DAYS 12:冴えない太郎の育てかた
無趣味の太郎君に光輝く明日は来るのか。
チキチキプレゼン大会二日目が訪れた。二日目は実技の部という事で、太郎が実際に選手各々のプレゼンテーマに取り組む事で理解を深めるという物だった。
という訳で午前十時、彼は一階の萌々華の部屋を訪ねた。彼女は胡坐をかき腕組みをして彼を待ち構えていた。
「うむ、待っとったで、我が弟子よ」
「弟子になった覚えはありません」
「ほう、ええツッコミやな。さすがウチが見込んだだけの男や。んでさっきからずっとそないなとこに突っ立っとらんで、早ようこっち来い」
萌々華は自分の隣の床をばんばんと叩く。
「……お邪魔します」
太郎は控え目に萌々華の隣に腰を下ろした。こうして並んでみると彼女は本当に小さい。彼女から見れば年下の静音よりも背が低い。
「で、座って何をするんですか」
ネタ作りでもするのだろうか。面白い物を考えられる自信は無いが……。
「まずは座学や」
「座学……?」
昨日熱心に語っていた、お笑いの理論の講義でも始めるつもりなのか。
しかし彼女はテーブルの上のリモコンに手を伸ばすと、テレビをつけてビデオ・ディスク・プレイヤーを起動する。再生されたのは芸人の漫才のライブ映像だった。
「これを見てお笑いっちゅうもんを肌で感じてもらう。人を笑かすためにはまず自分が笑わなあかんからな。ほんまは実際にライブに行けたらよかったんやけど、結構お金かかるしな……」
「え、それだけ……? 漫才見るだけですか?」
「せやで! なーんも考えんと頭空っぽにして見りゃええんや。まずはそこからや」
ただ座ってテレビを見るだけ……案外楽かもしれないぞ。テレビから開演のSEが流れ、漫才鑑賞が幕を開けた。
一時間後。
「どや、おもろかったやろ?」
「はっははははは! はい、面白かったです!」
太郎が見せられたのは中年の漫才師コンビ「ハンバーガール」のライブだった。萌々華の話によると、彼らの芸歴は十五年。地道に経験を積んで腕を上げていき、つい四、五年前にようやく人気に火が付き始めたとの事。このふたりの事は太郎も知っていた。テレビにもよく出演しているからだ。ちなみにコンビ名にガールと付いているがどちらも男性である。
「いやー、あの川下りのネタは特に面白かったです。思わず腹抱えちゃいましたよ」
「さよかさよか! 気に入ってもらえてウチも嬉しいで! お前ええ笑い方するしな! さて、と……」
一段落付いた所で彼女はプレーヤーからディスクを取り出し片付けると、太郎の前に仁王立ちをする。
「前半の座学はここまでや。まずはお笑いを肌で感じる。心の底から楽しむ。合格や」
「……え……?」
何だか雰囲気が切り替わった。思わず太郎は声を漏らした。というか合格って、何に……。
「残りの時間は体動かしてもらうで」
「あー……やっぱりそうなりますよね」
はー、と彼は浅く息を吐く。
「……わかりました。上手く出来るかわかりませんがやってみます」
太郎は真面目な人間である。せっかく先輩が自分のために時間を割いてくれたのだから、その期待に応えられる様努力をしよう、という考えが今の彼の頭の中にはある。
「それで……僕はどっちなんでしょうか。個人的にはボケるのが苦手なので、ツッコミがいいんですけど……」
「? 何の話をしとるんや?」
「え? 今から漫才をするんですよね」
「ぶあっかもーん!」
「いたっ!」
ぺちっと頭を叩かれた。
「まだ漫才のやの字も知らへん奴に、いきなり漫才をさせるほどウチは甘ないわ!」
「え……す、すいません」
「ほらな! 今ツッコミも出来へんかったやろ! 『漫才』に『や』の字なんてあらへんやん! とか」
「……」
言い間違いかと思っていた。
「これからお前がやるプログラムは基礎中の基礎や。ほら立ちい!」
「はっ、はい!」
萌々華の勢いに乗せられ自然と太郎の声も大きくなる。
「ほな発声練習いくで! あ! え! い! う! え! お! あ! お!」
「はっ、発声練習!?」
「当然やろ! でかい声出せへんと会場に声が通らへんやないか! 声が通らんとネタが客に伝わらへん! 芸人は声量が命なんやで!」
「は、はいいっ! あ! え! い! う! え! お! あ! お!」
「あめんぼ赤いなあいうえお!」
「あめんぼ赤いなあいうえお!」
「拙者親方と申すは、御立会の内に御存知の御方も御座りましょうが……」
「拙者親方と申すは、御立会の内に御存知の御方も御座りましょうが……」
滑舌練習も兼ねた発声練習はみっちり三十分間続いた。とにかく声を出し、終わった時には太郎の喉はからからになっていた。
「うむ! よー頑張ったな! これはサービスや!」
ミネラル・ウォーターが入ったペットボトルを投げ渡される。これはありがたい。
「あ、ありがとうございます……ごく……ごく……ごく……ぷはあああっ! 潤う……」
