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26 ユウの夢とアイリス


 なんか由利君に助けてもらってばっかりじゃないか、自分。

 音楽室でピアノを弾いている時にふと思った。

「彼の役割だからね。僕らと魂の関わりが深い人だから、君の助けになってくれる人なんだよ」とグランドピアノにもたれかかりながらユウが言った。


「もちろん本人は全く覚えてないと思うけどね」

「そうなの」

「生まれ変わる時にほとんど忘れてしまうのさ。君だって忘れてる」

「ふーん」

「気づいてないだけで、君もどこかで彼の役に立っているのさ」

 いやいや、今のところ何の役にも立っていないと思う。

「前世ってやつで由利君とも会ってるの?」

「会ってるよ、僕の友達だったんだ」


 そういえば最近とある夢を見た。アイリスと呼ばれているから、恐らくユウが言うその子なのだろう。

 前にも見た夢だ。何度も見る事でより細かいところが詳しく見えるようになった感じがした。


 ゆるふわな女の子が花を摘んでいて、植物菜園というよりは大きな実験場のような場所で植物の観察をしている姿が窺える。草木に話しかけながら、顕微鏡のようなものを覗いて。時々植物の絵も描いている。

 髪は栗色ウェーブ、綺麗に髪を結っている。目は海のように真っ青、少しもっちりしている健康そうな子。レースのようなヒラヒラした服を着て、後ろは帯のようなレースの紐で蝶々結びにしている。

 植物の観察の時は緩いパンツ服のスタイルだ。


 そして、場所が変わる。

 剥き出しのコンクリート。銃撃戦でもあったかのようにあちこちに攻撃の跡や穴が残っている。崩れた階段と天井。剥き出しの鉄の骨組みが見える。水が滴る音、人の叫び声、ゴォオォンという大きな音がひびく。

 汚いコンクリートの上に、裸足の少女が倒れている。苦悶に満ちた表情をして。彼女の周りは血だらけだ。よく見ると足首が曲がってはいけない方向に向いてしまっている。髪の毛は無造作に切られていて短くなっている。真っ青な蒼い瞳に光はなく、目が虚で窪んでいる。随分痩せたのか頬もコケてしまい、げっそりしている。


