DAYS 17
さあこれからどこへ行こうひとりでさ……。
「もう帰った?」
〈うん……あれ、旭君会ってないの?〉
「……行き違いか……」
美月を迎えに朱美の寮を訪ねた旭だったがエントランスのインターホンで彼女を呼び出すとどうやら美月はひと足早く叶荘へと帰っていったとの事だ。会えずにがっかりしたが美月が帰る気持ちになったという事を知れたのはよかったとも思えた。
「じゃあ俺も戻ってみるよ。サンキュ」
〈やっぱりみっつーの事気にしてたんだね〉
「そりゃするさ。あいつはウチの住人だからな」
〈それ早く伝えてあげなよ。みっつー旭君と仲直り出来ないかもって思ってたよ〉
「……わかった。じゃ、また学校でな」
通話を終え、土砂降りの中彼は急いで来た道を戻るのだった。
しかしその美月がいたのは叶荘ではなく、博多駅近くの不動産屋の前だった。いよいよ叶荘を本当に出ていく準備をしなければならなくなった、と思いながら店頭で紹介されている賃貸物件を適当に見ていたのである。
萌々華のあの様子と、彼女から聞いた旭が言ったとされる言葉。自分はもうあの場所には望まれていない。自業自得だが居場所を失ってしまったのだ。
「……」
歩道を歩く人々の喧騒と、行き交う車のエンジン音と、傘をたたたんと打つ雨音。色々な音がごちゃごちゃになって耳へと入ってくる。彼女の心と同じだ。加えてそこに。
「……お腹空いた」
腹の音も鳴る。
「……あ~もう何か食べよ何か! 朝抜いてきたしとりあえずお腹を膨らまそ! 考えるのはそこからだ!」
そう思い直して顔を上げた時だった。
「美月さん?」
「……? はい?」
「やっぱり美月さんじゃないですか!」
いきなり声をかけてきたのはおかっぱ頭の少年だった。彼女はその顔を見て思わず戦く。忘れもしない顔だ。
「ひいっ! 西之上さん!?」
「北之上です! いやあ、それにしてもいつ見てもメイド服が似合いそうだ……」
「! き、着ませんよもう!」
反射的にがばっと胸を押さえる。
「わかっていますよ……僕も潔く引いた身。さすがに人妻に手は出しませんよ」
「ひ、人妻!? 何を言って……! あー……そ、そーいえばそーいう事になってた気が……」
上福初日の彼の邸宅での出来事を思い返す。旭が勢いでそんな嘘をついていた。
「……何やかんやで出ていく事になったんですけどね、叶荘」
「! ……それは、離婚した……と……!?」
「え、えーとまあそういう事です」
全くそうではないのだがそういう事にしておこう。
「なるほど、それで不動産屋の前に……という事はまだ次の住まいは決まっていないと……」
「ええ、まあ、そうですね」
これは本当の事である。
……何か嫌な予感がしてきた。
「それならば、ぜひとも今度こそ我が家に住んでみませんか!?」
的☆中。
「い、嫌です!」
「どうしてですか! 気に入っていたじゃないですか20畳の部屋にふかふかのベッドとソファーにクローゼット! それに7種類の温泉!」
「けどあんな事されるのはもうごめんです!!」
「Why!? なぜ! メイド服さえ着ればその全てを堪能出来るというのに!」
「メイド服を着たくないからです!!! いや100歩譲って着たとしても撮影されるのはもうほんとにマジで無理キショい!」
「ガ~~~~~~~ン!!!!!」
キショいと言われ北之上は相当なショックを受けていた。あ、さっきの私もこんな顔してたのか、と美月は知った。
「だからあなたの家には絶対に住みません!」
「……今」
「……はい?」
「……今、100歩譲ったら着ると言いましたよね」
「……は……?」
「100歩譲れば着ると! ならどうぞ100歩譲って下さい!! 代わりに僕も100歩、いや101歩譲って撮影はしません! これでいいですよね!?」
「何なのこのポジティブ野郎!!」
