飛竜襲来
「私の魔法を説明しておこう」
クレイシアが空色の髪をなびかせながらそう言った。
絵画のような美しさだが、周りのごちゃごちゃとした積み荷がミスマッチだ。
俺たちは荷馬車の上で揺られながら会話していた。
クレイシアは初対面の印象の通り、さすまじい行動力の持ち主だった。
その日のうちに関所の方に走っていき、片っ端から馬車に声をかけ、行先が同じ商人に駄賃を払って荷馬車に乗せてもらう約束を取り付けた。
そんなわけで俺たちは出会った翌日に旅立ったというわけだ。
「"シルバの街"まで丸1日かかるからな。お互いのことを知る時間にしよう」
「そうだな。クレイシアの魔法は気になっていた」
クレイシアが覚えた2つの魔法は強力な古代魔法。扱いが難しいとはいえ、このパーティの肝となる魔法だろう。
「まず1つ目が【不滅の水晶】だ」
「強そうだな」
「ああ強いぞ。この魔法は付与した者の肉体を決して壊れない水晶に変えることができる」
「本当にとんでもなく強いな」
「そうだろう!」
クレイシアは自慢気にうなずいて見せる。
しかし当然デメリットがある。
その1、自分自身にしか使えない。
その2、全身に効果があり、部位を選ぶことは不可能。
その3、水晶になっている間は身動きが取れず、目も見えず耳も聞こえない。
「……つまり"自分だけ無敵になるが何もできない"という魔法なのか」
「そうなんだ。最強の防御魔法だと思ったんだが、これがなかなか活かせないんだ」
「解除はどうするんだ」
「意識はあるから解除はいつでもできる。それに水晶に触れた人となら、魔力を通じて会話が可能なんだ」
「なるほど、決して悪い魔法ではないな。戦闘の間は自分の安全を確保して、終わったら仲間に知らせてもらえばいい」
「そうだな。私は何もしていないことになるが」
「……もう1つの魔法次第だな」
普通の付与術師が持っていたらかなり強い魔法だ。味方に強化をかけて自分は水晶になれば、戦闘能力が低いという付与術師のデメリットを帳消しにすることができる。
「もう1つの魔法は【力の超越】」
「これまた強そうだな」
「これを使った対象は肉体の限界を突破し、驚異的な身体能力を得ることができる」
「やはり強そうに聞こえるな」
「そうだろうそうだろう!」
問題はデメリットだ。
その1、付与するときは対象に触れなくてはならない。
その2、付与されると常に激痛が伴い、さらに怒りや破壊衝動がこみあげてきて正気を失う。いわゆる暴走状態になる。
その3、強力すぎて魔法が任意で解除できない。対象と術者が20mほど離れることで解除される。
「……つまり"だれかを制御不能の怪物にする"という魔法なのか」
「こっちは最強の強化魔法だと思ったんだがな」
なぜクレイシアが追放されたのかが大体わかってきた。
クレイシアは戦闘中、「自分の安全だけを守る」か「誰かを暴走状態にする」かの2つしか選択肢を持っていないのだ。
暴走状態は本当に我を忘れるらしく、会話もできず誰に襲い掛かるか分からないレベルらしい
普通の味方への強化魔法は全くない。戦闘に貢献することが難しく、【力の超越】に関しては事故を起こしかねない。
確かに扱いづらい魔法だ。デメリットのせいで絶妙に有効活用が難しい。
どう使うのがいいのか……ん?
待てよ?
「なあ。その【力の超越】は――」
ドシン、と大きな音とともに感じた振動に俺の言葉がさえぎられる。
俺たちは音がした馬車の後方を見た。そこにいた生物は家のように巨大で、二本の前足は大きな翼と一体になっている。全身を鋼のようなうろこが覆っていて、トカゲに似た頭が牙をむいてこちらを見ている。
「ワイバーンだな」
「な、なんでこんなところに上級のドラゴンが……」
「ガラッタさん、そのまま馬たちを止めていてくれ」
「お、落ち着いてますね旦那ぁ」
前方に座っていたアライグマのような獣人の商人、ガラッタに声をかけた。二頭の馬は驚いて止まったようだが、ここで再度馬を走らせるのはまずい。
ワイバーンは強力なモンスターだ。少なくとも俺では全く歯が立たないだろう。
しかしワイバーンは基本高地に生息するはずで、平地に降りるときは食料調達のためだ。この世界には馬なんかよりももっと大きな動物がたくさんいるので、ワイバーンが狙うのはそういう大物のはずだ。
ここは刺激を与えず、俺たちに興味をなくすまでじっと待つべきだ。
「二人とも動くな。音も立てるな」
「あ、ああ」
「へい……」
ワイバーンはこちらの様子が気になっているようだ。上空からはこの馬車が一体の大きな動物に見えたのかもしれない。
その勘違いに気が付いて離れてくれることを願うが……
バキィ!!
