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第28話 「空間ごと、ネギで」

 音がした。


 と、晴人は思った。


 でも音ではなかった。


 耳に届いたのではなく、体の内側が鳴った感じだ。丹田を軸に振り下ろしたとき、腕の先から何かが抜けた。素振りで枝が空気を割るときの感触の、遥かに大きいもの。


 視界の上方、三十度の角度。


 ゲートの縁が、揺れた。


 違う。揺れたのではない。


 縁に、線が入った。


 細い。最初は光の屈折かと思った。でも消えない。むしろ広がっていく。


 晴人は枝を下げず、そのまま視線をゲートの中心に向けた。


 軸がある場所に、線が届いていた。


 そこから上と下に、ゆっくりと広がっていく。


 割れた、と思った。


 ゲートの中心から、線が広がっていく。上へ。下へ。縁まで届いた。


 縁が震えた。


 それまで一定の黒だったものが、振動し始めた。波紋が広がるように、縁から揺れが内側に伝わっていく。


 晴人はネギを下げなかった。


 軸を保つ。丹田を意識したまま、肩の力を抜いたまま、立っていた。


 十秒後、ゲートの黒が薄くなり始めた。


 ゆっくりと。


 上から、少しずつ。


  *


 指揮所のモニターが全部、一秒間、白くなった。


 何かが飛んだのではない。光が出たのでもない。空間そのものが一瞬だけ整列したような——そんな表現をあとで記録係が書いたが、その場で言葉にできた人間は一人もいなかった。


