表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/41

DAYS 14:16歳のハローワーク

太郎君が趣味を見付けました。

「あら、寂しくないかしらと思ってせっかく電話してあげてるのに」

 福岡某所のとある一室。ひとりの女性がオフィスチェアに腰掛け携帯端末を耳に当てていた。机の上には満遍無く広がる種々雑多な書類の海。ナンバリングがなされたファイルはバラバラの順番でスタンドに並んでいる。

「……そう、問題無くやってるのならいいわ……ま、あなたがそう簡単にヘマをするとも思えないしね」

 椅子をくるくると回しながら彼女は話を続ける。数ヶ月振りに聞いた部下の声は相変わらずの様子だ。

「では引き続き対象の観察を続けなさい……レイ」

 彼女……霧羽()()は通話を終えた端末を書類の上に放り出し、頭の後ろで手を組みながら両足を机の上にどかっと乗せた。その拍子に書類の一部が滝の様に床に流れ落ちたが、少しも気にする素振りは見せない。

「叶旭……神の見えざる手……か。神、ねえ……」


「……ふあ?」

 星野あかりが可愛らしい歌声に乗せて美月に朝を運んできた。電話だ。携帯端末の着信音に彼女の楽曲を設定しているのである。美月は目を瞑ったまま端末それを手探りで探した後、半分ほどまぶたを持ち上げて通話ボタンにタッチした。

「ふあい、もしもし?」

〈おはよ……あんた今起きたわね〉

「ふえ……お母さん」

 聞こえてきた声は長崎に住む母親の物だった。上福直後、叶荘に住む事になった事を連絡して以来およそ一ヶ月振りの会話だ。

「何?」

〈そろそろそっちには慣れたかなーって思って〉

「ああ、うん。ぼちぼちかな」

〈そう、よかった……ところでアルバイトは決まった?〉

「……はい?」

 不意を突かれた質問に思わず聞き返した。

〈……まさかあんた、忘れてたんじゃないでしょうね〉

「…………! あーっ、忘れてる訳無いじゃんもう!」

 すっかり忘れていた。そういえば少しでも家計を支えるためにバイトをしろと言われていたのだ。

〈……その言い方だとまだ決まってないみたいね〉

「え? あーうんちょっとまだね……探してはいるんだけど(大嘘)」

〈今月中に見付けなさいよ〉

「あーはいはいわかりました」

〈じゃないと来月からあんたの口座の貯金からいくらか引いてくからね〉

「えっ、ちょっと待って何それ!」

〈嫌だったら少しくらいは自分で稼ぎなさい。もう高校生なんだから。それじゃあアルバイト決まったら連絡してね〉

「ちょ、ちょっと待ってお母さん! いやお母様!」

 慌てる彼女を無視して母は一方的に通話を切った。するりと端末が手から滑り落ちていく。

「……バ、バイト探さなきゃ……」


「お? バイト探してんの?」

 しばらくの後、美月が食堂でパンを食べながら求人情報誌を捲っていた所に旭が後ろから声をかけて覗き込んできた。この情報誌は起床後すぐにコンビニで取ってきた無料の物だ。朝食もついでに買ってきた。休日は基本的には早苗は料理をしない事になっている。

