3話
「貴方が、生き残りの指揮官ですね」
「君は……」
ノヴァの端末に、強制的に情報が開示される。
『IIDF 地上基地エコーズ所属 カノン・マルピギア』
階級を確認すると、自分よりもずっと上位のエリート兵士だ。そんな彼女がなぜ、こんな所に……という顔で見るが、カノンはノヴァに一瞥もくれず、背を向けたまま敵を見据える。
「エコーズの司令官とは別行動中です。救援信号を送るよりも、直接介入する方が早いと判断しました」
カノンは冷静に空の弾倉を外す。
「エドラの機能を解放するためには、貴方の認証が必要です。この場に……生き残りの指揮官は貴方しかいませんから」
腰のポーチから、漆黒のボディに青いラインが走る円筒――特殊弾倉を取り出し、一切の淀みなく装填する。
「……これは大型ゼノタイプ専用の弾丸です。効果は数秒ですが、時間稼ぎにはなるはず」
ニルヴァの全身に宿る黄金の霊子が脈動し、低く唸りを上げた。その虚ろな眼が、ゆっくりとカノンへ視線を向ける。
「早くしてください、二人とも死にますよ」
「わかった……って、このエドラの特殊コード、何? 見たことないんだけど」
「………」
カノンの美貌が一瞬苛立ちに歪む。
この極限状況で緊張感のないノヴァの声に、まずはその能天気な横っ面に一発ぶち込んでやりたい……そんな感情が見て取れた。
「エドラに接続し攻撃コードを認証して下さい。早く!」
「わかった! エドラ接続、ええと……コード『ブラックホエール』認証……!」
カノンが引き金を引く。
霊子の色が弾け、白い閃光が走った。その正確な射撃に黄金の巨躯が、初めて明確に怯んだ。
ニルヴァの多肢の動きが鈍り、不快そうな振動音を撒き散らす。
(すごい威力だ。けど効いているのか……?)
カノンは間髪入れず、次弾の発射体勢に入っている。
「その凄い弾丸、あと何発残ってるの?」
「あと3発です」
「……ダメだ、それじゃ足りない」
「時間稼ぎができればいいんです。倒すことは最初から考えていません」
「それは……」
「それとも、貴方にはあのゼノタイプの弱点が見えているのですか? 貴方のような新人指揮官がこの場で五体満足で立っていること自体、奇跡ですから」
そうだ。あれはただの分析ではない。予感に近い直感で、未来の軌道を感じて避けた。
カノンがエドラを構え直し、ノヴァに短く言い放った。その声には、一切の迷いがない。
「策があるのでしたら指揮をください。私は言われた通りに動きます」
ノヴァの思考が再び回り始める。脳内の歯車が噛み合い、熱が生じる。それはいつも漠然と感じる空腹や、迷いではない。初めて感じる、使命感の熱だった。
「……わかった」
ノヴァの手札は、銃兵カノン。自分の解析で見えたニルヴァの弱点らしき部位。そして、残り3発の特殊弾。
状況は絶望的。このままでは二人とも無惨に切り裂かれて肉の塊になるだろう。
「作戦開始……」
極限まで追い詰められた状況。ノヴァからいつもの能天気な声色が消えていた。端末を展開し、カノンとニルヴァを見据える。
だんっ!とカノンが地を蹴る。
ニルヴァが完全に回復し反応する直前に、ノヴァの指示が飛んだ。
「三時から接近、肩口を狙って! あそこだけ霊子の流れが逆だ!」
「了解」
認証された弾丸に霊子が変換され、カノンのエドラが閃く。
ニルヴァの一本の腕が、爆ぜるように飛び散った。
砕けた黄金と、腕から滑り落ちた鋼が舞う。続けてノヴァの脳裏に、ニルヴァの全身構造を表す数式のようなラインが一瞬で走り抜けた。
「次、六時方向へ跳んで! そこなら奴の視野外だ!」
「……了解」
ノヴァの指揮は異常なほど正確だった。ニルヴァの攻撃を予知したかのような回避誘導。カノンが予測するよりもコンマ数秒早く、的確な指示が飛んでくる。戦場が初めての新人指揮官とは思えない。
二人の呼吸が噛み合い、再び特殊弾が命中する。ニルヴァの動きが明らかに鈍り、再生も遅れ始めた。
「これならいける……かも……!」
攻勢にノヴァの集中が、途切れかけた時だった。
ニルヴァは攻撃体勢をやめ、欠けた腕を掲げる。
ずず……と何かを引きずる重い音に振り返ると、周囲に転がる仲間の死体と彼らが死してなお手放さなかったエドラが、ニルヴァに引き寄せられていく。
