発見文書 No.021
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
発見文書 No.021
種別:夏休み日記
担当:岡田涼子
日付:昭和62年8月9日
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【発見された「祢古小学校 夏休み日記」原本より】
昨日へんな夢を見ました。今日の日記に書きます。
夢の中で学校にいました。教室。みんなの席に人がすわってるんだけど、だれもしゃべらない。しーんとしてて、ぜんいん前を向いて、動かない。
わたしの席に行ったら、もうだれかがすわってました。わたしとおなじ顔の子。
こわくなって廊下に出ました。廊下も静かで、だれもいなくて、窓から光が入ってました。光が赤っぽかった。
教室のドアが開いて、先生が出てきました。北村先生。
「よく来ましたね」って言いました。
「先生、なんでみんな動かないの」って聞いたら、先生は「みんな日記を書いているの」って答えました。
教室を見たら、たしかに、みんな下を向いて何か書いてました。えんぴつが紙の上を走る音だけが、しゃかしゃかって聞こえてました。
「わたしも書くの?」って聞いたら、先生が「涼子さんはまだいいわ。もうすこし待ってて」って言いました。
「何を待つの」
「8月13日を」
それだけ言って、先生は教室にもどっていきました。ドアがしまるとき「気をつけて帰りなさい」って声が聞こえました。でも先生が言ったのか、べつのだれかが言ったのかわかりません。
「どこへ帰るんですか」
って聞いたけど、もうドアはしまってました。
——ここで目がさめました。
目がさめたら、枕元に風鈴が置いてありました。
赤いガラスの風鈴。小さいやつ。
わたしの部屋に風鈴なんてありません。窓にもかけてないし、お母さんも「うるさいからいや」って言って買わない。
さわったら、つめたかった。ガラスのつめたさじゃなくて、氷みたいなつめたさ。
チリンって、一回だけ鳴りました。さわったから。
お母さんに「これどこから来たの」って聞いたら「なにが」って言われて、見せようとしたら、手の中からなくなってました。ガラスが消えた。溶けたんじゃなくて、消えた。
手のひらに水滴みたいなものが残ってました。赤い水滴。すぐにかわいて、なくなりました。
……夢と現実の区別がつかなくなってきてます。
夢の中の風鈴が現実にあった。現実にあったのに消えた。これは夢の続きなのか、現実なのか。
考えるのがこわいからやめます。
今日は午前中にそろばん塾に行きました。渡辺くんもいました。渡辺くんは「階段の段数がまた変わってた」って言ってました。今日は28段だったそうです。
お昼はお母さんが作ったナポリタン。ケチャップが多くてべたべただったけど、おいしかった。お姉ちゃんは「ケチャップ多すぎ」って文句言ってた。お姉ちゃんは中2で、最近なんでも文句を言います。
午後は絵をかきました。わたしは絵がへたです。松本さんみたいに上手じゃない。でも今日は夢の教室を描いてみました。みんながすわって下を向いてる教室。窓から赤い光が入ってる教室。
描いてたら、なんか上手に描けました。いつもより。線がきれいに引けて、色もうまくぬれた。
——描いてる途中で気づいたんですけど、教室の窓の外に人がいました。わたしが描いたんじゃなくて、かってに描かれてた。白い服の子ども。背中を向けて立ってる。
消しゴムで消そうとしたけど消えませんでした。えんぴつで描いたのに。
絵を裏がえしにして、今日はもう見ないことにしました。
おやつにアイスを食べました。ガリガリ君。ソーダ味。あたりは出なかった
担任教師の赤ペンコメント:
涼子さん、夢の話を書いてくれてありがとう。夢と現実のあいだにある場所を、うまく言葉にしていますね。ナポリタンおいしかったでしょう。ケチャップは多いくらいがいいの。……先生が夢の中で「よく来ましたね」と言ったこと。涼子さんの夢に、先生が出てきたこと。先生はそのことを知っていました。なぜ知っているのか、自分でもわからないけれど。
【カセットテープNo.3 8月9日】
「涼子ちゃんの日記を録音した。声がかすかにふるえていた。夢の話のところだけ。(間)枕元の風鈴。夢と現実のあいだ。——わたしは夢の中で涼子ちゃんに会ったのだろうか。覚えていない。覚えていないけれど、涼子ちゃんの夢の中のわたしが言った言葉——『よく来ましたね』——は、わたしが言いそうな言葉だ。いつも言っている。子供たちが教室に来たとき、いつも。テープ。蝉。(蝉の声が遠い)蝉が遠い。おかしい。いつも窓のすぐそばで鳴いてるのに、今日は遠い」




