第27話 「東京まで、特売が間に合うか」
朝四時半。
空はまだ暗く、公園の砂利は夜露を含んで湿っていた。
風見晴人は枝を握った。
今日は折れかけのものが一本残っていた。木の根元に立てかけておいた枝だ。端が少しひびに沿って白くなっているが、百本程度なら持つ。
振った。
最初の一本から、静かにフォームが入る。丹田を意識して、腰からではなく軸から振り下ろす。枝が空気を割った。音が短く鋭い。
振った。
二本目も同じ音だった。
今日の空気は重い。晴人の町から南の方角、はるか遠くの地平線の裏側あたりが、まだほのかに赤い。昨夜のニュースで見た映像を思い出すほどでもなく、ただ赤いと思った。
振った。
五十本を超えたあたりで、後ろに気配が来た。
「風見さん」
リナだった。呼吸が少し速い。走ってきたのかもしれない。
「おはようございます」
「おはようございます」
声に何かが滲んでいたが、晴人は振り返らなかった。
「始めてください」
「……はい」
リナが枝を取り、隣に並んだ。
振り始めて三本目から、音が揃い始めた。リナの腰の乗りは昨日より安定している。東京のニュースが頭から消えているわけではないだろうが、それでも体は覚えていた。体が覚えたものは、多少の乱れでは消えない。
続いて、少し遅れてレオンが来た。
「おはよう」
「おはようございます」
晴人が短く返すと、レオンは枝を手に取って三人の右端に立った。
しばらく、誰も喋らなかった。
三本の枝が、ほぼ同じリズムで空を切る。鳥の声。遠くで車のエンジン音。ただそれだけだった。
晴人は百本振り終えた後、一度枝を下げた。
「少し変えます」
「何を、ですか」
リナが汗をぬぐいながら聞いた。
「枝を」
根元から少し太めの折れ枝を見繕って、地面に並べる。今日は今使っているものが百本で限界だ。二本目を使って残り九百本を消化する。
リナが目を丸くした。
「今日……普通に、いつも通りにやるんですね」
「ええ」
「東京、行くのに」
「行くのは七時半です。今は五時半です」
晴人は二本目の枝を手に取った。
それで終わりだった。
レオンが口の端で何か言いかけて、やめた。
三人はまた無言で振り始めた。
*
七時を過ぎたあたりで、空が明るくなった。
東の空は橙で、西の地平線の先、東京の方向だけがわずかに灰色がかっていた。煙ではない。ゲートが空気ごと変質させているのか、それとも自衛隊の排気煙か。晴人には判断できなかった。
千本目を振り切って、枝を木の根元に戻した。
「今日もありがとうございました」
リナが、一歩踏み出した。
「風見さん」
「はい」
「行ってきてください」
短かった。余計なことを言わなかった。
「ええ」
晴人は水筒のキャップを開けた。水を一口飲んで、タオルで手を拭く。
レオンが頭をかいた。
「……俺たちも、何か」
「素振りをしていてください」
レオンが止まった。
「え」
「腰の乗りが、今週少し落ちています。焦りが出ているんだと思います」
レオンは口を閉じた。
「帰ったら見せてください」
晴人はそれだけ言って、公園の出口に向かった。
*
迎えの車は七時二十五分に来た。
黒いミニバン。窓ガラスが濃い。運転席の男は五十代で、白いシャツにネクタイをしていた。後部座席を開けて、何も言わず頭を下げた。
晴人はリュックを抱えて乗り込んだ。
車内は静かだった。
助手席に別の男が一人いた。三十代くらい。何も喋らない。晴人も喋らなかった。
高速に入って、しばらくしたところで、晴人は窓の外を見た。
サービスエリアの看板が流れる。本線の左側に青い標識が見えた。「東京 138km」。
晴人は手帳を開いた。
今朝の素振りのメモだ。百本目以降、枝を持ち替えてから右手の入りが一瞬早い傾向がある。次は意識して左手のタイミングに合わせてみる。あと、七時頃から空気が動き始めるとフォームの崩れが出にくい。時間帯と空気の流れの関係を継続観察する。
書き終えて、ページをめくった。
