見捨てられた幼子~ルーファス視点
「では行ってくる」
「ルーファス様、お気をつけて」
今、王宮から旅立とうとしているルーファスを見送りに来たのはゲラルドと数人の魔術師重鎮たち。
ルーファスが己の呪いを解く鍵を探すために旅に出ることは公にはされていない。
彼が手綱を握っている馬の両側には荷物がかけられており、その中にはゲラルドが入手してきたポーションが多数詰められている。
今回の目的地はゲラルドが言っていた東方の教会周辺地域。
どうも東方は天族との縁がある地が多いらしく、古い書物を読み解くと天界との接点が多い地域のようだった。
ルーファスの体調は相変わらず地を這うようだったが、ポーションを継続して服用すれば旅に出られそうだったので、今回踏み切った訳だ。
幾つの町を回るが手がかりがないまま数日が過ぎた。
ただ思った以上に体調が悪くポーションを予想以上に使いすぎていたため、追加で補給しなければならなくなった。
あらかじめゲラルドにポーションの追加分を指示し、中継地点であるこの町でそれを受け取る予定だ。
その村を中継地として選んだのには理由があった。
そこには昔の教会跡地に近い所で「聖水」と呼ばれる湧き水があり、その水の効果がポーションに似ているとの情報を得たのだ。
ゲラルドからの手紙が届いているはずなので、受け取り場所に向かいカウンターに立ち寄る。
そこは農具や生活必需品がおいてある雑貨屋で、村人たちが郵便物などを受け取るためにも使用されている。
魔術が使えれば使い魔や他の手法で連絡が取れるのだが、今のルーファスは魔術が全く使えない。
まさか稀代の魔術師と呼ばれる自分が一切魔術が使えないとは。
不便なものだ、とルーファスの形のよい唇に冷笑が浮かぶ。
店の扉を開けると、店員が彼に気がついて即座に立ち上がった。
「ご用のほどをお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ルーファス・ミラーというが、手紙は届いていないか?」
「ミラー様ですか? 少々お待ちください」
ちなみにミラーというのは偽名である。
セファロという名前は知られすぎていて、魔道師長が単身で旅行していると知られると、色々と厄介なのである。
「はい、ミラー様、届いております。少々お待ちください」
店員が積み上げられた手紙の中からルーファス宛てのものを取り出してきた。
それを受け取って開けると、ゲラルドからのものだ。
ポーションの入手に少し手間取ってしまい、到着が数日遅れるとのこと。
それは少しまずいことになりそうだとルーファスは思う。
ポーションの在庫が切れそうなのだ。
しかし、ないものは仕方がない。無い袖は振れないのだ。
そのまま宿に行き、そこで休んでいても問題はないのだが、できるだけ早く旅を終わらせて王宮に戻りたかった。
たしかに副魔道師長ゲラルド以外にも頼れる部下は大勢いたが、だからといって長期間、仕事を空ける訳にもいかない。
夕刻までにはまだ時間があったので、これから昔の教会跡地にある聖水を探しに行ってみようと、ルーファスは決める。運よく聖水が見つかるのなら、それがポーションの代わりになるかもしれないからだ。
地図はすでに何度も確認してある。そして、この場所からさほど遠くない所にある。
店を出て少し歩き始めたがやはりやはり体調が思わしくなく、次第に足取りが重くなってきた。
無理をしすぎたのだろうか。
それでもなんとか歩みを進めてみたのだが具合の悪さには勝てず、仕方なく近くにあった川の土手で休憩を取ることにした。
「あら、お兄さんどこから来たんですか?」
河原で座っているルーファスをめざとく見つけ、どこからともなく女が近寄ってきた。
安物の香水に、けばけばしい色の口紅。
すれっからした酒場の女だろうか。
自分を見つめるその目には明らかな媚態が込められていて、ルーファスはその女に対してむしろ嫌悪感すら抱く。
「・・・すまないが、放っておいてくれないか」
汗はだんだんひどくなり、眩暈もひどくなる。
