(5)
廊下を真っ直ぐに進んでいくと、やはり突き当たりの扉の手前側に階段がありました。
上方を確認しながらディランさんが階段を上がって行くので、後ろに続きました。
階段を踏み締めるとキシキシと音が鳴り、何だか不安を煽ります。
二階部分に上がると、そこの造りは一階と変わらないように見えました。
カーテンが多く開かれている分、一回よりは明るく感じます。
廊下に落ちている何かに陽光が降り注いでいるのに気付きました。
人形のようです。
近付いて何気無くそれを拾うと、パリンと音が聞こえました。
それはつまり、これが呪われた人形だったことを意味しています。
今は、ただの人形ですが。
小さな赤ちゃんくらいのサイズのお人形を見つめました。
金髪の巻き毛のガラスでできた青い瞳のお人形は、ぷっくりとしたほっぺで可愛らしいです。
ドレスは少し擦り切れていましたが、汚れはなくて大切にされていたのが窺い知れます。
訳もわからないうちに呪いを解いてしまってよかったのでしょうか。
「ステラ。落ちている物に罠が仕掛けられていることもあるんだ。気を付けろ」
「はい」
迂闊な行動だったと反省しますが、気になってしまったもので、つい……
「人形が何でこんなところに……それが気になったんだな?」
「はい。どうやら呪われていたようです。ディランさんの言う通りに罠が仕掛けられていたということかもしれませんが、このお屋敷の家族に子供はいるのでしょうか?」
「ここの家主には幼い子供はいなかったはずだ。使用人の子供のものとかの可能性もある。もしくは、村人のものか、何かを企てた者が置いていったのか」
どちらかと言えば誰かの大切なお友達だったと思われるお人形は、どことなく寂しげな顔に見えました。
この子を一人にしておくのも可哀想な気がして、鞄にしまいました。
ディランさんは、通路に並ぶ部屋を調べています。
「ステラ。この部屋は他の部屋と違うようだ。主人の部屋か、それに近いものの部屋のようだ」
「はい。入ってみますか?」
「ああ。何かわかればいいが。開けるぞ」
扉を開ける時は、ドキドキします。
ディランさんが警戒強める中、扉が開けられました。
キィっと、小さな音を立てて開かれると、まず最初に視界に入ったのは大きな机でした。
「書斎、執務室か?」
堅苦しい大きな机が窓の近くに置かれています。
部屋を囲む本棚にも、真面目そうな本ばかりです。
存在感のある机の上に意識を向けました。
「日記?」
そこに置かれていたものをディランさんが手に取ったので、パラパラとページをめくっていく手元を覗き込むと、何かの資料や経過が書かれているようでした。
○月×日
休暇を過ごすつもりで別荘がある村を久しぶりに訪れると、恩恵を与えると、妙な連中が出入りしていた。父は、あんなもの達の言うことを本当に信じるつもりか。
「家主の息子のものか?」
二人で日記を眺めていると、カタンと音が聞こえて視界の端で天井から何か黒いものがストンと落ちてきたなって思った所で、すでに抜剣したディランさんの背後に庇われていました。
反応の早さに感心します。
私はようやく、落ちてきた黒いものが人の姿だと確認したところです。
「待って、待って!おじさん、怪しい者じゃないから!君達と敵対するつもりはない。この村の調査に来たものだ。俺と協力しないか?」
必死になって両手を前に突き出して、全身で“待て”と示す男性の姿がありました。
ここに来て、初めて遭遇した人ではあります。
部屋の中で私達と、男性が距離を保って対峙していました。
ディランさんには、警戒を緩めた様子はありません。
「この部屋の上に屋根裏部屋があって、おじさんそこに避難していたんだ」
そこだと天井を指差された場所を見ると、板がはずされて四角くくり抜かれた空間がぽっかりと空いていました。
本来はハシゴで上り下りするのかもしれません。
「君があの人形を大人しくしてくれたのを見ていた。君は魔法使いだね?」
男性が私に尋ねてきました。
「屋根裏部屋の床板の隙間からちょうど廊下が見下ろせてね」