「いよおし! 続いて型の練習や!」
「か、型あっ!?」
型って何だ。びっくりして飲み込んだ水を戻しかけた。柔道や空手ではあるまいし。
「漫才は動きも重要なんやで! 一流の振る舞いをしてこそ一流の芸人! まずは静の型や! 1本目! 基本姿勢! カメラを捉えた漫才に入る前の最初の構えや! 要はびしっと突っ立てっちゅーこっちゃ! マイク・スタンドはどこでも構へん! 立ち位置は自分で決めい! バミりは心の中に持つんや!」
「何ですかバミりって!」
「問答無用! お前のスマートな姿勢を見せてみい!」
「はいはいわかりましたよ!」
ちなみにバミりとはライブなどで使われる、本番でスタッフが物のセット位置を把握したり、出演者が自分の立ち位置を確認したりするための目印の事である。ステージ上にテープを貼ったりしている。
静の型が終わると続けて動の型に移った。
「ツッコミいくで! 角度に気い付けい! 一緒にやるで! 何でやねん! 何でやねん!」
「ツ、ツッコミの素振りとは……」
「声、もっと出してえっ!」
「な、何でやねん! 何でやねん! 何でやねえええええええええんっ!!」
暖かな休日の朝の叶荘に不慣れなツッコミが響いた。
「う、腕が……いや全身が痛い……」
昼休憩を挟み午後一時。酷使した体をほぐしながら太郎は叶荘の二階の廊下に立っていた。これは確実に明日筋肉痛になっている。お笑いがこんなに体力……筋力を使う物だったとは……。
気持ちを切り替えて目の前の扉を叩く。本日ふたり目の選手はいろはである。確か彼女のプレゼン内容はアイドルの山風だ……山風の実技って、何だ……?
「あらいらっしゃい」
くるりと椅子を回して彼女は振り返った。読書をしていた様だ。
「よ、よろしくお願いします」
「いえいえこちらこそ。上手く伝わるかわからないけど」
「もしかしていろは先輩も、ライブ映像を見せてくるんですか?」
「んー、それでもいいかなとは思ったんだけど、それだと実技って感じじゃないわよね」
「確かに萌々華先輩も座学とか言ってたしな……じゃあ…………も、もしかして、歌って踊る……とか……?」
「は?」
いろはの顔が途端に引きつった。あ、やばい、地雷踏んだかもしれないこれ。
「…………歌って、踊る? 太郎君が? 山風の曲を? ……それで何? なりきるつもり? 山風に? そんな考えをお持ち?」
「い、いやいやいやいやそそそそそんな訳無いじゃないですか! 今のは間違いです忘れて下さい! 大体僕なんかがそんな山風になんかなれる訳が……」
「山風になんか?」
「山風みたいになれる訳が無いじゃないですか!」
「……」
それを聞いた彼女は安心したのかふっと表情を緩めた。
「そうよねー! 太郎君と山風じゃ天と地ほどの差があるしね! まさに月とすっぽんって感じよ!」
この人好きな物を前にしたら平気で他人に言葉の暴力を振るう人だ……人間って怖い。
「これから一緒にフィールド・ワークに行くわよ」
「フィ、フィールド・ワーク?」
「そ。じゃあ早速出ましょうか」
「は、はあ……」
言われるがままに太郎は外へと出た。
地下鉄に乗ってわずか二駅、やって来たのは日本一の繁華街天神である。そのファッション・ビルの中に目的地はあった。
「ふー、来たわね、聖地に……!」
エスカレーターから足を踏み出した瞬間にいろはが放った第一声がこれであった。
「! こ、ここは……!」
思わず太郎は目を見開く。
「……ふっふふふ、そう! こここそがあたし達シャイニーズ・ファンの聖地! シャイニーズ・ショップ本店よ!!」
芝居臭くいろはは手を広げる。さすが演劇部員といった所か。
「日本全国! いや世界中のシャイニーズ・ファンにとってのメッカ! ありとあらゆるグループのありとあらゆるグッズが揃う神聖な場所! まさに神が作りたもうた楽園!」
「いや作ったのは事務所の系列会社の人でしょうね」
「さあ! ここで思い切り山風に触れて存分に満喫するといいわ! さ、さあさあ早く行きましょ!」
「単純に先輩がここ来たかっただけじゃ……」
ここはファッション・ビルの六階。フロアーの半分以上の面積をこのシャイニーズ・ショップ本店が占めている。きっと地方だともっと狭かったりして、その都合で売られているグッズも限られてくるのだろう。
「……ごくり」
生唾を飲み込んでしまう。店内に響き渡る様々なグループの楽曲(きっとそれぞれのグループのコーナーでそれぞれの曲を流しているのだろう)、壁に所狭しと貼られたポスター(中には際どい半裸の物もある)、店内のあちこちに立つメンバーの等身大パネル……何だ、何なんだこの空間は……こういったマニアックなグッズ・ショップに入るのは初めてなので実に落ち着かない。軽く眩暈がしてくる。
「太郎君! ここ! ここここここここここよ! ここよほら! 山風ここここ!!」
