借金スタート
「ふぁ~……起きたぞ……」
「おはようクレイシア」
クレイシアが大きなあくびをしながら階段から降りてきた。
俺はちょうど自分の朝食を用意するところだったので、彼女の分のパンも食糧庫から取り出してテーブルへ運んだ。
「あぁ、ありがとう」
「朝が弱いのは昔からか?」
「うん、そうだな。考え事をしてつい夜更かししてしまう」
おそらく昨晩考えていたのはシダのことだろう。
双子の問題に糸口が見えた今、次は当然シダについて考えることになる。
近くの農村で農家の息子として生まれたシダは、昔から自然が好きだったようだ。一日中植物と触れ合う幼少期を過ごした。
ある年の誕生日プレゼントにシダは"ダンジョン植物図鑑"を買ってもらった。その中に描かれた摩訶不思議な植物たちに憧れを抱き、いつしか冒険者を目指すようになる。
生まれつき人並外れた体内魔力を持っていることが分かり、近所の引退した冒険者に魔法を教わった。植物に関する魔法はすぐに覚えることができた。
そして半年ほど前にこのシルバの街で冒険者になった。
しかし最初に入ったギルドのダンジョン探索で、自分の魔法発動がいかに遅いのかを思い知ることになった。
シダは詠唱の省略が極端に苦手だったのだ。
例えば【ファイアボール】という魔法の詠唱はこうだ。
『我が魔力は炎だ。
それは我が杖の先に集まり、球となる。
あぁ、火球よ。
我が杖が示す先へまっすぐ飛んでいけ』
これだと長すぎるが、魔法使いたちは慣れた魔法は呪文を省略しても発動できる。
なので実際は『火球よ飛んでいけ』か『火球よ』と言って発動する者が多い。
しかしシダはこれができない。長ったらしい呪文を毎回唱えないと魔法が使えないのだ。
それに加え、どの魔法を誰に使えばよいのかとっさに判断することも苦手だ。
なので魔法を1つも発動できず戦闘が終わるなんてことになる。
戦闘の合間の回復役として粘っていたが、問題改善の見込みがないと判断されギルドを追放された。
「現状、早く発動できるよう訓練するしかないな」
「なかなか成果が出ないな……私がもっとうまく教えられたら……」
ここ数日はクレイシアがつきっきりで魔法の修行に励んでいる。
詠唱省略のコツを教えようとしているが、感覚派の先生の説明はのんびり屋の生徒にあまり伝わっていないようだ。
「そういえばシダはどこだ? いたら朝から特訓しようと思ったんだが」
「用があると言って朝早く出かけたぞ」
「そうか」
ちなみに双子も朝から出かけている。
地上のゴブリン退治依頼があったとかで、腕試しに向かった。ダンジョン以外での活動はギルド未所属でも問題ないようだ。
連携がうまくいっているといいが。
「じゃあ私たち暇だな」
「酒場の片付けはまだまだ必要だ」
「えぇ~……毎日掃除ばかりじゃないか……ギルドの審査結果はまだか! 冒険したい冒険したい!」
「……俺たちも何か地上の依頼を探すか?」
「そうしよう!」
クレイシアは急いでパンを食べて出かける準備をしに行った。そしてものの5分で支度を終えて降りてきた。
依頼は大広場の掲示板に張り出されている。そこへ向かおうと酒場を出ると、ちょうどシダが帰ってきたところだった。
俺たちと鉢合わせるとシダはビクッと驚いた。
「わっ二人とも……」
「戻ったか」
「おはよう! 今から依頼探しに行くところだったんだ、一緒に来るか? あ、今から特訓でもいいぞ」
「ぼ、僕ちょっと用事があるからぁ。二人で行ってきてぇ」
そう言うとシダはいそいそと裏庭の方に向かっていった。
何かをローブの内側に隠しながら。
「……なんだか怪しくないか? こそこそと……」
「そういえばシダは用事があると抜け出すことが多いな」
「よし、ちょっと覗いてみよう」
少し気が引けるが、共有スペースである裏庭の様子を見に行くくらいはいいだろう。
俺たちはシダを追って、草が伸びっぱなしになっている裏庭に向かった。
シダはその奥にある、崩壊寸前の物置の前にしゃがんでいた。
「よしよし、ちょっと暗いかなぁ。少し我慢しててねぇ」
「おーい! シダ、何してるんだ?」
「ほへっ?! ななな、何でもないよぉ」
ビクッと反応してシダがこちらを振り向いた。
シダは大きな体を使って、小屋の中が見えないように背に隠した。
よほど知られたくないらしい。
「何を隠しているんだ?」
「何にも隠してないよぉ」
「シダ。何かにずいぶん手をかけてるように見える。良ければ手伝わせてくれないか?」
「そうだぞ! 仲間の問題はみんなの問題だ!」
「う~ん……」
シダは腕組みして考え始めた。俺たちに背中の秘密を話すのか、話さないのか。
急かしても仕方がないので考え終わるのを待つことにする。
「う~ん……でもなぁ……」
「……」
「……まだか?」
「手伝ってもらえるなら……う~ん……」
「……」
「……もう! どっちにするかはっきりしてくれ!」
「わっ?!」
クレイシアの声に驚いてシダが転んだ。
