第十四話 別れ
「あ、ちょっと貴方! 一体何者なの!?」
人形を叩き斬った俺の元へ、水色の髪の少女、クリスティーナ・ホルスが速足で近づいてきた。その瞳にはあからさまな驚愕と警戒の色が浮かんでいる。
「ロ、ロイです」
俺はすかさず名乗った。
「そんなことは分かってるわよ! 私が聞きたいのは……っ」
「はい! そこまで! 今は試験中だぞ、二人とも速やかに下がりなさい!」
試験官の声に制され、俺と彼女は慌てて訓練場の隅へと移動した。俺たちが降りると、すぐに次の受験生が呼ばれて試験が再開された。
「……で、あんた何者なのよ?」
降りて早々、彼女は腕を組んでジト目で問いただしてきた。
「ロイです」
「だーかーらー! 名前じゃなくて、どこの家の者なのかを聞いてるの!」
「どこの家……?」
実家の家名なんてあっただろうか。とりあえず父さんの名前でも言っておくか。
「えっと……俺の父さんの名前はタルクって言います」
「タルク……?」
クリスティーナはしばらく顎に手を当てて考えていたが、心当たりがないように首をひねった。
「そんな家名や騎士の名前なんて、聞いたこともないわね……。貴方のお父さんは、どこかの貴族か一流のS級冒険者じゃないの?」
「一応、昔は冒険者をしていたとは聞いてますけど……一流かどうかまではちょっと……」
「……あら、そうなの……」
クリスティーナは少し黙った後、口を開いた。
「さっきはつい、感情的になってしまって申し訳なかったわ。無礼を謝罪させてちょうだい」
彼女は背筋をピンと伸ばし、綺麗な所作で頭を下げた。
「あ、いえいえ! 大丈夫です、お気になさらず!」
俺は手を振った。
少し絡みずらい少女かと思ったが、どうやら根は真面目で礼儀正しい少女のようだ。
⭐︎
その後は何事もなく試験が終了した。実技試験が終わると、受験生たちは続々と会場を後にしていく。
俺も人混みをすり抜け、門の前で待ってくれている父さんの元へと走った。
「どうだった、ロイ」
父さんは少し心配そうな声で尋ねてきた。
「うん、多分できたと思う……!」
「そうか! 頑張ったな!」
父さんは破顔すると、大きな手で俺の頭をワシワシと撫でてくれた。
少しの間、父さんと王都の街並みを見て回った後、魔法学院で試験を終えたリロ、そしてテルさんと合流し、一緒にへーロス村へと戻った。
帰り道の馬車でも、俺は乗り物酔いで死んだように眠りこくっていた。どうやら何度乗っても馬車の揺れには慣れそうにない……。
「ただいまー!」
「母さん、帰ったよ!」
「あら、おかえりなさい!」
家に着くと、母さんが急いで料理をテーブルに並べているところだった。今夜は、普段よりも豪華なご馳走がずらりと並んでいた。
「母さん、僕も手伝うよ」
「いいのよ、ありがとう。ロイは試験で疲れたでしょう? すぐ準備できるから座って待っていなさい」
父さんにも背中を押され、俺は素直に席に着いた。父さんと母さんの手際良い連携で、大きなテーブルが端から端まで料理で埋め尽くされた。
「よし、じゃあ食べるか!」
「ロイ、試験お疲れ様! かんぱーい!」
「「かんぱーい!」」
試験の緊張から解放された俺は、お腹いっぱいご馳走を平らげた。
「ロイは小さい頃から本当に賢かったんだぞ。ハイハイするのも立ち上がるのも人一倍早くてなぁ。父さんも母さんも腰を抜かすほど驚いたんだ」
「そうなの?」
「ふふ、喋り始めるのも早かったわねぇ。最初の言葉は『パパ』でも『ママ』でもなく、『ごはん』だったわ」
……そうだったのだろうか。前世の記憶があるとはいえ、生まれたばかりの赤ん坊の頃の記憶は流石に薄れている。初言が「ごはん」なんて、どんだけ食いしん坊な赤ん坊だったんだ俺は……。
「そういえばロイ、お前はいつ頃から魔法を使い始めたんだ?」
「えーっと……」
流石に「二歳の頃から」と言うのは色々と問題がありそうだ。リロに現場を見られたのが確か四歳くらいだったはずだ。
「……多分、四歳くらいかな?」
「そんな幼い頃からか! 流石は俺自慢の息子だ!」
父さんは豪快に笑いながらビールを飲み干した。
「魔法の練習で、辛いことはなかったかい?」
母さんが心配そうに覗き込んでくる。
「ううん! 疲れて倒れそうになることもあったけど、一晩寝たら次の日には元気いっぱいだったよ!」
その後も夜遅くまで、ろうそくの灯りの下で家族三人、笑い声を響かせながら語り合った。
⭐︎
学院の合否結果が分かるのは、来年の春、入学式の当日だ。
敷地内に貼り出された合格者名簿で自分の番号を確認し、合格していた者はそのまま家族と別れて寮へ入り、学院生活が始まるシステムになっている。
合否が判明するまでのこの一年間、俺にはたっぷりと時間があった。
学院に入学してしまえば、剣の稽古に追われ、テルさんのような一流の魔法使いから高度な魔法を教わる機会は激減してしまうだろう。
そう考えた俺は、剣の鍛錬も続けつつ、魔法の訓練時間を大幅に増やした。
「ウォーターウォール!」
俺が唱えると、目の前の空間にぶ厚い水の壁が展開される。さらに畳みかけるように!
