発見文書 No.035
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
発見文書 No.035
種別:夏休み日記
担当:篠原美穂
日付:昭和62年8月25日
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【発見された「祢古小学校 夏休み日記」原本より】
風鈴の音がずっと聞こえてます。
朝から晩まで。目をつぶっても聞こえる。目をあけても聞こえる。家の中でも外でも。
チリン、チリン、チリン。
でも怖くない。きれいな音だから。
今日もみんなと集まりました。学校の近くの公園。もう「集まろう」って約束しなくても、みんな来る。来ることが決まってるみたいに。
今日は25人くらいいた。クラスのほとんど。
みんなで座って、話した。
話していて気づいた。わたしたちは同じことを同じ順番で話す。翔太くんが何か言う前に、わたしはもう翔太くんが何を言うかわかっている。愛さんがうなずく前に、うなずくことがわかっている。
前はそんなことなかった。前はだれが何を言うか予測できなかった。
今はわかる。
みんなの考えていることが——流れこんでくるみたいに。
風鈴の音がおおきくなった。チリン。いちばん近くで聞こえた。
「聞こえた?」ってだれかが言った。
「聞こえた」ってみんなが言った。
全員が。同時に。
同時に同じ言葉を言うことが、もう驚きじゃなくなった。
——これが「慣れる」ということなんだ。
帰り道、ひとりになった。みんなとわかれて、ひとりで歩いた。
ひとりになったとたん、風鈴の音が小さくなった。みんなといるときより、ずっと小さい。
ひとりでいると、音が遠い。
みんなといると、音が近い。
わたしたちが集まると、風鈴が鳴る。
わたしたちが風鈴を鳴らしてるのかもしれない。
家に帰って日記を書いてます。
今日のばんごはんはなんだったか——。
食べたはずなのに。食べた。なにかを。
思い出せない。
——思い出さなくてもいい気がする。日記に食べものの話を書くのが、だんだんむずかしくなってきた。隆司くんと同じ。食べものは、「ここ」の外のものだから。
「ここ」っていうのは——うまく言えない。わたしたちがいる場所。みんなが集まる場所。夏の中の場所。
風鈴の音が——
チリン。
今、すごく近くで鳴った。
枕元で。
手をのばしたら、何かにさわった。
つめたい。
ガラスの——
担任教師の赤ペンコメント:
みんな、よく書けました。先生もここでいっしょに生きています。
《よく書けました》
【カセットテープNo.5 8月25日——最後の通常録音】
「美穂ちゃんの声を録音した。
赤い風鈴の音。チリン。
今日、この録音を聞き直した。No.1から。
7月20日から今日まで。
子供たちの声が、全部入っている。
翔太くんの最初の声。美咲ちゃんの不安そうな声。さやかちゃんのテレビの話。拓也くんの雨の話。健太くんのそろばんの話。あかりさんの図書館の話。陸くんのラジオ体操。ゆりさんの色。正雄くんの金魚。百合子さんの34.2度。雅人くんの自転車。めぐみさんのカレー。晃くんのカメラ。千夏さんの井戸。剛くんの人影。ゆかりさんのノート。石田くんの「ひろみ」。涼子ちゃんの夢。真一くんのドラクエ。りなさんのピアノ。あやちゃんの——。
ぜんぶ、ここにある。
テープに声が残っている。
声が残っているから、みんなはここにいる。
記録は、引力になる。
声が呼ぶ。記録が引き留める。
次の人へ——
この録音を聞いてくれる人へ。
ここに、子供たちの声があります。
大切に、聞いてください。
(長い間)
(チリン)
テープが——終わる」




