ベストマッチ
ワイバーンはこちらに走ってきたかと思うと、くるりと体の向きを回転させた。
すると先ほど木をなぎ倒した、圧倒的な質量の尻尾が勢いよく襲ってきた。また顔面を殴られることを避けるためだろう。
俺は両腕でガードして受け止める。身体が浮き上がりそうな衝撃を重心を落として耐える。耐えることができてしまう。
「とんでもない身体だ。ワイバーンと1対1でやり合えるとは」
敵は攻撃を緩めない。
再びこちらを振り向き、ガード直後の左腕にその大きな顎で噛みついてきた。
腕に牙が突き刺さる。しかしそれで止まる。俺の骨はドラゴンをもってしても嚙み砕かれない強度のようだ。
激痛が走るが【平常心】で無視し、至近距離に迫ったワイバーンの血走る左目に向かって手刀を突き刺す。
ワイバーンの叫び声が轟く。たまらず飛び退いた。
俺は噛まれた左腕の様子を見ると、その傷跡がみるみる塞がれていった。
「自己治癒力まで強化されてるのか」
片目をつぶされてなお、ワイバーンは逃げるそぶりを見せなかった。
ワイバーンは飛び上がり、俺の周りを旋回飛行し始めた。そして一気にこちらに接近し、肉をえぐり取ろうと爪を繰り出す。
俺はガードする。するとまた旋回を再開し、また急襲を繰り返す。
ヒット&アウェイ戦法に切り替えたようだ。
巨体のくせに軽々と攻撃を繰り返し、こちらに反撃の隙を与えない。
持久戦なら俺に分があるかもしれないが、いつ馬車の方に興味を移すかもわからない。なるべく早く決着をつけたい。
しかしこちらから近づこうにも、クレイシアとの距離の制約がありうかつには動けない。
それに素手で殴っているだけでは決定打が足りない。何か武器でもあれば……
……閃いた。
俺は水晶になったクレイシアに触れる。
(お、ムジョウか?! 追っ払ったか?!)
「いや、まだだ」
クレイシアの声が聞こえてくる。話に聞いていた通り、触れると意思疎通が取れるようだ。
「一言断っておく。今からお前を武器として振り回す」
(…………え、なんだって?)
理解を持つ時間が惜しい。
俺はクレイシアの足の部分を掴み、持ち上げた。
(……武器……武器? え、私今どうなってるんだ?)
クレイシアを剣のように――または野球のバットのように――構えて、ワイバーンの動きをうかがう。
片目から血を流すドラゴンは再度急加速してこちらに襲い掛かる。
そこへ体中から湧き上がる力と破壊衝動を全て乗せて、人型の水晶を振りぬく。
ワイバーンの頭部と水晶が正面からぶつかり合う。ぐしゃぐしゃに崩壊したのは、ワイバーンの方だった。
頭部が潰れたワイバーンがその場に崩れ落ちる。辺りには静寂が訪れた。
(そのなんだ……いや別にいいんだが……他人に見られたら……)
「終わったぞ」
(終わったのか?!)