「あー、うん。前言ったじゃん。そろそろ始めないとなあって」

「ああそういや。偉いねえ」

「じゃないと姉ちゃん、自分の貯金を母さんに崩されてくんだよ」

「撤回するわ」

「余計な事言わないの!」

 読書をしていた陽が横からぼそりと口を挟んできた。旭はそのまま冷蔵庫を開け、ペットボトルに入った飲み物を手に取る。

「んでどう? 何かいい仕事あった?」

「ん~……よくわかんないからなー……高校生だとコンビニとか飲食店ぐらいだよね……あとは工場とか」

「新聞配達とかもあるんじゃないの? 早起きは健康にいいぞ」

「姉ちゃんが毎朝そんなに早く起きられる訳無いって」

「それもそうか」

「勝手に決めないでよ……まあ確かにそうなんだけど……う~ん……出来るだけお給料がいい所……あ、ここいいかも」

 とあるファミリー・レストランの情報に美月は目を留めた。制服を着た女性のホール・スタッフがこちらを見てにこりと微笑んでいる。

「制服可愛いし……週3日程度でオーケーって書いてるし……」

「決まったか」

「うん! よーし、電話してみよう! …………あ、もしもし……」

 すぐに電話をかけ面接の応募をする。通話は一分も経たない内に終わった。

「明日早速面接だって! 履歴書買って来なきゃ!」

「頑張れー」


 ちょうど一週間後。

「ふあー……おはよ」

「あらおはよう」

「あ、いろは先輩……おはようございます……食パンってまだありましたっけ」

「あるわよ。あと1枚だけ」

「よかったーじゃあ今朝はトーストでいいや」

「そういやお前バイトどうなったんだ?」

 朝食の準備を始めた美月に先週と同様旭が尋ねてくる。トースターのタイマーをセットしながら彼女は答えた。

「んー……まだ結果待ちだよ?」

「……?」

 返答を聞いた彼は怪訝な顔をする。

「採用の場合は大体3日程度で連絡をくれるって言ってなかったか?」

「言ってたけど、3日『程度』だし……まだ誤差の内かなって」

 スケジュール帳に何やら書き込んでいたいろはが話が聞こえ、ペンをぽろっと落とす。旭もぽかんと口を開けていた。

「……美月ちゃん、それって……」

「お前これ完全に落ちてるだろ」

「……!?」

 美月は耳を疑った。

「う、嘘……だってまだ6日しか経ってないよ」

「倍の日数経ってんじゃねーか……現実を見ろ」

「そ、そんな……! だ、だってだって、あんなににこにこしながら和やかに面接が進んだのに……!?」

「そういうもんだよ多分」

「そういうものよ」

 ふたりの意見が一致していた。ようやく美月は自分が不採用になったという事に気が付いたのである。

「なっ……何がいけなかったんだろう……接客に抵抗は無いし、一生懸命頑張りますってアピールしたのに……!」

「向こうにも向こうの都合があるからなあ。めっちゃシフト入れる奴とか、融通ききそうな奴とかが他にいたんじゃねーの?」

「……ば、ばんなそかな(・・・・・・)……っ!」

「わかりやすく動揺してるわね」

 壁にかかっているカレンダーを見る。今日は五月十八日。六月まであと十四日だ。

「……ちょ、ちょっとコンビニ行ってくる!」

 再び求人誌を求めて彼女は外へ飛び出していった。


「……き、決まらない……全然決まらないよ……!」

 数日後の夕刻。叶荘の食堂には依然としてアルバイトが決まらずテーブルに突っ伏す美月の姿があった。

「ど、どうしたんですか、美月先輩……」

「バイトが全然決まらないんだよ」

 心配する太郎に、旭が代わりに答えた。

「えっ、まだ……?」

「うっ!」

 美月の胸を鋭い何かが突き刺す。

「いくつ応募したんだっけ」

「や、8つほど……」

「それで全部落ちたんですか」

「ううっ!!」

「おいそんなはっきり言うなよ」

「す、すいません」

「しっかしよくもそんなに決まらないもんだな。就職しようとしてる訳でもあるまいし」

「私が聞きたいよ……一体何が駄目なのかさっぱり。ああどうしよう、もうすぐ6月になっちゃうよ」

「学校の求人板は見ました? 食堂とか図書館とかたまに出してますけど」