そこにまた腹の虫が鳴る。大声で話したせいかエネルギーを消費した様だ。
「ほらお腹も空いている様ですし、とりあえずランチでも食べに来て下さいよ!」
「そう言って行ったら帰さないんでしょ! ……!」
言い終えた後にはっとした。どうせ自分には帰るべき場所はもう無い。
「いえそんな事は絶対にしません。僕もさすがにこの間はやり過ぎたと思っています。一度我が家を体験してみて、それから決めてもらって結構です。あの日腫れ上がった僕のお尻に誓って約束しましょう」
「……わかりました、そこまで言うならランチを頂きにいきます」
「! で、では早速行きましょう!」
北之上は美月を黒塗りの車に乗せるとすぐに屋敷に向けて発進させた。
そしてその様子を偶然にも陽が見かけていたのであった。
「……今の、姉ちゃん?」
北之上邸へ到着した美月はタオルを持ったメイド達に出迎えられた。北之上の号令の下彼女らは一斉に美月の濡れた衣服や髪を拭き始める。予想外のもてなしに美月は戸惑いを隠せないのだった。
「わ、わ、い、いいですから」
「何を言ってるんですか。そのままでは風邪をひいてしまいます」
「……あ、ありがとうございます……」
それにしてもふわふわの肌触り。タオルまで高級品だ。メイド達は手際よく彼女の全身を拭き上げた。
「それでは中へ」
「……お、お邪魔します……ぎょっ!」
促されて入館しようとした所でガショガショと奇怪な足音を立てて何かが近付いてきたのに気付いて美月は目を剥き出した。あれはあの時自分を掴んできた警備ロボではないか。
「ああ、KNK-GM-V2は警備巡回中です。ちなみにあの一件でバージョンアップしたんですよ。これで更に安心です」
「そ、そうなんですね……」
「ヨウコソキタノカミケヘ」
「……しゃ、喋った!?」
「AIもバージョンアップしてます。KNK-GM-V2、引き続き警備を頼む」
「ショウチシマシタ」
引きつった顔で美月がぎこちなく手を振るとKNK-GM-V2もガシャガシャと手を振り返してくれた。
その後ダイニングに通されて席に着くと三十分もしない内にこれまた豪華な食事が運ばれてきた。鉄板の上でジュージューと油が跳ねているこのお肉は何だろう……ステーキっぽい。それに彩り豊かなサラダにとろっとした白いスープ。次から次へとテーブルの上に皿が置かれていく。
「どうぞお召し上がり下さい。食後のデザートには豆腐を使ったヘルシーなスイーツを用意してます」
「こ、こんなにたくさん……?」
「客人へのおもてなしという事で急遽。さすがに毎食こんな量は出せませんが我が家には専属の調理師がいて、徹底した栄養管理の元にメニューを決めています。ですから健康面は安心してもらっていいですよ」
「い、いただきます……!」
うろ覚えのテーブルマナーでナイフとフォークを使ってステーキを切って食べる。柔らかく一度噛んだだけでたちまち口の中に肉汁が広がっていった。頬が落ちそうなほどだ。
「むはあ……おいひい……」
たった一口だけで満足出来る味。これがお金の力か。いやもちろん調理師の腕前もあってこそだが。
「それはよかったです。食材選びには拘ってますからね。そこらのスーパーで売ってある様な物とは質が違いますよ」
「……たひかにおいひいでふ……」
こんな料理を毎日堪能出来るとは何て贅沢な生活だろう……と想像するが、ふと早苗の顔を思い出した。彼女の作る料理もまた、今口にしている物とは違った素朴ながらも奥ゆかしい味わいがあった。夕方、ぐつぐつと鍋で煮込んだりしながら調理の最後の仕上げを行っている彼女の後ろ姿を視界の端に捉えつつ、みんなでテレビを見て料理の出来上がりを待っていたな。
「静かで雰囲気も落ち着いていると思いませんか? 外はあんなに大雨なのにそれほど雨音が聞こえてきませんよね。廊下の音もそうです。食事に限らず我が家ではゆったりとした気持ちで過ごす事が出来ますよ」
