DAYS 15:夢
美月は無事にバイト先が見付かりました。よかったよかった。
「トンカツ定食お待たせしました!」
「ありがとう美月ちゃん」
「いえいえ、お仕事ですから! こちらこそ毎度ご贔屓ありがとうございます!」
「美月ちゃ~ん注文お願~い!」
「はいただいま~!」
平日の夕方だというのに満福屋はほとんど満席に近い活況を見せていた。ようやく仕事に慣れ始めてきた美月は注文を取ったり、料理を運んだり、食器を下げたりと店のあちらこちらを動き回っている。女将の話によると彼女を雇ってからこの時間帯の客足がぐっと伸びたそうだ。すっかりこの店の看板娘になりつつある様で、それを聞いた彼女は悪い気はしなかった。
「雨酷いですから気を付けて帰って下さいね」
「ありがとう、また来るよ」
「美月ちゃん、もう時間だから上がりなよ」
会計を済ませた客を見送った後に女将が声をかけてくる。気付けば午後七時を過ぎていた。
「あ、はい……それじゃあ、お疲れ様でした」
「え~、美月ちゃん帰っちゃうのかよ」
「次のシフトはいつ~?」
「あはは、明後日です~……」
「じゃあ明日は来んわ~」
常連客に惜しまれながら店の奥へと入っていきぱぱっと学校の制服に着替え、大将と女将と常連客とに挨拶を交わして店を後にする。アーケードの出入口まで歩くと傘を開いて国道202号線を衹園駅方面へと進んでいく。九州北部は先日梅雨に入ったばかり。じめじめとした生ぬるい風が美月の体に雨粒を飛ばしてくる。制服はこの間夏服に衣替えしたが、それでも暑い。満福屋店内の冷房がもう懐かしく思えてきた。
「うへー、今日も疲れた……」
帰宅後、食事と入浴を終えた美月は自室に入った途端にベッドに飛び込んだ。ふかふかの布団が疲弊した体を優しく包み込んでくれる。このまま全てを委ねてもいい……。
仕事には慣れ始めているし、満福屋の夫婦も常連客も優しく接してくれる。そこに不満はひとつも無い。ただ気持ちが適応してもまだ体のほうが馴染んでくれない様だ。
「何か忙しない……」
去年の今頃はもっと時間があった気がする。去年の今頃って何してたっけ……頭がぼうっとしてきた。逆に来年の今頃は何してるんだろう……閉じた瞳で見えてくるものは……懐かしい、いつかの幼い自分だった。
「…………ふえ」
意識を取り戻した美月は自分が眠りに落ちていた事に気が付いた。ぼんやりとだが夢を見ていた気がする。内容は何となく覚えている。窓の外では相変わらず雨がしとしとと降り続けている様だった。
「あー……寝てた………………寝て……た…………?」
時計を確認する。午前一時。日付けが変わっている。
「うっそ……しゅ、しゅくだい……!」
ごしごしと瞼をこすりながら勉強机へと向かう。カバンから数学の教科書とノートを引っ張り出して開いた。
「え、えーと、どこがしゅくだいだっけ………………くー……」
回らない頭を回そうとするも結局、五分後には机に突っ伏すのだった。
「それにしても今朝は珍しかったね、みっつーが宿題見せて欲しいなんて」
翌日の昼休み、一緒に食事を取っていた友人が紙パックの牛乳を片手に怪訝な目で尋ねてくる。白崎朱美。右方できゅっと結び上げられている鮮やかな金色の髪がトレードマークの美月のクラスメイトである。鋭い三白眼も特徴的だが、その奥にある優しさは彼女と少しでも接すれば誰にでも伝わってくる。
「あー、ほんとにありがとね。助かったよ。帰ったらそのまま寝ちゃって……」
「バイト始めたんだっけ? きついんなら変えれば?」
「……んー……でも結構好きだし」
「ふ~ん……ならいいけど。つか好きなんだ、接客」
「……そう言われるとそうなのかも?」
言われて少し考える。人と触れ合う事は確かに好きだ。
「みっつー愛想いいもんねー。将来も接客業に就くの?」
「将来? いや、全然そんな事考えてないけど」
「ふ~ん、そーなんだー。あーしは美容師興味あってさー」
「え? 初耳だよそれ」
「うん、だって今初めて言ったもん。みっつーも切ってあげるねー。友情ボーナスで割り引いたげる」
「あはは、楽しみにしとくよ」
「あ、そいや進路希望書いた?」
「……し ん ろ き ぼ う ?」
「うっわ忘れてるし……ほんとに最近忙しいんだねみっつー。マジヤバじゃん。先週配られたじゃん、明日回収」
「……………………あっ!」
思い出した。そういえば確かに配られた。クリアファイルに入れたっきり一度も触っていない。