「見たけど今はどこも出してなかったよ」

「そりゃもう5月が終わるもんな。新学期が始まってすぐならわかるけど」

「うーん、ウチに誘いたい所だけど、あいにく今は募集してないのよねえ……」

 心配そうに頬杖を突きながらいろはがこちらを見てくる。彼女は映画館で働いているらしい。

「そ、そうだ! か、叶君! 私をここで雇ってよ!」

「お? 何だ? 嫁ぐのかお前?」

 すがる様に言い放った美月だったが、突然現れた桐悟の言葉でぼっと赤面してしまう。

「ち! ちちち違います!! バイトが決まらないんです!」

「悪いがウチにそこまでの余裕は()えよ。早苗さんひとりで精一杯」

「そんなに困ってんならオレのバイト先に来るか? 中古のゲームショップだけど」

「え、ほんとですか!? ……あ、いややっぱりいいです」

「おいおい遠慮すんなよ」

「いえ、トーゴ先輩と一緒に働くのが嫌なので。もうほんとにどうしようもなくなった時の最終手段として残しておきますね」

「お前ほんとオレに容赦無えな」

「しゃーないなー。どーせ面接で覇気の無い対応しとんのやろ。ウチが一発稽古つけたろか? 面接なんてインパクト勝負やで! とりあえず関西弁で話して……」

「あーうんそーだねー」

「おい聞き流すなや!」

 騒がしくなってきた所に調理を終えた早苗が鍋を運んでやってきた。気付けば皆が食堂に集合していた。夕食時に住人全員が揃うのはなかなか無い。

「よかった、今日は皆揃ったらなって思ってたんです」

 嬉しそうにしながら早苗はテーブルの真ん中に置いた鍋のフタを開けた。途端に湯気が立ち上り、ぐつぐつと煮込まれた中身が姿を表す。彼女特製のビーフシチューだ。

「出来たてのあったかい内に食べてもらいたかったので。何だか大変そうですけどこれで元気を出しましょう。味は保証しますよ」

「さっ、早苗さん……!」

「大丈夫です。美月ちゃんは素直で明るくていい娘ですから、焦らなくてもきっとその内いいお仕事が見付かりますよ。肩の力を抜きましょう」

「……そうですね。ちょっと焦り過ぎてたのかも……ちゃんとやれてるつもりでもどこかで空回りしてたのかもしれません」

「さすが叶荘のお母さんだわ」

「大人ですね」

 かちゃかちゃと食器の準備をしていたいろはと太郎が言葉を漏らす。全員の前に料理が並び終わった所で旭が仕切り始めた。

「んじゃ久々にやりますか……お手を拝借」

 いただきます、と皆一斉に声を出し夕食が始まった。

「ところで」

 直後に早苗がにこにこと笑顔で一言。

「私はまだ24ですからね。叶荘のお姉さん(・・・・)ですからね」

 暖かかった食堂の空気が一瞬で凍てついた。


 それから更に数日後。面接を終えて溜め息をつきながら出てきた美月を旭が待っていた。場所は博多駅に直結する商業施設の七階。彼女が今回応募したのは全国に展開している大手のCDショップだ。これまで応募していた飲食店よりも時給が高いのがポイントだった。

「……その様子だと駄目だったか」

「あー、うん……ごめんね、わざわざ待ってくれてたのに」

 面接は十分程度で終わった。この日ふたりは学校帰りにそのままここに来たのだった。

「何か、好きな音楽のジャンルは何ですかとか聞かれたけどそんなの全然わかんないよ。あかりちゃんぐらいしか聴かないのに……」

「そりゃー音楽扱う店なんだからしょーがないだろ……にしてももう5月が終わるぞ」

「うん……結局今月中には無理っぽいなあ……私運無いのかなあ……家が焼けるし……」

「ちょいちょい! そのおかげで叶荘に来た訳だし結果オーライじゃん……オーライって事にしとこうぜ」

「あはは……そうだね」

 彼の言う通り、二ヶ月が経とうとしている今となってはすっかり過ごしやすく感じているのは事実だ。叶荘に来れた事は結果的に良かったのだろう。

「早苗さんが言ってたじゃん。焦らずやろうぜ」

「うん……お金が減っていくんですけどね」

 せっかくここまで来たのだからという事でそれからふたりは気分転換に適当に店を見て回った。外に出た頃にはすっかり日が沈み始めていた。これから帰ろうかという所で旭が何かを思い付いた様に言った。

