第十話 アイテムボックス
魔力感知を習得した俺に、テルさんによる次の段階の授業が始まった。
「次は、本格的に『アイテムボックス』の練習を始めようか」
「はい!」
ついにこの時がきた!
前世知識とチート能力がどこまで通用するかは分からないが、やれるだけやってみよう。
「まずは、僕がアイテムボックスを使ってみせるね」
テルさんがスッと手を前に差し出す。
「――アイテムボックス」
テルさんが小さく呟くと、彼の掌の前に半透明な立方体の空間が浮かび上がった。
「これがアイテムボックスだよ。こうやって中に入れた物を取り出したり、自由に格納したりできるんだ」
そう言ってテルさんが空間に手を突っ込むと、中から水の入ったコップを取り出してみせた。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
差し出された水を飲んでみると、冷たくて美味しい普通の水だった。時間や状態の経過が停止、あるいは遅延している証拠だ。
テルさんは近くに転がっていた大きな木の枝を拾い上げると、その枝よりも小さなはずのボックスの中へ難なく滑り込ませてみせた。
「触ってごらん」
「はい、失礼します!」
テルさんは俺の身長に合わせて、空間を低く移動させてくれた。
手を入れてみると、見た目のサイズからは考えられないほど奥行きがあり、底まで手が届かなかった。
「この魔法は、下級のウォーターボールやヒールと違って、頭の中で明確に『魔法陣』を構築・意識しないといけない。これがアイテムボックスの魔法陣だよ」
テルさんはそう言って、一枚の紙を俺に手渡してくれた。
そこに描かれていたのは、複雑な幾何学模様が重なり合う高度な魔法陣だった。
どの部分がどんな機能を担っているのか、一目見ただけでは到底理解できない。
「……全然わかんないです」
「ふふ、そりゃあそうさ。何も学ばずに魔法陣が解読できたら、学院なんて存在しないからね。それにロイ君は理論を解き明かす必要はないよ。今はただ、この形を正確に暗記して使えればそれでいいんだ」
それもそうか。俺は理論なんて知らなくてもウォーターボールやヒールを発動できたんだ。アイテムボックスも同じ要領でやればいい。
「じゃあ、その紙をあげるから明日までに丸暗記してきてくれ」
「……わかりました」
明日までか……なかなかスパルタだな。
「そう身構えないで。別に明日すぐ成功させようってわけじゃないんだから、気軽にね」
テルさんは優しく微笑んだ。
⭐︎
父さんとの剣の稽古を終えた俺は、部屋でアイテムボックスの魔法陣をじっと見つめていた。
「はぁ……」
昔から暗記系は苦手なんだよな。
前世の高校生時代も、英単語や漢字の小テストではよく赤点を回避するのに必死だった記憶がある。
それでも俺は、夜が深くなるまで何度も何度も紙に指を走らせ、脳裏に魔法陣の形を焼き付けた。
ーー翌朝
なんとか一晩で魔法陣の構造を頭に叩き込むことができた。
「ウォーターボール」
「ファイヤーボール」
テルさんが来るまでの間、俺は二つの魔法を両手で同時に展開する練習をしていた。
片方に集中するともう片方の威力が下がってしまう。両方の出力を高く維持しようとすると、脳が焼き切れそうになるほど疲れるのだ。
「おはよう、ロイ君」
「あ、テルさん! おはようございます!」
遠くからテルさんが歩いてきた。
「昨日はよく眠れたかい?」
「はい、暗記が終わったら即落ちでした」
「ふふ、それはよかった。じゃあ、さっそく始めようか」
テルさんは真面目な表情になると、順を追って説明を始めた。
「昨日は魔力を感じ取る『魔力感知』をやったね。今日は、頭に叩き込んだ魔法陣の形通りに、感知した自分の魔力を組み立ててもらう。魔力感知ができるロイ君なら、『魔力操作』もすぐにコツがつかめるはずだ」
魔力を操作して、複雑な魔法陣の形へ成形する……難しそうだが、やってみる価値はある。
「やってみます!」
俺は深呼吸をし、体内の魔力と周囲の空間を意識する。
感知した魔力を細い糸のように紡ぎ、脳内の魔法陣の通りに描いていく。
前世のイメージ力と豊富な魔力のおかげか、意外なほどすんなりと魔法陣の枠組みが完成した。
「よし……この魔法陣を維持したまま――アイテムボックス!」
唱えた瞬間、紡いだ魔力陣が淡い光を放ち、手のひらサイズのスモール空間が現れた!