「……着いたら、まず近くのスーパーを教えてもらえますか」
助手席の男が一瞬固まった。
「スーパー……ですか」
「ええ。水と、昼食を買いたいので」
男は前方を向いたまま少し間を置いた。
「……確認いたします」
晴人は手帳を閉じた。窓の外の景色がずっと続く。田んぼ。工場。高架橋。
空の赤みは薄れていた。
*
東京に近づくにつれ、道路の様子が変わった。
対向車線が増えた。首都高の上り線は流れているが、下り線のこちらは渋滞が続く場所も多い。大きな荷物を積んだトラック。家族連れの車。布団を積んでいる軽自動車。みんな、東京から出ていく。
晴人はそれを眺めた。
「……すごいですね」
独り言に近かった。
助手席の男が振り返った。
「千代田区から江東区まで、ほぼ全域に避難指示が出ています。昨夜から数えると都内の避難人口は百三十万人を超えたと」
「百三十万」
「はい」
晴人は対向車線を見た。子供が後部座席の窓から外を見ていた。こちらに気づいて、手を振った。晴人は少し間を置いてから、窓越しに軽く手を挙げた。
車はすぐにすれ違って、消えた。
*
都内に入ってから、空気が変わった。
高速を降りると、街路に人がいない。信号だけが動いている。コンビニの駐車場に警察の車が一台停まっていた。シャッターが閉まっている店舗。途中、風で倒れたままの看板が一枚、道路の端に横たわっていた。
北の空に、それが見えた。
黒い裂け目だ。
大きい。
昨夜の映像で見たときは「東京の空に何かある」という程度の印象だったが、実際に車窓から見上げると、空の一角がそのまま存在していない。空が、途中から黒く閉じている。縁が奇妙にねじれていて、その淵から何かが時折落ちる。落ちたものはすぐに見えなくなる。
「…………」
晴人は黙って見ていた。
ゲートの周縁から光のようなものが出ている。赤でも白でもない。色を決める前に消えるような光だ。
「大きいですね」
昨日の電話口でも言った台詞だった。
でも今日のほうが大きい。昨夜から、またさらに広がっている。
*
「スーパーは一か所だけ、この近辺で営業しています」
助手席の男が教えてくれた。
前線から三キロほど離れた区の境界近く。避難推奨エリアとそうでないエリアの境目に、まだ開いている店舗が一軒あるという。
「行っていただけますか」
「……はい」
車が曲がった。
五分ほどで、それが見えた。
「業務用生鮮スーパー マルタカ」という看板。外に段ボールが積まれていて、店員らしき人間が二人、入口の前で話しているのが見えた。営業中を示す電灯は消えているが、自動ドアは開いている。
車が停まった。
「ここで待ちます」
「ありがとうございます」
晴人はリュックを持って降りた。
外の空気は重かった。遠くで音がしている。低くて断続的な音。ヘリだろうか、それとも別の何かか。
自動ドアを抜ける。
店内は薄暗かった。蛍光灯の半分が消えていて、残り半分が点滅していた。棚の品物は半分ほど空になっている。水の棚はほぼ全滅だ。
晴人は棚を順番に確認した。
米は残っている。缶詰もある。麺類の棚に袋ラーメンが三つ残っていた。
野菜コーナーに回ったとき、視界に入った。
長ネギ。
三束。
値段は百八十円。
晴人は一瞬止まった。自宅の冷蔵庫にある分は使い切っていない。でも、あれは昨日の特売品だ。今日のこれは、少し割高だ。
……ただ、三束で百八十円は悪くない。
晴人は一束を手に取った。根元が乾いていない。葉先も折れていない。
悪くなかった。
籠に入れた。
「お客さん」
振り返ると、店員の一人が立っていた。六十代くらいの男性。エプロンをしている。
「この辺、早く出たほうがいいですよ。昨日の夜から、あっちで変なのが出て」
「そうですか」
「自衛隊も手が出せてないって言うし……あんた、どこ行くの」
晴人は籠を持ったまま少し考えた。
「そっちに行きます」
男性が目を細めた。
「……冒険者さん?」
「はい」
「でも、他の冒険者も全員退いてるって聞いたよ。ランクAとかBとかいう人たちが」