「撮影なんてされなければですね」
「……だ、だから無理強いはしないと言ってるじゃないですか……!」
「……」
叶荘の食堂は時にはうるさいくらい賑やかだった。萌々華が突然ボケをしたり、それに太郎が巻き込まれたり、桐悟がよくいろはに口出しされていたり、学校の教師の愚痴を言い合ったり……みんなで乙女の小説の展開を勝手に想像しては彼に勧めたりもしたっけ。検討はしようと断られたが。
「……!」
気付けばぽろりと涙がこぼれていた。改めて思い知ったのだ。私、あの場所が好きだったんだ。みんなと一緒に過ごして、話して、笑い合った、あの時間が好きだったんだ。
「! ど、どうしたんですか!? やっぱりお口に合いませんでした!?」
突然泣き出した彼女を見て北之上は困惑し、がたっと席を立ってあたふたとし始めた。
「和食の方がお好きでしたか!? それとも……」
「……い、いえ……お、美味しくて……! 何ていうか、色々な気持ちがぶわっと……す、すいません突然……!」
だけどもう、その中に私は入れないのかあ。
「まだ帰ってきてない?」
食堂にいた住人の回答を聞いて旭は再び首を傾げる。もうとっくに美月が帰ってきていてもおかしくない時間のはずだ。どこかに寄り道でもしているのだろうか。
「……っていうか特段何かがある訳でもないのにみんな揃ってるのも珍しいっすね、まあ昼時ってのはありますけど……陽はいないのか」
「特段何かがあるかもしれないからこうしてみんないるんでしょ」
いろはの言葉を聞いて旭ははっとした。彼と同じ様に皆美月を迎えるためにここに集まっているいう訳だ。普段は部屋に引き篭もっている乙女や桐悟も漫画を読んだり携帯ゲームをしたりしている。萌々華は……なぜか寝ている。
「あ、何かひとりでここで寝てました……部屋に行く前に力尽きたんじゃないですかね」
太郎が補足した。
「連絡はしたの?」
「……うーん、今は何かそういうのは……あいつが帰ってくるんならじっと待っといた方がいい気がします」
「あれ、旭兄ちゃん」
その時陽が姿を見せる。彼も出かけていたらしく服が濡れている。
「おう陽、今帰りか」
「ちょっと駅の本屋に……姉ちゃんとは会ったの?」
「いや、それがまだ会えてねーんだよ。てっきり帰ってきてるのかと思ってたんだけど」
「……? 僕駅前通りで姉ちゃん見たけど」
「駅前? 博多のか?」
「うん。ほら、初めてここに来た日に姉ちゃんをさらってったあの人……と一緒にいたよ。車に乗ってった。何が何だかよくわからなかったけど」
「……」
旭は視線を天井へと移してしばし考えた。そして顔をしかめて一言。
「北之上ぃ??」
食事を終えた美月は気持ちを落ち着かせるために入浴を勧められたので厚意に甘える事にした。七種の温泉があると聞いていた大浴場は想像よりもかなり広くそこらのホテルよりも豪勢だった。
「あのー、何ですかこれは……」
脱衣所に置いていた衣類(下着除く)が入浴中に無くなっており、代わりにメイド服が置かれていた。選択の余地が無かったためそれを着て北之上の元に戻るしかなかったのであった。
「何って、メイド服です」
「見ればわかります……私の服はどこにあるんですか」
「ご心配無く。ただ今急速で洗濯、乾燥をさせてます。すぐにお返ししますよ」
「……それはどうも」
「それでどうですか、メイド服の着心地は」
「どうって……普通ですよ」
「ふむ……」
北之上はメイド服を着用した彼女の姿をまじまじと見つめる。
「……な、何ですか。また変な事考えてるんですか……メイド服を着せられてるだけでもう変ですけど」
「……僕の勘違いだったみたいですね」
「……へ?」
突然彼はつまらなそうな顔をした。つい先ほどまでとはまるで態度が正反対に見える。