ワイバーンが何気なく振ったしっぽが近くの木にぶつかり、その木が幹を粉砕され倒れた。恐ろしい質量だ。
そしてその音に驚いてしまった馬たちは、鳴き声をあげて勢いよく走り始めた。
「あ、待ってくれよお前らぁ! 止まってくれぇ!」
「い、いやもう遅い! 止まらず全力で逃げろ!」
「ああ。完全に標的にされたようだ」
ワイバーンもこちらに向かって走り始めた。よだれをまき散らし、大きな足で地面をドシンドシンと踏み鳴らして迫ってくる。
命の危険を感じるすさまじい迫力だ。
地面を走るのはあまり得意ではない生き物だが、飛行速度はドラゴン類の中でも随一。
今は走ってくれているからギリギリ追いつかれていないが、飛ばれたら一瞬で終わりだ。
「クレイシア聞いてくれ」
「なんだ!」
「俺に【力の超越】を付与してくれ」
「なんだと?! あれは本当に危険で……いやでもこの状況は……」
「頼む。時間がない」
「ええい、ままよ!」
クレイシアが俺の背中に触れて呪文を詠唱する。途端に身体が燃えるように熱くなる。あふれる力で膨れ上がるように、身体が一回りも二回りも大きくなっていく。
身体中の激痛。【平常心】で無視する。
沸き上がる怒りと憎しみ。【平常心】で無視する。
隣にいるクレイシアへの破壊衝動。【平常心】で無視する。
目の前ではついにしびれを切らせたワイバーンが両翼を広げた。次の瞬間ワイバーンは両足を地面から離し、突風を帯びながら急激に加速しこちらに飛行してくる。
目にもとまらぬはずのその急襲を、俺の目ははっきりととらえていた。
即座に右腕に力を込め、眼前に迫ったその頭を思い切り殴り飛ばした。
揺れる空気。
吹き飛ぶ巨体。
今までに感じたことのない爽快感。
「ほへぇ……」
隣のクレイシアが気の抜けた声を漏らす。
俺の身体はたぶん3mくらいまで巨大化している。全身の皮膚は赤く硬質化していて、額には二本の角が生えているようだ。
前世で言うところの赤鬼のような見た目だろうか。
「すごい力だ」
「ぅぁ喋った?! ムジョウ、平気なのか?」
「うまくいって良かった。どうやら【力の超越】の暴走状態は俺の"恩恵"で無効化できる」
「不味い料理を食う"恩恵"でか?!」
「正確には【平常心】だ」
話していると空が割れるような叫び声が聞こえてくる。
どうやらワイバーンはまだ倒れていないようだ。目を真っ赤に充血させ、呼吸を荒げてこちらに向かってくる。
「タフだな。どうやら怒らせてしまったようだ」
「ムジョウ、馬車を降りよう。まずはガラッタを逃がすんだ」
「賛成だ。このまま逃げてくれガラッタさん」
「わ、わかりやした」
俺はクレイシアを抱えて馬車から飛び降りた。やはりワイバーンは馬車ではなく、俺を標的にしているようだ。
クレイシアが一緒に降りたのは、離れると【力の超越】の効果が切れてしまうからだ。危険にさらされるが、解決策はある。
「よぉしムジョウ! では後は頼んだ!」
「頼まれた」
クレイシアが呪文を詠唱すると、その姿が氷像のような美しい水晶へと変わった。
元々の容姿も相まって、神殿に置いてある女神像のような神秘的な魅力を感じる。
これが【不滅の水晶】か。この状態ならクレイシアは身動きが取れない代わりに安全なはずだ。
「さて。パーティのデビュー戦だな」
【獣人】
人族の一種。
似た見た目のモンスターも存在するためしばしば迫害の対象とされる。
部分的に動物の特徴を持つ者は半獣人、ほとんど動物にしか見えない者は二足獣人と呼ばれる。
ガラッタはアライグマの二足獣人。