 白が消えた。


 モニターが戻った。


 ゲートが、割れていた。


 上下に。


 中心から放射する線を軸に、縦に、きれいに。


 裂け目の縁が広がるのではなく、内側から押し開かれるように、二つに分かれていく。


「……何が」


 誰かが言った。


「ゲートが」


「二つに」


「割れた?」


 三佐は一言も発さなかった。ただ画面を見ていた。


 ゲートの中心から、光が漏れた。


 色ではなかった。透明だ。あえて言うなら、暗い空気の中に「普通の空気」が戻ってきたような色。


 異形が、止まった。


 一体目が止まった。


 二体目も止まった。


 道路の向こうで動いていた三体目も、四体目も、五体目も。


 全部が止まった。


 軸が消えたのだ。


 晴人にはそれがわかった。


 動きに方向性を与えていたものが、根元から断たれた。軸を失えば、方向性を失う。方向性を失えば、動けない。


 止まった異形が、一体ずつ、音もなく崩れ始めた。


 上から。粉になるのではなく、存在そのものが薄くなっていく。蒸発でも消滅でもなく、ただ、ここにいなくなる。


 三十秒ほどで、地上から全員消えた。


 空を見上げた。


 ゲートが、閉じていた。


 割れた二枚が、内側に向かってゆっくりと畳まれていく。縁が消えていく。黒い部分が縮んでいく。最後に残ったのは、普通の空だった。


 曇り空だ。でも、普通の曇り空だ。


 赤みがない。灰色がない。ただ、白くて平坦な雲があった。


「……フォームが良かった」


 晴人は小さく言った。


 ネギを下げた。


 手首に感触が残っている。木刀でも枝でもない。でも、悪くない重さだった。


 根元の部分が、少しだけひびが入っていた。


 全部振り切った枝と同じひびの入り方だ。


  *


 コメント欄が、三秒間、何も動かなかった。


 世界同時視聴四千万。


 三秒間の沈黙。


 それから。


『』


『』


『』


 最初の数十行は、文字がなかった。


 誰かが書こうとして、消した跡だ。


 それから一件、通知音が来た。


『ネギで……空間を、切った……?』


 そこから崩れた。


『ちょっと待ってくれ冷静になれ俺たちは今』


『今なにを見た』


『ゲートが閉じた』


『閉じた』


『閉じたんですか??』


『閉じましたよね今』


『映像が嘘をついてる可能性は』


『ない リアルタイムで現場の人間がツイートしてる』


『「空が戻った」「閉じた」「異形が消えた」全部同じ時刻』


『世界中から同じ報告が来てる 現地のカメラ全部が同じものを映してる』


『空間を切った』


『ネギで』


『長ネギ 百八十円』


『マルタカの特売』


『お前ら落ち着けそれより今の振りを見たか』


『見た 見たよ何度も巻き戻してる』


『三十度の角度で一振り』


『踏み込みもない 素振りと何が違うんだ』


『軸が違う』


『軸って何だよ』


『師匠が言ってた「丹田を意識する」がたぶん……』


『この話、三年かかっても理解できる気がしない』


『それでいい 我々には見守ることしかできない』


『待ってまだ師匠映ってる 何か言ってる』


『何て言ってる?ドローンの映像じゃ口元わからない』


『「フォームが良かった」って言ったよ 口元読んだ』


『…………』


『フォームの確認』


『フォームの確認だったんだね』


『ゲートを閉じることも、師匠には「フォームの確認」なんだ』


『聖典かよ』


『聖典です』


『名台詞更新』


『更新どころかこれ最終章だろ』


 指揮所の通信端末が鳴り続けていた。


 内線、外線、衛星回線。別の端末では陸上自衛隊の幕僚長からの通信が入った。防衛省から照会。内閣官房から確認要請。国際冒険者連盟のヨーロッパ支部からのメッセージが二件。


 三佐はそのどれも取らずに、画面を見ていた。


 画面の中で、晴人がネギを持ったまましゃがんだ。


 地面を確認していた。


 アスファルトの状態を確認しているのか、靴紐を確認しているのか。それとも別の何かか。


 十秒ほどしゃがんで、また立った。


「……三佐」


 オペレーターが言った。


「あの人、歩いてます」


「どっちに」


「南です」


 南は、指揮所の方向だ。


「……来る」


「はい」


「通信は全部保留にしろ。優先順位は一個だけだ」


「はい」


「あの人が話したいと思ったら話す。それ以外は全部待たせろ」


 三佐は端末を全部伏せた。


 部屋の中が静かになった。


 コンソールのファンの音だけが残った。


 四十年近くこの仕事をしてきた。演習も、有事対応も、国際派遣も。判断を下した場数は数えきれない。それでも今日のことは、今後何十年経っても「説明できない」と言うしかない出来事になる。


 ただ一つだけ、確かなことがあった。


 あの男は、軸を持っていた。


 ゲートが閉じる前も、閉じているときも、閉じた後も、全部同じ顔で立っていた。

 

 怖くなかったのか、などとは思わなかった。


 三佐には、わかった。


 あの男には「今これをやる」という一点しかなくて、それ以外のものが入る隙間がない。


 恐怖が入る隙間がない。


 だから怖くない、というより、そもそも怖さの届く場所にいない。


 三佐は制帽をとって、膝の上に置いた。


  *


 晴人が指揮所に戻ってきたのは、それから五分後だった。


 歩き方は変わっていない。リュックを背負って、右手にネギ。道路の端の段差を一歩上がって、テントの前で止まった。


 三佐が前に出た。


 何を言えばいいかわからなかった。


「……終わりました」


 晴人が言った。


「はい」


「異形は全部消えましたか」


「全部消えました。現在確認中ですが……ゲートも閉鎖を確認しています」


「そうですか」


 晴人はネギを見た。根元に入ったひびを確認するように、少し角度を変えた。


「ひびが入りました」


「……ネギに、ですか」


「木刀が限界を迎えたとき、同じひびが入りました。使い切った感触です」


「……はあ」


「このネギは百八十円でした。木刀は三千八百円だったので、コスパはいいですね」


 三佐は三秒間、何も言えなかった。


「……そう、ですね」


「次は何を使えばいいか少し考えます。朴の木の一枚板か、あるいは枝の選定の問題か」


「風見さん」

 

