発見文書 No.008
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発見文書 No.008
種別:夏休み日記
担当:渡辺健太
日付:昭和62年7月27日
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【発見された「祢古小学校 夏休み日記」原本より】
きょうから、そろばん塾の夏期こうしゅうが始まりました。
朝9時から12時まで、毎日そろばんのれんしゅうをします。ぼくは3きゅうで、2きゅうをめざしています。先生(そろばんの先生。学校の北村先生とはべつの人です)が「渡辺はていねいだけどおそい」って言います。ていねいなのはいいことなのに、おそいって言われるとむかつきます。
塾は商店街の2階にあります。古いビルで、階段がギシギシいいます。今日、階段をのぼりながら数えたら30段ありました。いつもは20段です。自分で何回も数えたから、まちがいなく20段のはずなのに、今日は30段でした。でも2階にはちゃんとつきました。
数えまちがいかと思ってもう一回数えたけど、やっぱり30段でした。あしたもう一回数えます。
教室に入ったらみんなもう来てました。15人くらい。でもなんかみんなへんで、じっとそろばんを見てて動きません。「おはよう」って言ってもだれもへんじしない。3回言ったらやっと隣の中谷くんが「おはよう」って言いました。声がちょっと遅れて聞こえました。中谷くんの口は動いてるのに声が2秒くらいあとから来る感じ。テレビの音がずれてるみたいな。
それからふつうにれんしゅうが始まりました。
そろばんをはじいてると、へんなことに気づきました。
「124たす376」って先生が読みあげるんですけど、答えが500にならないんです。そろばんではじくと、ちゃんと500になる。でも暗算でやると412になる。そろばんの答えと暗算の答えがちがう。
何回やってもおなじです。そろばんだと500、暗算だと412。
「先生、答え500ですか?」って聞いたら「もちろん」って言われました。あたりまえだろ、みたいな顔をされました。
でもぼくの暗算はまちがってないはずです。124たす376は500です。暗算でも500のはずなのに、頭の中でたすと412になる。
もう一問。「853ひく267」。そろばんだと586。暗算だと——631。ぜんぜんちがう。
ぼくは暗算がとくいです。学校の算数テストでもいつも100点か95点です。(前の算数テストは90点だったけどそれはうっかりミスです。)だから暗算がまちがうのはおかしい。でもそろばんの答えはあってるから、暗算がおかしいことになります。
でもそろばんがおかしいのかもしれない。そろばんの玉の数がかわってるのかも。数えてみたけど、ふつうの五玉一つと一玉四つ。いつもどおりでした。
となりの中谷くんに「暗算の答えちがわない?」って聞いたら、中谷くんは「なにが?」って言いました。中谷くんは暗算が苦手なので聞いてもむだでした。
昼休み、ぼくは塾の階段をもう一回数えました。今度は25段でした。朝は30段だったのに。かえるとき、また数えたら22段。ぜんぜん一定しない。
こわいっていうより、気持ちわるいです。数字がぜんぶ信用できなくなる感じ。
帰り道、自分の歩数を数えました。家まで1240歩。いつもは1180歩くらいです。60歩ぶんどこかが長くなったか、ぼくの歩はばがちぢんだか。
家に帰ってお母さんにそろばんの話をしようと思ったけど、やめました。「つかれてるのよ」って言われるだけだから。かわりにお母さんに「今日のごはんなに」って聞いたら「カレー」って言われました。やった。カレーはすきです。じゃがいもが大きいのがいい。
カレーを食べながら時計を見ました。6時32分でした。でも5分後にもう一回見たら6時31分でした。もどってる。
お父さんに「時計こわれてない?」って聞いたら「どれどれ」って見て「6時37分だろ、あってるよ」って言われました。ぼくが見ると6時31分で、お父さんが見ると6時37分。
もしかしたら、ぼくの目がおかしいのかもしれません。数字を読みまちがえてるだけかも。でも、ぼくはそろばんの段を3回かぞえて、3回ともちがう数字でした。読みまちがいじゃなくて、数えまちがいじゃなくて、数字のほうが
あ、お母さんがおふろ入れって言ってる。
担任教師の赤ペンコメント:
健太くん、そろばん塾、がんばっていますね。暗算の答えが合わないのは、疲れていると起きることもあるわ。夏ばてに気をつけてね。カレーおいしかったでしょう。先生も昨日カレーでした。……階段の話が少し気になりました。先生も最近、職員室までの歩数が変わることがあるの。気のせいだと思うけれど。
【カセットテープNo.2 7月27日】
「健太くんの日記を録音した。そろばん塾の話。(そろばんの玉をはじく真似をする音)この子は数字に几帳面だ。自分の暗算を信じている。だからこそ、数字がずれることが怖い。ほかの子たちは見えるもの、聞こえるものがへんだと言っている。健太くんだけは、数がへんだと言っている。……今日、教室の出席簿を数えた。40名。合っている。あたりまえだ。でも、なぜ数えたのか、自分でもわからない。夕方、冷やし中華を食べた。(箸の音)酢がきいていてすっぱかった」