女が近寄ったことで発動した呪いが渦を巻きながら体に巻きつくのを感じる。
呪いの呪縛。腹の底から吐き気と悪寒がせりあがってくる。
どうか放っておいてほしい。近寄らないでほしいとルーファスは切実に願うが、女は馴れ馴れしくさらに距離を詰めてくる。
「お兄さん、顔色がとても悪いわ? ねえ、大丈夫?」
こんなに女性が近寄ってくるのは一重に自分の容貌に関係があると思う。
大抵の女は自分を見た時にこのような反応をする。媚を含んだねっとりとした視線、それが気持ち悪くてたまらない。
「大丈夫だから放っておいてくれないか」
差し出された手を振り払い、立ち上がってまたふらふらと歩き始める。
とにかく、人のいない所で休みたかった。
ふとすぐ近くの森の中に入る細い道が目に入る。
あそこなら大丈夫だろう。
「お兄さん、そこは魔物の森よ」
女が叫ぶのを無視して、ルーファスは森に誘われるように、その小道に入り歩き出した。
汗がどんどんひどくなり、自分でも体調がさらに悪化していくのがわかる。
その小道の先に少し開けている所があるようなので進んでみると洞窟があった。
誰もいないようだ。
ここで少し休もう。
かなり無理をしたのだろう。
ほっとした瞬間に、意識が途絶え地面に倒れこんでしまった。
◇
それからどのくらいたっただろうか。
「ねえ、ねえ!」
かわいらしい声が聞こえる。どうやら自分に呼びかけているようだ。
うっすらと意識はあるが体が言うことを聞かない。
また意識が途絶えた後、再び気がつくと誰かが水を飲ませてくれた。
目を開けてみて驚いた。自分の頭を抱えて、優しい手つきで水を飲ませてくれていたのは、なんと幼児だったのだ。
まだあどけない顔をした淡い金髪に美しい青い目の幼子。年は3~4才くらいだろうか。
とても手慣れている様子で幼児はスプーンで少しずつゆっくりと水を口に含ませてくれる。
それがとても心地よくて、その子にぐったりと身を任せてしまっている自分に驚く。
やがて意識がはっきりしてくると、その子は半身を起こすのを手伝ってくれた。
自分がまだ十分に回復しきっていないのを理解すると、かいがいしく果物を口にまで運んでくれた。
それの果物が何かはわからなかったけど、さわやかな香りは食欲を刺激する。
思わずそれを口に含むと、果物は甘くすっきりした酸味もあり、乾いた喉を心地よく潤してくれる。
この果物は一体何だろう。
今まで見たこともない物で、もしこれが王都にあればおそらく王族が口にするような高級品だ。
いくら田舎の農村であったとしてもこれほどの果物なら名産品になっていてもおかしくはない。
驚いたことに、呪いのせいで食べ物をずっと拒んでいた体が、まるで歓喜するかのようにこの果物を受け入れている。
幼児は辛抱強く、こちらのペースに合わせてゆっくりと食べさせてくれ、水も飲ませてくれた。
こんなに心地よいのはいつぶりだろう。
旅の疲労も相まって、うとうとと睡魔に襲われながらも、幼児の様子に強烈な違和感を覚えて目が覚めてしまった。
見渡してみれば、暗くなり始めた深い森の中の洞窟、幼児がたった一人で自分の皿に果物とパンを盛り付け、今にも食事を始めようとしている。
果物を切り出した刃物は長剣の刃先。おそらく戦闘で欠けたものだろう。
皿やその他のものはかなり長く使い古したものだ。
なぜ、幼児がこんな時間にたった一人で洞窟にいる?
パンと果物だけの夕食。
そんな質素な食事を食べながら、幼児はしきりに美味しい、美味しいと呟き涙ぐんでいる。
─ この子の親はどこだ?
自分でも珍しく憤りにも似た感情がわきあがる。
この子の親は、まさかこんな幼児を何日もここに放置しているのだろうか。
そう思いながら子供の様子を眺め続けていると、焚火が細くなってきたので子供は皿を置いて立ち上がり、細い枝をおもむろに火にくべ始めた。その姿を見てルーファスは確信に至る。
やはり、この子はたった一人でこんな所で暮らしている。
魔獣がでる森の奥深くに水もなく、たった一人で。
その衝撃的な事実にルーファスは声を失い、ただひたすら子供の様子を眺めていた。