その後午後の授業も終わり、この日はどこにも寄らずにまっすぐ帰宅してさっさと進路希望調査票を書く事にした。
簡単なアンケートであるため設問はシンプルだった。
1.卒業後の進路をどう考えていますか。
1.進学
2.就職
3.その他
4.決まっていない
「卒業後の進路……」
一問目から既に回答に迷い始める。大学への進学を考えてはいたのだが本当にそれでいいのかという疑問が湧いてきたのだ。それは昨日見た夢のせいでもあった。幼い頃の自分の姿だ。
「……うーん時間も無いし『1』でいいや。まだ2年だし、本格的に考えるのは来年になってからで」
そう言って回答欄に「1」と記入した。
翌日も天気は雨。いつもの様に早苗が作ってくれた食事を他の住人と共に取る朝。ただ今日はそこに珍しい光景があった。
「うーす」
「! ざわ……ざわ……」
何が起こったのか、いつもはギリギリに起床して早苗特製おにぎりを持ってばたばたと登校する桐悟が髪も束ねていない状態で姿を現したのである。普段は決してありえない状況に食堂の一同はざわついていた。
「何だよそんな『パレード』を見る様な目で見て……あ、ちなみに『パレード』ってのはオムニスにいる……」
「ト、トーゴ! あんたどうしたの!? 風邪!?」
「今日は雪ですか!?」
「日本沈没!?」
「おいおい、オレだって早起きする日くらいはある。早苗さん、今日はおにぎりいいよ」
「あらそうですか。じゃあトーゴ君の分も準備しましょうか」
「ありがとう」
ご飯と味噌汁とを受け取ると彼は盆も使わずに碗を鷲掴みにしたまま席に持っていき食事を始めた。
「くーっ、早苗さんの味噌汁、朝から染みるぜ……」
「あ、そういえば美月、進路希望書いたか?」
「えっ!? もちろん書いたよ!」
途端に話を振られて美月はびくりと肩を跳ね上げてしまう。昨日ギリギリで思い出したなんて言えない。
それだけではなく、どこか心に引っかかるものがあったからでもある。最終的に大学進学という事で回答を終わらせたが本当にそれが自分が望んでいると道だとは言い切れない気持ちもある。
「叶君はウチを継ぐんだっけ?」
「ああ、もちろん」
「……」
胸を張って答える旭がどこか羨ましく思えた。
「……美月」
「……何? いいっ!?」
ぼんやりとしていると突然旭がぐいっと顔を近付けてくる。
「な……何何何!?」
「……お前、具合悪いのか?」
「ううぇっ!? べ、別にそんな事無いよ! どうして?」
「いや何となく。何かちょっと変な気が」
彼女の心の機微を察したのか。勘のいい奴である。
「進路希望? 何だそんなのあるのか?」
「あんたもあるでしょ」
呑気な桐悟にいろはがツッコむ。それを聞いて彼は箸を持つ手を止めてぼーっと空を見つめた。
「……あったっけ」
「全学年共通で今日提出よ」
「マジか……オレ、今日休むわ」
「無くしたからってサボろうとすな!」
「おっ! 姉さんそれええツッコミやん! ナ~イス! ナ~イス・ツッコミ!」
親指を立てる萌々華。早起きしてきてもやはり桐悟は桐悟だった。受験生としては少し心配だが。
「トーゴ先輩は卒業してもずっと遊んでそうですよね。何か適当なとこを受験しそうなイメージ」
自分はこうならない様にしよう。そう思いながら美月は桐悟に尋ねた。
「おう! オレは卒業してもずっと遊ぶぜ! ずっとゲームしてると思う!」
「言い切る所が凄い……」
「適当なとこではないけどな! プログラミングを覚えてゲームを作る!」
「…………え」
意外。というのが初めに浮かんだ言葉だ。だらしなく見える彼にもしっかりとした目標があったのかと驚き、また、やはり美月は、羨ましく思ってしまった。
「何だよその顔は! アプデが終わったと思ったらソッコーメンテに入った時みたいな顔しやがって! すっげーわかる!」
食事後は各々支度を済ませて今日は全員揃って叶荘を出た。昨日から抱えているもやもやとした気持ちが通学している最中美月の頭の中でぐるぐるとうねっていく。
みんな夢に向かって真っ直ぐ進んでいる。では自分はどうだろう。
大学進学以外にも選択肢がある事に気付いてはいる。しかし逡巡している。みんなみたいに迷いの無い目になれない。昨日進路希望調査の記入中に自分が言った言葉を思い出す。来年になってからで、って、来年になったら本当にそうするのだろうか。これまでの自分を振り返ってみる。毎年そう言ってきたのではないか?