 何度も見るその夢の話をユウにしてみた。

「アイリスって呼ばれてる子の夢を見る」

 確かピアノも弾いてる姿を見た。

「どんな夢?」

「ゆるふわな女の子が植物の観察してる」

「研究職だったからね」とユウは言った。

「髪は栗色でね、綺麗に束ねてるの。真っ青な瞳にモチっとした体型。胸もちゃんとある」今は背中と胸の違いがかろうじてわかる程度にしかないと思う。

「健康的な体型だよね。君も含めて日本の女性は痩せすぎだからねぇ」

「ほんとに自分なのかなって思うくらい違う」

「君だよ」

「どちらかと言うと雰囲気は杏樹っぽい子だよね。ザ女の子って感じ」

「そうかもね」

「何でこんなに違うんだろ。何処で間違ってこんな風になったのかな」

「間違ったわけではないよ。色々と……大変だったんだよ」

 ユウは楽器が並べてあるガラスケースを見ながら話した。

「場面が変わってね、女の子が血だらけで倒れてるところも見えたの。苦悶な表情で。で、騎士みたいな服の男の子が助けに来てくれる」

 そういうと、ユウが振り向き顔色が変わった。

「その夢、どこまで見えてる?」と聞く。

「何かを言おうとしてるんだけど、なかなか喋れなくて、助けに来た男の子が喋ってる。いつも歌ってるからって。で、アイリスの方もきっと見つけるって話してる」

 ユウの目が激しく泳いでいた。口を押さえて思い詰めている様子だった。いつも穏やかで冷静な様子だったので、いつもと違う雰囲気に驚いた。

「他には?何か見た?」とユウは聞いた。

「見てない」

「ほんとに?」

 ユウは不安そうな顔で聞く。

「あの騎士みたいな男の子ってユウに似てる。ユウなの?」

「僕は、騎士ではないけど……そこにいたのは自分だと思う」と言った。

「血だらけの女の子は亡くなったんだよね」

「うん」

「前世の私を看取ったってこと?」

「そうだね」

 ユウは「間に合わなかったんだ」とポツリと話だした。

「間に合わなかった、到着した時はもう遅かった。申し訳なかったと思っている」と話すユウは、泣き出しそうな表情をしている。


「あなたのせいじゃない」と不意に口からそんな言葉が飛び出した。

「あなたのせいじゃないのよ」

 ユウは、はっとして、ゆっくりとピアノの椅子に腰掛けた。ジッと私を見つめている。

「アイリス?」

 その名前を呼ばれて、自分なんだけれど自分じゃないようなモノが私の中から出ようとしているような、湧き上がってくる感情があった。

「あなたのせいじゃない」

 ユウの瞳は涙で瞳がキラキラ輝き出していた。夕日が当たっていて更に輝いている。ユウの瞳の色はアンバー、琥珀色という感じなのか、黄金の瞳のような色をしている。

「本当に綺麗な目ね」

「え?」

「もっとよく見せて」

 私の手がユウの前髪を少し触った。夕日が瞳に当たり、より一層輝きを増している。

「美しい琥珀色。まるで宝石みたい」

 ユウは驚いた顔と泣き出しそうな顔がごちゃ混ぜになっているようだった。

「今も昔も同じことを言うんだね」と言った。


 今の状況が私にも分からない。自分なのに自分じゃないような何か。白昼夢のような不思議な時間だった。


 そしてより一層、不思議でたまらなかった。私とアイリスという人物があまりに違うことが。別人級で違いがあるように思えてならないのだ。

 ユウは「アイリスは心が壊れてしまったんだ」と言った。

「粉々に壊れて元には戻れなくなってしまったんだよ」

「何で?」

「それは……僕の口からは言えない」

 ユウは何を隠しているんだろう。

「気になるから教えて欲しい」

「まだ話せる時期ではない」と言う。

「君の心が落ち着いて、受け入れられるようになってからではないと詳しい話ができない」と。


 そして話しておきたい事があると言った。

 この世界には沢山のパターンがあることを。この世界に降り立つ魂は皆、自分という存在を体験、体感しにきているのだと。

「君は勇敢なチャレンジャー、苦しい思いをしてる人は皆チャレンジャーだよ。幸せな人もそうじゃないと思っている人も、前世の行いが今に関わっているわけじゃない。人によって様々だ。今回カルマを解消すると決めている人もいれば、次回以降の人生に持ち越す人もいる。それぞれが自分の体験と目的のために来ている」と言う。

「君の場合は……僕達はもう生まれ変わるつもりがないから今回で終わりたいと思っている。だから凄く内容を詰め込んでいるんだよ。そしてカルマも全て解消する予定で来てる。カルマの解消は少し厄介なこともあって、前世を思い出すような体験を、あ・え・て・することもあるんだよ。思い出して解消するために必要だからだ。必要ない人も勿論いる。でも君の人生ではすでに似たような体験が起こっている。君は望んでいないけれど、近づいてしまうんだ。引き寄せられてしまう形で……」と話した。

「難しい話ですな」

「そうだよね、でも覚えておいて欲しい。君は困難な事に立ち向かうチャレンジャーなんだって事」

 長い人生の中で事故のような事ももちろんあるらしい。人生は旅のようなものだという。

 ノープランで完全に白紙で飛び込む人もいれば、きっちり計画を練る人もいるし、計画通りに進める人もいれば、寄り道する人、自由な時間を設けている人、長旅にしちゃう人、そしてトラブルに遭遇する事だってあると説明してくれた。

 途中で辞める人もいるし、辞めたっていいらしい。全ては今を生きている本人が選べばいいんだとユウは言った。

「僕はそのサポートをしたくてここにいるんだよ」

「そうなの?」

「うん、僕たっての希望でね。僕の全てをかけてでも君と目的の場所まで行きたい」

「僕の全てって大袈裟だなぁ」

「大袈裟じゃないよ。この状態を保つのはなかなか大変なんだよ」

「そうなの?」

「僕の全て、僕の魂が消滅してもいいからとお願いしたんだよ」

 ユウはとても真剣な表情で語った。

「消滅しちゃうの!?」え?何で?

「相当無理してるんだよ。もちろん君にも見る力、聞く力がないと繋がらないんだけれどね……」

 消滅されるのは困るんだが……。

「消滅されるくらいなら半分魂分けてあげるから、辞めてくれないかな」

「君も頑固だけど、僕も頑固だからやめない」

「どーすれば消滅する前に終わるの?」

「君が全てを思い出して、僕を見つけた時」

 あーそこに辿り着くのね。なるほど。


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