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22 父


 六花も晴れて高校生になり、私も高校2年生になった。

 まだ肌寒いときも多い、桜がやっと散り始めた5月、嫌な知らせが届いた。


 親戚のお兄さんが結婚すると言う。

 私より10個ほど年上のお兄さんだ。父方の兄弟の息子で、昔は近所に住んでいて、小さい頃はしょっちゅう六花と一緒に遊びに行っていたこともある。

 お兄さんは父から見ると面倒見のいい出来た人間らしい。昔はそれを生かして学校の先生にもなりたかったらしいが……。

 家に帰ってきたばかりの父が言う。家族みんなで、お兄さんの結婚式に出るぞと。

 私は絶対に嫌だった。六花も反対している。

「私とお父さんだけで行きましょう」と母が言う。

「何でだ。めでたい行事なんだ。家族で行くに決まっているだろ」

 食事の席についた父が言う。今日は機嫌が悪いらしい。こうやって人の意見も聞かず、すぐに当たり散らすような日は、大抵仕事が上手くいかなかった日だ。

「部活あるかもだし、そんな仲良くないし」と六花は言った。

「私もそんなに接点ないし」

「昔、仲良くしてもらっていただろう」

「そうだったっけ?」とゲームをしながら六花がから返事している。

「お世話になっていたじゃないか。沢山面倒も見てもらっておいて、恩を仇で返す気なのか? お前なんてぬいぐるみまで貰っていただろ」

 私は食事が喉を通らなくなった。

 言い出したら聞かない父だ。

「行くよな?」と脅す様な口調で父が言う。逆らえない事をわかっていながら、形だけの確認を取ろうとする。いつもそうだ。

「行かない」と私は言った。


 案の定、父は激怒した。

「何で行かないんだ!せっかくの行事だろ!家族だろ!」と訳のわからない持論を展開している。

 家族だから何だと言うんだ。行きたくないものは行きたくないんだ。

「行かなくていいじゃない。2人でいきましょう」と母が父を宥めている。

「ダメだ。4人で行くぞ」

「ほかの親戚も全員出席するのか、わからないかもしれないじゃない」

「うちは全員で参加する。兄貴のせがれだからな。決まりだ」

「嫌だ」

 私は言わなくていい事を言っている。いつもなら穏便に済ませられるし、父の言いなりでも構わない。でもこればっかりは譲れない。死んでも行きたくない。

「せっかく縁があって知り合えた、大切な家族だろうが!」

 そんな縁知らねーよ。

「私は絶対行かない」

 父はテーブルの上のご飯を吹っ飛ばした。

「行くよな」

「行かない」


 父は胸ぐらを掴んで「何で俺の言うことが聞けないんだ!」と激昂している。

 そのまま振り落とされ、お腹を蹴られた。足でどんどんと体を踏みつけられながら「何で言うことが聞けないんだ」と問い詰めてくる。

 お母さんと六花が止めに入っても、父は止めようとしない。

「行かねっーつってんだろが!!!」

 わかっている。喧嘩になっても勝てないことくらい。口の中に血が滲む。

 父は私を罵る言葉をありったけ投げかけてくる。


「生きている価値があるのか?」「なもできないくせに」「なんて醜い顔をするんだ」「また泣くのか」「お前の意見なんか聞いてない」「頭が腐ってるんだな」「お世話になったのに、最低なやつだな」

一つ一つ言葉を放ちながら同じくらい蹴りを入れ続ける。


 六花が「警察に電話する!」と言い出して、母が「そればダメ」と叫んで、父の矛先が六花と母に向かおうとしている。六花がキッチンに回って包丁を握っている。母が「ダメよ!」といって六花を止めに入っている。

 母が「いい加減にして!!2人共!!!!」と絶叫するように言った。

 父は正気に戻ったのか、包丁を見て怯んだのか、それとも気が済んだのか「風呂に入ってくる」と言ってリビングを出て行った。


 リビングの中が、喧騒から静けさに変わった。

 シンと静まり返るリビング。静かすぎるリビングの中、自分の中から怒りの音がこだましている。

「大丈夫?おねぇちゃん」と震える声で言う六花。

 お母さんは吹っ飛ばされた茶碗を拾いはじめている。


 バキィーーー


 私は壁を殴っていた。

「壁が壊れるじゃない」母は家の心配をしている。

 腹が立ってどうしようもなくて、でもやり返せなくて、近くにあった学校カバンを何度も壁に叩きつけた。

「やめて、やめなさい」と母が制する。


 もう何もかもが嫌になってリビングを出た。

 そのまま靴を履いて、家を出る。

「おねぇちゃん行かないで!」

「何処に行くの!?」と言う声が後ろから聞こえた。

 もうどうでもいい。

 こんな家糞食らえだ。何もかも壊れてしまえばいい。


 何も考えないまま家を飛び出していた。


「何処へ行くの?」とユウが聞く。

「わからない」

「夜道は危険だよ」

「知らない」

「戻った方がいい」

「うるさい」


 うるさい、うるさい。何もかもが。


 おじいちゃんの家はきっと連絡がいく。杏樹や真由が頭をよぎる。友達の家も、きっと連絡が行く。大介の家は……こんな姿見見られたくない。


 何処へ行こう。


 フラフラ夜道を歩いた。

 街の外れの農地が広がる場所まで来ていた。畑の中に大きなビニールハウスがある。あの中に牧草ロールが積んであることを思い出した。牛の餌だと知らずにそ昔遊んで怒られた事も。でもあそこなら誰も来ないし、暖かいから夜を凌そうだ。