「この前は凄く似合っていたんですが……気のせいだったのか……」
「……そ、そうなんですか……?」
頭の中にはてなをいくつも浮かべる彼女に構わず彼は話を続けた。
「すいません美月さん、やっぱりあなたは我が家には相応しくないです」
「……ぽかーん」
自分から誘っておいてそんな展開ある? 何だか振り回されただけだ……と美月は気の抜けた顔をしていたが次の一言で彼の真意を読み取った。
「ですから叶旭の所へ帰って下さい」
「……南之上さん……」
「北之上です」
彼は美月を住まわせる事を諦め叶荘に帰したがっている様だ。食事の時の泣き顔を見て彼女が未練を残している事を察したのだろう。
「……そう言われても、もう私の居場所はないんですけどね……」
「いや、あなたはあそこに帰るべきです……! ごほんっ! とにかくメイド服が似合わないのでさっきの話は無かった事に」
うっかり本当の気持ちを口にした彼は慌ててわざとらしく咳払いをした。思っていたよりはいい人物なのかもしれない。
帰るべき場所……か。その通りなのかもしれない。あの場所に居場所が無いのなら自分でもう一度作っていくしかない。そう思えるほどに叶荘は美月にとって特別な場所になっていた。振り回された……か。そもそも色んな人達を振り回しているのは自分の方ではないか。
北之上の言った通り服の洗濯、乾燥はすぐに終わり、美月が別室で着替えを済ませると彼は車を出す様指示をしようとした。叶荘まで送ってくれるらしい。
「さ、さすがにそこまでしてもらう訳には……」
「雨も酷いですし……おや、いつの間にか小雨になってますね」
部屋から出ようとした時ちょうどちょうど老齢のスーツ姿の男が北之上の元へと近寄ってくる。
「おお、上村、いい所に。今から……」
「坊ちゃま、お客様がいらっしゃいましたがいかが致しましょう」
「客……? 誰だ?」
「叶旭という少年だそうです」
「叶君!? 何でここが!?」
びっくりして美月は声を漏らす。
「……やれやれ、どうやら送別の必要は無かったみたいですね。門を開けていいよ上村。さあ、玄関に行きましょうか」
「……は、はい……!」
館から出ると門の方から旭が傘を差して歩いてきていた。ここに来る前よりもうっすらとではあるが空が明るくなっている。
「! 美月!」
彼女の姿を目にし旭は走り出した。怒っているのではなかったのだろうか。
「……叶君……」
これから彼に今度こそ謝ろう、そう決めていた美月の前に大きな何かがぬっと立ち塞がる。警備中のKNK-GM-V2だった。前回の経験もあり旭は警戒して立ち止まる。
「KNK-GM-V2、あいつは不審者じゃないから大丈夫だ。巡回に戻っていいぞ」
「……」
北之上の命令に対してKNK-GM-V2はぴくりとも反応しない。ずっと旭の方に顔を向けていた。
「……ピピッ……ニンショウチュウ……」
「……KNK-GM-V2……? どうした? あいつは無視していいぞ」
「……データショウゴウカクニン。カナイアキラトニンシキシマシタ」
「……叶君の事覚えてるの?」
「……! まさか……!」
「殺しマス」
「!!!!????」
「カナイアキラ、殺しマス」
物騒な言葉を吐いた後KNK-GM-V2は旭に狙いを定めてずしずしと歩いていく。
「ちょ、ちょちょちょちょっと東之上さん! 何か暴走してませんかあのロボ!?」
「バ……バージョンアップのテストの時に叶旭の顔を排除対象として認識させてたんです! ど、どうやらデータを消し忘れてたみたいです! あと北之上です!」
「ええええええええええ何ですかそれ!!! に、逃げて叶君!」
「! 北之上! てめーすんなり通してくれたと思ったらこういう算段だったのか!」
「ち、違うぞ叶旭! 僕はそういうつもりじゃ……!」
「殺しマス。カナイアキラ、殺しマス」