(ほ、本当に成功した……!)
試しに出した空間に手を入れてみると、外見の小ささに反して奥深くまで空間が広がっている。テルさんのアイテムボックスと同じ感覚だ!
「テルさん、できました!」
「……え?」
振り向いて声をかけると、テルさんは目を丸くして固まっていた。
「ま、まさか……一人で扱えるようになるまで最低一年はかかる魔法なんだよ? それをたった三日で……。ロイ君、君は本当にとんでもない天才だね……」
「あ、ありがとうございます!」
元宮廷魔導士のテルさんが本気で絶句しているのを見て、俺は密かに「よっしゃ!」と心の中でガッツポーズをした。
「テルさん、アイテムボックスをもっと大きくしたり、扱いやすくしたりするには、どんな練習をすればいいですか?」
「そうだねぇ……空間を大きくしたいなら、魔法陣の構築をもっと精密にして、そこに注ぎ込む魔力の量を増やせばいいんだよ」
テルさんのアドバイスを元に、俺は一度空間を閉じ、魔法陣だけを精密に組み立てる『魔力操作』の反復練習に入った。
テルさんは「がんばってね」と言い残すと、リロの勉強を見るために家の方へと戻っていった。
一人残された俺は、ひたすら練習を続けた。
魔力をミリ単位で精密に制御するのは難しく、油断すると水滴のように魔力同士がくっついて形が崩れてしまう。
「なかなか奥が深いな……」
その日はそれ以上目立った進展もなく、汗だくになって練習を終えた。
⭐︎
それから数日間、俺は毎日アイテムボックスの精度を上げる特訓を重ねた。
「どうしたものかなぁ……」
「ウォーターボール!」
左側で、リロが元気に魔法を放っている。
リロの使う水球も、日に日に大きさと威力を増しているな。よし、俺も負けていられない!
(集中、集中……魔力を極小の糸にして、精密に編み上げる……!)
ここ数日の試行錯誤で、俺の魔力操作技術は格段に跳ね上がっていた。
精密な魔法陣の構築も、今や息を吸うようにスムーズに行える。そろそろ、大きくなった空間を展開してみるか。
「リロ、ちょっとアイテムボックス使ってみるから見てて」
「ほんと!? 見る見るー!」
リロが目を輝かせてパタパタと駆け寄ってきた。
(魔法陣を、完璧に……!)
「――アイテムボックス!」
俺が唱えると、目の前の空間が歪み、テルさんの出していたものに引けを取らないほど巨大な半透明の立方体が出現した!
「すごーい! 大きいー!」
「へへん、どうだ!」
はしゃぐリロに、俺は少しドヤ顔をして見せた。
「ねぇねぇ、中にモノ入れてみてもいい?」
「いいよ。でもあんまり重いものは入れないでね」
「分かった!」
リロはポケットから小さなお花を取り出すと、ポイッと空間の中に投げ入れた。
「入ったー! お花が浮いてるー!」
投げ入れられたお花は、空間の中で静止したままふわふわと浮いていた。
自分が出した収納空間にモノが入った瞬間、俺は胸がいっぱいになるほどの達成感を味わった。
(よし! これからももっともっと色んな魔法を学んで、強くなってやるぞ!)
俺は広がる青空を見上げながら、異世界での成長に固い手応えを感じていた。
お読み頂きありがとうございます!
ついに十話になりましたね。ここまで書いてきた文字数は何と「約22,000字」でした。ちなみに大体の小説の一巻は八万文字から十二万文字程度あるそうです、まだまだ先は長いですね……
そもそも書籍化ができませんけどね(泣)
ぜひ次回もお読みください!




