曇らせた。何も言わずそのまま夕食を取ろうとし始める彼にどうだったか尋ねてみた。
「美月ちゃん何て?」
「……ここを出ていくって」
むすっとした顔で旭が答える。それを聞いた住人一同は途端に動きが止まるのだった。太郎は口にしていたご飯を喉に詰まらせてごほごほとむせている。
何で!?
「……で、勢いで寮を出てきたと」
「……別に勢いじゃないよ」
旭との口論の後、美月は着替えと荷物をまとめて叶荘を後にした。それから朱美に頼んで彼女の部屋に泊めてもらう事にしたのだった。彼女が住んでいるのは叶荘とは違った完全な学生寮で、築五年とかなり新しい物件のため外装、内装共に真新しく清潔感に満ちていた。また女子寮という事でオートロックに監視カメラとセキュリティー対策もばっちりなのであった。叶荘とはまるで正反対である。
「ただ、もうあそこにはいられなくなっちゃったから」
「……う~ん、旭君の事だから謝ったら許してくれそうだけど」
「……どうだろ。こればっかりはなあ……」
彼はいつか叶荘に対する想いを語っていた。あの場所も、そしてそこに暮らしている住人も、彼にとってはかけがえの無い大切なものなのだ。意図せずとも美月はそれらを傷付けてしまった。そう簡単に許してくれるだろうか。先ほどの彼は見た事も無いほど悲しい顔をしていた。
「ま、ともかく、明日学校で謝りなよ」
「うう……やっぱり行かないと駄目?」
カバンも教材も持ってきてはいる。しかし旭と顔を合わせづらい。不安を抱きながら美月は慣れない朱美の部屋で夜を明かすのだった。
そして翌朝、金曜日。学校に必要な物以外は朱美の部屋に置かせてもらい、美月は彼女と共に登校を始める。彼女の寮は吉塚駅の近くなので普段とは逆方向から学校へ向かう事になり新鮮な通学風景だった。
「……って、そんなんありえなくない!? 普通さー……みっつー、聞いてる?」
「……」
「みっつー?」
「! は、はい聞いてるよ!?」
「……いや明らかに聞いてないっしょ……あーしの部屋からずっと虚無ってんじゃん」
「う~、ごめん……」
朱美の言う通り、起きてからずっとどうやって旭に謝ろうかを考えていた。どんな顔をして彼に会えばいいのか未だにわからない。だが無情にも学校はどんどん近付いていた。
校舎に着くと緊張で心臓がばくばくと高鳴っていた。教室に足を踏み入れた時、はたして旭は既に登校しているのか、それとも美月が彼が来るのを待つ形になるのか……今の時刻だとどちらでもあり得る。どちらの方が気が楽だろうか。
しかしその暴れていた心臓もほんの一瞬で止まる(様に感じた)。教室以前に昇降口で彼と出くわしてしまったからだ。ちょっと待って、まだ心の準備が出来てない……!