「えええええ! 何やってんだよ美月!」
「……あ」
気付けばひとりだけ横断歩道を渡りそびれていた。
結局進路希望調査票は修正する事無くそのまま提出した。授業中も何だか上の空になってしまい、バイトでも身が入らず配膳中に食器を落として割ってしまった。叶荘に戻るなり彼女はそのまま部屋に上がり、電気もつけずにベッドに倒れ込む。真っ暗で何が何だかわからない部屋はまるで今の彼女の頭の中の様だった。
福岡に来て彼女の生活は間違い無く変わった。新しい家に新しい友人、新しい学校……全てが変わった。
だが、たったひとつ未だに変わっていないものがある。自分自身。
「……どうしたらいいんだろ」
どうしたらみんなみたいになれるんだろう。
「私……ここにいていいのかな」
不安がそんな言葉となって口から出た。湿気のせいもあり不快感が大きくなっていく。すると誰かがドアをノックした。
「美月ー」
この声は旭だ。
「……なにー……?」
「もうご飯出来てるぞー」
「……あー……」
食欲が湧かない。
「今日はいいや」
「……開けていいか?」
「……ううん」
しかし彼女の答えを無視し旭は部家のドアを開けて壁にある電気のスイッチを押した。途端に室内が明るくなる。
「! 駄目って言ったじゃん……」
今は他の住人と会う気になれなかった。何だか落ち着かずに、真っ直ぐと彼らの顔を見る事が出来ない。
「具合悪いんだろ?」
「……別にどこも悪くないよ。ちょっと落ち込んでるだけ」
「何があったんだよ」
「別に何も無いの。私自身の問題だから大丈夫」
「……何だよ、お前自身の問題って……」
「自分で解決するから大丈夫」
そうだ、解決出来るのは自分だけなのだ。
「だからほっといて」
この時、言い方を間違ってしまった、という事を彼女は後から思い返して理解した。もっと違う表現があっただろうに、なぜこの時の自分はこんな乱暴な言い方をしてしまったのだろうか。
「……ほっといてって、ほっとけるかよ」
「!」
旭が部屋に入ってくる。今朝間近で見た彼の顔を思い出す。またああいう風に心の中を覗かれる様な感覚に陥るのだろうか。彼らと自分とを比べて感じる情けなさ。そんな弱い部分を見て欲しくない。そう直感的に思ってしまった美月は彼を拒絶してしまった。
「ずけずけと入って来ないで!」
「! そんな言い方ねえだろ……! 俺だって住人のお前を……」
「大体私、ここに住みたくて住み始めた訳じゃなかった!」
「!」
上福初日の事を思い出す。そもそもはなりゆきでここの住人になった事は事実だ。
「そうだよ。ここに住まなければ……みんなに会わなかったらこんな風にはならなかったんだから!」
言い終えた後に美月ははっとした。しまった、間違えた。確かにそうかもしれないが今のは違う。何か大きな間違いがある。
「! い、今のは……!」
訂正しようとして旭の顔を見上げた。しかし時既に遅し。彼は悲しげな表情を浮かべていた。
「……じゃあ、出ていけよ……」
「……!」
先に拒絶してしまったのはこちらだ。ならばこうなる事は当たり前ではないか。
……もう、この場所にはいられない。
「……うん、出ていくね」
それから一時間も経たない内に美月は荷物をまとめて叶荘を出ていった。
Life goes on...next DAYS.
また一年以上振りで非常に申し訳無いです……が、連載ペースを頑張って上げるつもりです。