「少し待ってくれ。今地面に降ろす」
水晶を地面に立たせて合図を送ると、クレイシアが魔法を解除して元に戻った。
クレイシアはワイバーンの死体を見ると、引いていた。
「うわぁ……倒しちゃったじゃないか」
「倒しちゃったな」
「……私で殴ったのか?」
「そうだ」
「そうか……倒したのか……私たち二人で……! ワイバーンを!!」
クレイシアは混乱が先立ったようだが、段々と大物を仕留めた事実に興奮してきたようだった。
「~~!! すごい! すごいぞこれは! 私たちの相性は想像以上だった!」
「そのようだ。まさかこれほど強力な古代魔法とはな」
「まさか【力の超越】の暴走を無効化できる"恩恵"だなんて!」
俺は改めて自分の姿を確認した。
赤鬼のような強靭な肉体は、上級のドラゴンにも引けを取らないパワーが出せる。しかも高速の自己治癒能力までついている。
ワイバーンは強い風の魔力を纏うことで高速飛行を可能にしている。普段の俺だったら近づいただけで魔力酔いを起こしているはずだ。
しかしこの肉体ではそんな兆候は一切感じない。俺の虚弱体質を無いものにしている。
【平常心】と【力の超越】。この2つの能力は、互いの欠点を補い合う理想の組み合わせと言えるだろう。
「ムジョウいけるぞ! 私たちは冒険者としてやっていける!」
「俺も希望が見えたよ。改めて、これからよろしく頼む」
「改めて、こちらこそだ!」
◇
「うおー! 速い速い!」
「舌を噛むぞ」
俺はシルバの街を目指して走っていた。クレイシアを肩に担いで。
街に徒歩で向かえば一晩明かさないといけないが、俺たちはほとんどの荷物をガラッタの荷馬車に置いてきてしまっていた。準備無しの野宿は極めて危険だ。
なので俺たちは強化魔法を解除せず、この身体能力を生かして街に向かうことにした。
クレイシアをまた水晶にすればもっと本気で走れるが、「猛スピードの世界を体験したい!」とのことで生身のまま担いでいる。
「お? 街が見えてきたぞ!」
最初に目に入ったのは、天を突くような銀色の塔だった。あれがこの街のダンジョンだ。
ダンジョンを中心に街が広がっていて、それを外壁が取り囲んでいるようだ。立派なダンジョン街だ。
街の門が見えるよりも先に、前を走る一台の馬車が見えた。
「あっガラッタ! ガラッタじゃないか! おーい!」
「へ?! お、お二人! ご無事でしたか!」
馬を止めてアライグマ顔の商人がこちらを振り返る。
「良かったですお二人ぃ。おいら早く街で助けを呼ばなきゃって……」
「ふっふっふ。それには及ばなかったな」
「お互い無事で何よりだ」
俺たちは再びガラッタの荷馬車に乗ることにした。【力の超越】はクレイシアと少し離れることで解除した。
あの姿で街に入ろうとしたら門番に何を言われるのか分からない。当初の予定通り商人と相乗りしてきた冒険者として街に入る。
この街のダンジョンは"銀の棘"と呼ばれていて、100年も前に発見されている最古のダンジョンの1つだ。
ダンジョンは未だ謎が多い。どういう仕組みで誕生するのかもわからないが、地下に巨大な空間が広がりそこにはモンスターが生み出される。
そのモンスターが地上にあふれ出ないよう、中に入りモンスターを討伐する冒険者が必要なのだ。
銀の棘は22年前、探索終了が宣言されている。これはつまり「地下空間の全貌がすでに確認された」ということだ。
広大かつ強力なモンスターが生まれるダンジョンにおいて探索終了が宣言されることは珍しい。それだけ古くからあるダンジョンということだ。
探索終了が宣言されたダンジョンは、途端に活気を失う。冒険者の多くはその名の通り、未知のダンジョンを冒険し新たな発見に夢を見るものが多い。なので冒険者たちは別のダンジョン街に移ってしまうのだ。
このシルバの街も22年前に急速に活気を失った。
しかし1年前、宣言が撤回された。隠し通路が見つかり未探索のエリアが発見されたのだ。
それは小さな部屋などではなく、さらに地下へ地下へと続いている巨大な空間だった。どこまで続くのかは予想がつかないほどだ。
よってシルバの街は二度目の全盛期を迎えていた。街を歩けば昔から残る酒場があれば、新たに建てられた宿屋も立ち並ぶ。
「うん、いい街だ! 活気にあふれている」
「そうだな」
「気になる場所ばかりだ……あそこは何の店だろう?」
「じきに日が暮れるぞ。まずは宿を取ろう」
「むぅ……仕方ないな」
先ほど別れたガラッタに聞いたおすすめの宿屋へと向かう。
横ではクレイシアがきょろきょろとあたりを眺めては、楽しそうに笑って歩いている。
思えば激動の二日間だった。クレイシアに出会ったおかげで、行き詰まりだった俺の冒険者人生に光が見えた。
日が暮れてきた。にぎわっていた街の人々もそれぞれ帰路についているように見える。
新しい街。新しい仲間。新しい冒険。
きっとクレイシアは、明日さっそくダンジョンへ行きたがるだろう。
俺は二人でダンジョンへ入るのが、楽しみで楽しみで仕方がなかった。
【モンスター】
ダンジョンによって生まれた生物の総称。
俗称であり、正式には地下生物という。
地上生物よりも強力であることが多く、ゴブリンなどすでに地上で繁殖している種族も多い。
ワイバーンも地上で繁殖したモンスター。




