発見文書 No.046
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発見文書 No.046
種別:フィールドノート・MD書き起こし
記録者:阿部(記者)
日付:2000年8月8日〜8月10日
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【阿部記者フィールドノート 第二冊・第三冊より】
2000年8月8日
取材8日目。今日のKは少し様子が違った。
部屋に入ると、カセットデッキの電源が入っていた。何かが再生されているが、音量が非常に小さくて聞き取れない。Kに確認すると「子供たちの声ですよ」と言った。
再生中のテープを確認させてほしいと頼んだ。Kは静かに首を振って「まだ聞かせられません」と言った。
理由を聞くと「まだ終わっていないから」とだけ答えた。
何が終わっていないのか聞こうとしたが、Kがすぐに日記の話に切り替えた。今日の担当は森田剛の日記。学校のそばを通ったら夏休み中のはずの教室に人影があったという記述。
MD書き起こし 2000.08.08【録音開始。蝉の声。カセットデッキの微かな音が混入している】
阿部: 森田剛の日記について。教室に人影があったと。
K: 剛くんは勘の良い子でした。
阿部: あの人影は何だったと思いますか。
K: (間) 先生でしたよ。
阿部: 夏休み中にですか。
K: 夏休み中も、学校に来ていましたから。
阿部: 1987年の8月8日に——北村先生は学校にいた。
K: いました。子供たちが日記を書いているとき、先生も同じ場所にいたかったから。
阿部: 「先生も同じ場所にいたかった」とおっしゃいましたが、それは願望ですか、事実ですか。
K: (少し笑って。これまでで初めて聞く笑い方。くすっという短い笑い) 阿部さんは厳密ですね。
阿部: 記者ですから。
K: 記者。記録する人。
阿部: そうです。
K: 先生も記録する人でした。子供たちの声をテープに。日記にコメントを。ずっと記録していた。
阿部: それは教師の仕事でしょう。
K: そうですね。教師の仕事。でも途中から——仕事ではなくなった。
阿部: どういう意味ですか。
K: 記録することが、仕事ではなく——呼吸みたいになった。やめられなくなった。
【間。阿部がペンを走らせる音が止まる。約五秒】
阿部: あなたは今、北村先生のことを「先生は」ではなく、「先生も」と言った。「先生も記録する人でした」と。「も」は誰と共通しているのですか。
K: (間。長い) ……阿部さん。あなたも記録する人でしょう。
【録音終了】
フィールドノート 2000年8月8日 帰宅後
「あなたも記録する人でしょう」。
Kは北村ひろみと俺を同列に置いた。記録者として。
反論すべきだった。俺は取材者であって、当事者ではない。北村は担任として教室にいた。俺は記者として施設に通っている。立場が違う。
だが——「記録することがやめられなくなった」という言葉が残っている。
俺は今、何をやめられなくなっているのか。
取材を続けている。毎日施設に通っている。記録している。MDに録り、ノートに書いている。
それは取材だ。仕事だ。
仕事だ。
缶ビール。ぬるくない。冷蔵庫に入れておいたから。テレビで天気予報。明日も晴れ。
2000年8月9日
取材9日目。
施設に行く前に、跡地近くの聞き込み。
旧い雑貨屋の老婆(前に話した人とは別人。推定七十代後半)が、少し話してくれた。
「あの学校の先生ね。若い先生。名前は——思い出せないわ。でも夏になると見かけたのよ。学校がなくなった後も」
「学校がなくなった後にも見かけた?」
「夏だけね。8月になると、あのあたりを歩いてる人がいるのよ。遠くからだから顔は見えないけど。若い女の人。白い服の」
「白い服」。
「それか白い水着か。遠くからじゃわからないの。ただ、毎年見るのよ。8月だけ」
白い服。白い水着。佐藤愛の日記に出てくる「白い水着の女の子」。
「いつから見ていますか」
「わたしが子供のころから。五十年くらいは」
五十年前。1950年頃。
1987年より三十年以上前だ。
礼を言って離れた。帰り際に老婆が言った。
「あの子ね、毎年すこし疲れた顔になってるの。何十年も続けてるから」
何十年も、ずっと続けている。
施設に行った。廊下の歩数:三十三歩。
MD書き起こし 2000.08.09【録音開始。蝉の声。音量はふつう】
阿部: 今日は白い水着の女の子について聞きたい。複数の日記に登場する人物です。
K: (すぐに) あの子。
阿部: 知っているのですか。
K: 知っていますよ。先生も——子供のころ、助けてもらいました。プールで。
阿部: プールで。佐藤愛と同じですか。
K: 愛ちゃんと同じ。手を引いてもらった。冷たい手。顔はぼやけていた。
