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発見文書 No.011

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発見文書 No.011

種別:夏休み日記

担当:松本ゆり

日付:昭和62年7月30日


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【発見された「祢古小学校 夏休み日記」原本より】


 わたしは絵を描くのが好きです。


 夏休みの自由研究は「夏の色をあつめる」にしました。毎日一枚ずつ、その日に見つけた色を絵の具でぬって、画用紙にはっていきます。7月21日からはじめて、もう10枚たまりました。


 7月21日の色は「朝顔のむらさき」でした。お庭の朝顔が咲いたので、その色をまぜて作りました。赤と青をまぜてもぴったりにならなくて、白を少しだけ足したらちかくなりました。


 7月25日の色は「雨のはいいろ」でした。雨の日の空をじっと見て、その色を絵の具で作りました。黒と白だけじゃなくて、少しだけ青をまぜました。雨の灰色には青が入っていると思います。


 今日、7月30日の色をさがしに外に出ました。


 公園に行きました。いつもの公園です。ブランコがあって、すべり台があって、砂場があります。


 ベンチにすわって、スケッチブックを開いて、空を見ました。


 空がいつもとちがう色でした。


 ふつうの夏の空は、水色とか、こい青とか、そういう色です。でも今日の空は、なんていうか、名前のない色でした。青なんだけど、すこしだけ赤い。赤いっていうか、オレンジがまじってるみたいな。でもオレンジにも見えない。


 絵の具で作ろうとしたけど、作れませんでした。青に赤を足しても、オレンジを足しても、白を足しても、目の前の空の色にならない。はじめてです。いつもは時間をかければ近い色が作れるのに。


 あきらめて、べつの色をさがすことにしました。


 公園の木の影を見ました。影もへんな色でした。ふつう影は黒かこいグレーですけど、今日の影はすこしだけ赤みがかってました。茶色に近いけど茶色じゃない。ワインレッド——っていう色を、お母さんの口紅のケースで見たことがあるけど、それともちがう。


 影の色も、絵の具では作れませんでした。


 スケッチブックに空を描こうとしたら、へんなことが起きました。


 筆が紙にふれた瞬間、絵の具の色が変わりました。水色を塗ったはずなのに、紙についた色は赤でした。何度やっても、水色が赤になる。黄色を塗ると、むらさきになる。緑を塗ると、オレンジになる。


 ぜんぶ、補色になってました。


 補色というのは、色の輪っかの反対がわにある色のことです。図工の時間に習いました。赤の補色は水色。黄色の補色はむらさき。それが——逆転してる。


 筆にのってる色と、紙にのった色がちがう。筆は水色なのに、紙は赤い。


 目がおかしくなったのかなって思って、友だちのまきちゃんに電話しました。「わたしの絵、何色に見える?」って聞いたら「赤だよ」って言われました。筆についてる絵の具は水色なのに、紙にのった色は本当に赤い。わたしの目がおかしいわけじゃなかった。


 でもまきちゃんは「それがどうしたの」って言いました。まきちゃんは絵にきょうみがないので、何がへんなのかわからなかったみたいです。「ていうか明日プール行かない?」って聞かれて、「いく」って答えました。


 夜ごはんはハンバーグでした。お母さんのハンバーグはおいしいです。ケチャップをかけすぎて妹に「きたない」って言われました。


 ごはんのあとにもう一回絵を描いてみました。今度は家の中で、電気の下で。


 ——やっぱり補色になります。赤を塗ると水色になる。


 でも不思議なことに、補色で描いた絵のほうが、今日の空の色に近い気がしました。赤で描いた空のほうが、水色で描いた空より、今日見た空に似てるんです。


 つまり、今日の空は、赤い空だったのかもしれません。


 ——ちがいます。今日の空は青かったです。わたしの目で見て、青かった。でも絵の具は赤になった。


 どっちが「本当の色」なのか、わかりません。


 今日の一枚は「名前のない色」にします。スケッチブックに「7月30日 名前のない色」って書きました。


 妹が「おねえちゃん、こわい絵」って言ったので見たら、赤い空に赤い影が描いてありました。わたしは空と影を描いただけなのに、こわく見えるんだ。


 絵の具の箱をかたづけようとしたら、赤の絵の具だけ、チューブが空になってました。いっぱい使ったおぼえはないのに



担任教師の赤ペンコメント:

ゆりさん、「夏の色をあつめる」自由研究、すてきですね。色に名前がないこともある、というのは、大人になっても大切なことだと思います。補色の話、よく勉強しているわね。先生も今日、窓から外を見ていたとき、空の色がいつもと少しちがって見えました。ゆりさんが見た色と、同じだったかもしれないし、ちがったかもしれない。


【カセットテープNo.2 7月30日】


「ゆりちゃんの日記を録音した。やさしい声の子だ。妹の話のところで笑っていた。(間)色の話。補色。きのう拓也くんが雨の音が逆になったと言い、今日ゆりちゃんは色が逆になったと言う。反転している。何かが裏返っている。……今日の空を自分で見た。ふつうの青だった。ふつうの青に見えた。でもゆりちゃんの話を聞いたあとだと、少しだけ——。アイスを食べた。バニラ。棒のやつ。とけかかってて、手がべたべたした」

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