「そうですか」
晴人はレジの方に歩いた。
「気をつけて」
「ありがとうございます」
レジは無人だった。セルフレジの電源が入っていた。晴人はネギと水を一本置いて、バーコードを通した。二百六十円。財布から三百円を入れて、釣りを受け取った。
袋はなかった。
リュックのサイドポケットにネギを差し込んだ。葉先が少し飛び出る。水はリュ
ックのメッシュポケットに入れた。
店を出た。
*
車に戻ると、助手席の男が微妙な顔をしていた。
「長ネギ……ですか」
「鮮度が良かったので」
男は何か言いかけてやめた。運転席の男が小さく咳をした。
車が再び動き始めた。
北へ。
ゲートに近づくにつれて、空が暗くなった。街路の影が濃くなる。晴人は窓の外を見た。
異形がいた。
一体、ビルの陰で動いている。二体目は交差点を横切った。動きが直線的だ。壁にぶつかると少し止まってまた歩く。迷っているというよりも、軸に沿って動くことしかできないように見えた。
「……軸が、決まっている」
独り言だった。
自衛隊の車両が道路を塞いでいた。手前で車が停まった。
「ここから先は、徒歩になります」
「わかりました」
晴人はリュックを担いで降りた。
目の前に自衛官がいた。三人。防弾装備に小銃。
「冒険者の方ですか」
「はい」
「ギルドからの連絡は受けています。ただ……」
若い隊員が晴人を上から下まで見た。リュック。水筒。サイドポケットから飛び出した長ネギの葉先。
何か言おうとして、やめた。
「前進してください。前方二百メートルで指揮官が待機しています」
「ありがとうございます」
晴人は歩き始めた。
*
前方に人の塊が見えた。
制服姿の人間が十五人前後。テントが二張り。大型の通信機材を積んだ車両。全員がこちらを向いた。
晴人は歩き続けた。
テントの一つに「JGSDF 第一指揮所」という表示があった。横に別のテントがあり、中でモニターが複数動いている。ゲートの映像が各方向から映っていた。
晴人は歩きながら、上を見た。
ゲートは直接見ると大きさが掴みにくい。空という基準点がないから、縁がどこ
で終わるかがわからない。目を細めると、縁の形が少し分かった。縦長の楕円に近い。完全な円ではない。どこかが歪んでいる。
歪みの場所は、軸がある場所だ。
軸はゲートの中心ではなく、少し北東に偏っている。そこから伸びているものを切れば、形が崩れるはずだ。
「風見晴人さんですね」
前に出てきた男が言った。五十代。迷彩服に三佐の階級章。
「はい」
「お待ちしていました。現在の状況をご説明します」
男が地図を広げた。
「ゲートの中心は皇居の北東、大手町周辺上空です。現在の直径は推定一・八キロ。昨夜の一・五から拡大しています。内縁から落下する球体型の物体が計二十二個確認されており、そこから展開した異形体が現在地上に七十三体。我々の火器は有効打を与えられていません」
晴人はメモ帳を出してボールペンを走らせた。
「移動方向は」
「一定ではありませんが、全体として南方向への拡散傾向があります。何らかの方向性を持って動いているように見えます」
「はい」
「こちらの戦力は徒歩部隊と装甲車両の複合ですが、異形体を足止めすることはできても排除には至っていません」
晴人はメモを取りながら、北の空を見た。
ゲートは大きい。空の一部がそのままない。縁から何かが滲んでいる。
軸がある。
晴人には、それが見えた。
裂け目の中心から放射する形で、空間に何かが通っている。糸、というには太い。軸、という感覚が近い。その軸に沿って、球体が落ち、異形が動く。
では、軸の根元を切ればいい。
ゲートそのものを、切ればいい。
「……届くと思います」
「え?」
三佐が聞き返した。
「どのくらい離れますか」
「何を……」
「ゲートの縁まで、何メートルですか」
三佐がオペレーターに目を向けた。数字が返ってきた。
「現在地からゲートの最下縁まで……推定四百八十メートル」