阿部: ……Kさん。老婆から聞きました。白い服の人影が、跡地付近で毎年目撃されていると。五十年以上前から。
K: (間) そうでしょうね。あの子はずっとそこにいますから。
阿部: 「あの子」は誰ですか。
K: いちばん最初に帰れなくなった子です。
阿部: いちばん最初。1987年より前。
K: ずっと前。
阿部: いつから。
K: (間) それは——先生にもわかりません。先生が子供のころにはもういた。先生のお母さんの子供のころにもいたかもしれない。
阿部: 名前は。
K: 知りません。あの子には名前がない。名前がなくなっている。
阿部: 名前がなくなる、とは——
K: 長くいると、名前が薄くなるんです。
【間。阿部の呼吸音。約十秒】
阿部: ……日記の最終篇に、名前が消えていく過程が描かれています。大野正志の篇。
K: 正志くん。名前が■になった子。
阿部: 黒田達也は、最後に自分の名前だけを残した。
K: 達也くん。強い子でした。
阿部: 白い水着の子は——名前を残せなかった。
K: (静かに) 誰よりも長くいたから。誰よりも多く助けたから。
【録音終了】
フィールドノート 2000年8月9日 夜
「名前が薄くなる」。
北村ひろみの年齢が資料によって食い違う理由が、もし——
いや。まだ早い。仮説を立てるには材料が足りない。
だが、一つだけ記録しておく。
今日の面会で、Kは「先生にもわかりません」と言った。
「先生」。
Kが自分のことを「先生」と呼んだ。初めてだ。
自覚して言ったのか、無意識に漏れたのか。録音を聞き返した。確かに「先生にもわかりません」と言っている。
記録した。
夕飯は天丼。衣がサクサクしていて、今回の取材で一番うまかった。明日も来ようかと思ったが、同じ店に二日続けて入る記者は三流だという先輩の言葉を思い出して、やめた。
2000年8月10日
取材10日目。
今日はKへの質問の前に一つ確認したいことがあった。
北村ひろみの年齢について。
資料では24歳とも31歳とも記録されている。消防署は「年齢不詳」とした。施設の入居記録には記載がない。
Kに直接聞けば、何か分かるかもしれない。
MD書き起こし 2000.08.10【録音開始。蝉の声。今日は少し遠い】
阿部: 北村ひろみ先生の年齢なんですが、資料によって食い違いがあります。校長通達では24歳、新聞記事では31歳、消防署の記録には年齢不詳。
K: (間)
阿部: 実際は何歳だったんでしょうか。
K: (静かに) 何歳だったと思いますか。
阿部: それを聞いているんですが。
K: 先生は、子供たちといるとき、子供でした。記録を書く大人たちが見たとき、大人でした。どちらも正しくて、どちらも違う。
阿部: それは答えになっていません。
K: (少し間を置いて) 担任になって四ヶ月でした。子供たちとようやく打ち解けてきた頃。まだ敬語を使う子もいたけれど、あだ名で呼ぶ子も出てきていた。先生はそれが嬉しかった。……何歳のときの話だと思いますか。
阿部: ……若い先生だった、ということですか。
K: 若かったですよ。とても。
【間。十五秒】
阿部: では、今のKさんは何歳ですか。
K: (笑って。昨日よりも自然な笑い方だった) 今日は何日ですか。
阿部: 2000年の8月10日です。
K: では、私は今日の年齢ですよ。それで十分でしょう。
阿部: (長い間) ……十分、ではないですが。
K: 阿部さんは、自分の年齢を聞かれたら、何と答えますか。
阿部: 三十四です。
K: 三十四年分の記憶がありますか。全部。
阿部: 全部は——ないでしょう。
K: でも三十四歳でしょう。記憶がなくても。
阿部: ……はい。
K: 先生にも、記憶がない年があります。でも先生は先生です。
【録音終了】
フィールドノート 2000年8月10日 帰宅後
「記憶がない年がある」。
これは——加齢による物忘れの話ではない。「ない年がある」というのは、特定の年の記憶が欠落しているということだ。
1987年以降の記憶が欠落しているのか。1987年以前の記憶が欠落しているのか。あるいは——1987年の8月13日以降が、「記憶」という形をとっていないのか。
Kは前に言った。「記憶しているのでも、今見えているのでもない。どちらでもない」と。
考えすぎかもしれない。
ホテルの部屋で昨日までのノートを読み返した。日付を確認した。8月1日から10日目。十日間、毎日施設に通っている。
……なぜ十日間も通っているのか。
一本の記事を書くために必要な取材量は、通常三日から五日だ。十日は多い。
だがKの話はまだ終わっていない。日記の全篇について聞き終えていない。8月13日以降のことをまだ聞いていない。
だから通っている。仕事だから。
仕事だから。
——この「仕事だから」を、二日前にも書いた。
ぬるくない缶ビール。冷蔵庫が仕事をしている。




