あなたは誰でしゅか?
その後も毎日のようにエルマおばあちゃんの所に遊びに行き、水はもとより色々なものをもらうようになってしまった。いらないタオルとか、お皿とかフォークとか。そのうちにエルマおばあちゃんにお礼をしなくちゃなと思うのだけど、いかんせん育児放棄された幼児である。おばあちゃんにあげられるものが何一つない。
彼女のおかげで洞窟の我が家の装備も少しづつ充実してきたが、一つだけないものがある。
「あー、包丁ほしいー」
洞窟の石に腰掛けながらふと呟く。
包丁だけはどうしても手にはいらない。おばあちゃんにお願いしても危ないから、という理由で却下されそうだし、市場で買うにはお金がない。
そんなふうに悩みながらも、今日もおばあちゃんの所へ行こうと、ぱかっと開いた森の道を歩いている時のことだった。
「あれ、なんだろう?」
低い木の枝の所に、きらりと光る何かがある。
不思議に思って近づいてみたら驚いた。
「えっ? 刃物?」
刃先みたいなものが枝に引っかかってる。
ちょっと背伸びすれば届きそうな所だったので、頑張って下してみる。
なんとそれは長剣の刃先。刃先の15cmくらいが折れて木の枝に引っかかってた。
さすが異世界。落とし物が長剣の刃だよ、なんて感心していたら、そこに天啓が舞い降りた。
もしかして、これは包丁代わりに使えるんじゃないか。
刃の長さといい幅といい、包丁的にはとってもいいサイズじゃないか。
それを思いついた私はもしかして天才かもしれない。
「やった、包丁ゲットだ!」
洞窟の我が家には古いけどまな板がある。そして今、包丁が手に入った!
とはいえ、これからおばあちゃん家に向かう途中。
そんなものが見つかったらおばあちゃんに没収されるのは間違いないので、おばあちゃん家の近くの河原にあるごろごろ石の隙間に隠しておく。
帰り道に拾いなおして洗って持って帰ろう。
◇
「まあ、よくきたね。おはいりなさい」
エルマおばあちゃん家のドアととんとんと叩くと今日もおばあちゃんが優しく出迎えてくれる。
「こんにちはでしゅ」
挨拶も早々に、おばあちゃんが用意してくれた小さなエプロンをつける。
今日はおばあちゃんと一緒にパンを焼く約束をしているのだ。
ふふふ、一緒にパンを焼くという遊びをしているように見せかけて、実は美味しいパンを手に入れるという目論見である。私は知恵が回るのだ。
「生地はもう準備してあるからね」
台所を見ると、ふんわりと上手に発酵してあるパン生地。
大きな丸い生地が乾かないように濡れ布巾が被せてある。
手を洗ってからつんつんと指でつつくと、いい感じに穴が開く。生地に穴を開けても、発酵が足りないとすぐにしぼんでしまうし、発酵しすぎだと逆に穴はダレて形をとどめない。
「いい感じに発酵してるでしゅ」
今日はフォカッチャもどきのパンを作る予定。
パンと言うのは一次発酵→ガス抜き→二次発酵→形成、という工程をたどるのが普通だけど、ここのパンは一次発酵だけで済ませるらしい。フォカッチャは一次発酵だけで作れる簡単だけど美味しいパンなのである。
「じゃあ、はじめましょ」
おばあちゃんもエプロンをつけて準備万端だ。
パン捏ね台にうち粉を振って、おばあちゃんが小分けにして丸くまとめた生地を、私が大きなめん棒で2センチくらいの厚さで平たく伸ばしていく。そこに指ででこぼこの穴をあけて、オリーブオイルを塗って岩塩をふって焼くのだ。
生地にぷつぷつ指で穴をあけるのも私の役目。
よく発酵した生地を穴ぼこだらけにするのはとても楽しい。