晴人はメモ帳に書いた。
四百八十。
振ったことがある感触と照らし合わせた。段差の先で振ったとき、軸に角度をつけると十五メートル先まで届いた。七階層の大岩体を切ったとき、距離は十二メートルだった。
でも、今ここにある「軸」は遠くない。空間の層を通ることができれば、距離は関係がないかもしれない。
「少し確認させてください」
「何を確認するんですか」
「素振りを」
三佐が目を細めた。
「……素振り」
「はい。フォームの確認です」
周囲の隊員が全員こちらを見た。
晴人はリュックを下ろした。サイドポケットから長ネギを取り出した。
静寂があった。
晴人はネギの根元を左手で握って、葉先を上に持ち上げた。
振り下ろした。
音がした。
空気を割る、短く鋭い音。
地面に沿って、何かが走った。砂が線を引いたように二十メートル先まで飛んだ。アスファルトに細い痕が残った。
誰も喋らなかった。
「……少し長いですね」
晴人は呟いた。
木刀より重心が上にある。枝より重い。振り切ったときの引きが違う。
でも、届く感触はあった。
「もう一度」
今度は角度を変えた。
斜め上、三十度。
振った。
空気が割れる音が、今度は上方へ向かった。少し先の電線が、たわんで戻った。
「……悪くない」
晴人はネギを下ろした。手首に感触が残っている。木刀でも枝でもない重さだが、軸への乗りは安定していた。
「……何が、今」
隊員の一人が小さく言った。
「アスファルトが切れている」
別の声。
「電線まで、届いた……?」
三佐が晴人に近づいた。
「風見さん。今のは」
「フォームの確認です」
「……フォーム」
「ゲートへの角度の確認でもあります。上方三十度でほぼ中心に届きそうです」
三佐が一度後ろを向いた。オペレーターと何か話した。
「……一点、伺います」
「はい」
「今から行くんですか」
「はい」
「一人で」
「そのつもりです」
「支援を出せます。護衛部隊を——」
「結構です」
三佐が止まった。
「……なぜですか」
「邪魔になるので」
三佐は目を伏せた。邪魔という言葉が侮辱ではないことは伝わったようだった。純粋に、距離と角度と動きの問題として言っている。
「……異形体は現在七十三体確認されています。その全てが無力化されない限り——」
「一度で終わらせます」
「それは……ゲートを」
「はい」
三佐がオペレーターを振り返った。オペレーターは何も言えなかった。
「風見さん。あなたの実力が本物であることは……記録からも確認しています。ただ、規模が違います。今回の対象は——」
「大きさは関係ないです」
三佐が黙った。
「切れる場所が一つあります。そこを通せばいい」
「それが確実だと言えますか」
晴人は少し考えた。
「確実かどうかはやってみないとわかりません。でも届くと思います」
三佐は一度目を閉じた。
「……わかりました」
「ありがとうございます」
「特売が夕方までの店が多いので、できれば早めに終わらせたいと思いまして」
三佐は口を半開きにして、一秒止まった。
「…………」
「段取りが悪くてすみません。明日の朝の素振りには戻りたいので」
周囲が静かだった。
ヘリの音が遠くで聞こえる。ゲートの縁から、何かが落ちた。地上に着地した衝撃が、遠くの地面を揺らした。
晴人はリュックを担いだ。
ネギを右手に持ち直した。
「では」
三佐が、気づいたら敬礼していた。
右の隊員が続いた。左も続いた。一人ずつ、全員が続いた。
晴人は短く頭を下げた。
北へ、歩き始めた。
*
誰も追いかけてこなかった。
道路の中央を一人で歩く。両脇のビルは窓が閉まっている。植え込みの植木が風もないのに揺れていた。ゲートの圧力か、あるいは地面が微妙に振動しているのか。
百メートル歩いたところで、報道ドローンが一機、上空を追ってきた。赤いラン
プが点滅している。
晴人は気づかなかった。
