24 由利君
由利君からパーカーを借りたままだった。返さなければと思ったが、連絡先を聞くのを忘れた。家も覚えてない。
洗濯をして気持ち程度の贈答品も買って、由利君の住所を知っているであろう綾香の家まで行ってみる事にした。
綾香の連絡先も知らない。少し怖さがあったけど、昼間なら家を訪ねても大丈夫だろう。
綾香の家のインターホンを押すと、本人が現れた。
「綾香、こないだはありがと」
「全然、あの後大丈夫だった?」
「うん大丈夫」
綾香は少し疲れているのか、やつれ気味に見えた。
「由利君にパーカー返したいんだけど、連絡先わからなくて、綾香に教えてもらおうかなと」
「私から返しておこうか?」
「めちゃくちゃお世話になったから直接お礼言いたくて」
そういうと、綾香は由利君の連絡先を教えてくれた。綾香の連絡先も教えてもらう。
「綾香、最近はどう?元気?」
「うん、元気」と笑って言う。元気そうに見えなかった。
「綾香もたまに連絡ちょーだい」
「うん、わかった」
「明里は強いよね、羨ましい」とボソッと言った。聞き返しても「何でもないんだ」と言う。
私が話そうとすると、遮るように
「忙しいからまた今度ね」と言って綾香はドアを閉めた。
由利君にメールをするとすぐに返信があった。
借りたものを返しに行きたいと連絡すると、迎えに行こうかと言う。荷物があるからと断って、徒歩で行くことに。
教えて貰った住所は高山地区と呼ばれる比較的裕福な人達が住んでいるとされる場所だった。由利君の住所付近は閑静な住宅街が広がっている。途中少し道を間違えて遠回りしてしまったが、色んなお宅を見ながら歩くのは嫌いじゃない。
由利家は相変わらず人の気配をあまり感じないお宅だった。インターホンを押すと由利君が出て来た。
「迷わなかった?」
「ちょっと迷った」
これ、と荷物を手渡すと「別によかったのに」と言う。
「怪我は?」
「お陰様でだいぶ良くなって来ました」
ピアノの先生には心配されて一時練習ストップになってしまったが……。
お礼を言って帰ろうとすると、暇かと呼び止められた。
「うん、まあ」
「バイク乗る?」由利君はバイクを指差して言った。
「乗りたい」
「じゃあどっか行こうか」と由利君はニッコリ笑って言った。
「何処行きたい?」
「海」
「海は遠いなーもうちょっと近いとこ」
「じゃあ山?」
「山……いいとこあるよ」
そう言ってバイクに跨った。
すっごく気持ちが良くて、最高だった。大きな声で叫び出したいくらい。私もバイクの免許取ろうかな。
由利君は穴場の絶景スポットに連れて行ってくれた。
「悩んでる時に、よく来るんだ」と話してくれた。クールだけど話すと気さくな由利君は、感情があまり顔に出ないタイプなんだと言った。
「綾香の家まで行ったんだってね。大丈夫だった?」
「うん……元気なさそうだった」
「そっか」
「心配だよね」
「あんまり深追いしない方がいいよ。あの連中と離れれば別だけど……」
よほどなのだろう。全員であの場から撤退するくらいだ。
「もう会わないかと思ってた」と由利君は言った。
「こっち側の人間じゃないよなって」
「こっちって?」
「落ちこぼれっていうか……」
由利君みたいな人でもそう思うのか。みんなと同じじゃないって、私もよく思う。『こっち側の人間』という表現は人によって意味が大きく変わるものらしい。
「綾香に託された時さ、捨てられた子猫連れて帰る気分だったんだよね」
「猫……」
「うん、俺らみたいに汚れてない純粋な生き物みたいな。懐かなそうなとこも猫っぽいなって」と言って由利君は笑っている。
「猫だったのか私」
「犬ではないよね」
「由利君も猫っぽいよ」「そうかな」「顔が」「顔!?」
「由利君が思ってるほど、純粋じゃないよ。だいぶ汚れてますしね」
「そうは見えない」
「見せてないだけだよ。巧妙に隠してるの」
「へぇ……意外」
由利君は納得していないようだった。嘘は言ってない。巧妙に隠して普通の良い子を演じてるだけ。
「頑張って演じてるんですよ。実は子猫の皮を被ったライオンだよ。由利君は猛獣拾っちゃったんだよ残念ながら」
「泣かなかったもんね……」と由利君は言った。
そして強いよねと。
「綾香にも同じこと言われた、強いって。強くないのに」
「強いと思うよ。折れずに立っていられるところが」
とっくの昔に複雑骨折してるんだけどね、と返そうと思ったが黙っておく事にした。もっと言うと折れた骨が心臓に突き刺さったまま膿んで、じわじわ腐ってきているような気さえする。
暫く色々お互いのことを話した後、由利君はアルバイトがあるからそろそろ行かないとと話した。わざわざ時間を作って連れてきてくれたんだとわかった。
