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33 悩み


 高校三年生、いよいよ進学についてはっきりさせなければいけない時がきている。

 杏樹は小樽の大学へ、真由は札幌市の大学、亮太は東京の大学へ進学を決めていた。


 私も両親に進学の事を聞かれた。一応進学をしたい旨を話した。

 木々や花についてもっと知りたいので、自分の学力に見合う大学の農学部に行きたい。将来のことまでははっきり決めてはいないけれど……。


 父は反対しなかった。世間体的に子供が大学を出たとなれば、周りに自慢できるからだ。学力の高い大学なら、よりいいのだろう。

「由利君はどうするんだ」と父が言う。

「亮太はたぶん東京の大学」

「札幌じゃないんだな。なら下宿や寮じゃなくても大丈夫だな」

「どうゆうこと?」

 亮太が札幌だと2人はなにをするかわからないから、一人暮らしはさせられないと考えていたらしい。

 おぞましいことを考えていたと知って、心底呆れた。ほんとにきもい。この男の頭の中ってヤルことしか考えてないのか。娘が進学の大事な話をしている時に、なんでエロい話しになるんだよ。馬鹿なの。

「お前だけ幸せになろうなんて考えるなよ」

 捨て台詞を吐いて、父はお風呂場へと去って行った。

「うちの親族ってろくでもないクズ男ばっかだな」と六花が言う。

「同感だよ全く」

 後1年、後1年我慢すればこんな家を出られる。

 今まで健気に真面目に悩んでいたことがアホらしく感じてきた。陰でやってるってキモい想像されてると思うと、沸々と怒りが煮えたぎってくる。いい加減にしろよ。


 亮太とは進展はしているが、途中で止めている状態だった。ゆっくり進めてくれようとしているのは分かっているが、どうしても怖さがとれず、濁していた。でも亮太が望んでいるなら、進んでみてもいいかなと思っている。

 亮太の方は経験があるらしい。中高時代荒れていた時期に付き合っていた人と。二つ上の先輩だったらしい。


 部屋で体を寄せ合っていた時、

「亮太はさ、正直したいんだよね?」と聞いてみた。

 亮太はびっくりしたようで、服の中に滑り込ませていた手が止まった。

「真正面からそうゆう話するんだね」

「ちゃんと聞いておきたいと思って……。したい?」

「したいよ、そりゃ」

「我慢してる?」

「まあ、うん…。限界近いかもしれないと思うこともある」とポツリと亮太は言った。

「そう思ってなかった」

「ガッツくのもかっこ悪いから、平気なフリしてるだけ。でも明里が嫌なら全然我慢できる」と亮太は言った。

「クールに見えるから、もしかしたらそんなに興味ないのかと思っていた」

「それは絶対ない。だって出来るならさ……好きな子の全部が欲しいって思うでしょ」亮太は語彙に力を込めて話した。

 そうなのか。そうだよな、普通なら。

 亮太が自分のことを大事にしてくれているのはわかっている。釣った魚に餌はやらないと世間では聞くけれど、亮太に関してはそれがないように感じている。

「ちょっとお願いがあってですね」

「何?」

「ジャスかけるのやめてほしい」

「ジャス嫌いだった?」

「嫌いじゃないけど、狭い部屋であまり聞きたくない」

「わかった」と言って立ち上がり、曲を止めに行ってくれた。

「あともう一つ」

「何?」

「カーテン閉めるのやめてほい」と言うと、亮太は上を見上げて考えていた。

「明るい方がいいってこと?」

「違う違う」

 カーテンを勢いよく閉められるのが苦手なんだと話した。

「ゆっくりならいいの?」

「うん」

 カーテンをどれくらいの速度で閉めれば大丈夫なのか実験してみることに。何度も開け閉めを繰り返した。ゆっくりそぉ〜っとなら怖くないと言うことがわかった。

「てか何やってんの俺ら」

「ほんとそうだよね。ごめん」

「別に大丈夫なんだけど、シュールすぎて何してんのかなって急に可笑しくなってきて」

 私の不可解な要求にも亮太は真摯に答えてくれようとしている。亮太にとっては可笑しいことでも私にとっては重要だった。息が苦しくなって冷や汗が出てくるからだ。胸が高鳴る時のドキドキとはまた別の緊迫感のある、胸が締め付けられる様な不安なドキドキと言えばいいだろうか。なんとも言えない感じが襲ってきて、その場から逃げ出したくなる。自分でも何故なのか分からなかった。


 真由大先生や杏樹にももちろん相談している。真由は時間をかけて、杏樹は好きになったらあっという間だったと記憶している。


「焦る必要はないよ」とユウは言う。

 焦ってるわけじゃない。嫌われたくない。好きでいてほしい。触ってほしいし、思いっきり抱きしめられたい。でも怖い。ちゃんとできるか分からない。でもさっさと済ませたい気持ちもある。何故なら嫌いな奴に触られるくらいなら、大好きな人に触ってもらいたいから。アイツのことを忘れたい。嫌な事も全部。亮太でいっぱいにしてほしいと思う。ついでにクソ親父の気持ち悪い考えにも反抗してやりたい。でもやっぱり怖いの繰り返して気持ちはごちゃごちゃだった。


「亮太君は待ってくれるよ」とユウ。

 でもいつまで待ってくれる? 細かすぎて愛想を尽かされたら?