空が暗い。ゲートが近づくほど光の質が変わる。太陽の光がある方向と、ゲートの黒が支配する方向とで、街の影が二重になっている。自分の影が二本伸びていることに気づいて、晴人は少し足元を見た。
面白いな、と思った。
光源が二つあるとき、影は二本になる。角度によっては三本になる場合もある。素振りのとき、自分の影で軸のブレを確認することがある。地面が鏡代わりになる。
今日のこの影も、振りの確認に使えるかもしれない。
三十メートル先を、異形が横切った。
大きい。ビルの二階くらいの高さがある。四肢で動いているが、足が地面をつかむ感じではなく、軸に沿って滑るように動く。材質は石か金属か、光を反射しない。
こちらには気づいていない。
晴人は立ち止まって、それが通り過ぎるのを待った。
動きに、軸がある。
そしてその軸は、頭上のゲートに繋がっている。
軸を切れば止まる。
軸の根元、つまりゲートそのものを切れば全部止まる。
論理としては単純だ。
あとは届くかどうか。
晴人は歩き続けた。
ゲートが大きくなる。
近いのではない。それ自体が大きいのだ。空の一部が欠けている。縁から何かがにじんでいる。
二百メートル。
三百メートル。
晴人は空を見上げた。
ゲートの最下縁が、真上ではなく斜め前方にある。角度にして三十五度前後。一度振って確認した角度とほぼ同じだ。
ネギを握り直した。
根元をしっかり、軸がブレないように。
一歩前に出た。
ゲートが揺れた。
縁から、黒い球体が一つ落ちた。晴人の三十メートル左に着地した。衝撃が地面を走る。
球体が割れた。
中から、あれが出てきた。
高さは五メートル弱。頭部がない。上半身のほぼ全体が武器に見える。表面を何かが流れている。
晴人と目が合った。
合った、と晴人は思った。目があるかどうかはわからないが、意識がこちらに向いた感触がある。
動いた。
一直線に来る。
速い。
晴人はネギを持ったまま、軸を立てた。
来い。
フォームの参考にする。
異形が跳んだ。
晴人は右に半歩ずれた。
振った。
音がした。
静寂があった。
異形の上半分と下半分が、少し間を置いて左右に落ちた。
「……腰が入っていた」
独り言だった。
フォームの確認になった。
晴人は空を見た。
ゲートが上にある。一・八キロ。遠い。でも軸の根元は見えている。
ここから三十度。
「……行きます」
ネギを上に構えた。
フォームを整える。丹田。腰。肩の力を抜く。
軸を通す。
振り下ろした。
*
配信のコメント欄は、十秒前から止まっていた。
ゲートの周辺カメラ。自衛隊の記録映像。報道ヘリ。複数のドローン。その全てが、一人の男が北に向かって歩く様子を映していた。
視聴者は二百四十万。
世界同時刻視聴は三千七百万。
誰も喋れなかった。
長ネギを抱えた男が、異形と正面から向き合った。
異形が跳んだ。
男が半歩ずれた。
振った。
沈黙。
コメント欄が動いた。
『…………』
『…………』
『だれか文字が打てる人間います???』
『俺もダメ 指が動かない』
『長ネギで』
『長ネギで……??』
『スーパーで買ってたやつ?? 業務用生鮮スーパー マルタカのやつ??』
『そう、そのネギ!!!!』
『いや待って今上向いてる ゲートに向かって腕上げてる』
『まさか』
『まさかまさかまさか』
『世界よ 静まれ』
『待ってくれ落ち着いて考えよう あの人は今 一・八キロのゲートを長ネギで』
『うん』
『切ろうとしてる』
『うん』
『あの人なら やる』
『やる!!!!!!!!!』
『師匠!!!!!!!!!!!!』
指揮所のモニターの前で、三佐は無言で立っていた。
オペレーターが振り返った。
「三佐。世界同時視聴が……四千万を超えました」
三佐は答えなかった。
画面の中で、男が空を見上げた。
ネギを構えた。
フォームが、変わった。
さっきと違う。腰が、入っている。
「……構え方が」
隊員の一人が言った。
「違う……さっきの素振りより」
「本番だから、か……?」
誰も答えなかった。
晴人は振り下ろした。
第二十七話 了




