雨降るスタートライン
私立の男子校の受験に失敗した俺は、地元の中学校に入学した。未だにそのことが悔しくて、不本意ながら地元の中学校の制服に袖を通して入学式に出席することになった。
しかも、自転車で通学する必要があるのに入学式早々雨降り。学校指定のレインコートを着ても、真新しい制服を濡らしてしまった。俺は元々雨男だったが、この雨降りが憂鬱な中学校生活を予感させた。
入学式のときに知ったクラスは、またしても貴雄や博哉と遠かった。人数も増えるし仕方ないと思うのだが、去年失恋した相手である水島しずくとは同じクラスなんて運が悪いとガッカリした。やっぱりこの中学校での生活は期待できない。だからといって、志望校に入学していたら全く不満がなかったわけではないのだろうけど。
新しい教室に入ると、水島しずくの他にも去年のクラスメートもいたため、またしてもひそひそと「魔王」と言われてしまった。俺は中学校の3年間、ずっとこうして「魔王」と呼ばれることになるのだろう。
そして、新しいクラスには俺が小学生のときに通っていた塾の生徒もいた。こうなると、俺が中学受験に失敗したことがばれる日も近いかもしれない。塾生にも言っていなかったが、先生にはよく相談していたから、聞き耳を立てていた人がいたかもしれない。
自意識過剰と言われるかもしれないが、このくらいの警戒心は必要だろう。自分の知らないところで噂を流されたり、そのせいで居心地が悪くなることはありえるから。
部活動は、迷わず野球部に入部した。そうすれば、小学生の頃から好きな野球を続けられるし、貴雄たちとも確実に会えるから。
野球部は人数が多いこともあって、新しい出会いも多かった。それ故に大変なことも多いかもしれないが、また活躍できるように頑張ろうと思った。
小学生時代はライバルだった選手が今度は仲間になるということも少し新鮮な気がした。しかし、高校生になったらまた学校が分かれてライバルになる選手もいるのだろう。そう考えると、貴雄や博哉もいずれ高校野球のライバルになるのかもしれないと思った。もしそうなったら、複雑な気分になるだろうな。まあそのことは、そのときに考えればいいか。
中学校に入ってから最初のイベントは遠足だった。行き先がナガシマスパーランドということもあって同級生たちはみんな楽しみにしていたが、俺は嫌な予感がしていた。俺は雨男だから、入学式みたいに降られるかもしれない。そうなると、遊べるアトラクションが制限されてしまう。ナガシマスパーランド自体は嫌いではないが、そんな心配をしていた。
その頃の俺は、「魔王」というあだ名がクラス内外で定着していた。違う小学校出身の同級生にまでそう呼ばれるようになったが、彼らはあだ名の由来を知らないと思う。
「魔王、隣に座らへん⁉︎」
バスの座席を決める時も、違う小学校出身のクラスメートにそう言われた。こうして親しく話しかけてくるクラスメートができたこと自体は悪くないが、魔王と呼ばれることは複雑だった。まだ、雨男ということが有名になってそう呼ばれるよりはマシだろうけど。そんな感じで、諦めもついてきた。
案の定遠足当日は、現地に到着したら雨降りになった。天気予報はずっと晴れと言っていたのに、ある意味見事なことだ。
そのくせ、俺は傘を忘れてしまった。そのことにひどく落ち込んでしまい、泣きそうなくらい悲しい気持ちになった。こんなずぶ濡れだと、遊べるアトラクションが制限されるどころか、濡れて風邪をひいてしまう。
「晴男、こんなとこにおったんや。このままやと風邪ひくで」
聞き慣れた声がして振り向くと、博哉がそう言いながら俺に傘を差し出してくれていた。よく見たら、貴雄も一緒にいた。
「博哉、貴雄、どうして?」
俺は、二人の存在に心底ほっとした。
「せっかくのナガシマやで、晴男と一緒に遊びたいと思ってさ」
貴雄がそう説明した。
「こんな雨降りやのに、遊べるとこなんて限られてへん?」
俺はそう心配したが、博哉は
「せやけど、全く遊べやんわけやないやん?俺、行きたいとこいっぱいあって絞りきれやんかったから、調度良かったくらいやわ」
と言っていた。そして、
「せやから、これから遊ぶのに付き合ってな。遠慮なくこんなこと頼めるのは2人だけやから!」
とはしゃいでいた。
「そうや、メリーゴーランド乗らへん?あれやと屋根付いとるから濡れへんで」
早速博哉がそう言い出した。
「えっ、中学生にもなってメリーゴーランド⁉︎」
俺は恥ずかしいと思ってそうためらったが、貴雄も
「ええやん、行こ行こ!」
とハイテンションで俺の手を引いた。
実際にメリーゴーランドに並んでみると、前列には中学校の同級生が何人かいた。そうか、中学生がメリーゴーランドに乗るのは普通なのか。それに、男子中学生が1人で並んでいたら変かもしれないが、こうして友達同士で並ぶことは悪くないな。
久しぶりにメリーゴーランドに乗ったら、懐かしい気持ちになった。幼少期は今以上に遊園地が好きで、1日中そこで楽しんでいた。博哉が言っていたように、せっかく来たならあの頃みたいに全て忘れて思い切り楽しまないと損だと思った。
「メリーゴーランド、楽しかったな」
メリーゴーランドを降りた時には、俺たちはみんな笑顔になっていた。
「次はどこ行く?」
貴雄がそう聞く。
「そういえば、雨止んでへん?それなら、昼飯の前に絶叫マシンに乗っとこ!」
博哉がそう言いだした。
「ホンマや。俺雨男やで、ずっと雨降りやと思とったのに」
俺は、雨が止んでいることに気付いてそう言った。
「そう思とったん?必ずそうなるとは限らんやん。でも、選択肢が増えてしもたな」
博哉がそう言って俺に笑顔を向けた。
「そうかもな。とりあえず、絶叫マシンのところに行こっか」
俺も、博哉の言葉に答えるようにそう言った。
「絶叫マシン怖いけど、行ってみるか!」
貴雄もそう言って賛成してくれた。
こうして俺たちは、すっかり雨が止んで虹が見えた空の下で、アトラクションで遊び続けた。
「今日は楽しかったな。付き合ってくれてありがとう」
それぞれのクラスのバスに戻るときに、博哉にそう言われた。
「俺の方こそありがとう。傘を差し出してくれて」
俺もそう返した。あれがなかったら俺は風邪をひいていたし、こうして二人と園内を回ることもなかった。
「俺も、晴男と博哉と一緒に遊べて良かったよ。俺さ、もし晴男が私立中学校に行っとったら、こうして遠足で一緒に遊べやんだんやよなって思ってしもたんさ。お前には悪いけど、それやと寂しかったやろなって」
貴雄にそう言われて、俺はどきりとした。
「そうか、俺も中学校も二人と一緒にいられて良かったよ。やから俺、これで良かったんやよな?」
俺はそう言い、心の中にあったモヤモヤがすっと消えたような気がした。
俺は、地元の中学校生活はずっと憂鬱なのだろうと思っていた。でも、いつまでも止まない雨はないように、中学校生活の全てが憂鬱ではないだろうと思った。こうして仲間がいるのだから。




