外伝 母の記憶 前編
「何かあったらテルに言えば、俺に伝えてくれる」
「それじゃあ行ってくる。レナも……そしてロイも愛してるよ」
そう言うとタルクは、大きな岩を持ち上げるかのように、重い武器や野営道具の詰まった鞄を軽々と背負った。
「分かってるわよ。私も愛してるわ……タルクも気をつけてね」
「あぁ」
見送る私の前で、タルクの背中は少しずつ小さくなっていった。
けれど、ロイが生まれて初めて狩りに出かけたタルクの後ろ姿は、かつて冒険者として隣を走っていた頃よりも、ずっと大きく見えた。
私は、彼の背中が見えなくなるまでずっと見つめ続けていた。
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「スゥ……スゥ……」
小さな寝息を立てながら、可愛らしい赤ん坊がベッドで横になっている。
このへーロス村へ戻ってきて二年。私たち夫婦の元に、愛しい新しい命が生まれたのだ。
「ロイ……」
愛おしさに胸がいっぱいになり、そっと頬を撫でてから、私は静かに部屋を後にした。
「ファイヤーボール」
「ウォーターボール」
小さく唱えると、手元にポッと小さな炎と透き通る水が現れる。
その炎をかまどの薪へと燃え移らせ、鍋には綺麗なお湯を満たしていく。
簡単な料理を作り、手早く朝食を済ませた。
「そろそろ、ロイが目を覚ます頃かしら」
急いで一通りの片付けを済ませると、ロイが眠る部屋へと戻り、可愛い寝顔を覗き込む。
「うー……」
「ふふ、おはよう、ロイ」
数分ほど見入っていると、ロイがパチッと目を覚ました。
すぐに優しく抱き上げ、体をゆらゆらと揺らしてあやす。
「きゃっきゃっ!」
ロイは小さなお手手をパタパタさせ、声を弾ませて嬉しそうに笑った。
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ロイにご飯をあげ、小さな手に指をぎゅっと握られながら、一緒に添い寝をした。
すやすやと心地よさそうに眠りについたのを確認し、そっと身体を離す。
「ウォーターボール」
ロイが寝ている隙に、庭で溜まった洗濯物を洗い始める。
魔法で生み出した不純物のない水は、料理だけでなく洗濯や掃除にも大活躍してくれる。
「冒険者時代の経験が、こんなところで役に立つなんてね……」
私は二年前、このへーロス村に戻るまで、タルクと共に現役の冒険者をしていた。幼い頃、タルクと交わした約束を果たすために飛び出した世界だった。
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「レナとラスはいつも通り、後ろから支援を頼む」
「分かったわ!」「はーいっ!」
「ハンは俺と一緒に前衛だ! 叩き潰すぞ!」
「はいよっ!」
あの日の目的は、森での目撃情報が多発していた『オーク』の討伐だった。
並の剣士でも返り討ちに遭うほど強力な魔物だが、私たちが油断せず連携を取れば十分に太刀打ちできる相手だった。
足跡や周囲の痕跡から拠点を突き止めると、そこには一匹のオークが油断して眠りこけていた。
「よし……始めるぞ!」
タルクの合図と同時に、タルクとハンが狼のような素早い踏み込みでオークへ剣を振るう。
「——ウォーターアロー!」
二人の突撃に合わせ、私は後方から魔法を放った。
「えいっ!」
間髪入れず、ラスが調合した麻痺毒の瓶をオークの顔面へ投擲し、命中させる。
「「うおおおおおおーーっ!!」」
突如襲いかかった激痛と毒に、オークが猛然と咆哮を上げる。だが、二人は全く怯まない。
「——はっ!」
タルクの鋭い一太刀が肉を切る。
「っっふ!」
すかさずハンが、タルクが与えた傷口へ吸い込まれるように短剣で追撃を叩き込む。
「下がれっ!」
タルクの叫びと同時に、正気を失ったオークが太い腕を振り回した。
「——っと! あぶねぇーっ! 助かったぜタルク!」
ハンは紙一重のところで後方へ跳躍し、攻撃を回避した。
「——アイスエリア!」
即座に私が足元へ極寒の魔法を展開し、オークの下半身を一瞬で凍りつかせる。
「よくやった、レナ!」
足止めされた巨体に向かって、タルクとハンが畳みかけるように連続攻撃を叩き込んだ。
オークは地響きを立てて倒れ、討伐は無事に完了した。
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「ふぅー……」
タルクがその場にペタンと尻餅をついた。ハンは手際よくナイフを取り出し、慣れた手つきでオークの解体を始めてくれている。
「レナ、さっきの凍結は助かったよ。ありがとう」
「ううん、ただ足止めしただけよ。動きが鈍っていたのもラスの毒のおかげだわ」
「そーですよー! 」
「でも、レナちゃんがいなきゃオークの足を完璧に止められなかったでしょー? 褒められたときは、ちゃーんと喜ばないと!」
「……ふふ、それもそうね。ありがとう、二人とも」
「ほいほーい! 解体終わったぞー。そろそろ出発の準備しろー!」
手が血まみれになったハンが、オークの解体をおえ戻ってきた。
「「はーい!」」
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「二人は、元気にしているかしら……」
私とタルクがパーティーを抜けると同時に、二人も冒険者を引退し、それぞれの故郷へと戻っていった。同じカザール王国にいるとはいえ、簡単に会いに行ける距離ではない。
ハンとラスは、王国の北東にある村からやってきた幼馴染の冒険者だった。
ハンは軽快な短剣使いで、幼い頃から父親に厳しく剣を叩き込まれたと言っていた。少しお調子者なところもあったけれど、誰よりも頼りになる仲間だった。
タルクとも本当に気が合って、暇さえあれば二人で模擬戦をしては笑い合っていた。そして、仲間がミスをしても絶対に責めたり笑ったりしない、温かい男だった。
そんなハンの幼馴染であるラスは、盗賊でありながら簡単な魔法も使いこなす器用な女の子だった。少し無邪気な面もあったけれど、パーティーの実質的なお姉さん役でもあった。
私が一人で悩んでいる時はいつも真っ先に気づいて、親身になって相談に乗ってくれたものだ。
私とタルクが故郷の村へ戻る話を切り出した時も、責めることなく静かに受け入れてくれた。
そして別れの日、ハンとラスは言ったのだ。
『俺たちも、ここで冒険者をやめるよ』と。
二人はどこかすっきりとした、けれど固い覚悟を決めた目をしていた。
二人に『やめないで』なんて身勝手な言葉は言えなかった。そうして私たちは、それぞれの故郷へと帰っていったのだ。
村に戻って以来、二人とは連絡が取れていない。
(またいつか……みんなで会えたらいいな……)
遠い北の空を見上げながら、私は愛しい息子の待つ家の中へと足を進めた。
お読み頂きありがとうございます!
二章に入るということで、レナ(ロイのお母さん)視点で物語を作りました。前編ということで次回は後編を書きます!
ぜひ次回もお読みください!