「こいつ……またぶん殴ってやる!」
旭は勘違いをしたまま傘を適当に放り投げるとKNK-GM-V2に真正面から突っ込んでいく。
「集中……! 集中……! うおおおおおおおお!」
彼が拳を空に振るった直後、鈍い衝撃音が辺りに木霊した。前回同様「見えない手」がKNK-GM-V2を「殴っ」たのである。KNK-G-V2は体勢を崩してぐらりと仰け反る。
……が、素早く両手を地面に着きブリッジの姿勢を取るとぐわんとバネの様に起き上がった。たった今「殴られ」た顔面はへこんでいるが特に動作に支障は無い様だった。
「!? なっ! すばやっ!」
「新搭載した起き上がり小法師機能だ! 今のKNK-GM-V2は何度倒れても立ち上がる不屈のロボだぞ!」
「……強度を増さずにそっちに振ったんですね」
なんてツッコんでいる場合ではない。
「あいつ……! 自信満々に紹介しやがって……くっそ~……!」
旭はもう一度見えない手で「殴る」がやはりKNK-GM-V2は倒れ込む寸前でバランスを取り戻す。距離を取ろうとはしている様だが単純に一歩の差が大きく見る見る内に彼はその間合いに入ってしまった。
「叶君!」
ぐいと腕を駆動させて大砲の様にKNK-GM-V2は旭目がけてパンチを放つ。鋼鉄の拳は瞬く間に地面を穿った。
「あ……っ叶君!?」
腕を引いたその跡に旭の姿は無かった。間一髪、道の脇に植えられている木の枝を「掴み」ギリギリの所で回避する事に成功していたのだ。
「……あっぶ……!」
「モクヒョウソウシツ。タンチチュウ……ハッケンシマシタ」
「いいいいいいい!?」
だが安心したのも束の間、KNK-GM-V2はすぐに旭の姿を捕捉しまた乱暴に腕を伸ばす。直撃は避けたが上手く着地出来ずに彼は地面にごろごろと転がった。彼が枝にぶら下がっていた木はいとも容易くへし折られてしまった。
「カナイアキラ、殺しマス」
まだ倒れている旭に依然として攻撃を仕掛けようと迫るKNK-GM-V2。美月はいても立ってもいられなくなり反射的に彼の元へと駆け出していた。
「や、やめて!」
近くに落ちていた小石を拾って思い切りKNK-GM-V2に投げ付ける。KNK-GM-V2はそれに反応して動きを止め、きょろきょろと探知を始め美月と目が合った。
「……ボウガイコウイトミナシマス。カナイアキラニキョウリョクスルジンブツハ皆殺しマス」
「!」
「美月伏せろおっ!」
この隙に旭は薙ぎ倒された木の幹を両手で「掴み」KNK-GM-V2へと「ぶん投げ」た。巨人はアスファルトを削りながら後方に突き飛ばされるがやはり俊敏な動作で立ち上がる。
「はあ……はあ……これでも駄目か……!」
「か、叶君! どうしてここに!?」
「お前を迎えにだよ!」
「……お、怒ってないの? 私、私……酷い事言っちゃった!」
「怒ってねえよ!! 俺はお前と一緒にいたい!!」
「!」
「だから一旦帰って1回話し合おう美月! ……の前に、あいつをどうにかしないとだけどな! あの感じだとどこまでも追ってくるぞ!」
「私も……私もみんなと一緒にいたいって思ってるよ! ちゃんと謝るから帰りたい!」
「!」
ふたりはほんの僅かな時間だが目と目が合うと互いに微笑んだ。
「か、顔を狙い続けろ叶旭! 顔のカメラさえ壊せば認識出来なくなってメンテナンスモードに入るはずだ! まだまだダメージが届いてない!」
「野郎、でたらめな事言ってやがる……!」
「し、信じていいと思うよ叶君!」
「!? え、何で!?」
「色々あって中之上さんはそんなに悪い人じゃないから!」
「北之上です!」
「……お前がそう言うんなら……顔でいいんだな……!?」
旭は両手を前へとかざしこちらに向かってくるKNK-GM-V2をじっと見据えていた。
「集中……集中…………集中!!」
勢いよく拳を握る。すると……!
