発見文書 No.017
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発見文書 No.017
種別:夏休み日記
担当:山崎千夏
日付:昭和62年8月5日
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【発見された「祢古小学校 夏休み日記」原本より】
うちの裏に古い井戸があります。
ふたがしてあって、もう使ってません。おじいちゃんが生きてたころは使ってたらしいけど、おじいちゃんが死んでからはふたをして、上に石をのせてあります。お母さんが「あの井戸には近づかないで」っていつも言います。理由はおしえてくれません。
今日、庭で洗たくものを取りこんでたとき、井戸のほうから音がしました。
ポチャン。
水の音。
使ってない井戸から水の音がするのはへんです。でもカエルとかが落ちたのかもしれない。石のすきまから入ったのかも。
もう一回。ポチャン。
気になって、井戸のほうに行きました。
ふたのすきまから中をのぞきました。暗くて何も見えませんでした。でも水のにおいがしました。つめたい、しめった、地下の水のにおい。
それと、もう一つ。あまいにおい。
吉田さんの日記にあったのと同じにおいかどうかわかりません。でもあまかった。花みたいな、でも花じゃない。
しばらく見てたら、下のほうに赤い光が見えました。ちいさい光。
光がすこしずつ大きくなりました。上にあがってくるみたいに。
こわくなって、にげました。
家に入って、窓から井戸を見ました。ふたはしまったまま。石ものってる。何も変わってない。
でも、ふたの縁が赤くなってました。さびの色じゃなくて、もっと鮮やかな赤。
お母さんに「井戸のふた赤くない?」って聞いたら、「なにが?」って言われて見に行って、「べつにふつうよ」って言いました。
わたしにだけ見えてるのかもしれません。ほかの子もそうだったから。翔太くんにだけ聞こえる風りんの音とか、大輝くんにだけ聞こえるセミの声とか。
午後、おばあちゃんがきました。おばあちゃんはとなりの町に住んでます。
おばあちゃんが「あらまあ、千夏ちゃん大きくなったわねえ」って言いました。先月も同じこと言ってたけど、おばあちゃんだからしかたない。
おばあちゃんとアイスを食べました。おばあちゃんはバニラで、わたしはチョコ。おばあちゃんが「昔はアイスなんてぜいたくだったのよ」って、また昔の話をはじめました。聞いたことある話だけど、おばあちゃんはうれしそうに話すから黙ってきいてました。
おばあちゃんが帰ったあと、もう一回庭に出ました。
井戸のそばに行きました。こんどはのぞかない。近くに立っただけ。
ふたの縁の赤はまだありました。
手袋をして(お母さんの軍手を借りた)、ふたの縁をさわりました。
赤いのは、さびじゃなかった。ぬるぬるしてた。お母さんに言ったら「気のせいよ」って言われるから言わなかった。
軍手をはずしたら、指先が赤くなってました。軍手のうえからなのに。
洗ったらとれました。
夜、おふろに入ってたとき、井戸の音がもう一回聞こえました。ポチャン。家の中なのに。おふろの壁のむこうから聞こえてきた感じ。
おふろのお湯が一しゅんだけ赤く見えました。目をこすったらもとにもどりました。
お母さんが「はやく出なさい」って言ってるので
担任教師の赤ペンコメント:
千夏さん、おばあちゃんとアイスを食べたのね。おばあちゃんのお話、たくさん聞いてあげてね。大切なことが入っているかもしれないから。井戸のこと——先生にも、子供のころ近づいてはいけないと言われた場所がありました。近づいてはいけない場所には、近づいてはいけない理由がちゃんとある。でも、理由がわからないから気になるのよね。赤い水、先生も見ました。きれいでしたね。
《きれい、でしたか》
【カセットテープNo.2 8月5日】
「千夏ちゃんの日記を録音した。(おばあちゃんのものまねをして笑う声)おばあちゃんの話で笑ってしまった。いい子だ。……井戸の話になると声が小さくなった。赤い水。赤い縁。赤い光。赤い——。あの井戸を、いつか見に行かなければならない気がしている。記者がくるなら——記者? なぜ今そう思ったのだろう。だれかが来る。この記録を読みに来る。いつか。テープを止めよう。まだ夏は長い。(間)蝉が——今夜は蝉が鳴いていない。静かだ」




