36 ある日の出来事
元旦は雪が眩しすぎて目が痛くなるほどの晴天。久しぶりに会う亮太も眩しそうな顔をして目を顰めている。普段サングラスの必要性を感じたことはないが、雪の照り返しが厳しい時だけは欲しくなる。
神居神社は混み合っていて、屋台なども出ている。甘酒を飲んで温まったあと、一緒に願い事をした。神様にお願いといっても何をを願っても叶えてくれるわけではないから、私はいつもお願いするより報告してしまうたちだ。隣で手を合わせる亮太は私がクリスマスにあげたマフラーをしてくれている。亮太は何を祈っただろう。
事前に買っていた合格祈願のお守りを亮太に渡すと、亮太も無病息災のお守りをくれた。
初詣も少し会ったらすぐ解散。受験前に風邪を引かせては困る。
私は進学先が専門学校なのでほぼ決まっているけど、亮太とは大学受験シーズンが終わるまではほとんど会えない。寂しいけれど受験が終わるまでの我慢だ。
受験が終わったら沢山遊ぼうと話しているところだ。
月日はあっという間に巡り、2月。
亮太は東京の大学へ(第一志望は落ちてしまい、第二希望の大学へ)杏樹は薬科大学、真由は図書館司書になる為に学力の範囲でいける大学へ。
時々連絡をとっていた幼馴染の大介は専門学校への進学が決まった。
合格も無事発表されたし、雪も降ってきたので、祖父に報告がてら会いに行こう。
一人暮らしか、下宿か寮かで揉めにもめて、父とはまた暴力沙汰になりそうな時、間に入ったのは祖父だった。祖父の鶴の一声がなければ一人暮らしは叶わなかったかもしれない。
祖父の家はいつも玄関が空いているはずなのに今日はしまっていた。インターホンを鳴らしても誰も出ない。
いつもなら丁寧に雪かきをされている庭も放置気味だった。
出かけているのかと思ったが、嫌な予感がした。窓を叩いて呼んでも反応がない。祖父は携帯なんてものは持っていない。家にかけても出ないので留守かもしれないが、一旦家に帰り祖父の家の鍵をもらって戻ることにした。
玄関を開けて中に入ると人の気配がしなかった。やっぱりいないのか……。
「奥にいる」ユウが言った。
「倒れてる」と。
キッチンの方に進むと祖父が倒れているのを発見した。
揺らしてみたが反応がない。
急いで119番にかけて母に電話した。手が震えてうまく携帯を操作できなかった。
「大丈夫だよね? 助かるよね?」
ユウは答えなかった。なんで答えてくれないの?
救急車に乗れるのは1人までだったので、私が行くことに。病院についたら母に連絡して六花と駆けつける段取りになった。父には母から連絡するという。
懸命に処置をしてくれる救急隊の人。私は呆然としてしまい、うまく頭が働かなかった。
一命を取り留めたものの、危険な状態は続き、数日後祖父は亡くなった。
「もっと早く見つけられてたら」
「寿命なんだよ」とユウは表情を変えずに言った。とても冷たい言葉に思えた。
「ユウが教えてくれれば早く見つけられてたかも……なんで教えてくれなかったの」
「人の寿命にまで僕は関与できないから」ユウはそう言った。
「知ってて黙ってたの?」
「おじいさんの寿命はとっくに過ぎていたよ」
「そんなの関係ない」
「治療しても助からなかった」
「なんでそんな言い方するの?酷すぎる」
ユウは知ったのに言わなかったのだと理解した。最低だ。
お通夜やお葬式の準備で家族は忙しなく動いている。
六花も消沈していて、祖父が亡くなった事が受け入れられずにいる。こんな時、祖父が話しかけてきてくれたらいいのにと思う。でも祖父の声は聞こえない。
幽霊なんてほんとにいるのかなと、こうゆう時によく思う。
だって今だって何も聞こえやしない。
白装束を着てドライアイスで体を冷やすそうだ。夜にふと目が覚めてキッチンに降りて水を飲んだ。リビングと続き扉になっている畳の部屋に祖父の遺体が安置されている。
白い着物を着た若い女性が祖父の枕元に座っている。祖父の頭を撫でる仕草をしているように見えた。
「おばあちゃん?」呼びかけるとふっと消えてしまった。若い時の祖母に感じたが、気のせいだったかもしれない。
お葬式はとても豪華だった。父は祖父のために沢山の花を取り寄せたらしい。祖父の戦争時代の写真も飾られている。戦時中はもう少しで戦闘機になるところだってと父から何度も聞かされた事がある。祖父がもし戦闘に出ていたら、私達はここにいないと。そういえば、小学校の授業で戦争について聞いてくるという宿題が出たことがあった。でも祖父は戦争の話をすることは一度もなかった。ただ、良い時代になったと話すだけだったと思う。
色んな人が訪ねてきてくれた。いつも行動する時は1人が多かったように感じていた。こんなに交友関係が広い人だったとは知らなかった。
みんな祖父のことを語っている。私の知らない祖父の顔が沢山ある。
お昼は親族と親しい人で祖父の遺体を前に騒がしく過ごした。祖父は人から愛されていたんだなと思った。
ある人に声をかけられた。丸坊主で父と同じくらいの年齢の男性だった。
男性は神威神社の神主をしているという。
「少し離れてお話しできますか?」
穏やかな声の男性はそう言った。
靴を履いて表に出た。
その人は祖父の友人で、よくお世話になったのだと言う。
「お祖父様からの伝言です」というと胸ポケットから 封筒を取り出して渡された。
「後で読んでおいて下さい。いつでもお待ちしております」
「え?」
「この度はご愁傷様でした」
そう言って頭を深くさげ、男性は去っていった。
一体なんだろう。何が書いてあるのだろう。神社の神主と友人だったのにも驚いていたし、封筒の中身が気になるが、母に呼ばれて会場に戻った。
「お姉ちゃんどこいってたの?」
「男の人に呼ばれてさ」
「男の人?」
「ほら坊主頭のひときわ背の高い男の人」
「お姉ちゃんふらっと1人で出ていったじゃん」
「え? 男の人に呼ばれて行ったんだよ」
お母さんにも確認したが、坊主の人なんて見ていないと言う。
そもそもここには親族と顔の知れた親しい人しかいないと言う。
「怖いこと言わないでよ」
そんなはずない。だって封筒を貰った。ちゃんと今もこうして持っている。
「何それ」
「おじいちゃんからだって渡された」
もらった封筒を2人に見せた。
父が来たので咄嗟に封筒は隠した。
最後のお別れをして火葬場へ向かう。
父や親戚は泣いていた。祖父の亡骸だと目の前で言われても何の実感もなかった。本当はぜんぶ嘘で夢で、実はすぐ隣にいて「明里ちゃん元気かい?」なんて話しかけてきそうな雰囲気を感じている。いなくなったなんてやはり信じられずにいる。
何が本当で何が幻なのだろう。時々本気で自分の立っている場所がわからなくなる時がある。