「うひんっ!?」
美月の胸が強い力で激しく「揉ま」れた! 彼女は顔が一気に熱くなる。
「すまん、視界にちょっと入ってたから集中が乱れた」
「…………わかったから早よ離しんさい……!」
すぐに旭の背後に回り込む。
「カナイアキラ、殺しマス」
「改めて集中!」
彼は今度こそKNK-GM-V2の右腕をがっちりと「掴ん」だ。動きが途端に止まったからだ。ロボは見えない力によって前進するのを制されていた。
「押して駄目なら…………引いてみろだああああああこんならあああああああああ!!!!!!」
旭の伸ばした手に力が入りそれに比例するかの如くKNK-GM-V2の太い腕の付け根がべこん、べこんと空き缶の様に押し潰されていく。やがてそれは肩からもぎ取られ、中を通っていた筋繊維の様なケーブルが露わになった。
「!!!!???? う、腕を引き千切ったあああ!?」
「俺の力じゃ足りないってんならてめえ自身の拳ならどうだああああああああ!!!!!」
旭はそのまま「掴ん」だ腕の向きを「変え」「投擲し」KNK-GM-V2の顔に見事命中させた。巨人の首は一瞬で断ち切られ屋敷の二階に弾丸となってぶち込まれた。
「あ……わ、我が家が……!」
「ピーッ、イジョウガハッセイシマシタ。メンテナンスモードニキリカエマス」
「……と、止まった……!?」
呼吸を整えながら旭はKNK-GM-V2が完全に停止した事を確認し、くるりと振り返ると美月の腕をぐいと引っ張って敷地の外へと歩き出す。
「帰るぞ」
「……は、はい……」
「義雄! 何なんだこれは!」
「ドキッ!」
「パ、パパ!」
「お前はまたこんな事を……お尻1000叩きだ!」
「え、そ、そんなパパ! こ、これはちが……!」
「……とっとと帰るぞ……」
「…………は、はい…………!」
北之上の父親に見付からない様にふたりはそそくさと立ち去るのだった。
……余談だが、彼の尻は倍の大きさに腫れたという。
「……あれはやはり『イデア』への干渉……!」
誰も気付いていなかったが、この時北之上邸を訪れていたのは実は旭だけではなかった。風間レイ。とある命により身元を偽り叶荘の住人として旭を観察している人物。前回の北之上家での騒動を聞いていた彼(女)はもしかしてと思いこっそりと旭の後を尾けて敷地内に忍び込んでいたのである。
「あれだけ大きな力を使っても多少は疲れている様だが特段状態に変化は見られない……叶旭……何なんだ彼は……! 本当にただの高校生なのか……!?」
その力を改めて目の当たりにした彼(女)は動揺しながらも帰路に就いたふたりに見付からぬ様叶荘へと引き返すのだった。
北之上邸を後にしたふたりは百道浜へとやってきていた。地下鉄の駅とは反対方向になるが美月がせっかく近くまで来たのだから寄りたいと言い出し立ち寄る事になった。
雨はもう完全に上がっていたが当然として海はまだ時化ていた。そのため周囲に人は全然いない。ざぶんと寄せては返っていく波を見ながら何だかまるで私みたいだと美月は勝手に自分を重ねていた。
「っていうか今日はスクーターじゃないんだね」
「雨降ってたし……あと、お前と一緒に帰りたかったしな」
そういえば傘を忘れた、と旭が思い出して言った。
「まあ安物だしいいか」
「……あの」
「何だ?」
「……いつまで掴んでるんですか、腕」
先ほどからずっと恥ずかしくて美月はたまらず旭に尋ねた。前を歩く彼は振り向かずに答える。
「……帰るまで」
「……もうどこにも行かないってば」
「……悪かった」
「!」
旭は突然謝った。
「……何で叶君が謝るの。私が酷い事言っちゃったのに」
「お前の言う通り確かに干渉し過ぎたよ。もっと別のやり方があったかもしれない」
「叶君の気持ちはわかるよ……叶君は私達の事を家族みたいに思ってるんだよね。私だって陽の事になったら心配するもん」
あの時の自分はそんな事にすら気が回らなかった。
