第八話 鍛錬
「じゃ、アイテムボックスの練習を始めようか」
今日から俺は、テルさんから『アイテムボックス』を習得するための授業を受けることになった。
「よろしくお願いします!」
俺は元気に返事をした。
「ロイ君は、魔力の流れを意識したことはあるかい?」
魔力の流れ? 生まれてから現在に至るまで、そんなことは考えたこともなかった。
「ないです」
「じゃあ、まずは魔力の流れを意識できるようになろうか」
「わかりました。何をすればいいですか?」
「まずは、僕が大きな魔力を使って、ロイ君でも感じ取れるくらいの魔力の流れを作る。あとはそれを一人で自然に感じ取れるようになるまで、繰り返し練習するだけだよ」
なるほど。確かに外からの魔力の流れが大きければ、俺でも感覚を掴みやすいはずだ。
テルさんに連れられて、村の近くにある平野までやってきた。
「それじゃあ始めるけれど、準備はいいかい?」
「はい、もう大丈夫です!」
俺が答えると、テルさんは静かに何かの魔法を唱えた。
「何の魔法を使ったんですか?」
「結界魔法だよ。念のためね」
この世界には結界魔法もあるのか。アイテムボックスが習得できたら、そっちも教えてもらおう。
「じゃあ、そろそろ始めるね」
「はい!」
数秒後、テルさんの体から黒いモヤのような圧迫感が立ち上り、それが一気に俺へと押し寄せてきた。
「うぐっ……!」
咄嗟に身構えたが、思ったような痛みはない。
例えるなら、海の上で大きな波に全身を打たれているような不思議な感覚だ。
「それが魔力の流れだよ」
「……っ!」
そうだった、ぼーっとしている場合じゃない。必死でその感覚を身体に刻み込もうと集中した。
ーー数十分後。
「そろそろ、いいかな」
そう言ってテルさんは魔力の放出を止め、結界を解除した。
「じゃあ今度は僕の魔力を消すから、自然界に漂っている微かな魔力の流れを感じ取ってみてごらん」
「わかりました」
自然界の魔力の流れ……。
俺は目をつむり、その場に深く座り込んだ。
頭の先から足の爪先まで、全神経を研ぎ澄ませる。
すると、身体の表面を撫でていく微かな魔力の存在を感じ取れた。だがそれは、風や空気を意識するような、あまりにもかすかなものだった。
「……難しいですね」
「ふふ、最初なんてそんなものさ。今日はリロの勉強も見なきゃいけないから、そろそろ戻ろうか」
どうやらリロも、本格的に座学や魔法の勉強を始めたらしい。
「いつも練習しているところまで送るよ」
「ありがとうございます!」
テルさんが家に戻ったあとも、俺は広場で一人、魔力の流れを感じ取る練習を続けた。
(……あ、少しずつ分かってきたぞ!)
手の上を滑っていく魔力、足を通り抜けていく魔力。全集中しなくても、確実に感覚が掴めるようになってきている。
「ふぅー、疲れたー……」
そのまま草の上にゴロリと寝転がった。
青空を鳥が悠々と飛び、白い雲がゆっくりと流れていく。
この穏やかな景色だけを見ていると、ここが異世界だということを忘れてしまいそうだ。
(異世界に転生して、もう七年か……)
まだまだこちらの生活に驚くこともあるけれど、心から楽しめている。地球の文化が恋しくなることもあるが、過ぎたことを考えても仕方がない。俺は今、この温かい家族や幼馴染に囲まれた生活に十分満足していた。
「おっと、そろそろ剣の稽古の時間だ」
俺はゆっくりと立ち上がり、服の土を払って家へと向かった。
⭐︎︎
最近は父さんも忙しいらしく、一人で鍛錬をすることが多くなった。
「はぁぁっ!」
『気』を扱う感覚も、少しずつ身についてきている。
テルさんとの特訓で魔力の流れを意識するようになったおかげか、体内の気を以前よりもスムーズにコントロールできている気がした。
「スゥー……はっ!」
一歩一歩、確実に強くなっている手応えと実感がある。
「ほう、なかなか筋が良くなってきたじゃないか」
そこへ、父さんが帰ってきた。
最近の父さんはどこかへ出かけることが増えている。母さんに理由を聞いたところ、近くの町へ仕事に行っているらしい。狩人以外の仕事……何かまとまったお金でも必要なのだろうか?
俺も早く大きくなって、父さんと母さんに親孝行をしなきゃな。
「よし、そろそろ最初の段階はクリアだな。これからは違う稽古に入るぞ」
そう言うと、父さんは持っていた荷物を置き、家の中から何かを運び出してきた。
「これは、打ち込み用の練習人形だ。さっき使っていた気の打ち込みで、この人形を破壊できるように突いてみなさい」
「わかりました!」
俺は返事をすると、今出せる全開の気を込めて人形へ素振りを叩き込んだ。
バキィンッ! と硬い音が響き、人形は軽くグラリと揺れて倒れただけだった。
「……え?」
「ふはは! 中には鉄を仕込んであるからな。倒せただけでも大したものだぞ」
……くそっ、めちゃくちゃ悔しい!
「これからは一日一回、稽古の締めにこの人形へ打ち込みをしなさい」
「はい!」
「それと、ただ突くだけじゃなく、様々な角度や体勢から正確に打ち込めるよう意識しなさい」
「わかりました!」
「ロイ〜、あなたたち〜! そろそろご飯よ〜!」
母さんの呼ぶ声が聞こえ、今日の剣術稽古は終わりとなった。
⭐︎
魔力の流れを感じ取る練習を始めて、二日が経った。
俺はアトゥム様から授かったチート能力のおかげか、今では目を開けたままでも周囲の魔力の流れを知覚できるようになっていた。
「ロイ君は本当に習得が早いね。感覚を掴むだけでも一、二ヶ月はかかると思っていたよ」
テルさんに心から感心したように褒められた。
「テルさんの教え方が上手いんですよ!」
「そう言ってもらえると嬉しいね。僕は昔、師匠から魔法の教え方を徹底的に叩き込まれたからねぇ」
テルさんの師匠……元宮廷魔導士を育てた人なら、相当すごい魔法使いに違いない。
「テルさんの師匠って、どんな人だったんですか?」
「気になるかい?」
「はい!」
「僕の師匠は、厳格な人だったよ。最初に出会ったのは、僕がまだ宮廷魔導士になりたての頃だったかな……」
遠い目をしたテルさんは、懐かしむように自分の師匠についての思い出を語り始めた。
お読み頂きありがとうございます。
アイテムボックスを使おうとしているロイ君は、あんまり関係なさそうな魔力の流れの意識を練習していますね。
私は最近、空気を読む練習をしています……ロイ君と違って全然習得できません……
そして、テルさんの過去回想が始まりましたね。師匠はどんな人なんでしょうか。次回は、師匠のお話です!
次回もぜひ、見てください!