三佐が晴人の目を見た。


「今あなたがやったことは……今後の歴史書に残ります。それだけはお伝えしたい」


 晴人はしばらく、三佐の顔を見ていた。


「そうですか」


「はい」


「それはよかったです」


 それだけだった。


 晴人はリュックを背負い直した。


「帰りの車を手配していただけますか」


「もちろんです。すぐに」


「ありがとうございます」


  *


 指揮所のテントを出て、少し離れた場所で晴人は立ち止まった。


 空を見上げた。


 普通の曇り空だった。


 昨日の朝に見た空と同じだ。どこにも裂け目がない。赤みもない。ゲートも異形も、全部ない。


 ただの曇り空。


 風が来た。南から北へ、真っすぐな風だ。


 晴人はネギを少し持ち上げた。葉先が風に揺れた。


 根元のひびを指でなぞった。


 もう一振りは無理だ。でも、振り切った。ここまで使い切った。


 悪くなかった。


  *


 リナは一時間前からファミレスにいた。


 九日間、ここから晴人を観察した席だ。窓際の二人席。注文はコーヒー。正直何も味がしない。


 テーブルの上にスマホを置いて、ニュースの速報を流し続けていた。


 東京のゲートが閉鎖。


 異形、全数消滅確認。


 東京ゲート消滅——原因究明は今後。


 それだけがわかった。


 風見晴人が何をしたのかは、どのニュースも「現場で対応にあたった冒険者が何らかの介入を行ったとされる」としか書いていなかった。でもリナにはわかった。配信で見ていた。ドローンの映像を見ていた。


 振り下ろした瞬間を、見ていた。


 隣にいたかった、という気持ちが、ずっとある。でもそれが筋違いだということもわかっている。あの場に必要だったのは邪魔者ではなく、軸を持った人間一人だ。


 コーヒーカップを両手で持った。


 ぬるくなっていた。


 スマホが震えた。


 見ると、晴人のメッセージだった。


 一行だった。


「今日のリナさんの腰の乗りは昨日より安定していました。明日も同じペースでお願いします」


 リナは画面を三秒見た。


 目の奥が熱くなった。


 返信を打とうとして、何を書けばいいか全くわからなかった。


 今日のことを書こうとした。「見てました」と書こうとした。「すごかったです」と書こうとした。「感動しました」「よかったです」「無事で」——全部消した。


 どれも違う。


 言いたいことは、もっとシンプルだ。


 でもそのシンプルな言葉は、うまく出てこない。


 五分かけて、一行書いた。


「はい。明日もよろしくお願いします」


 送信して、コーヒーを一口飲んだ。


 やっぱり味がしなかった。


 でも、悪くなかった。


 窓の外を見た。


 空が、普通だった。


 赤くない。歪んでいない。ただの夕暮れの空だ。


 リナはそれをしばらく見ていた。


 どこかで素振りをしようと思った。今夜はこのファミレスを出て、近くの公園に行こう。フォームの確認だ。腰が昨日より安定していたと言ってもらったけれど、自分ではまだ確信が持てていない。体で確かめる。


