発見文書 No.057
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発見文書 No.057
種別:編集者作業日誌
記録者:浅川静
日付:2025年4月〜5月(中盤)
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【浅川静の作業日誌より】
2025年4月1日(木)
MDの書き起こしを依頼する業者を探した。
午前中はビーガンレシピ本の著者校正のやりとり。著者の坂本さんが写真の差し替えを5枚要求してきた。撮り直すとスケジュールに影響が出る。メールで調整中。
午後、MD書き起こしの業者に音声データを送った。
一件目の業者から翌日連絡。「一部の箇所で機器が止まる。8月13日の録音」。二件目も同じ。三件目がようやく対応してくれた。
帰りに同僚の中田さんと飲みに行った。居酒屋。生ビール二杯と焼き鳥。中田さんの離婚話がまだ続いている。「養育費の計算が合わない」と言っていた。ビールがうまかった。
2025年4月8日(水)
阿部記者のフィールドノートを一冊目から順に読んでいる。
一冊目は冷静だった。「認知症の可能性を留保する」。「缶ビール。ぬるい」。記者の乾いた文体。読んでいて安心感があった。
三冊目に入ったとき、安心感がなくなった。
阿部の文体が変わっていくのと一緒に、自分の読み方も変わっていく気がした。「先生に会いに行く」という言葉を読んで、なぜか自分がどこかに会いに行きたくなった。
——どこに行きたいのかは分からなかった。
ビーガンレシピの再校ゲラが届いた。今日はそちらを先にやる。
夕飯は帰りにコンビニで買った鮭弁当。味はふつう。
2025年4月15日(水)
VHSビデオテープのデジタル変換を業者に依頼した。
一週間後に連絡。「一本だけ変換できない。再生すると機器の時計が3時33分で止まる」。
変換できないテープ:2000.08.31。阿部の最後の取材日。
施設の職員に立会いを依頼した。
今日は別件の打ち合わせが二つ。午後にビーガンレシピの装丁の色校確認。装丁は白と緑。さわやかな仕上がり。坂本さんも気に入ってくれた。
歯医者に行った。詰め物を入れ直してもらった。もう大丈夫だと思う。
2025年5月6日(月)
写真の解析を専門業者に依頼した。024番の写真(Kの顔が砂嵐になっている)の復元。
結果:砂嵐部分から浮かび上がった顔は、白髪の老女ではなく、20代前後の女性だった。
施設の職員に確認。「見たことがある顔だ」と複数名が言った。だが誰のものかを言えなかった。
——ビーガンレシピの入稿が完了した。坂本さんから「お疲れ様でした」のメール。これで一つ片付いた。
「永遠の八月」に集中できる。
2025年5月20日(金)
今日、ノートを開いたら、自分が書いた覚えのない一文があった。
《先生はずっとここにいます》
——阿部記者が8月16日に経験したのと同じだ。覚えのない一行。自分の字。
別のノートを開いた。新しいノートの最初のページにも、同じ一文があった。
自分の字だった。記憶がなかった。
……阿部のノートを読みすぎている。影響されているのかもしれない。
いや——影響されているかどうか、自分では判断できない。阿部がBBSに書いた通りだ。
今日の日付:2025年5月20日。確認した。
——確認した、と書いた。阿部と同じ書き方だ。
夕飯はパスタを作った。トマトソース。ちょっと煮詰めすぎた。味は——あった。ちゃんとあった。
確認するように、味があった。
2025年5月28日(水)
ビーガンレシピの著者・坂本さんから、見本誌の感想メール。「表紙がきれいで嬉しい」とのこと。
「永遠の八月」の作業をしているとき、坂本さんのメールを読むと、すこしほっとする。ふつうの仕事のやりとり。ふつうのメール。ふつうの日常。
——「ほっとする」と書いた。つまり、「永遠の八月」の作業中は、ほっとしていないということだ。
ほっとしていない、のか。緊張しているわけでもない。集中している——のとも違う。
「浸かっている」が近いかもしれない。
お風呂に浸かるみたいに。ぬるくて、出たくなくて。
——比喩がおかしくなってきた。
今日の日付:2025年5月28日。確認。
中田さんが「最近浅川さん、顔色悪くないですか」と言ってきた。「大丈夫です」と答えた。
夕飯。スーパーの半額の弁当。味は——。
あった。




