果物食べるでしゅ
固い地面にうつ伏せに倒れていたのは、とても綺麗な男の人だった。
整った顔立ちに、引き締まった口元。
長いローブを羽織り、腰には短剣、皮のブーツと手袋。
この人は冒険者か旅行者なのかしら。
気を失っているようで顔色がとても悪い。きっと具合が悪いのだろう。
「ねえ、ねえ!」
声をかけてみても、背中を揺すってみても、全く反応なし。
どうしよう、どうしたらいい?
顔から血の気がさっと引く。
誰か助けを呼びに行こうかとも思ったけど、魔物が出る森の中の夕暮れ。
森も行かせまい!というかのように道をぴたっと閉じてしまってるから、今日はもう森から出られない。
しかたない。
意を決して、お布団代わりの毛皮をずるずると引っ張ってきて、男の人の横に敷く。
それから彼が着ていた長い外套を脱がして、身に着けていた短剣だの装備品を幾つも外した。
胸元が圧迫しないように、首回りの衣類を緩めてから、彼の後ろにしゃがみ、うんしょ、と後ろに引っ張る。
転がして毛皮の上に寝かせるのだ。
それにしても、大人の人ってこんなに重いの?
「んしょ、んしょ!」
と何度も転がそうとしたけど重くてしょうがない。
いや、女は度胸だ!
「よいしょぉぉぉっ!」
全身全霊の力を込めて引っ張ったらやっと仰向けに転がってくれた。ありがたや。
そして、昔、どこかのネットで見た緊急時の「回復体位」という形にする。
体を横向きにして、姿勢が安定するように上のほうの足を90度に曲げて出して、顔は横向き。
意識のない人が窒息しないための体位だ。知っててよかった。
熱はあるだろうか?
彼の額にそっと手をあてて熱がないか確かめると、とりあえず大丈夫そう。
呼吸は一定。脈拍も規則正しく打っている。
「えっと、あとは何をしゅるんだっけ」
焦れば焦るほど、幼児語が出てきてちょっと困った。
あ、そうか、次は水だ! 水を飲ませなくっちゃ。
意識がない時に水を口に含ませると、水が気道に入って窒息したりすると後々大変なので、とりあえず、水筒とコップ、スプーンの用意をする。それから食べ物!
おばあちゃんからもらったパンはちょっとハードルが高そうだから、マンゴーもどきを包丁で剥いて、果肉を切り出しておく。
お兄さん大丈夫かな・・・
様子を見るために、時々、男の人の前にそっと体育座りで顔色をチェックする。
いつもは毛皮の上で座ったり寝てたりしてたからわからなかったけど、地面て固いんだね(涙
「あ、う・・・」
お兄さんの眉が少し動いた!
「お兄さん、お兄さん、大丈夫でしゅか?」
揺すりながら声をかけると、その人の目がゆっくりと開く。まだ焦点が定まらず、ここがどこかもわからない様子。
「・・・ここはどこだ?」
こっちを見つめたその姿に息を飲む。
切れ長の灰色がかった青い瞳。男らしいような、それでいて美しいような整った顔立ち。
眉目秀麗、容姿端麗、そんな言葉がぐるぐると頭を回る。
さすが異世界スペック。イケメンが半端ない。イケメンがすぎる。
それでも、目が覚めてくれたのでほっとした。
このお兄さんはまだ具合が悪そうだ。ときおり、意識が途切れ途切れになるようでまだ状況は不安定そう。
「まずお水飲むでしゅ」
彼の形のいい唇がずっと乾いているようなので、喉が渇いているのだと察する。
スプーンに水をすくい、彼の唇に流し込むようにいれると、少し飲んでくれた。
喉が渇いていたのだろう。
何度か唇を濡らしてあげると、意識が少しずつはっきりしてきたようだけど、彼の目は何かに怯えているように見えた。
「ん? なんて言ったでしゅか?」
彼が弱々しい声で何かを言っているので耳を澄ませて聞く。
「・・・女は、女性は周りにいないか?」
女性をとても警戒しているみたい・・・。
意識が戻った瞬間、女性の有無を確認する所をみると、「彼にとっての女性というもの」はとてもまずいものらしいと察した。
私も一応、女(女の子)なんだけどなあと思いつつ、今、それを言うと、後でとてつもなく面倒なことになりそうな予感がしたので、にっこり笑って言う。
「周りに女の子はいないでしゅよ」
その瞬間、彼が明らかにほっとした様子でつぶやくのが聞こえた。
「・・・よかった」
その後、少し起き上がれるようになったので、半身を起こしてもらい、とりあえず、マンゴーもどきの皿を彼の前に置く。
「これ、食べるでしゅ。元気がでるでしゅ」
ビタミンC,ミネラル、ビタミンが沢山詰まったマンゴーもどき。食べたらきっと元気になるはず。
「・・・ありがとう」
と彼は言うものの、お皿を手に取って食べる様子がない。
きっとまだ自分で果物を食べるだけの元気がないのだろう。
「美味しいでしゅよ」
果物をフォークに刺して口まで運んであげると、ぱくりと食べてくれた。彼はそのまま目をつぶって、果物の味を楽しむかのようにゆっくりと咀嚼して、ごくりと飲み込んだ。
よかった。とりあえず食べてくれた。
「もっと食べられそうでしゅか?」
この人はかなり衰弱しているようだ。
彼がぐったりとした様子で頷くのを確認して、二つ目、三つ目とマンゴーもどきをゆっくりと食べさせていく。
もう少し食べられそうかな。
それから何個か果物を口に運んであげ、時々、水を入れたコップを口元にもっていって飲ませてあげた。
半分くらいマンゴーを食べた所で、お兄さんはもういいと言うように首を横に振ったので、今日のご飯はおしまい。コップについだお水をもう少し飲んだ所で、お兄さんは眠ってしまった。
疲れてたのかな。
寝息を確認すると規則正しく胸が上下して、顔色もさっきよりは少し良くなってきみたい。
ぐっすり眠って明日は元気になってくれてるといいな。
とりあえず一息ついたので、今度は自分のご飯の支度だ。
残ったマンゴーもどきの果肉をくし切りにして皿にのせ、おばあちゃんからもらったフォカッチャを取り出して横に盛り付ける。
「いただきましゅ」
手を合わせてからまずマンゴーもどき。
相変わらずジューシーで美味しゅうございます。マンゴーのような肉感に、あふれる柑橘類の果汁。
うん、やっぱりマンゴーもどきは美味しいのだ。
そしてお楽しみ、エルマおばあちゃんと一緒に作ったパン。
おお、固形物だよ! こっち(異世界)に来て初めて我が家(洞窟)でいただく初めての固形物!
パンには適度な塩がふってあるから、バターなしでも十分美味しいよ!
生活が向上してきたなあ。
思えば、異世界でこの小さな体でたった一人でここまでやってきたんだよ。
感動のあまり涙が滲む。
「美味しいでしゅ・・・」
ちょっと涙ぐみながら、水と一緒にパンを喉に流し込む。
うん、おいしいおいしい。
パンをもぐもぐしつつ、夜空を眺めつつ色々と考える。明日はエルマおばあちゃんの所にいって、もっと色々物資を調達しないといけないかもしれない。
必要なもののリストを頭の中で作りつつ、焚火の火がちょっと細くなってきたので、小枝を追加した。
そんな様子を、寝ているはずのお兄さんがそっと見つめていたことに、全然気がついていなかったことを後に悟ることとなる。