「あ、そうだ。今日は外で食ってくか。奢るぜ」

「え、いいの?」

「気持ちをリセットだリセット。早苗さんに電話しといて。ちょっと歩くけどいいか?」

 その後彼に連れられ歩く事十五分。やってきたのは川端通商店街にある定食屋だった。「満福屋(まんぷくや)」と書かれたのれんがかかっている、叶荘に負けず劣らずの時代を感じる店だ。

「行きつけなんだよここ。昔っからたまに食いに来ててさ」

「へえ……」

 慣れた手つきでガラガラと戸を開けた彼に続いて美月も店内に足を踏み入れる。内装も想像した通りの古臭い雰囲気だった。天井の角にテレビが設置されており、ゴールデンタイムのバラエティー番組が映されていた。適当な席に向かい合って座る。少ししてから初老の女性が水を運んできてくれた。

「あら旭ちゃん、いらっしゃい。お友達?」

「今年からウチの住人になった美月」

「こんばんは」

 紹介され軽く会釈をする。

「新しい子が入ってきてて何よりじゃない。玄十郎さんは元気?」

「相変わらずギリギリでやってるけどね。元気だよ。今度連れてくるよ」

「ゆっくりしてってね」

 彼女が去った後旭はテーブルにメニューを広げる。

「さあさあ何でも頼め」

「わーい……うーん、どれにしようかなあ」

 五分ほど悩み生姜焼き定食に決めた。旭が注文し、配膳を待っている間テレビを見ていると星野あかりの顔が突然映り美月は驚いた。新譜リリースのCMだった。

「あ、あかりちゃん……へえ、来月アルバム出すんだ……うあー欲しいなあ」

「けどお前お金あんのかよ」

「うっ! そ、そーだった……! あ、あかりちゃんのアルバムを買うためにも早くバイトを探さないと……!」

「お待たせ」

 CMが切り替わった所で先ほどの女性がちょうど料理を持ってきた。学校帰りからそのままバイトの面接に行ったお陰ですっかり疲弊している今、出来たての手作り料理はいつもよりも美味しそうに見える。早苗の物とはまた違った暖かさを感じさせる料理だ。お腹が空いてきた。

「美月ちゃんお仕事探してるの?」

「はい、そうなんです……なかなか決まらなくて」

「だったらウチで働いてみる? ……なんて」

「えっ! いいんですか!?」

 思わぬタイミングでチャンスが巡ってきた。美月は目を輝かせる。

「え、てっきり興味無いかと思ったけど……ほんとに来てくれるんなら歓迎しちゃうわよ。おばさんももう年でねえ、疲れがなかなか取れないからそろそろ誰か雇おうかって主人と話してたのよ」

 この店は開店以来ずっと夫婦ふたりだけで切り盛りしてきたらしい。

「今時の子はこんなおんぼろな店に興味なんて無いと思ってたんだけど」

「い、いえいえあります! もうめちゃめちゃあります! おばさんがよければぜひ私にお金を下さい! じゃなかった働かせて下さい!」

「下心隠れてねえな」

「そ、それで面接はいつ……」

「面接なんていいわよ。ただあんまり高いお給料は出せないけどそれでもいいんならって感じだけど……」

「や、やります! 私もそんなに選んでる状況でも無いので!」

「ほんと? だったら食べ終わった後に少しお話しましょうか。主人にも伝えておくわね。ゆっくり食べて大丈夫だからね」

 彼女は笑顔で厨房へと戻っていった。これって、あっさりとバイトが内定した様な物では。

「仕事見付かってよかったじゃん」

「うん! よかったーこれであかりちゃんのアルバムを買えるよー」

 その後店主夫婦と三人で話をし、美月は晴れて満福屋で働く事となったのだった。


「はい、もしもし……え、採用ですか?」

 翌日、落ちたと思っていたCDショップ(高時給)からの採用の連絡が来た。もちろん断ったが、少し迷ったのは内緒である。


Life goes on...next DAYS.

一年以上お待たせしてしまいました。今年は少しは多く更新出来る様に頑張りたいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