発見文書 No.029
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発見文書 No.029
種別:夏休み日記
担当:藤井拓海
日付:昭和62年8月17日
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【発見された「祢古小学校 夏休み日記」原本より】
裏山に行った。
今日は友だちのだれとも約束してなかったから、一人で行った。
目的は、鳥居を見つけること。野村くんが「鳥居がなかった」って言ってたから。おれには見えるか確認したかった。
山の入口に行った。
鳥居はあった。赤いペンキがはげた、古い鳥居。いつもと同じ。
でも、すこしだけ位置がずれてた気がする。いつもは道の真ん中にあるのに、今日はすこし右に寄ってた。
気のせいかもしれない。いつもそんなにちゃんと見てないから。
鳥居をくぐって、山道をのぼった。
セミが鳴いてた。ふつうの鳴き方。田中くんが言ってたみたいな人間のことばには聞こえなかった。ただのセミ。
でも、山の中はへんに静かだった。セミは鳴いてるのに、それ以外の音がない。鳥の声も、風の音も、自分の足音も。足音がしない。土を踏んでるのに、音がしない。
——高橋くんが「音のない雨」って言ってたのを思い出した。音がないのは雨だけじゃないのかもしれない。山の中も、音がなくなってきてる。
祠にたどり着いた。
翔太くんが見た祠。コンクリートのかたまりの上に木の屋根。中に石のぞう。目だけがはっきりしてる。
祠の前に立ったら、あまいにおいがした。何度目だろう、このにおい。もう慣れてきた。
——慣れてきた。
1か月前だったら「へん」だと思ったのに、今は「ああ、またこのにおいか」と思う。
それがへんだと思うべきなのに、へんだと思えない。
慣れるって、こういうことなのかもしれない。
赤い風鈴を探した。翔太くんが言ってた岩の上の風鈴。
——なかった。
岩はあった。でも風鈴はなかった。
かわりに、岩の上に赤い粉みたいなものが散っていた。ガラスの破片みたいな、でもガラスじゃない。さわったら指が赤くなった。
風鈴はこわれたのかもしれない。
いや、翔太くんが「さわれなかった」って言ってた。手がすりぬけるって。壊れようがないはずだ。
山をおりるとき、数えたくなかった階段を数えてしまった。69段だった。翔太くんは108段って言ってた。
家に帰って、手を洗った。赤い粉は水で流れた。
晩メシはカレー。2日目のカレーじゃなくて作りたて。じゃがいもがでかくて食いごたえがあった。
食ったあと、ファミコンやろうと思ってテレビつけたら、一瞬だけ砂嵐になった。すぐ映った。さやかさんの日記みたいな顔は見えなかった。たぶん。
風呂に入った。
湯船の中で目をつぶったら、あの祠が見えた。目をあけたら消えた。
目をつぶるたびに見える。祠と、赤い粉と、岩。
もう目をつぶりたくないけど、寝るときは目をつぶらないと
担任教師の赤ペンコメント:
拓海くん、一人で裏山に行ったのね。気をつけてね、一人は危ないわ。……「慣れてきた」という一行。先生も同じです。この夏のへんなことに、慣れてきました。慣れることが、良いことなのか悪いことなのか。先生にもわかりません。
【カセットテープNo.4 8月17日】
「拓海くんの日記を録音した。声が低い。(間)『慣れてきた』。この子は正直だ。慣れることの怖さを書いた。わたしも慣れている。あまいにおいに。風鈴の音に。時計塔の3時33分に。慣れている。慣れていることを怖いと思わなくなっている。それが——(長い間)テープNo.4が終わる。No.5に交換する」