「! ……」
互いに目が合ったが旭は何も話さない。一方の美月は考えがまとまらずに言葉に詰まるのだった。
「……あー……うー……」
「……よう」
「! ……あ、うん……」
ぶっきらぼうに挨拶をしてくれはしたが、それ以降会話が続く事は無く彼はひとりすたすたと階段を上っていく。美月は焦りながらもその背に向かってそれ以上何も言う事が出来ないのだった。
「ちょっとちょっとみっつー、旭君行っちゃったよ?」
「う……うん……教室で謝る……」
だが、その後教室で話しかけようとするも彼は他のクラスメイトと話していたり、席を外していたりでタイミングが合わず結局美月はこれ以降一度も彼と話をする事が出来ないのであった。
「……め、面目無い……」
結局この日の夜も朱美の部屋に引き続き泊まる事にしてしまった。普段なら週末への解放感で気持ち晴れ晴れとするものだが今日ばかりはそうはいかなかった。
「いやあーし的には全然いいけど。みっつーといるの新鮮だし」
肩身が狭そうにする彼女に対し朱美はけろっとした顔で言う。
「それよりさ、明日何する? ……あ、もしかしてバイト?」
「ううん、次のシフトは明後日だよ……明日こそは……明日こそは謝ろうと思う……から出てくよ」
さすがに連泊し過ぎるのも朱美に悪い。
「ええ~せっかくなのに? ……けどこーゆーのは時間が経つと余計に謝りづらくなっちゃうもんね。じゃー今夜を楽しもう!」
朱美の調子は底抜けに明るい。こういう所も間違い無く彼女の魅力のひとつだと美月は実感する。
「そーと決まればお風呂行こうよお風呂」
「うん……あ、そうだ………………下着とか貸してくれたり……しない……?」
「え、いいよ……けど……みっつー絶対サイズ合わないよね。特にブラ」
「…………」
駄目元で挑んでみたが無理だったのでしょうがなく着回した。
「あれ、もしかしてあいつまだ帰ってきてないの」
その頃の叶荘。ひとり未だに夕食を取っていなかった桐悟は食堂に入るなり呑気な声を出した。他の住人は全員食事を終えており、一部以外は部屋に行かず団欒をしている所だった。
「……まだみたいね」
いろはが答える。美月とは出ていった直後に一度連絡が取れているらしく、昨夜はクラスメイトの部屋に泊まるとの事だったそうだ。おそらく今夜もそうなのだろう。
「こういうのは長引けば長引くだけ戻りづらくなるもんなんだがなあ」
桐悟はちらりと旭を一瞥する。遠回しに彼に語りかけていた。
「……まあ、色々抱えてるんでしょ……まだ上福して2ヶ月だし……もっと気遣ってあげるべきだったわ」
「すいません、ウチの姉が迷惑かけて」
「いや陽君が謝る必要はないから……あ、別に美月ちゃんに謝って欲しい訳でもなく……」
「……あいつは本心では俺達と一緒にいたくないんですよ」
頬杖を突きながらぼーっとテレビを見ていた旭が静かに口を開く。
「……旭君、本当にそう思ってるの?」
「…………だってはっきりそう言われたし」
「……旭兄ちゃん、それはちが……」
陽が何か言いかけた所で玄十郎が話に割って入ってきた。
「旭、お前は美月ちゃんを半ば強引にここに住まわせた事に対して後ろめたい気持ちがあるんだな?」
「……」
「半ば強引ってどういう事?」
「あー、確か早良の豪邸で一悶着あってから連れてきたんですっけ……」
太郎が顎に手を当てて思い出す様な仕草をする。
「……まあ、そうだな。勢いで約束こじつけちゃったからどっかで気になってはいたんだ。美月は本当にここに来てよかったって思ってるのかって」
「思ってるよ」
旭の口にした疑問に陽が淡白な口調ながらも即答した。
「……そう、言ってたのか?」
「ううん、言ってはいない。でも姉ちゃんの様子を見てるとわかるよ」
「……」
姉弟の間柄だからこそわかる直感という奴なのか。だがそれを聞いても眉ひとつ動かさない旭に玄十郎は話を続ける。
「お前がそう思って『出ていけ』と言った事はわかった。じゃあお前の方は実際はどう思っているんだ。お前は美月ちゃんに出ていって欲しかったのか」
「……んな訳無えじゃん」
祖父の言葉に旭は首を横に振る。
「……ならばそれをあの娘に伝えなさい」
「……あいつは本当はここにいたくないって思ってるとしても?」