いろはがかつてない程のテンションで大きく手を振っている。ぎこちない足取りでふらふらと彼女の元へ向かった。
「は~~~~~~~~~ええわ~~~~~~~~~山風ええわ~~~~~~~~~!」
彼女は目をきらきらさせながら悦に浸っている。
「はあ~、ジョー君、ええわ……」
「え、えーと……確かラップの人ですっけ」
梅ヶ枝は五人の中で唯一ラップを得意とし、それを以て曲の中のソロ・パートがラップである事が多い。太郎も歌番組でその姿をたまに目にした事があった。
「そうそう! 痺れる様なフロウ、心地よいライム、そして胸を突き刺すリリック……ジョー君のラップはかっこいいの!」
「確かニュース番組のキャスターもやってますよね」
「そうなのよ! そこがまたね! 歌って踊れてニュースも読む! 知的なのよジョー君は! ほらほら! 他の4人のもたくさんあるわよ!」
彼女は壁に貼られたブロマイドを指差す。
「い、いや、僕はまだそういうのは……」
「ちょっと待って! 何これ! ……ちょっと待って……嘘もう!? もう新しいの出てる!? えっちょっと待ってこないだ出なかった!? 春休みに買った記憶が……か~~~~~っやってくれるわね運営!」
どうやら新しいブロマイドが発売している様である。いろはは忙しなくひとりで喋り続けている。
「ねえちょっと見てこれ! これ見て! あたしを見てる! あ た し を 見 て る !」
「そ、そりゃ正面向いてる写真なんだから見てますよ……」
「どう太郎君? 太郎君は誰を気に入った?」
「え? ええ……? ええーと僕は……ええ、と……瞬君ですかね……」
竹林瞬。よくドラマに出ているし、太郎から見たメンバー五人の中で一番美形だと思うからである。
「そうよね~^^ シュン君もかっこいいわよね~^^」
「な、何だ、てっきりジョー君って言わないと怒られるのかと思いました」
「勘違いしないでよ太郎君。あたしたちはあくまでも好みのメンバーを推してるのであって、派閥に分かれてる訳じゃないの。だってシャイニーズのアイドルはみんな尊いんだから。その中で推しは様々。それぞれの推しを認め合う。それが真のシャイニーズ・ファンよ」
「はあ……素敵だと思いますよ。あ、そういえば美月先輩も確か……あの人が好きだって言ってましたね。星野あかりちゃん」
「はあ!?」
その名前を出した途端がらりといろはの態度が豹変した。
「あ、あれ……? ほ、ほら今売れっ子じゃないですか。たくさんテレビ出てて。CMとかも」
「知ってるけど……いや無いわあ、それは無いわあ」
え~~~~~~~~~~!? 認め合いの心はどこに!?
「いやマジほんと無いわ。あり得ない。美月ちゃん頭おかしいんじゃないの?」
散々言われている……。
「はっ!」
太郎は思い出した。そういえば半年ほど前、星野あかりと梅ヶ枝丈の熱愛報道が流れていた。当人達は否定していたが。
……こ、これは触れてはいけない物に触れてしまった。
「そんな娘じゃないって信じてたのに。美月ちゃんって案外陰鬱な部分を持ってるのね。かわいそうに。はああ~ショック。帰ったら一言言っておかないと。あんな女に騙されちゃいけないって。あんな奴好きなままなら友達いなくなっちゃうよって。進路に絶望しか待ってないわよって。きっとジョー君はライブとか、取材とかで疲れ切ってたのよ。そんな所にあの女がつけ入ってきて……」
すいません美月先輩。先に謝っておきます。
「え、え~~~~と! ぼ! 僕他のグループにも興味出てきました! もっと見て回っていいですか!?」
「ほんと!? ええもちろんよ! 時間は……たった1時間くらいしか無いけど他のグループの解説も色々してあげるわ!」
「へえ~(まだ)1時間もあるんですか! ほんとですか? タノシミダナー!」
星野あかりの話題を逸らす事に成功し、他のグループのコーナーへと歩き出したいろはに太郎は付いていく。
しかし途中で誰かにぶつかってしまった。
「あ! すいません! ……って何だ、等身大パネルか」
「…………太郎君、君は何をしているの……」
「え? パネルにぶつかって……ってああ! ジョ、ジョー君……!」
彼が肩をぶつけた等身大梅ヶ枝丈は爽やかな笑顔のまま床に倒れ、天井の一点を見つめていた。
「謝りなさい! 今すぐジョー君に謝りなさい! そして拭きなさい! 汚れた所を綺麗に拭きなさい! いえいっそ全身拭きなさい! ぜ、全身撫で回す様に拭くですって!? な、ななな何て羨ましい……!」
「もう最後意味わかんないです」
こうして、終始いろはに振り回されっ放しでフィールド・ワークは終了したのだった。
そしてまさかの次回に続く。
Life goes on...next DAYS.
今回の太郎君は終始女の子に振り回されっ放しです。とても羨ましいです。このラノベ主人公め。