ニルヴァの欠けた黄金の腕が再構築される。宝珠を纏った黄金はエドラを飲み込み、やがて禍々しい武器へと変貌させる。
同じく死体たちは苦悶の表情を浮かべたまま、ニルヴァへと飲み込まれていく。
その中には、首だけになったルティアもいた。虚ろに開かれた瞳が、こちら側を見ている。
もう彼女は生きてはいないだろう。しかし、その死体までもこのゼノタイプは弄ぶのだろうか。
「待って……」
「指揮官! 前に出ないで下さい!!」
カノンが叫んだ時には、すでにノヴァは死線に飛び出していた。感情が理性を上回った愚行。更なる力を吸収したニルヴァの一撃が、無防備なノヴァを捉える。
「あっ……ぐ……」
とすり、とニルヴァの剣がノヴァの胸を容易に貫く。鮮血が口から溢れ、ニルヴァの黄金の剣を赤く染めた。
「がっ、ひゅっ……」
必死に呼吸しようとも、喉からは乾いた音と血を吐く音だけが情けなく漏れた。
「指揮官……!!くそっ……!!」
カノンの目が大きく見開かれる。
しかし、彼女は逃げなかった。
指揮官を失えば、特殊弾は使用できない。自分一人なら逃げられるかもしれない。しかしこの絶望的な状況に置かれてなお、彼女はノヴァを見捨てなかった。
(強いなぁ、あの子は。僕は結局、何もできないまま……何がしたいのかもわからないまま、死ぬのかな)
………
『ノヴァ』
刹那、視界が暗転する。
その暗闇の中で、再びノヴァの視界が揺れた。
青白い光。
それらを受けて煌めく花弁。
空の境界で揺らめく、欠けた星。
その中心に、誰かがいる。
『まだ迷ってるの?』
『私は、最初から決まってるよ』
………
朦朧とするノヴァの意識が、海底から浮上するように急速に覚醒する。
自身から溢れ落ちた血液が、ニルヴァの体に根のように広がり、未知の感覚へと接続される。
「ここ、だ……」
ノヴァは左手で自身の胸を貫いている剣を掴む。それを認識していのか定かではないが、ニルヴァは未だ固く剣を握りしめている。
このゼノタイプは、腕がある限り剣を落とすことはない。数百の腕全てに、剣を携えている。そうでなければならないと決まっているかのように。腕が欠けた途端再生行動に入ったのがその証拠だ。理由はわからないが、武器というものに執着がある。
それを確認するとノヴァは、霊子制御を端末へと流すのではなく、剣を通してニルヴァの核めがけて流し込んだ。
青白い霊子が剣を通して光の蔓のように咲き、やがてニルヴァの巨体に侵入して内側から支配する。光の蔓はニルヴァの黄金を強制的に分解し、胸の中心にある虚空を露わにした。
まるで小銀河を思わせる未知の虚空の中心には、黄金に輝く円が浮かんでいる。
ニルヴァの両目がカッと見開かれる。その赤黒い瞳は目の前の瀕死の人間を、初めて未知の脅威と認識し恐怖したようだった。
虚空は徐々に閉じている。残された時間は僅かだ。
「今だ……カノン……!!」
震える右手で端末に特殊コードを打ち込む。それがトドメの合図であることを、カノンはすぐさま理解する。
カノンは最後の特殊弾を装填し、跳ぶ。
「はぁぁっ!!」
迷いなき一閃が、ニルヴァの核を完璧に貫いた。
耳をつんざく轟音。
虚空から溢れる眩い光の噴出。
金属の擦れるような、宝石の煌めきのような奇妙な絶叫が周囲に溢れる。黄金が崩れ、腕からこぼれた武器が雨のように降り注ぐ。
ニルヴァはノヴァの胸から剣を引き抜き、そのまま地に打ち下ろす。苦しそうに悶えた後に、大きく旋回し空へと消えた。
反射的にノヴァは手を伸ばすがそれがニルヴァを捕えることはなかった。
「指揮官!!」
カノンは全力で走り、高所から落下するノヴァを受け止める。
ノヴァは肩で荒い息をしながら、衝撃に耐える。
「……あれ、もしかして……勝った……?」
「話さないで下さい! 今救助を……こちらエコーズ部隊カノン! 負傷者一名……早く応援を!!」
(戦ってる時はあんなにクールだったのに、こんなに取り乱して……)
なんだか面白いなぁと、思ったより痛みのない、しかしドクドクと熱い血をこぼす胸を見下ろす。
音も光も、徐々に遠ざかっていく。
僅かに残された力で左手を握るとほのかに温かい。カノンが手を握ってくれているのだろうか。
これはもう流石に助からないだろうなと、どこか達観したように目を閉じた。