 コーヒーカップを置いた。


 財布を取り出した。


 ここの勘定を払って、外に出る。そのあとのことは決まっている。


  *


 レオンはアパートの自室にいた。


 ベッドに座って、スマホを手に持って、それ以上何もしていなかった。


 配信を止める気になれなかった。コメント欄が流れ続けている。


 でも画面は全部見ていない。ずっと前の一点を見ていた。


 あの男は今朝、公園で何を言ったか。


「腰の乗りが、今週少し落ちています。焦りが出ているんだと思います」


 そうだ。


 焦っていた。


 東京のことが気になって、風見さんのことが気になって、何もできない自分に焦って、その全部が腰に出ていた。


 でも風見さんは焦らなかった。


 東京に行く朝に、千本振った。


 朝の素振りが終わったあとで、東京に行った。


 それだけだった。


 レオンはスマホを置いて、枝を見た。


 部屋の隅に立てかけてある。


 明日の朝のために、持って帰ってきた。


 立ち上がって、枝を手に取った。


 部屋は狭い。四畳半で、振ると天井に当たりそうだ。


 それでも、素振りの形を確認した。


 丹田。腰。肩の力を抜く。


 腰を入れる。


 「腕ごと落とす」感覚を探す。


 一本振った。


 天井には当たらなかった。


 もう一本振った。


 まだ手首が先行している。でも昨日より、ほんの少し、腰が遅れていない。


「……焦りが出てる、か」


 スマホのコメント欄が流れていた。


『師匠が帰路についたとのこと』


『「コスパがいい」と言って笑っていた』


『「次は何を使えばいいか考える」と言った』


『いや待ってまだ続けるつもり???』


『師匠には終わりがない』


『我々にも終わりはない』


『素振り宗 永遠なり』


 レオンはコメント欄を見て、少し笑った。


 笑ったのは久しぶりだった。


 三本目を振った。


 また手首が先行した。


 四本目。少しマシになった。


 五本目。腰が入った、気がした。確信はない。でも、今週の中では一番良かった。


 六本目。また手首が戻った。


 レオンは枝を一度下げた。


 天井を見た。四畳半のアパート。窓の外の電柱に、まだ明かりがついている。


「……焦りが出てる」


 風見さんが朝に言った言葉を、もう一度声に出した。


 そうだ。ずっと焦っていた。


 追放した相手が世界最強になっていく様子を、どこかで見続けていた。遠くから。


 謝った。和解してもらった。弟子として枝を持つ機会をもらった。


 それでもまだ、焦っていた。


 でも今日——


 風見さんは、焦らなかった。


 東京に行く朝に千本振って、一振りでゲートを閉じて、帰途についた。


 全部、同じ速度で動いていた。


 焦らない人間の速度は、一定だ。


 レオンは七本目を振った。


 手首が先行した。


 それでいい。今日はそこから始める。


  *


 帰りの車は、行きと同じミニバンだった。


 晴人はリュックをひざの上に置いて、窓の外を見た。


 高速に戻る前の一般道。さっきより車が多い。避難していた人が戻り始めているのかもしれない。


 しばらくして、助手席の男が口を開いた。


「……何か、ご要望はありますか。帰り道で寄るところなど」


 晴人は少し考えた。


「コンビニを一軒寄っていただけますか」


「はい、もちろんです」


「今日は遅くなるので、夕食を調達しようと思いまして」


 男は前を向いたまま、小さく頷いた。


  *


 コンビニは高速のインターを降りてすぐの国道沿いにあった。


 晴人は車を降りて、自動ドアをくぐった。


 店内は明るかった。BGMが流れている。普通のコンビニだ。


 おでんのケースが目に入った。


 大根。玉子。こんにゃく。ちくわ。ごぼう天。


 晴人は透明の蓋を開けた。


 大根を一つ取った。よく煮えている。箸で持ち上げたとき、重さがある。


 玉子を一つ。


 こんにゃくを一つ。


 ちくわを一つ。


 合わせて四百十二円だった。


 袋に入れてもらって、車に戻った。


 助手席の男が後ろを振り返った。


「おでんですか」


「ええ。今夜は温かいものがよかったので」


 男は一度前を向いた。それからもう一度振り返った。


「……あの、風見さん」


「はい」


「今日……本当に、ありがとうございました」


 晴人はおでんの袋を膝の上に置いた。


「いえ」


「私には……うまく言えないんですが」


