第十六話 入学式
サリム先生の指示に従って教室を出て、ぞろぞろと廊下を進む。到着した場所は、二次試験でも使われたあの広い屋外訓練場だった。
『——只今より、第七十四回カザール王立附属騎士学院の入学式を挙行いたします』
中央の壇上に立つ教員が、拡声器のような金属製の道具を手に声を張り上げている。声が訓練場全体に響いている。
(あ、もしかしてあれって……『魔道具』ってやつか)
『魔道具』。魔石を動力源にすることで、魔法陣を描かなくても様々な現象を引き起こす便利な道具だ。使用者自身の魔力を一切消費せず、面倒な魔力操作も不要なため、誰でも簡単に扱える優れものである。
……ただし、うちの家では見たことも使ったこともなかった。なぜなら、とてつもなく高価だからだ。買えるのは大儲けしている大商人か、裕福な貴族くらいだろう。
(すごいな……俺もいつか金持ちになったら、一つくらい買ってみたいな……)
そんなことを考えている間にも、式典は粛々(しゅくしゅく)と進んでいく。
『それではまず、学院長より新入生の皆様へ、歓迎のご挨拶を賜ります。学院長、お願いいたします』
『生徒諸君。私は当学院の学院長、アルマハド・ムデイールである』
壇上に立った立派なヒゲを蓄えた男性、アルマハド学院長が朗々と語り始める。
『ここに入学するまでに、諸君らには様々な思いや葛藤があったことだろう。しかし、君たちは今、こうしてこの伝統ある騎士学院の地に立っている……それがすべての答えであり、誇るべき事実である。そして、学院にいる間、君たちは騎士として生活して欲しい。——』
……そこから、怒涛の長話が始まった。
(うわぁ……やっぱり学院長の話がめちゃくちゃ長いのは、異世界だろうが前世だろうが共通なんだな……最高の拷問だ……)
俺は心の中で思いっきり白目を剥きつつ、表向きは神妙な顔で直立不動を保った。
『——最後に。諸君らは無限の可能性を秘めている。この四年間で、失敗を恐れず様々なことに挑戦してほしい。挑戦には時として失敗がつきものだ。しかし、その失敗は成功へ至る過程の通過点に過ぎない。失敗から学び、反省する。次なる成功を目指す姿勢こそが、真の騎士を育てるのだ』
『……私からは以上である』
『学院長、ありがとうございました!』
(ふぅ……やっと終わった……! )
⭐︎
『続きまして、新入生代表挨拶。今年度主席入学——マルク・ナビール、前へ』
アナウンスと共に、列の前方から金髪を綺麗に切り揃えた、いかにも高貴そうな身なりの少年が堂々とした歩調で前へ進み出た。
『今年度、新入生代表を務めさせていただきます、マルク・ナビールです。先ほどは学院長殿より温かいお言葉をいただき、身の引き締まる思いでございます』
マルクとやらは、学院長に向かって優雅に深々とお辞儀をした。
(へぇ……アニメや漫画の貴族って嫌な奴が多いイメージだけど、案外ちゃんとした礼儀正しい奴もいるんだな)
『私は幼少より、剣術ならびに学問の研鑽を積んでまいりました。——」
ここまで来ると大半の生徒が意識を失っていた。まぁ無理もない。俺以外奴らはこのありがたい拷問を聞くのは初めてだろう。
それに今の年齢ならあっちの世界ではまだ中一だしな。
「——ここに集いし高潔な仲間たちと共に、互いに切磋琢磨し、王国の盾たる立派な騎士となれるよう、全力を尽くすことを誓います』
マルクが言っていたことを要約すると、「みんなで一緒に高め合いましょう」的なことを言っていた。見た目も品があって、普通に良い奴そうだ。
こうして、特に大きなトラブルもなく、無事に入学式は終了して解散となったのだった。
⭐︎
サリム先生の誘導のもと、さっきまでいた一階の第4教室へと戻ってきた。
「全員着席したな? ……よし、隣にいない者はいないか?」
先生の声かけに、クラスのほぼ全員が周りを確認する。
俺の左隣にはクリス、右隣には例の赤髪の青年が座っており、相変わらずバチバチと視線で火花を散らし合っていた。うん、俺の両隣はバッチリ揃っているな。
欠席者がいないことを確認すると、サリム先生は教壇の前で口を開いた。
「それではまず、一人ひとりにあるものを配布する。自分の分を取り、速やかに後ろの席へ渡しなさい」
前の席から順に回ってきたのは、平べったい石板と、ペン状の細い石の棒が二本だった。
石板の端には綺麗な石のようなものが埋め込まれていた。
「今、君たちに配ったのは、直接書き込みのできる最新型の魔道具だ。これからの授業や連絡に役立ててくれ」
「使い方は簡単だ。先端が赤い石の棒をその石板に当てながら動かすと、文字や図を描くことができる。消したい時は、先端が青い石の棒を同じように使いなさい」
試しに赤い棒を持って石板の表面をスーッとなぞると、光の線がくっきりと浮かび上がった。
もう一本の青い棒でその上をなぞると、浮き上がった線が見事に綺麗に消え去る。
(これって実質液晶タブレットみたいなもんじゃん! すごいな……!)
