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29 将来の話


 由利君と付き合えるようになったことが夢じゃなかったみたいで、心底安堵した。

 由利君、いやこれからは亮太でいこう。

 亮太との付き合いは順調に進んでいる。進んでいるが、今までとは少し違う事も出てきて、戸惑っている。


 亮太が真後ろに立つ事がどうしても怖い。

 冷や汗が出てきて体が硬直する。震えが止まらなくなることもある。でも亮太のせいじゃない。もういないはずのパンプキン野郎のせいだ。あの時の事を頭では全く考えていないのに、突然身体が勝手に拒否反応を示す。自分でもどうしていいか分からない。大好きなのに、何でこんなに嫌なのか全くわからない。

 ユウは話してみるといいと言う。

 亮太に後ろに立たれると怖いと話すと、「分かった」と言ってくれた。

 どれくらいなら怖いのかと聞かれた。距離ではなく、突然だと怖いと話した。

「後ろに立たないようにするけど、どうしてもって時は、後ろに立つよって一声かけるね」と言ってくれた。いつも安心する言葉をかけてくれる。


 怖いのは亮太だけじゃない。他の男の人が背後に立っている事も怖い。出来るだけ、背後を確認して後ろを取られないように生活することにした。

 アイツに容姿が似ている芸能人も怖くて、突然冷や汗が出てくることがある。

 帰り道でも人の足跡が聞こえると、咄嗟に振り返ってしまう。できるだけ気にならないようにヘッドホンで音楽を聴いて帰ることにした。

 時間が合うときは時々亮太がバイクで迎えにきてくれることもある。ユウも隣でフンフフンと鼻歌を歌ってくれたりして、紛らわせてくれることも。ユウとは色んな話をしながら帰ったりもした。


 時々気持ち悪いアイツの夢も見る。予期せぬ形でアイツは私の時間に割って入ってくる。せっかく幸せになれそうなのに、大事な時間まで壊さないでくれ。



 最近酷い頭痛が多くなってきた。酷い時は吐いてしまう時もある。元々頭痛持ちではあったが、2年前に脳震盪を起こしたせいかもと、今更母は心配しだした。テレビで脳震盪を起こした後という特集を見たかららしい。


 脳神経外科に連れて行かれ、CTやMRIを撮った。とりあえず血液検査もする事になった。

 採血してくれる看護師さんが由利君だった。

 いや、違う。由利君の顔をした女性だった。似過ぎていて驚いた。ネームプレートには由利と書いてある。

「アルコールにアレルギーはないですか?」

「え? あ、はい」

「採血苦手ですか?」

「ちょっと苦手です」

 直ぐに終わりますからねーと由利看護師は言った。私が看護師さんの顔をジロジロ見ていたからか、挙動不審に見えたからなのか、「具合が悪くなったらすぐにお声かけて下さいね」と言って、採血は終わった。

「立てますか?」

「立てます、大丈夫です」

 採血じゃなくて看護師さんに驚いていた。

 会釈してそそくさと去ろうとすると、「荷物忘れてますよー」と声をかけられた。

 ダメだ、びっくりしてパニックだ。


 脳の検査は全く異常なしだった。

「綺麗な脳です」と医者は言った。それでも思春期は頭痛が多いらしく、お薬を出してくれた。

 後日亮太と会った時に看護師さんの事を聞いてみよう。



 亮太の部屋には難しそうな本が沢山ある。物理学の本や数学の本や天文学の本。

 私が数学ができない事を知って、テスト前になると部屋や図書館で教えてくれている。学校の先生より説明が上手で丁寧なのだ。お陰様で数学の成績が上がり、事情を知らない人から見ると優秀だと思われている。

 亮太は特にメモを取らなくても授業をちゃんと聞いてさえいれば覚えられるんだと話していた。杏樹も似たようなことを話していたっけ。私は必死にノートを取らないと覚えられないタイプなのに。どうやら地頭というやつが違うらしい。

