第十一話 十歳の誕生日
あっという間に月日が流れ、俺とリロは十歳の誕生日を迎えた。
「「リロとロイの十歳の誕生日を祝してーーカンパーイ!」」
この世界では十歳になると、盛大に誕生日を祝う習慣がある。
医療や生活環境が整っていないこの世界では、十歳を迎える前に命を落としてしまう子供も少なくない。だからこそ、十歳という節目は特別に大切にされているのだ。
父さんたちの計らいで、俺とリロの誕生日会は二家合同で一緒に行うことになった。
「今日は飲むぞーっ!」
「ちょっとタルク! あんたたちが主役じゃないんだからね! ほどほどにしなさい!」
早速豪快にお酒をあおる父さんを、リロのお母さんが一喝する。隣ではテルさんが苦笑いしながら杯を交わしていた。
「ロイ〜、おめでと〜!」
「うわっと……」
不意に、リロが嬉しそうに抱きついてきた。
成長したとはいえ、無邪気な笑顔で密着されると流石にちょっと恥ずかしい……。
「リロもおめでとう。これからもよろしくね」
「うん! リロね、これからず〜っとロイと一緒にいるの!」
「ありがとう、リロ」
こんなに可愛い幼馴染にまっすぐな言葉を言われるなんて、前世の俺からしたら考えられない幸運だな。
「それにしても、ロイ君とリロは本当に仲が良いねぇ。将来、結婚してくれても僕たちは大歓迎だよ?」
テルさんが意地悪な笑みを浮かべて言ってきた。
……言っておくが、俺に年下趣味はない。
「リロには、もっと素敵な人が現れますよ」
「ふふ、ロイ君だって十分素敵な男の子だけどね」
そう言って笑うと、テルさんは屈んでリロに視線を合わせた。
「リロも、ロイ君と結婚したいよね?」
「けっこん……?」
どうやらリロは、まだ結婚の意味をよく理解していないようだ。
「ロイ君と、ずーっと一緒に仲良く暮らすってことだよ」
「えぇーっ! するする! リロ、ロイとけっこんするー!」
「ほらね?」
テルさんは相変わらず口が上手いな、と俺は苦笑いした。
ーー数時間後。
お腹いっぱいご馳走を食べ、たわいもない会話で大いに盛り上がった。楽しい時間はあっという間に過ぎ、外はすっかり暗くなっていた。
「また……あしたね……ロイ……」
今にも眠り落ちそうなリロが、テルさんに抱えられている。
「おやすみリロ。また明日ね」
手を振ってリロ一家を見送った。
静かになった家の中で、父さんと母さんから「目を瞑って待っていなさい」と言われた。
「ロイ、誕生日おめでとう。これは父さんからだ」
目を開けると、父さんが長方形の重厚な箱を差し出してきた。
「ありがとう、父さん!」
受け取るとズシリとした重みがあり、少し驚く。
「父さん、今開けてもいい?」
「もちろんだ」
箱のフタを開けると、そこには美しく手入れされた本物の剣が入っていた。
「わぁ……カッコいい……!」
「喜んでくれて嬉しいよ」
父さんは真剣な表情になると、剣を見つめる俺の目をまっすぐに見つめた。
「ロイ。俺たちはお前が十二歳になったら、街の学院に通わせたいと思っているんだ」
「……学院に?」
「ああ。ロイ、お前は魔法が使える。だが……お前の公式な魔力測定の結果は『1』だ。魔法が使えても魔力が少なければ、魔法学院の試験を受けることすらできない……。それに測定は原則、魔法学院に入学しない限り、六歳の時の一度きりしか受けられないんだ」
父さんは苦渋の表情を浮かべ、言葉を続けた。
「だから……お前が望む形ではないかもしれないが、父さんたちはお前に剣の学院『カザール王立附属騎士学院』へ行ってほしいと思っているんだ」
「ごめんね、ロイ……」
母さんも申し訳なさそうに、俺の手をぎゅっと握りしめてくれた。
両親がどれほど俺の将来を真剣に心配してくれているか、痛いほど伝わってくる。
もちろん、俺の答えは最初から決まっていた。