どうやら、綺麗な石の正体は『魔石』のようだ。
魔力量の多い生命体が死闘の末に殺されるとできるものが魔石だ。
魔石に魔法陣を描き、誰でも使用できるようにしたのが魔道具だ。俺がいるカザール王国の隣国、レオウス王国では一昔前にドラゴンが討伐され、その影響で魔石の採掘が盛んだ。
そして、魔石は攻撃魔法に使われることは少なくこれ見たいな生活の補助をしてくれるものが多い。
魔石は一見便利そうに見えるが、実はそうとは限らない。高価な魔石なら攻撃魔法の制御、及び負荷、そして速さに耐えることもできるが、そんなものは世界に数個あるか、ないかくらいだ。
現在世界に流通しているもののは、攻撃魔法に使えないものばかりだ。
そのため、制御が簡単で負荷が少なく、発動速度も遅い日常的なものにしか使うことができない。
「もちろん、四年間が終了した際に返却してもらう。傷をつけたり破損させたりしないよう、丁寧に扱うように」
釘を刺すように言い含めるサリム先生。
(卒業したら貰えるのかと思ったのにケチだなぁ。高価なものだから仕方ないけどさ)
「あともう一つは筆記用具だ。試験の際に使うことがあるので、大切に扱うように。もし紛失したり使い切ったりした場合は、直ちに言うように」
「それでは各自、石板の指示に従って男子寮、女子寮へ移動し、本日はしっかりと休息を取りなさい! 寮の位置に関しては、その石板の画面を手で右から左へ動かせば、敷地内の地図が出てくるはずだ。また、各自の割り当て部屋に関しても、もう一度右から左へ動かせば確認できる」
「それでは、直ちに移動開始!」
指示に従い、石板の画面を指でスワイプしてみると、まるでスマートフォンのように画面が滑らかに切り替わった。
そこには、俺たちが今いる校舎をはじめ、男子寮、女子寮、食堂、訓練場などの敷地の詳細が描かれていた。
⭐︎
「へぇー、男子寮は校舎の東側か」
大勢の男子生徒たちと共にゾロゾロと移動し、重厚な木造建築の男子寮へと到着した。画面に表示された俺の部屋は、二階にある『五十二号室』だ。
階段を上がり、二階の長い廊下を進んで目的の部屋の前まで来ると、ドアの向こうから聞き覚えのある怒鳴り声が漏れ聞こえてきた。
(ん……? なんか嫌な予感が……)
意を決してガチャッとドアを開けると——
「なんだよこの部屋! 狭すぎるだろ! こんな狭いところで男三人部屋なんて絶対に無理だろ!!」
部屋の中で大声で腕をぶらぶらさせて暴れていたのは、やはり教室でクリスと激しい口喧嘩を繰り広げていたあの赤髪の青年だった。
(……どうやら俺の人生のクジ運は、幼馴染運の段階で全部使い果たしてしまったらしい……)
俺は心の中で深く、深くため息をついたのだった。
お読み頂きありがとうございました!感想等ございましたらお書き頂けると喜びます!