「ああ、それでもだ。いいか旭、確かに美月ちゃんがどう思っているのかはとても大事だ。だがそれと同じ様にお前がどう思っているのかも大事な事なんだ。結論を出すのはお互いの本心を晒け出した後でもいいだろう。ワシの孫として他の住人の事を気がけるのはいい事だが、時にはそれだけでは上手くいかない事もある。旭、お前はどうしたい。どうありたいんだ」
「……俺が……どうありたいか……俺は…………美月と一緒にいたいよ」
「ならいつまでも暗い顔をしとらんでやる事があるだろう」
「………………わかった」
ひとつ頷くと旭は腰を上げる。
「明日美月のとこに行ってくる。今日はもう遅いし……」
「美月ちゃんの場所わかるの?」
「検討はついてますよ。仲のいいクラスメイトなら心当たりがあるんで……とりあえず風呂入ってさっぱりしてきます」
「……なるほど、そうなるか」
旭が出ていった後、昨日から一切この件について喋らなかった乙女が初めて口を開いた。
「そういえば乙女君ずっと黙ってたけど、もしかして見守ってたの?」
「ええ、小説のネタになるかもと思って展開がどう動くのか観察してました」
「…………いい性格してるわね」
土曜の朝。二泊させてもらった礼を朱美に告げて美月は彼女の寮を出た。空は荒れておりバケツを引っくり返した様な激しい雨が降りしきる中、重たい荷物を背負ってびしょびしょになりながらひとり叶荘への道を辿っていく。謝っても許してもらえなかったら今度こそ本当に叶荘を出ていかなければならないかもしれない。それに仮に旭が許してくれたとしても他の住人は自分の事をどう思っているのだろうか。彼から話を聞いているのはほぼ間違い無いだろう。これからぎくしゃくとした雰囲気の中で暮らしていかなければならないのかもしれない。憂鬱だ。自分で蒔いた種なのだが。
「……ごくり」
そして遂に彼女は叶荘の前へと戻ってきた。薄暗い天気のせいもありその古びた佇まいはどこか不気味にすら見える。こんなにじめじめとしているのに無性に喉が渇いて仕方がなかった彼女は自然と唾を飲み込んでいた。
「……よ、よーし、入るぞ……!」
すー、はー、と深呼吸をしてから足を踏み出……そうとして一旦動きを止めた……もっかい深呼吸しとこ……。
すー、はー。
よし、今度こそ……!
……いやもうちょっと心を落ち着かせよう……すー、はー。
よし、いける!
……いや待て待て、会話の出だしを考えてから……。
そんなこんなで自分の家に上がろうとするだけなのに門の前で五分以上まごついているのだった。
「あれ? 美月?」
「びっく!!」
不意に背後から聞こえた声で肩を跳ね上がらせる。傘を差した萌々華がジャージ姿で立っていた。ああ、二日振りに見た萌々華ちゃんやっぱり可愛い……。
しかしどこか無愛想に見える。いつもの高いテンションがどこにも見当たらない。機嫌でも悪いのだろうか。
まさか、本当に私が帰ってきたから迷惑がってるとか……じゃない……よね……。
どう切り出そうかと迷っている彼女に萌々華は低いトーン(それでも可愛い)で一言告げた。
「……何でお前門の前おるん?」
「ガーーーーーーーーーーン!!!!」
雷鳴が博多の空に響いた。何でお前叶荘おるん!? お前の居場所はここにはあらへんでって事!?
「旭が『お前は一緒に居りたない』言うとったけど……」
ダブル・ショォォォォックッ!!
お前とは一緒に居りたない!? や、やっぱり叶君に嫌われてるっ~~~~~……!
「あ、そー、そーですよねー、は、はは……」
気が抜けた美月はふらふらといずこかへ歩き出した。それを萌々華は引き留めるがその声は最早彼女の耳には届いていないのであった。
「あれ? 帰ってきたとちゃうん? お~い……何やあいつ、雷に打たれた様な顔して……ふわ~あ、まあええわ……早よ寝よ」
萌々華は借りていた漫才ライブのビデオ・ディスクを徹夜で観賞し、期限ギリギリでたった今返却してきたばかりのため眠くて眠くて仕方がなかっただけなのだが、そんな事など美月は知る由も無い。
彼女の明日はどっちだ。
Life goes on...next DAYS.
日本語って難しいですよね。