「気にしなくていいですよ。私は素振りをしただけですから」


「え?」


「それより、帰りましょう。遅くなりました」


「……はい」


 車が動き始めた。


  *


 車が高速に入ってから、晴人はメモ帳を開いた。


 今日の記録を書く。


 ゲートの軸の位置。角度三十度。ネギの重心。振り下ろしのとき肘が一瞬外に逃げる傾向があった。修正点として記録する。


 異形との前哨戦。半歩右にずれてから振った。ずれるときの軸のブレが、若干あった。次回は踏みすぎない。


 ネギ。根元のひびの状態から、振り切り限界は一・五〜二振りと推測。木刀より回転半径が長い分、重心が外側にある。次は少し手元側に重心のある素材を試す。


 ここで一度ペンを止めた。


 朴の木の一枚板。あれは重心が安定している。ただ、長さが問題で、長すぎると扱いにくい。次の日曜日に木工店を回ってみる。いくつか見繕って素振りの感触を確かめる。


 あるいは、枝を見直す方法もある。


 今使っている樫の枝は、軽さと硬さのバランスがいい。もう少し太い径のものを選べば、重心が手元寄りになる可能性がある。公園の別の木も試す価値がある。


 書き終えて、ページをめくった。


 明日の素振りのメモを書いた。


 右肘の修正。ずれのときの軸保持。腰の乗りを再確認する。


「……明日もよろしくお願いします」


 独り言だった。


 誰にともなく言った。


 窓の外は夕暮れになっていた。空に雲があるので、夕日は見えない。でも空の端が少しだけ橙になっていた。


 赤みはなかった。


 ゲートの赤ではない、普通の夕暮れの橙だ。


 晴人は手帳を閉じた。


 膝の上のおでんが、まだほんのり温かかった。


 車はまっすぐ北に向かっていた。


  *


 コメント欄は夜になっても止まらなかった。


 視聴者はゲートが消えてからも増え続け、夜十時を過ぎた頃には国内だけで三百二十万を超えた。


 世界再生回数は、今日一日だけで八千万を超えた。


 コメント欄は、三種類に分かれていた。


 一つは、震えたまま言葉にならない人たち。


 一つは、分析しようとして挫折している人たち。


 一つは、ただ「師匠」と書き続けている人たち。


『師匠』


『師匠』


『師匠』


『師匠』


『三百円のネギで世界を救ったのか』


『百八十円です』


『訂正ありがとうございます 百八十円のネギで世界を救った』


『でも本人は「フォームの確認」と言った』


『我々には永遠にわからないことがある』


『それでいい』


『素振り宗とはそういうものだ』


『今夜、素振りした人』


『した!』


『した!!』


『した』


『下手くそだけど やった』


『俺も 公園で百本振ってきた』


『肩に力が入ってしょうがないけど』


『そうやって始めるんだと思う』


『師匠が言ってた 「肩の力を抜いて、丹田を意識するんです」』


『意識します 丹田』


『意識します』


『おやすみ師匠』


『どこにいても おやすみなさい師匠』


  *


 晴人が自宅に帰り着いたのは夜八時だった。


 玄関を開けて、靴を脱いで、台所へ向かった。


 コンビニの袋を置いた。


 冷蔵庫を開けた。


 中段に、使いかけの長ネギが一本ある。三本百二十円のやつだ。残り一本。葉先がまだ緑い。水気が抜けていない。


 今日は使わなくていい。


 冷蔵庫を閉めた。


 台所のテーブルにおでんの容器を並べた。大根、玉子、こんにゃく、ちくわ。


 箸を取り出した。


 椅子に座った。


「……いただきます」


 大根から箸をつけた。


 皮まで出汁が染みている。箸を入れると、抵抗なく崩れた。


 よく煮えていた。


 玉子。こんにゃく。ちくわ。


 全部、温かかった。


 静かな夕食だった。


 食べ終えて、容器を捨てた。


 台所を整えて、電気を消した。


 風呂に入って、歯を磨いた。


 布団に入った。


 スマホを手に取った。通知が——見る気になれなかった。全部消した。


 部屋が静かだった。


 明日の朝は五時半に起きる。


 素振りは千本。


 公園の枝は根元に置いてある。


 リナさんの腰の乗りを確認する。レオンさんの手首先行の修正を見る。右肘の修正も試す。


 やることはある。


「……おやすみなさい」


 誰にともなく言った。


 電気を消した。


 



第二十八話 了

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