「……進路希望調査さ、大学進学で出しちゃったんだけど、ほんとにそれでいいのかな、って、もやもやしてた。夢に向かってるみんなの事が羨ましくって、それであんな事言っちゃったんだ。だからごめん。確かに元々は成り行きで住む事になったけど、今なら叶荘に来てよかったって心から思ってるよ。私、それくらいあそこが大切な場所になってる」
「……ありがとう」
旭は今度は急に礼を述べた。まだこちらを向いてくれないのはもしかして彼も美月同様に気恥ずかしいからなのではないか、と推察をしてみたりする。
「俺もちょっと勢いでお前を追い出したみたいになっちゃったからさ……じっちゃんがもっかい話し合えって。さっき言った通り俺は本心ではお前に出ていって欲しくなかった」
「……うん……」
今回の出来事は何ていう事ではない。互いの心が小さくすれ違った。ただそれだけなのだ。
「はうっ!」
ここで美月は一度帰った時に軒先で出会った萌々華の事を思い出した。
「で、でも、み、みんなは怒ってたりとか……も、萌々華ちゃんとか……」
「萌々華? 別に怒ってなかったけど。誰もそんな風に思ってないよ。っつか逆。みんなお前の帰りを待ってるぜ」
「え、そ、そうなの……? ならいいけど……!」
確かにしっかりと話した訳ではないしあれもまたすれ違い……というか勘違いだったのだろうか。
「じゃあお前自身の問題ってのはその進路の事なのか」
「え……うん、まあ……」
「何で迷ってんだよ……あっ、ごめん、無理には言わなくていい」
「……私ね、歌が好きなんだ」
この事をはっきりと誰かに言うのは初めてだった。親にも陽にも話した事は無い。ずっと胸の中に秘めていた思いだ。
「ラムネのさ、マイクの形した容器に入ってるのあるじゃん……ちっちゃい頃はあれ持って、よく歌ってたんだよね。それから中学の時にあかりちゃんをテレビで見て……ああ、私もあんな風に歌いたいなあ、って何となく思ってたんだけど、何ていうか、恥ずかしくって、いつかいつかって思ってたら今になっちゃってた」
「……そっか、じゃあ美月はアイドルになりたいのか」
「ええっ!? ちがっ、そうではない……!」
「?」
「……確かにあかりちゃんは大好きだけど、私も同じ様なアイドルになりたいのかとかはよくわかんなくて……とにかく、歌が好きだなあって」
「……」
旭はやっと手を離してくるりと顔を見せた。いつもと変わらない真っ直ぐな目だ。
「じゃあ俺はお前の夢を応援する。それが俺の夢だから」
「え? 叶君の夢って家を継ぐ事じゃないの?」
「それは夢じゃねーな。俺は昔っから叶荘に住んできて色んな先輩達を見てきた。色んな人が色んな夢を持ってこの福岡にやってくるんだ。家ってのはそのために必要なんだよ……夢見る人達には安心して夢を見続けられる居場所が必要なんだ。叶荘だけじゃない。俺はそんな居場所をもっともっとこの街に作って、守っていきたい。みんなの夢が叶えられる様に……それが俺の夢だ」
「……!」
旭の夢を知った美月は深く心を動かされた。彼の夢は誰かの夢のためにある。言い換えればそれは誰かのために生きようとするという事だ。自分の事だけで精一杯だった彼女とはまるで正反対。それを思い知って素直に彼の事を尊敬した。
「だから俺はお前を応援する。もちろん他のみんなの夢もな」
「……今気付いたよ。簡単な事だったんだ。私ね、多分誰かに背中を押してもらいたかったの。ひとりじゃ踏み出せないから。でも誰も押してくれなかった……当たり前だよね、誰にも言ってなかったんだから」
「なら何度でも押してやる」
「……うん」
なぜだろう、旭の表情や言葉には包み込んでくれる様な暖かさがある。あかりの歌を聴くと元気をもらえるがそれとはまた違った力を彼から感じる。
……今の君は、ちょっと……いや、凄くかっこいいよ。
「……顔赤いぞ、風邪ひいたか?」
「えええ!? そ、そそ、そんな事は無い……はず……!?」
指摘されてぺたぺたと頬を触ってみる。あれ、ほんとだ何か熱い……!?