「え、ごめん」
「大丈夫大丈夫。俺が来たかったの」
家の近くまでバイクを走らせてくれた。
「今度また時間がある時にどっか行かない?」
「え?」
「無理ならいいんだけど」
「ううん、行きたい」
「良かった。じゃあ、また連絡する」
そう言って由利君は去って行った。
バイクに乗っていた私を見かけたらしい友達が学校の休み時間に話しかけてきた。狭い地域だからなのか、どこで誰が見ているのかわかりゃしない。そして噂の広まり方も尋常じゃない。
杏樹も真由も興味津々だった。
中学校が同じだった子が由利君の事を色々と教えてくれた。
成績は学年トップだったが、急に学校に来なくなったり、見た目が派手になったり、不良グループとつるむ様になって、学校も素行が悪い高校へ進学したらしい。理由は詳しく知らないが、恐らく家庭環境の問題だろうと話していた。
「由利君てイケメン、頭いい、金持ちってイメージ」と言う。
「お兄さんいたよね、凄く出来のいいお兄さんで」
「そうそう、道海大行ってたよね」と話している。道海大は北海道で1番偏差値の高い大学だ。
話の内容にかなりギャップを感じていた。週5でアルバイトしていると話していたし。
クールで少しとっつきにくそうな雰囲気とイケメンてところだけは合ってるかも。
「で、何で仲良くなったの?」
答えに困った。家出の事は杏樹と真由以外には詳しく話してない。もちろん父から受けた暴力についても。
「由利君て綾香の知り合いでさ、こないだ綾香と会ったんだ」
「へぇーそうなんだ」「遊んだの?」「麻雀してて」
「綾香元気?」「うん……それなりに」
風の噂だけど危ない人達とつるんでいると噂になっているらしいと、中学時代に同じ図書館委員だった真由が話していた。
ユウも綾香とは距離を置くようにと話す。
でも綾香は?
「彼女はとても不安定だけど、本人が望んでその場所にいる限り、何を言っても響かない」と言う。連絡を取ることは構わないけれど、首は突っ込まないようにと注意喚起された。由利君と一緒にいることは問題がないどころか好都合でいいと言う。
「僕が何を言っても、結局は君が選ぶこと。君は自分の意思で好きに動くんでしょ」と言った。
よくわかっているじゃないか。
由利君と連絡をとる頻度が日に日に増え、週2、3回程度で遊ぶようになっていた。当てもなくバイクで出かけたり、マージャン仲間と遊んだり。映画好きだということがわかり、意気投合。今度映画を見に行く事になっている。由利君の映画の趣味はなかなか渋くて、古い映画もよく見ているらしい。所謂ツウである。私は王道からヒューマンドラマ系やミステリーが好みなので、お互いのお勧めを話したりもする。
以前、六花が勧めてくれた魔法使いの映画の第二弾が公開されるところだったので、デートにちょうどいいよねと言う流れになった。
デートなんだ、これ……。
六花は由利君と映画に行く話をすると怒っていたので、六花とは2回目に行くことにした。その後友達とも見に行く事になって、結果的に3度も見に行ったけど、何度でもリピートしたくなるくらい楽しかった。魔法使い最高!
映画の世界に没頭している時と音楽を聴いている時ピアノを弾いている時だけは嫌な事を全て忘れてその世界だけに入り込める。わたしの癒しの場所。大切な領域。
友達から由利君との事をよく聞かれるようになった。
一緒にいるのは楽しいし、話題も尽きない。なんだか昔からの知り合いみたいな感覚で話せる人だった。少しユウと同じような空気も感じている。
好きなのかと聞かれるとわからなくなる。これ以上望んでいいのか……気持ちにブレーキをかけている気はする。他の女の子と一緒にいる事を想像すると、嫌な気持ちになるし、一緒に出かける時は来て行く服に悩んでしまう。可愛いと思われたい自分と、女の子のような服装が嫌いな自分とで自問自答が始まる。
「それは恋でしょう」と杏樹と真由は言った。
どうなんだろう。せっかく築けたこの関係性が壊れるのが怖くて、進展したくないような気もしている。向こうもどう思っているのかわからぬ。
「好きじゃないと誘ってこないんじゃない?」
「フットワークの軽い人みたい」
「でもさ、わざわざ時間作ってでも会いに来てくれるんでしょ」
「う〜ん。でも大介とのことがあるからなぁ。男友達の亜種くらいの感じに思われてる可能性だってあるよね」
「由利君てかなり積極的にアプローチかけてる気がするんだけどなぁ」
「今度みんなで遊ぼうよ」
「由利君対我々で」
「これはカラオケかな?」と2人は話す。
ユウも「彼はいい人だよ」と隣で太鼓判を押している。