「アイスエリア!」
極寒の魔力を重ね合わせ、水の壁を一瞬で頑強な氷壁へと変貌させていく。
「ふぅ……よし!」
属性の異なる中級魔法『ウォーターウォール』と『アイスエリア』の同時発動および連続維持。
一つだけでも高度な魔力操作を要する中級魔法を二つ同時にコントロールするのは至難の業だが、毎日の鍛錬のおかげで完璧に扱えるようになってきた。
「ロイー!」
「今日はパパが遊んでいいってー!」
庭で汗を流していると、リロが元気に走ってきた。
「うん! 今行くよ!」
前世の事故でこの異世界に転生してきた俺だが、なんやかんや後悔したことなんて一度もない。
温かい父さんと母さんがいて、大好きな魔法があって、いつも笑顔で寄り添ってくれるリロがいる。これからの未来にワクワクが止まらなかった。俺はこれからも、この大切な人たちと過ごす日々を守っていこうと強く誓った。
⭐︎
あっという間に一年が過ぎ去り、とうとう運命の合否発表の日がやってきた。
朝早くから、父さんと母さん、そしてリロ一家と一緒に馬車に乗り、王都へ向かった。
一年前と同じ王都の大噴水広場で馬車を降りる。
馬車から降りた途端、リロが泣き出しそうな顔で俺に抱きついてきた。
騎士学院も魔法学院も、修業期間は四年間。
もしお互いに合格していれば、全寮制のため次に自由に会えるのは四年後になってしまうのだ。
「ロイ……もし学院に行っても……リロのこと、絶対に忘れないでね……っ!」
「うん! 忘れるわけないよ。リロも体に気をつけてね」
「テルさん、今まで魔法を教えてくださって、本当にありがとうございました!」
俺が深く頭を下げると、テルさんは優しく首を振った。
「僕はほんの少しきっかけを与えただけさ。すべてはロイ君自身の努力と才能の結果だよ。だから、もっと自分に誇りちなさい」
「……はい!」
「じゃあね、ロイ……!」
「うん、またね!」
リロと最後の言葉を交わし、俺たち家族とリロ一家はそれぞれの学院を目指して別々の道を歩き出した。
⭐︎
『カザール王立附属騎士学院』の巨大な門の前に到着すると、そこは合否を確認しようとする膨大な人だかりで溢れかえっていた。
人混みの長蛇の列に並び、少しずつ掲示板へと近づいていく。
掲示板には、ずらりと合格者の名前が並んでいた。
―――――――――――――
……
クリスティーナ・ホルス
『ロイ』
アルドリヒ
……
―――――――――――――
「あった……! 父さん、母さん、あったよ!」
「本当か!? どこだ!?」
「あら! あったわ、あなた! ロイの名前よ!」
名前に気づいた母さんが、涙を浮かべて俺をきつく抱きしめてくれた。遅れて確認した父さんも、今まで見たことがないほどの笑顔で歓声を上げた。
合格を確認した後、俺たちは混雑を避けるように一度学院の門の前まで戻った。
「ロイ。どんなに辛くても、諦めずに努力を続ければ絶対に報われる時が来る。だから学院でも、最後までやり抜くんだぞ」
「はい、父さん!」
父さんが力強く俺の肩を叩く。
続いて母さんが、無言で俺を優しく抱きしめてくれた。
「次に会えるのは四年後だけど……離れていても、私はずっとあなたのお母さんだからね」
「……ありがとう、母さん」
母さんは数十秒間、愛おしそうに俺を抱きしめた後、そっと手を離した。
「父さん、母さん。僕をここまで大切に育ててくれて、本当にありがとうございました! ダメなところもたくさんあった僕だけど、二人の子供に生まれて本当に幸せです。四年間、学院でいっぱい成長してきます!」
最後に父さんと母さんは、二人掛かりで俺の身体を強く抱きしめてくれた。
大切な家族の温もりを胸に刻み込んだ俺は、振り返ることなく、学院の門の中へと一歩を踏み出した。
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