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発見文書 No.010

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発見文書 No.010

種別:夏休み日記

担当:小林陸

日付:昭和62年7月29日


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【発見された「祢古小学校 夏休み日記」原本より】


 ラジオ体操。朝6時半。


 毎朝行ってる。皆勤きろくをねらってる。去年は2日休んだ。おなかこわした日と、寝坊した日。今年はぜったい全部行く。


 今朝も6時15分に起きた。走って公園に行った。走ると3分。歩くと8分。走る方がいい。


 公園についた。いつものメンバー。1年から6年まで、30人くらい。カードにハンコをもらうために来てる子が多い。おれは体操がすきで来てる。体がのびる感じがいい。


 ラジオがかかった。「新しい朝が来た、希望の朝だ」。歌が終わって、体操が始まった。


 ——ここからがへんだった。


 最初の「のびの運動」をやった。両手を上にあげてのびる。のびた。いつも通り。


 でも隣の吉田くんの影を見たら、吉田くんが手を上げてるのに影は手を下げてた。


 おれの影を見た。おれも手を上げてるのに、影は手を下げてる。


 まわりの子の影も全部、体操と逆の動きをしてた。


 声に出さなかった。あとでわかったけど、言わなくてよかった。言ったら「またふざけてる」って思われる。おれは去年、体育の時間にふざけて怒られたから、先生たちの信用がない。


 体操をつづけた。「腕をふる運動」。腕を前にふった。影は後ろにふった。「体をよこにまげる運動」。右にまげた。影は左にまげた。ぜんぶ逆。鏡みたいだけど、鏡ともちがう。鏡は左右逆だけど、これは全部逆だった。


 体操が終わって、ハンコをもらった。1年の女の子が泣いてた。お母さんと来たかったのに一人で来たらしい。どうでもいい。


 家に帰って朝メシ。トースト。ジャムはいちご。兄貴がブルーベリーを全部使ったから、いちごしかなかった。兄貴は中3で受験勉強してるらしいけど、ジャムを独り占めするのは受験と関係ない。


 朝メシ食ってから、校庭に行った。夏休みの自主トレ。おれはサッカー部だから、リフティングの練習をする。100回つづけてできるようになりたい。今の記録は73回。


 校庭に着いて、ボールを出して、リフティングを始めた。


 ——影がおかしかった。


 ラジオ体操のときとおなじ。おれがボールをけると、影はボールをけるまねをするけど、タイミングがずれてる。おれより0.5秒くらい遅い。


 さいしょは「陽炎かな」と思った。夏のアスファルトの上ではかげろうが出るから、影がゆれて見えることがある。それかもしれない。


 でもちがった。影はゆれてるんじゃなくて、遅れてた。おれの動きを見てから、まねしてるみたいに。


 ためしに急に止まった。影は0.5秒遅れて止まった。


 急にしゃがんだ。影は0.5秒遅れてしゃがんだ。


 ジャンプした。影は——ジャンプしなかった。


 影はしゃがんだまま、こっちを見てた。影に顔なんかないのに、「見てる」って感じた。


 10秒くらいそのままだった。


 それから影がゆっくり立ち上がって、おれとおなじ姿勢になった。


 それっきり、影はふつうに動くようになった。


 帰ってからサッカー雑誌を読んだ。ダイジェストのW杯特集号。マラドーナの神の手ゴールの写真がかっこいい。将来おれもW杯に出る。たぶん。


 夕方、庭で素振り(バットの。お父さんの。かってに使ってる)をしてたら、影がまた遅れてた。でも今度は気にしないことにした。気にしたってなおらないから。


 風呂に入った。風呂の湯気の中で、影が壁にうつってた。影がおれより先に手を動かした気がしたけど、湯気でよく見えなかったから、たぶん



担任教師の赤ペンコメント:

陸くん、ラジオ体操皆勤めざしてるのね。リフティング73回もすごい。100回いけるわ、がんばって。サッカーの話、先生もW杯見たのよ。マラドーナは本当にすごかった。……影の話、先生もね、今朝出勤のとき、自分の影を見てしまったの。見てしまった、というのは、ふだん気にしないから。なぜ今朝は見たんだろう。


【カセットテープNo.2 7月29日】


「陸くんの日記を録音した。声がでかい。元気な子だ。(椅子がきしむ音)サッカーとラジオ体操の話が半分で、影の話が半分。この子は怖がっていない。怖がるかわりに、観察している。0.5秒遅れる。ジャンプしなかった。——子供の観察は正確だ。大人より正確かもしれない。今日は風がある。テープを回しながら窓を見た。自分の影を——いや、見なかった。冷やしうどんを食べた。つるつるした」

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