第十七話 友達
「なんだよこの部屋! 狭すぎるだろ! こんな狭いところで男三人部屋なんて絶対に無理だろ!!」
部屋を開けた瞬間、赤髪の青年は俺の存在に気付いたようだったが、すぐに興味を失ったように何事もなかったかのように自分の持ってきた長槍の手入れを始めた。
(……まあ、こういうタイプでもまずは挨拶が基本だよな。意外と話せばいい奴かもしれないし)
俺は気を取り直して、部屋の中に足を踏み入れながら声をかけた。
「ロイだよ。これからよろしくね」
「……」
赤髪の青年は聞こえていないかのように、黙々と布で槍の穂先を研ぎ磨くことに集中していた。徹底的なスルーだ。
「す、すみません……後ろ、いいですか……?」
その時、俺の背後から小さく消え入りそうな声が聞こえた。
振り向くと、そこには俺よりも少し小柄で、柔らかな水色の髪をした男の子が立っていた。
「あぁ、ごめんごめん! どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
その子は荷物を大事そうに胸の前で抱え、スーッと控えめに部屋の中へと入っていった。俺も続いて部屋の扉を閉め、指定されたベッドの脇に荷物を置いた。
『——あーあー、よし、聞こえてるねー! 大体みんな部屋に入れたようなので、本日の特別課題を発表しまーす! 今日の課題は……お部屋の友達と仲良くなろう!』
いきなり頭上から陽気な女性の声が響き渡り、思わず天井を見上げた。部屋の隅にある柱に、透き通ったガラスで覆われた丸い魔石——放送用の魔道具が取り付けられていた。
『自己紹介からこの学院でやってみたいこと、その他いろんなことについて互いに聞き合いましょうねー!』
ぶちっと通信が切れる音が響く。
さっきまで徹底的に無言を貫いていた赤髪の青年が、ふっと手を止めた。
「……俺はアルドリヒ」
短くそれだけ言い放つと、鋭い視線で俺たちを一瞥する。
「言っておくが、お前らと仲良くするつもりは一切ない」
それだけ吐き捨てると、アルドリヒは再び手元に視線を落とし、槍の手入れに戻ってしまった。
「え……えっと、僕はジャ、ジャミです……! よろしくお願いします……!」
アルドリヒの迫力にビクッと肩を揺らしながらも、向かいのベッドに腰掛けた水色髪の少年――ジャミが、太ももの上で手をモジモジさせながら頭を下げた。
「俺の名前はロイ。これからよろしくね、アルドリヒ、ジャミ」
俺が笑いかけると、ジャミはホッとしたように小さく頷いてくれた。だが、アルドリヒは相変わらず手元を一切止めず、槍を磨き続けていた。
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それからしばらくの間、アルドリヒはずーっと槍の手入れに没頭していた。俺たちが何を話しかけても完全無視。驚異の集中力というか、ただの頑固者というか……
「ジャミはどんな武器を使うの?」
アルドリヒから返事が期待できない以上、必然的に俺とジャミの二人で会話を進めることになった。
「僕、短剣を使いたいなって思ってて……。重い武器は持てないですし……弓も、たぶん上手く当てられないと思うので……」
「へぇー、短剣か! 」
確かにジャミの華奢で小さな体格には、小回りの利く短剣が一番合っていそうだ。
「ロ、ロイさんは何を使うんですか……?」
「俺は片手剣を使うつもりなんだ。小さい頃から父親に散々扱かれたからさ」
「そうなんですね……! すごいです」
「あ、それと俺には敬語使わなくていいよ。同い年なんだし」
「……わかった……です」
苦笑いしながら答えるジャミ。どうやら、敬語を抜くにはもう少し時間がかかりそうだな。
『——一年四組の生徒に連絡だ。そろそろ夕食の時間だ。地図を確認し、食堂へ速やかに移動しなさい』
室内魔道具から聞き覚えのある厳格な声が響いた。サリム先生だ。
放送が流れるやいなや、アルドリヒは一切の迷いなく立ち上がり、俺たちに一言もなく風のように部屋を出て行ってしまった。
会話に夢中で移動の準備が遅れた俺とジャミは、すっかり部屋に取り残されてしまった。
「よし、俺たちも行こうか!」
「うん!」
俺とジャミは急いで荷物を整理し、五十二号室を後にした。
⭐︎
「食堂のご飯、どんなのが出るんだろうね」
「そうだね、スープとかかな……?」
部屋や廊下で話しているうちに、ジャミは少しずつ俺に心を開いてくれたようだ。
最初のオドオドした様子も減り、自然なタメ口で話してくれるようになった。ジャミはカザール王国の北東にある小さな村の出身らしく、親が元冒険者だったため、幼い頃から学院に入るための勉強や訓練を叩き込まれてきたそうだ。話してみるとかなり気が合い、根がまっすぐで本当に良い奴だった。
そんな話をしているうちに、あっという間に巨大な食堂へと到着した。
木造の温かみがある広大な空間には、すでに大勢の生徒たちが集まって賑やかに食事をとっていた。
「何食べようか?」
「ぼ、僕はなんでもいいよ!」
「そっか、じゃあ……あっ!?」
俺はある光景に目を奪われ、その場に固まった。
ちょうど今、俺たちの目の前を通り過ぎた生徒が手にしていた皿——そこに盛られていたのは、芳醇なスパイスの香りを漂わせる茶色の食べ物、どう見ても『カレー』だった!
(うそだろ……!? 異世界にもカレーがあるのか!?)
見た目も匂いも、前世の本格的なカレーそのものだ。壁のメニュー表に「カレー」の文字はなかったが、さっきの生徒たちの会話に聞き耳を立てると、この世界では『カリー』と呼ばれているらしい。
「ジャミ、カリーとかどうかな!?」
「カリー……?」
ジャミが不思議そうに首を傾げる。ジャミの村にもなかったようだし、俺が興奮している理由が分からなくて当然だ。
「カリーっていうのはね! 数種類のスパイスの香りと食材の旨味が濃厚に溶け合い、一口食べるだけで笑顔になれる、魔法の食べ物なんだよ!!」
「そ、そうなんだ……! 凄そうだね、食べてみたいかも……!」
「よし、決まりだ!」
俺は熱弁を振るいながら、注文口のおばちゃんに声をかけた。
「おばちゃん! カリーふたつ頂戴!」
「おばちゃんじゃなくて『お姉さん』でしょ!」
厨房の奥から威勢のいい声が返ってきた。だが、すぐに困ったような顔で付け加える。
「あいにく、カリーはあと一人前しかなくなっちゃったのよ。ごめんねぇ」
「えっ……! あ、じゃあ僕の分は大丈夫ですから、ロイが食べてください!」
ジャミが慌てて譲ろうとしてくれたが、俺は首を振った。
「いやいや、いいよ! 別に今しか食べられないわけじゃないし、まずはジャミにこのカリーの感動を味わってほしいんだ。ジャミが食べなよ」
「……! ありがとうございます……!」
それに、俺は前世で飽きるほどカレーを食べてきたのだ。ここは大事な友人にこの素晴らしい味を知ってもらうのが一番だろう。
「じゃあお姉さん、カリーを一人前と、もう一つは人気のメニューを適当にお願いします!」
「あいよっ! 気前がいいねぇ!」
お姉さんはテキパキと手際よく料理をお皿に盛り付けてくれた。