人によっては伸ばした生地にローズマリーとか黒コショウとかをかけて焼くんだけど、今日はシンプルに塩だけ。
「できたでしゅ!」
塩をふるのもやらせてもらって、嬉しそうに言うとおばあちゃんもニコニコと笑う。
ほんとエルマおばあちゃん、好き、大好きー。
「じゃあ、オーブンにいれるかね」
おばあちゃんがパンをオーブンに入れて待つこと20分くらい。
「さあ、できたよ」
オーブンから出したての湯気の立ってるパン。ほかほかである。
本当はもう少し冷めてから食べないといけないのだけど、待ちきれなくてちょっとつまみ食いしたら、おばあちゃんに笑われた。
でもパンは香ばしく、岩塩のぴりりとした辛さもちょうどいい。
「おいしいでしゅ」
うん、いい出来だ。
その後、おばあちゃんがそのパンに鶏のハムとトマトなんかの野菜を挟んだサンドイッチを作ってくれた。
一緒にテーブルを囲み、お茶と一緒にいただく。
できたてパンのサンドイッチ、うまー。
「今日のパンは良くできたねえ」
「ほんとにねえ」
頬を膨らませてもぐもぐも食べていると、おばあちゃんも楽しそうに笑う。
そのあと二人であれやこれやとお喋りして、パンのお土産を沢山もらってから、家路(洞窟)に着いたのはほぼ夕暮れに近い時間。おばあちゃんとの時間が楽しくてつい長居してしまった。
もちろん橋の下で包丁もきっちり洗いましたよ。怪我しないようにタオルにしっかりくるんで持ってきた。
そしてあともう少しで洞窟の家にたどり着きそうな頃、今日も誰もいないんだろうなあ、と悲しい気持ちになる。
洞窟で異世界転生してから、もう何日経つのだろう。
朝起きるたびに、そして外出先(主におばあちゃん家)から戻ってくる度に、
誰かいるのだろうか?
こっち(異世界)の家族が迎えに来てるんじゃないか。
とドキドキしながら家(洞窟)に着けば、目に入るのは空っぽの空間。
ふと真夜中に目が覚めることがあって、時折、夜行性の獣が鳴いているのが聞こえる。
外は真っ暗。細い焚火だけがぼんやりと辺りを照らすものの、さすがに一人で洞窟にいるのは心細くなって、
「だれかいるー?」
と誰もいないのがわかっていても、やはり声をかけずにはいられない。
やがて朝を迎え、空っぽの洞窟を見る度に、
「今日もお迎えは来なかった」
と、子供心にも落胆してしまう毎日。
どこかにいるはずの保護者を待ち続けるのにも、さすがに疲れてしまった。
ストックしてあるマンゴーもどきも毎日消費してるから、数がだんだんと少なくなってきた。
この果物を食べつくしたら、もう食料が無くなってしまう。
冬になったら? 病気になったら? 果物が無くなったら?
ここでずっと顔も知らない人を待ち続けていいものだろうか。
だんだんと心細くなってきて、今日も洞窟には誰もいないのがわかっているのに、なんとなく「ただいまあ」と声をかけてみるけど、当然返事はない。
どうせ誰もいないんだ。
返事する人がいる訳がないんだ。
あんまり考えると、心理的に追い詰められそうだから、考えるのをやめた。
そして洞窟に入ろうとした時、近くに人が倒れているのを見つけてしまった。
慌てて駆け寄ると、それはとても綺麗な男の人だった。
長く艶やかな銀色の髪の毛が彼の肩から零れ落ちているのが見える。
「あの・・・ねえ・・・」
恐る恐る声をかけても全く返事がない。意識を失っているみたいだ。
「あ・・・どうしよう」
森の道は用が済んだと言わんばかりにぴたっと閉じてしまっている。
空を見上げると、真っ赤な夕焼けが広がる夕方。
森の奥に幼児が一人、行倒れになった男の人と一緒にいます。
この状況、どうすんだ、これ。




