発見文書 No.044
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発見文書 No.044
種別:フィールドノート・MD書き起こし
記録者:阿部(記者)
日付:2000年8月4日
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【阿部記者フィールドノート 第二冊より】
2000年8月4日
養護施設「ひだまりの家」。
施設は奥武蔵市の外れ、住宅街の中にある。二階建て。外壁の塗装が少し剥げている。玄関に赤い風鈴が一つ下がっていた。風がなかったが、入るときに一度だけ鳴った。気にしない。
受付で取材の趣旨を説明した。事前にアポは取ってある。
「Kさんにお話を伺いたい」
職員(40代女性)は少し驚いた顔をした。「Kさんに面会の申し込みがあるのは珍しいんです。ご家族以外では——いえ、ご家族もいらっしゃらないので、ほとんどどなたも」
Kの部屋は二階の奥。廊下を歩いた。歩数は数えていない(この時点では)。
ドアをノックした。「どうぞ」という声。
部屋に入った。
窓際の椅子に、老女が座っていた。白髪。小柄。背筋は曲がっていない。
部屋には椅子とベッドと、古いカセットデッキがあった。カセットデッキの横に、赤いボールペンが一本。壁に絵はない。窓から夏の光が入っている。
「お忙しいところすみません。記者の阿部と申します」
「記者さん。何を調べていらっしゃるの」
「1987年8月13日の、祢古小学校の件です」
Kは、少し間を置いた。
それから、静かに言った。
「ずいぶん、待ちました」
この発言の意味が分からなかった。取材申し込みから日が経ったという意味か。
「お待たせしてすみません」
「いいえ」Kは微笑んだ。「あなたではないかもしれません。でも、誰かが来ると思っていました」
認知症の可能性を留保する。発言の信頼性は検証が必要。ただし、受け答えは明晰だった。論理的だった。それは認めざるを得ない。
MD書き起こし 2000.08.04【録音開始。蝉の声。窓が薄く開いている音】
阿部: 事件について、何かご存知でしたら——
K: 事件。
阿部: 1987年8月13日の、落雷事故です。時計塔が崩壊し、担任の北村ひろみ教諭と——
K: (すぐに) 北村先生。
阿部: ご存知ですか。
K: (間) 昨日のことのように覚えています。
阿部: ……13年前の出来事ですが。
K: ええ。13年前。でも、昨日のことのように。
【間。阿部がペンを走らせる音。約五秒】
阿部: 北村先生とはどういうご関係でしたか。
K: (少し考えてから) 先生は、先生でした。
阿部: つまり、教え子ということですか。
K: そういうことにしておきましょう。
阿部: (ペンが止まる音) 「そういうことにしておきましょう」というのは——
K: お茶を淹れましょうか。暑いから冷たい方がいいですね。
【録音終了】
フィールドノート 2000年8月4日 帰宅後
「そういうことにしておきましょう」という言い回しが引っかかる。
教え子ではない、という意味か。教え子であることを認めたくない、という意味か。あるいは、教え子という言葉では足りない何かがある、ということか。
判断を保留する。
初日の印象として記録しておく。Kは老女だが、目に力がある。声は落ち着いている。質問をはぐらかすのが上手い——いや、はぐらかしているのではなく、答えの枠組みそのものを変えようとしている。
記者として、こういう相手は厄介だ。こちらの質問の前提ごと崩してくる。
明日も行く。次はもう少し具体的に聞く。日記の話を出す。
夕飯はコンビニ弁当。焼き鮭弁当。不味くはないが、味がしない。疲れているのか。
風呂に入って寝る。