 思っていた以上に街頭の光が届かず怖い。月明かりも届かずとにかく暗い。

 携帯がひっきりなしに鳴るので電源を切った。


「帰ろう。凍えてしまう」

 心配そうな面持ちでにユウが言う。

「おじいさんの家に匿ってもらおう」

「凍えてもいい」

「風邪引くよ」

「別にいい、ほっといて」

 てか喋んな。


 黙々と寝泊まりの準備をしていると、ユウも牧草ロールに登ってきて腰掛けた。

 暫く2人でぼーっと月を見ていた。今日は綺麗な三日月だ。沢山の星も綺麗に輝いている。


「君のお父さんは子供のまま、大人になってしまった人」

「……」

 また何か喋り出した。うるさい。

「魂も若くて、またまだこれから学ぶ事が多い人なんだ」

「自分の親だと思うと情けないんですけど」

「現実の年齢だけでは測れない事が多いからね、このような家の子は大変だよね」

「何でこんな家に産まれたの。ほんと嫌。スピ系の人ってさ、お母さんを選んでるとか、家の縁が〜とか言うけど、ちゃんちゃらおかしいんだけど!虐待されてる人に失礼だっつーの!」

「そうだね、生まれ変わりにもひとりひとり事情があるからね」

「何であんなお父さんなの」

「君の人生はハードモードだから大変なんだよ」とユウは言った。人によって難易度は違うが、どんな人にもそれぞれ目的があり、それに沿って計画するらしい。

「前世の出来事もあるけれど、ハードなぶん、助けが必要な時もある。前にも話したけれど、君は誰かのためにあの家に産まれてる」

 誰なんだよ全く。あんな家に産まれたくなかった。絶対嘘だ。あんな家、選ぶ訳ないじゃないか。

「君は醜くなんてないし、価値がないなんて事もない。お父さんは頭に血が昇ると適当な言葉を発してしまう癖があるんだよ」

「思ってない事が言葉に出る訳ないでしょ」

 言ってる事は事実だし。

「てか、そんな事も全部もうどうでも良い」

「どうでもいいなんて思わないでほしい。僕はどうでも良くない」

 ユウと話しているうちに、だんだんと熱が冷めてきたようだった。

 ユウは私の頭に手を伸ばした。咄嗟に避けてしまった。

「僕は殴ったりしないよ」と言って頭を撫でてくれた。

「大丈夫だよ」

 ユウの手は頭から背中にうつり、ゆっくり撫でてくれた。背中の内側からほんわりと暖かい何かが広がって、全身を包み込んでいくのを感じた。

「大丈夫だよ」とユウは繰り返していた。

 ポロポロと涙が出てきた。

 何が大丈夫なんだよ。全然大丈夫なんかじゃないんだよ。でもその言葉をくれるのはユウしかいなかった。夢でも妄想でも幽霊でも現実じゃなくても何でもいい。ユウさえいてくれるならと思っていた。

「全部聞くから、吐き出しちゃいなさい」

 何でいつも優しい言葉をくれるの。こんなやつなのに。強がってた心が崩れて、ありったけの怒りをユウにぶつけた。泣きじゃくる小さい子供みたいに……。


 だんだんと体が感覚を取り戻してきたかのように痛み出した。興奮状態でアドレナリンが出ていた為に気づかなかったが、あちこち痛い。

 特に壁をぶん殴った拳は皮が捲れて血が出ていた。

ヒリヒリして痛いし、ご飯の途中だったからからお腹が鳴った。こんな非常時にも腹がなる事が情けなくなる。

 鞄の中にお財布があるから、近くのコンビニでも行っておにぎりと絆創膏を買おうかなと思った。


 近くのコンビニに行く。絆創膏とおにぎりとおやつと飲み物を買う。レジに行くと店員さんがが「大丈夫ですか?」と聞いてきた。軽く頷いて、レジを済ませて自動ドアの前まで行く。窓に映る自分の姿にギョッとした。ボロボロで酷い有様だった。


 コンビニを出たところで、たむろしていたグループに話しかけられた。

 よく見ると中学生の時に同じクラスだった事がある綾香だった。綾香は上下スウェットで、髪は茶髪、ピアスを開けている。

 周りにいる子も同じタイプでタバコをふかしていた。

「こんな時間に何してんの?」

「……買い物」

 綾香は上から下までじっくり見た後、状況を察したのか「家来る?」と言った。

 綾香の家は父の暴力で両親が離婚している。

 中学生のころ、少しだけその話を聞いていた事があり、自分の家も父との折り合いが悪い事を話していた。

 中学生の時は成績優秀だった綾香とは、両親の離婚を機に素行不良が目立つようになって、疎遠になった。綾香の方も私を避けているように感じていた。

 最近は悪い噂が多いけれど、元々は凄くいい子だった。

「怪我ひどいじゃん。手当しなくちゃ」

 他の不良メンバーたちもワラワラと寄ってきて、どうしたのかと聞いてくれている。

「うっわー痛そう。誰にやられたん?」

「ちょっとあんたは黙ってて。ね?いこ?」

 いわゆるヤンキー集団の人達が、優しく話しかけてきてくれる。

「行がない方がいいと思う」とユウは言ったが無視した。

 あんな家に戻るくらいなら、こっちに行った方がいい。


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