 こんなに頭も良くて詳しいのに、何で不良排出で有名な学校に進学したのだろう。


「ゆ、亮太のお母さんて看護師さんなの?」

 亮太のシャープペンを動かす手が止まった。

「話したっけ?」と言う。「あれ? 話してなかったっけ?」

 何か悩み始めたので、病院で由利のネームプレートをつけた、由利君に激似の女性看護師に会った事を話した。

「看護師だよ」と言うと「脳神経外科だよね、どうしたの?」と聞く。

「最近頭痛が酷くて見てもらいに行ったの」

「大丈夫なの?」

「大丈夫みたい。前に脳震盪起こしちゃったけど、綺麗な脳ですねって言われた」ハハハと笑うと、笑い事じゃないよと言う。

「後になってから出るんだよ。脳震盪起こしたの、いつ?」

「2年前」「2年前!?」「学校で頭打った」「学校?救急車呼ばなかったの?」「後日必ず病院行けって言われてたけど、お母さんが3日経って生きてたら大丈夫だって言って連れて行ってくれなかった」

 亮太は母の塩対応の話に面食らったのか、暫く黙っていた。

「明里の家って変わってるよね」

 なんとか絞り出したような言い方だった。

「うん、変わってるよね、やっぱ……。みんなに言われる」


「ずっと聞きたかったんだけど……」

「何?」

「亮太ってさ、何で今の高校に進学決めたの?」

 少し間をおいて、「比較的家の近くだったから」

と亮太は答えた。

 数学の問題を解いていると、「反抗もあるかな」とポツリと亮太は言った。

「うち、両親が仲良くなくて、俺がいるから離婚してないだけなんだ」

「え……」

「お互い、恋人ってゆーか相手がいるみたいなんだけど、離婚はしないんだって」

 亮太は淡々と話しているが、少し寂しそうに見えた。

「だから反抗? 馬鹿みたいだけど」

「馬鹿みたいじゃないよ」

「早くこの家出て、自立したいんだよね。親頼らずに」と亮太は言って、ペンを走らせた。

 だからあんなにアルバイトしてるのか。


「凄いね」

「凄い?」

「自分で決めて進もうとしてるところが……私は親のい言いなりで何もできてないから」

「明里の家は親がヤバい……いや、大変すぎるからでしょ……」

「亮太就職するの? 進学しないの?」

「まだ決めてない」

「勿体無いないよ、こんなに頭いいし、勉強も嫌いじゃないんでしょ?」

「親が当たり前だと思ってるレールから外れたいのかも」

その言葉には思わず同意してしてしまった。分かりすぎるくらい分かるかも。

「明里は進学するの?」

「多分進学。行かせてくれるか分かんないけど……」

「どの辺の大学考えてるの? 専門?」「一応大学視野に」「札幌出るの」「うん」

「佐野もさ、大学行けよって言ってくれるんだよね。うちの高校はほとんど就職組だから話題にも登らないんだけどさ……でも今からやってもなって思ってて」

「今からなら大丈夫じゃないの? まだ1年半もあるよ」

「一年半あっても、俺がサボってた分、他のやつは必死に頑張ってたわけだからね」と言った。

「レベル高いとこ狙ってるってこと?」

「行くならここがいいなってところがあって……東京なんだけど」

「なんてとこ?」

「東京都国立天文大学」


 聞いたことのある大学だった。

「天文物理学で有名な先生がいて、そこで勉強できたらなって」

 そこの本棚にその先生の本が沢山あるよと教えてくれた。

「諦めない方がいいと思うよ」

「そうだね」

 亮太は飲み物を取ってくると言って一階に降りて行った。

 東京か。その天文物理学の先生の本を手に取って読んでみた。最初の文面から何を言ってるのか全く分からなかった。

 でも、亮太がどんな事が好きでどんな事を考えているのか知りたい。

 亮太はその先生の本とおすすめの本を貸してくれた。


 学校でも進学が就職なのか聞かれる時期になってきた。

 杏樹は薬剤師になりたいらしく、真由は本好きだから図書館司書になりたいらしい。皆んなちゃんと考えている事に少し焦りを感じている。

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