見捨てられた幼子~ルーファス視点2
かなり長い間熟睡していたような気がする。
ルーファスがふと目を覚ますと、自分が洞窟の中で寝ていたことに驚きを覚えた。
魔物の森と呼ばれる森の奥深くにある洞窟。
そこにたどり着いて意識を失った後、子供に介抱された所までは覚えている。
半身を起こして辺りを見渡せば、彼は毛皮の上に寝かせられ、羽織っていた外套が布団代わりに被せられていた。
時は真夜中。
暗く物音ひとつない静寂の中で、今にも消えそうな焚火が洞窟のごつごつした岩肌をゆらゆらと赤く染めていた。
自分の背中に何か暖かくて柔らかいものが触れているのに気づく。
それに目をやると、先ほどの幼児だった。
ルーファスの背中に張り付くようにして、すやすやと穏やかに寝息を立てている。
その子は体の上に何も掛けずに、猫のように丸くなっていた。
この子は、たった一枚しかない外套を自分を包むのに使ったのだろう。
ふとルーファスに優しい笑みが浮かぶ。
自分にかけてあった外套を外して子供に被せ、自分はそのまま毛皮の上にごろりと転がり天井を見つめた。
彼がいま寝ているこの毛皮もふわふわと寝心地がよく、やわらかな感触が心地よい。
決して安物とはいえない毛皮だ。
子供に出会ってから今までの一連の記憶をたどっていく。
洞窟に積んである果物、この毛皮。この小さな焚火に折れた刃。
さらに森にかけられた「秘匿の道」。
魔術が一切使えないからといって魔術が視えない訳ではない。
ここにたどり着いて以来、ルーファスは魔道師としての視点でこの洞窟全体と周辺の森を視ていた。
「秘匿の道」というのはある条件を満たさなければ開かない道であり、主に隠匿者が己の所在地を知られないために使う魔術だ。
その全てに繊細な術が施され、おいそれとは追跡できないように魔術の痕跡もかなり巧みに隠してある。
ルーファスのように技巧に長けた術者でなければ、気がつくことができないような高度な技だ。
しかし、その術式は正攻法の魔術ではなく、ルーファスでさえもあまり馴染みがない独特の形式だった。
それが意味することはおそらく一つ。
おそらくこの子の背後には術者がいる。しかもかなりの腕前の持ち主だ。
この子を隠す目的で、その誰かがここに連れて来たのにちがいない。
本来はもっと暮らしやすいように色々と生活のための装備を持ち込むつもりだったのだろう。
しかし、なんらかの理由で、この子の保護者が何かの理由によってこの子を一人で置き去りにしなければならない状況になった。もしくは、死亡したか。
あの子供が包丁として使っていた長剣の刃先。
あれもこの近くで戦闘があった名残だろう。
となると、おそらくこの子には追手がいる。しかも相手は武装した集団だ。
傭兵か、どこかの国の手先か。
追手の意図はまだ不明だが、この子をこのまま放置する訳にはいかないとルーファスは強く思う。
それは大人の責任感によるものだった。
どこかの孤児院にこの子を引き渡すことも考えた。
しかし、このように保護魔術まで用いて手厚く保護し、その存在を隠匿して守ろうという術者の意図を考えれば、そのような場所に引き渡せば、この子がどうなるかは火を見るより明らかである。
ルーファスは改めて最近の国の事情を思い出していた。
この国は、つい最近まで権力争いによる内乱が絶えることがなかった。
王族たちが血で血を洗う戦いを繰り返し、戦争による貧困と混乱がようやく落ち着いたのが今の国王の父であった前王の時代。
新王が誕生して、随分と社会の情勢は落ち着いてきてはいるが、未だに内乱後の混乱を引きずり、著しく治安の悪い地域も多くある。そしてまだ、反乱分子がこの社会に点在していることは王宮にとっても悩みの種でもあった。
到底、孤児院に預けるというのはありえない選択肢だと結論付ける。
国の情勢というのもあるが、実はルーファスもまた孤児であり、まだ子供の頃、孤児院に長くいたことがあるからだ。
親の顔は覚えていないし、どうして孤児院に行きついたのかという理由も知らない。
ただ孤児院では長い間、飢えと貧困、そして寒さに苛まれた記憶しかなかった。
際限なく続くそれらの苦悩、子供心にもそういう日々がいつまで続くのだろうと思っていた時、彼に転機が訪れる。
長引く戦火で人手が足りなくなった反乱軍が、ルーファスのような孤児を少年兵として連れ出してきたのだ。
孤児院から引き出されて傭兵として駆り出された時はほっとしたが、それも一瞬のこと。
少年兵の役割は、戦闘時の捨て駒のようなものだった。
生きて帰れば、ガラの悪い傭兵たちに殴られ、死に損ないと罵られる。
数多の戦地に送り込まれながらも、なんとか生き延びてこられたのは、ひとえにルーファスは幼いながらも少しの魔術が使えたからだった。
そして戦場に駆り出されても、幼いルーファスを取り巻く状況は何も変わらなかった。
少ない食料は傭兵たちに取り上げられてしまい、少年兵たちは口にできるものならなんでも口にした。
泥にまみれたパン。踏みつぶされた食料。それらを拾い上げ、生きるためになんとか飲み込み、ひもじい腹に少しばかりの救いを見出す毎日。
ルーファスにとって食べ物とは単にこの肉体をこの世につなぎとめるだけの手段であり、味などどうでもよく、単に腹がいっぱいになればいいものだったのだ。
その後、魔力がはっきりと発現し、その能力を買われたルーファスが魔導士塔に引き取られたのはそれからしばらく後のこと。
戦地での経験から「強くならねば生きられない」ということを心に刻んだルーファスが、魔術に夢中になることはほぼ時間の問題で、彼はその後めきめきと頭角を現すことになる。
少年時代に体験した延々と続いたひどい貧困と飢え、そして孤独。
それに慣れきってしまった時から、ルーファスの心はずっと固く凍り付いたままだ。
寂しく閉ざされた洞窟の中にいるせいだろうか。
ルーファスは今まで経験してきたことを思い出し、その時の自分の姿が彼の横で眠っている子供に重なる。
この子はあんな所に連れていけない─
そう思いながら、子供の寝顔を静かに眺めていると、子供がうーんと声を上げて寝がえりを打つ。
そして、暖を求めてだろうか、ルーファスの首に手を回して胸に頬を摺り寄せてきた。
「仕方ないな・・・」
ルーファスは少し困ったような笑顔を浮かべると、とてもぎこちない手つきで自分の胸の中に抱き寄せてやった。
空を見れば洞窟の外は少し明るくなってきていた。
朝になったらこの子にまともなものを食わせてやろう。
そして、またルーファスも子供を抱いたまま、静かな眠りに落ちた。
すやすやと立てる寝息は、呪いにかかってからというもの久しく穏やかなものだった。