そして後ろの物置の中に見えたのは、人の形をした植物だった。
赤ん坊ほどの大きさで、頭に桃色の花が咲いている。下半身はスカートのようになっていて、桃色の花弁が逆さについている。
「あ、アルラウネ?!」
アルラウネはダンジョン内に生息する植物だ。主に蔓を伸ばした攻撃や、特殊効果のある香りで冒険者の行く手を阻む。
モンスターに分類される。
モンスターをダンジョン内から連れ帰ることは原則禁止されている。
ほとんどのモンスターが人間に敵対的で、加えて地上の生態系を壊してしまう恐れもあるからだ。
「これが秘密か」
「ムジョウ! 今【力の超越】で――」
「待って待ってぇ! 悪い子じゃないよぉ!」
シダがアルラウネを抱き上げながら言った。アルラウネは俺たちを怖がっているようで、シダの身体に蔓を回して抱きしめた。
「ほら、何もしないでしょ? 無害な子だよぉ」
「……た、確かに攻撃してこないな」
「どのくらい一緒にいるんだ?」
「えっと、最初のダンジョン探索で拾ったから半年くらいだよぉ」
ハナミと名付けられたその子は、同族から追いやられて枯れる寸前だったらしい。そこをシダが見つけ、魔法で命を助けた。
連れ帰ることは禁止されているとわかっていたが、置いて行けば命が危ないと思いこっそり地上に持ち出した。
それ以降ずっと世話をしているようだ。
「前の宿屋の近くに隠してたんだけど、僕ここに引っ越したから。この子も連れてこようと思ってぇ」
「時々抜け出していたのはこの子の世話をしていたのか」
「う~ん、なるほどな。それで裏庭に匿おうと……」
これは困った。明らかな規約違反だ。
このことがバレたらギルド創立が危ういどころか、最悪街から追放されてしまう。
「今までよくバレなかったな」
「うん。僕【偽の花びら】って魔法が使えるんだけど、それをこの子に使って隠してたんだぁ」
「【偽の花びら】? 確か植物を別の植物に擬態させる魔法だよな?」
「そうだよぉ」
「あまり効果が長く続く魔法じゃないだろう? ダンジョンに行っている間はどうしてたんだ?」
「あ、それはねぇ。見ててぇ」
シダはハナミを地面に降ろし、呪文を唱えた。
長い詠唱が終わっても、ハナミには何の変化もなかった。
「どうした、不発か?」
「ううん。ハナミ、いいよぉ」
シダが声をかけるとハナミの姿が変わり、何の変哲もない赤いチューリップになった。
これが【偽の花びら】か。
「今、何が起きたんだ?」
「えっとねぇ。ハナミは意思がある植物だから、僕が魔法を唱えた後に自分のタイミングで効果を発動できるみたいなんだ」
「ほう! 魔法の発動を待機できるのか!」
「うん! 自分の身が守れるように【蔓の鞭】とか【癒しの花香】とか、いつでも使えるようにしてるんだぁ」
「ストックもできるのか」
これは興味深い。植物系のモンスターに植物系の魔法を使うとそんなことになるのか。
チューリップがハナミに戻った。抱っこをせがんでシダに抱きかかえられ、嬉しそうに目を細めた。
完全にシダに懐いているようだ。
「クレイシア、"使役の鎖"の値段ってどのくらいか分かるか?」
「え? あぁ、20か30万Gくらいだと思うが……」
「借金して買わないか?」
「えぇ?!」
"使役の鎖"とは、モンスターを完全に制御できるようになる魔法の道具だ。
冒険者の中には魔物使いと呼ばれる職業が存在する。"使役の鎖"でモンスターを仲間にして戦うのだ。
"使役の鎖"で制御されたモンスターは勝手に人を襲ったり繁殖したりはしないので、所有者の持ち物として認められる。ダンジョンからの持ち出しも例外的に可能だ。
「なぜか地上にいたアルラウネを発見して、人に危害を加える前に使役したというていで報告しよう」
「いいのぉ?」
「ハナミを助けたいだけじゃない。魔法の発動待機は使えると思うんだ」
「待て待て! せめて借金はギルドの申請が通ってからにしないか? 返す目途が立ってからじゃないと……」
「いや、申請中だからこそ今がいいと思う。この子がバレたら一発アウトだ」
「う~ん……確かに……」
クレイシアはかなり渋った。豪快な決断が多い印象だが、借金には慎重らしい。正しい感性だ。
だがシダとハナミを見放さないのであれば、これが最善だろう。30万Gは大金だが、十分返済可能な額だ、
「……よし分かった! 買おう! 我らがギルドは借金スタートだ!!」
「やったぁ!」
「頑張らないとな」
俺たちはその日のうちにガラッタに相談し、金を借りて"使役の鎖"を手に入れた。
儀式を行うと鎖は消え去り、シダとハナミの体にはお揃いの魔法陣が刻まれた。
これが吉と出るか凶と出るかは分からないが、1週間後酒場に届いた手紙を見た俺たちは最初の賭けに勝ったことを知る。
手紙にはこう書いてあった。
『新規ギルド申請
ギルド名:"追放者の集い"
代表者名:クレイシア・クリア
審査結果:ギルドの設立を認め、銀の棘の探索を許可する』