「ありがとう、父さん、母さん。僕は魔法が好きだけど、剣の稽古も大好きだよ。だから、騎士学院に行きたい!」
魔力『1』の役立たずだと思われてもおかしくない俺を、父さんと母さんは一度だって見捨てなかった。こんなにも温かい家族を失望させるわけがない。
「そうか……ありがとう、ロイ」
父さんと母さんは、俺を愛おしそうにそっと抱きしめてくれた。
⭐︎
両親と話したおかげで、俺の将来の目標が明確になった。
まずは十二歳でカザール王立附属騎士学院に入学できるよう、父さんとの剣術稽古に全力を注ぐこと。そして同時に、隠れて魔法の技術も磨き続けていく。
目指すは、異世界お約束の『冒険者』だ。自分の力を試すためにも、今まで以上に頑張ろう。
そして今日、俺は『無詠唱魔法』の練習を再開していた。
幼い頃にも挑戦したが、当時はコツが掴めず諦めていた技術だ。だが無詠唱を習得できれば、喋れない状況や瞬発力が求められる実戦で圧倒的なアドバンテージになる。
テルさんによれば、無詠唱は極めて修得が難しく、元宮廷魔導士の彼ですら習得に数年かかったらしい。
また、意識しただけで魔法が発動してしまうため、誤発動の危険性も高いという。
だが今の俺には、アイテムボックス修行で培った精緻な『魔力操作』がある。そして、アトゥム様からもらったチート能力もあるはずだ。
(……ウォーターボール)
イメージを浮かべる……が、手に何も起こらない。やはりそう簡単にはいかないか。
そう思った数秒後――掌の上に、小さな水球がふわりと浮かび上がった!
「……っ、成功した……!」
たった数回の試行で成功したのは、これまでの魔力操作の特訓が生きていた証拠だ。
ちなみに俺は、誤発動を防ぐために『心の中で明確に呪文を唱えた時だけ発動させる』という自分だけよルールを設けることにした。これで意図しない暴発は防げるはずだ。
次はもっと威力を出せるように練習だ。
(……ファイヤーボール)
掌に、ポッと小さな炎が灯った。手応えは確実にあった。
⭐︎
〜ロイとリロのとある一日〜
「今日は何も考えずに遊んで来なさい」と父さんに言われ、俺は村の近くの草原で大空を仰ぎながら寝転がっていた。
今まで魔法と剣術の練習ばかりしていたので、急に自由時間を与えられても何をすればいいか分からない。
「どうしたものかなぁ……」
雲の動きを眺めているうちに、心地よい風に吹かれてうとうとと眠ってしまった。
……ん?
目が覚めると、なんだかツンと酸っぱい匂いが鼻を突いた。顔にも妙な違和感がある。触ってみると、液体で濡れていた。
「クスス……」
すぐ隣で、リロが口元を押さえて笑っていた。手には緑色の葉っぱが握られている。
あの葉っぱは、このあたりに群生している雑草だ。絞ると強烈に酸っぱい汁が出るのだが、料理のアクセント程度にしか使われない。
「……なるほどね?」
俺はゆっくりと起き上がると、まだクスクス笑っているリロへにじり寄った。
「リ〜ロ〜?」
「リロ、なーにもしてないもーん! 知らないもーん!」
じゃあ手に持っているその汁まみれの葉っぱは何なんだよ……!
「ふーん。じゃあ、僕がリロに何かしても文句は言えないよね?」
俺は近くから同じ葉っぱをむしり取ると、手の中でギュッと潰した。そして、キョトンとしているリロの頬にペタッと塗りたくる!
「あぁーっ!」
不意を突かれたリロは、持っていた葉っぱを俺の顔にバシッと押し付け返してきた!
「やったなー!」
それから俺たちは酸っぱい汁まみれになりながら草原を駆け回り、気づけば空が茜色に染まっていた。
「そろそろ帰ろっか」
「えぇー! まだあそびたーい!」
「また明日遊べるでしょ?」
「むぅー……」
リロは可愛く頬を膨らませたが、最後はニコッと笑って手を繋いできた。
家に帰り、汚れを洗い流した俺は、その夜ぐっすりと深い眠りについた。