ディランさんが、私を完全に背中の後ろに隠しました。
「いや、お礼が言いたいだけだ。おじさんは、あの人形にずっと追い回されていたんだ。あの人形は日が暮れるとナイフを手に、廊下を飛び回っていたんだ。何度壊しても切っても蘇って、朝日が昇るまでずっと追いかけっこだ」
その光景を想像して、ゾッとしますが……
「大人しくなったところで燃やそうと思ったら、変な壁見たいのが人形を覆って、近付けもしなくて困っていたんだ。おじさんの名前はケニー。バッファルケルン王国の防衛軍に所属している。この村の住人の親戚から連絡を受けて調査に来たんだ。君達は?」
喋っている最中にも、ディランさんと男性の視線だけの探り合いの応酬が行われているように思えます。
ディランさんの後ろから、そっと顔を出します。
ケニーさんは30代半ばくらいの、ベテランの兵士のような雰囲気がありました。
服装は職人を思わせるようなものですが。
見た目は女性にモテそうな顔立ちをされています。
ここでトラブルに巻き込まれたせいで数日手入れができなかったのか、無精髭が見えます。
怖い印象はありませんが、油断ならない方のようです。
「オッサン。それ以上近付くな」
相手の正体がはっきりしない以上は無用な争いは避けたいですが……
「この村は観光するような場所はないけど、どこに行くつもりだったのかな?何かを探しているようだったけど?」
ケニーさんの雰囲気が少しだけピリッとしたものに変わりました。
「人の姿が全く見えないから、誰かいないか探していたんだ。観光の最中に手紙を届けてほしいと頼まれた。住所を間違ったようで届かなかったからとな。この村に嫁いだらしいが、あんた知ってるか?ケイティって子だ」
ディランさんの態度は変わりません。
「奇遇だねー。ケイティの弟が行方不明だと、孤児院の先生が心配しているんだ。君達、知っている事をおじさんに教えてくれないかな?君達が悪い人間には思えないんだ。ケイティの弟の行方を知っているかな?」
お二人がさらなる探り合いの応酬をしているのはよく分かりました。
ピリピリとした空気を肌で感じていると、先に雰囲気を和らげたのはケニーさんの方でした。
ふっと、肩の力を抜いて笑ったかと思うと、
「わかった。最初に言った通り、おじさんと協力しないか?この村で何が起きたのか知りたいんだ」
それに応えて、ディランさんが剣を納めました。
「この子に触れたら、容赦なく斬る」
「肝に銘じておくよ。君の名前は?」
「ディランだ」
「ディラン君ね。そちらのお嬢様は、名前を教えていただけますか?」
お嬢様扱いなどされた事がないので、変な感じがします。
「どうぞ、ステラと呼んでください」
「ステラちゃんね。名前も可愛らしい」
「この子の観光の護衛でこの国を訪れた。この国に来る前は、グリースを観光していた」
「良いところのお嬢様だったんだね。どうりで品があるはずだ」
ケニーさんが手を差し出してきましたが、応じる事はできませんでした。
「オッサン、斬られたいのか?」
馴れ馴れしいと感じたのか、ディランさんはケニーさんを睨んでいます。
「村の外にいたのはあんたの部下か?」
「そうだ。連絡が取れなくなったと聞いて、探しにきたんだが、惨いことになった。おじさんは上手く逃げたけど、君達は、アレに遭遇して無事だったのか?」
「ああ」
「君達が無事で本当に良かったよ。あ、これ、君が落としたものだよね?」
ケニーさんが私に差し出してきたのは、エレンさんから渡された手帳でした。
「あっ!はい。ありがとうございます」
いつの間にか落としていたようです。
使う機会はなくとも、エレンさんがせっかく持たせてくれたものです。
「可愛らしいね。それ、ディラン君と一緒に行きたい場所だったのかな?」
「い、いえ!違います!知り合いからおすすめの観光場所を渡されただけでっ」
私が焦って答えるものだから、ケニーさんは微笑ましいと言いたげに、とても楽しそうに笑っていました。
そこだけ見れば悪い人には見えません。
本当に村の調査に訪れた軍の人のようではありました。