「! そういえば……ちょっと待ってろ」
旭は何かを見せようと携帯をいじり始めた。
「えーっと……これだこれ。最近CMで流れてんだけど……」
美月は彼の端末の画面を覗き込む。「新人発掘オーディション」とでかでかと表示されているウェブページだ。芸能事務所「プロダクショングリッター」が一般応募者の中からアーティストをデビューさせるという企画らしい。
「グリッターって……ここあかりちゃんの事務所じゃん……!」
「歌唱力部門ってのがあるぞ。これならダンスとかは踊れなくてもいいみたいだ」
「……ごくり……わ、わかった、応募する!」
意を決して美月は力強く頷いた。
「……あ……あれ……携帯電池切れ……」
「あー、どうりで電話しても繋がらなかった訳だ。北之上の家に向かう途中にかけたんだけど」
「……か、叶君、携帯貸して……! 今ここで応募する……!」
「ほい」
旭から端末を受け取り震える指でフォームに入力をしていく。
「代わりに入力しようか?」
「い、いや、自分でやらないと……! ……よ、よし! 送信!」
応募を完了しました、との文面が出てくる。これが夢への第一歩……。
「お、応募してしまった……!」
端末を旭に返す。そこで思い付いた様に彼が言った。
「なあ、ちょっと歌ってみてくれよ。お前の歌が聴いてみたい」
「えっ、こっ……ここで?」
急な要望に美月は声を上擦らせた。恥ずかしいので断ろうとも思ったが……ごほん、と喉の調子を整えてあかりの曲のひとつである「The beginning story」の一節を歌う。
「……ど、どう……だった?」
「…………好きだ」
「えっ!?」
「好きだよ、お前の歌」
「……あ……歌……ね……あ、ありがとうございます……」
変な勘違いをする所だった。余計に紅潮した気がして顔を見られない様に彼女はすたすたと歩調を速める。
「……そ、それじゃあ帰ろうか……旭君」
「おう……って、今やっと下の名前呼んだ?」
「き、決まりなんでしょ……いい加減従わないとかなって。迷惑もかけたし……!」
なんて事を言ってはいるがそうではない。ただ呼びたくなったから呼んだのだ。
……旭君にはそんな事、もちろん言わないけどね。
「ご心配とご迷惑をおかけしました。ごめんなさい!」
その後ふたりで叶荘に帰宅すると、旭の言っていた通り食堂で住人の皆が美月の帰りを待っていた。誰も怒っている様には見えない。萌々華は……なぜか寝ぼけた顔をしているが。
深々と頭を下げた美月にほっとした顔で一番最初に話しかけてくれたのはいろはだった。安心させられる様な、優しい声色で短くたった一言。
「……おかえり」
……ああそうだ、やっぱりここはもう私にとっての帰るべき場所なのだ、と美月は改めて実感した。ここが私の居場所。ここにいたいって思ってる。だからこそ笑顔で返した。
「……ただいま」
DAYS 17:いつも帰るところ
Life goes on...next DAYS.
当初はこのエピソードでSEASON 1を終わらせる様にしたかったんですが……ご覧になって頂いた通り、節目のお話なので。
字数に関してはほんとに申し訳無いです。一気に見て欲しかったんです。