「君の気持ちの整理がつくまで根気よく付き合ってくれる人だよ」

「そうだとしても、好きでもない気持ち悪い男に触られるくらいなら、亮太がいいって思うじゃん」

「この先その心配はないよ」

「ずっと嫌なの。亮太に触られるたびにアイツが頭をよぎるの。腹立つの。モヤモヤするの。だったら最後までいっちゃいたいの」

「気持ちはわかる。でも無理はいけない」

「無理してないもん」

「いいの? 本当に。一番大切なことは君の気持なんだよ」



 今日なら大丈夫かも、できる、できる、自分なら大丈夫、私は出来る子、なんとかなる。自己暗示をかけて決心が揺らがないかもと思う日に決行してやる。

 ユウは「そんなガチガチに気合いを入れてするもんじゃない」と話すが、気合いを入れないと自分には無理だと思う。とりあえず少女漫画でも読んでイメージトレーニングでもしておかないと落ち着かない。


 亮太はもし嫌になったらすぐ辞めると話し、何度も確認してしながら進めてくれた。

 途中で何度もやめようかと亮太は言ってくれたが、今日を逃したら次があるかもわからない。


 亮太は終始優しく接してくれていたが、ギラギラする様な目つきが怖かった。あの目が嫌だ。狙われている様なあの目が……。荒くなった鼻息も。いつもは大好きな力強い腕も。骨ばった骨格も。体重の重さも。

 胸に顔をうずめる亮太の頭を見てると殴りたくなる衝動にかられ、吐き気がした。気持ち悪さと闘いながら、ことに及んでいたと知ったら亮太はどう思うのだろう。


 済んだ後の感想は複雑だった。嬉しい気持ちとこんなもんなのかと思う気持ちと安堵感と気持ち悪さがごちゃ混ぜに襲って来て、涙が勝手に出て来た。


 亮太はいつもの顔の亮太に戻っていて、頬を赤らめ幸せそうな顔をしてくれていた。好きな人が喜んでくれるなら、きっとそれだけでいいのかもしれない。亮太の事は間違いなく大好きなのだ。今もそれは変わりないし、前以上に好きが、増している。だからあまり深く考えちゃいけないんだ、きっと。

 これでいいんだ。

「処女だよね?」と隣で寝そべる亮太が聞いた。

「うん」

 亮太は何か言いたげな顔をしている。

「何? どうしたの?」

「いや……血が出るって聞いてたから。初めての子だと」

 そうじゃない子もいるらしいと亮太は被せるように言ったが、さっきの言葉が頭にこだましていた。


 帰りはバイクで送ってくれることになっているが、痛すぎてバイクに乗るのが辛かった。

 物凄く痛いだけで何がいいのか全く分からなかった。



 家に帰っていつものように着替えてご飯を食べてお風呂に入って……いつもの同じような動作でも何かが変わったような気がするのは何故だろう。鏡に映る自分の姿が違う人に感じる。バスタオルを巻いている胸元付近にはマークのようなアザができている。そこを指でなぞる。

 鏡越しにユウが壁にもたれかかってる姿が見える。

「ねぇ、ユウってさ、一時期いなかったよね。姿を現さない時があったよね」

「いつも側にいたよ」

「いなかったよ。1番辛かった時、助けてほしかった時はいなかった。記憶にないもん」

 子供の頃は時々現れていた。辛い入院や猫の事があって辛かった時に現れていた男の子がユウだとしたら……小学4、5年生あたりから中2迄の間だけ姿を見なかった。

「いたよ。話ができなかっただけ」

「じゃあ、ユウは知ってるの」

「何を?」

 その先を話すことが怖くなった。

「やっぱりいい、何でもない」

「側にいたし、君のことはぜんぶ知っている」とユウは言った。

 全部知ってる。全部……。

 わかってる。他の女の子とは状況が違うことぐらい。友達や少女漫画の女の子達の考え方や気持ちとは全然違うことぐらい。

 嫌な記憶が顔を出そうとしている。あの時のことは所々記憶が飛んでいて分からない。でも確信に迫れるほど、強くもない。


 これ以上考えちゃいけない。忘れよう何もかも。忘れて、これからのことだけを考えていればいい。


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